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ウォークスルー テリトリー  作者: 傘の下


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066 記憶の更新と感情の置換

霧の中から聞こえた会話の声は女性のものだった。

「誰だろう?」

目を凝らすがよく見えない、それに手を拳にして胸に寄せて、何だか水の中に漂っているようで気持ちがいい。


「ところで、名前は うす の?

うちは、男の子だ た スカイ、女 子だった アに ようって言ってるわ。

生ま る で1カ月 先 ど。」

遠くで大人の女性らしき声がところどころ言葉が途切れて聞こえる。

聞き覚えがあるような、無いような、誰だろう?と思っていると、皮膚の上から丸めた背中に手を添えられた気がした。

「皮膚の上から?なんで?」

目を開けているのに、よく見えないのはそれが水の中だかららしい、しかも手足が短く小さい。

「俺、赤ん坊になってる、ここはお腹の中?」


「ブラン、ブランにするわ。」

声に反応したブランは肩を震わせた。

「ブラン?男の子の名前ね。

女の子だったら?」

「男の子だから、きっと。」


「俺の名前、母さんがつけてくれた名前だ。」

もっと声を聞きたいと漂った体で前のめりになると、急に目の前に悲しみの表情で瞳に複雑な思いを浮かべた2人の大人が現れた。

先ほどまで赤ん坊のように水の中で漂っていて声しか聞こえなかったが、今は小さな子どもになって目の前の大人を見上げている。

この2人には見覚えがある。

「ちっ!訳分かんねーーー!

行くぞ。」

呆然と2人の大人の顔を見ていると、いきなり手を引っ張られ、体が前に進む感覚があり、誰かに引っ張られるまま走っていることに気がついた。


白土に雑草交じりの道の田舎道を、手を引かれて小石を蹴飛ばしながら走る。

「絶対大丈夫だ!俺がついている!」

叫んでブランの手を引く子どもの後ろ姿に妙な安心感を覚えて、思わず笑みが浮かんだのが自分でもわかる。

そうだ、この時、小さな村で暮らしていた俺たちの元に隣国から客人が来て、スカイが連れだしてくれたんだった。

「えっ、スカイ?」

こいつは、そうだ、スカイだ。

ブランは思い出した、青い髪に黒い瞳の友人が、生まれたときからずっと一緒に育ったスカイだということを。


「ブラン、お前の家まで走るぞ。

ロリコン、変態が来たって、お前の母さんに、ブランシュさんに教えてやらないと!」


「ははは、スカイ、どこでそんな言葉覚えたんだよ。

レアリアさんにまたすっごく怒られるぞ。」

「なんだよ、おまえ、さっきまですごく青い顔してたくせに、もうへーきなのか?」

走るスピードを緩めたスカイがブランに呆れた顔を向けた。


ぼやけた思考がはっきりと形を成した気がする。

地図にも載っていない小さな村で、俺は母さんと二人で暮らしていた。

「母さんの名前はブランシュ、俺の名前は母さんからもらったものだった。

あんな、変な城の名前なんて、まったく関係なかったんじゃないか。」


「ブラン、ほらもうすぐそこがお前のうちだ。

って、なんだおまえ。」

スカイがつないだ手を離して、その手をブランの首の後ろに回して肘でロックし、もう片方の手で自分のシャツの裾を持ち、ブランの顔を力任せに拭きだした。

「な、何するんだ、おまえのシャツ汗臭い!」

「笑い泣きしてる奴に言われたかねーな。

男なら、これくらいの臭い我慢しとけって、そんな面下げて帰ったらブランシュさんが心配するぞ。」

「あっ?」

ブランは言われて初めて気がついたが、本当に涙が出ていた。

「ほら、これで大丈夫だ。

それに、顔が少し汚れたから、泣いてたのもごまかせるってもんだ。」

「スカイ、お、俺は泣いてなんかいない!」

「はい、はい、泣いてない、泣いてない。

それより、ほら、はやく行けよ、俺はここで待ってるからさ。」

ポンと体を押されて後ろに数歩下がると、また、オレンジ色の霧が近づいてきた。


「待って、スカイ、俺絶対思い出して帰るから!」

ブランは咄嗟に手を伸ばしたが、オレンジの霧に隠されたスカイに届くことは無かった。

霧が濃くなり、自分が伸ばした手の先も見えない状態になったとき、霧の向こうで複数の剣が交じり合う音が響いてきた。


「今度は、何?」

手元も足元も見えないまま、手探りで剣の響く音の方に進むと、薄れた霧の向こうに金髪で同じ顔の男性が戦っていた。

「あれは、思い出せないけど、きっと知ってる顔だ。」

今の自分の姿、15歳くらいまでの記憶は大体思い出せたブランだが、自分はそれ以上の年齢なのではないかと疑い始めた。

「「ブラン様!」」

「えっ?」

剣を交えていた2人がブランに気づき近づいてくると、いきなり目の前に跪いた。

「な、何?」

「ブラン様、こちらをお持ちください。」

差し出されたのは、グレーの宝石のついた立派な剣。

「この剣も、見覚えがある気がする、でもこの剣を何故か、今は持ちたくない。」


ブランが剣を受け取るのを拒否すると、金髪碧眼の2人の男性の姿をオレンジの霧が覆いはじめ、剣とともに消えてしまった。

「俺は、どうしたらよかったんだ。」

消えた二人に対してなのか、剣に対してなのか、ブランは心に何かが引っ掛かったような気がして胸に手を当てた。


ーーーーー


「ブラン君、消えちゃいましたね。

ココアさん。

ちょっと時間がかかるから昼食食べてくるって、タクトさんログアウトしちゃうし。」

ディナーテーブルの上でニコに遊ばれている無心なタクトを見て、肘をディナーテーブルに乗せたチャナが両手であごをささえて、ため息をつく。

「そうね。」

ココアは、黒い服のメイドがディナーテーブルの上に音を立てずに置いたつぎたての紅茶に手をのばすと、品良くそっと口にした。

ココアがモブ落ちしたことによって、テリトリー権限を失い、広間にいた配下のゾンビたちは土の下に還り、騎士たちは自分たちの配置場所に戻ったのだが、メイド、執事、ギャルソンの三人はこの広間に留まっている。

「ココア様、私も残念です。

ですが、テリトリーボスでなくてもココア様はココア様ですので、私はココア様と共にさせていただきます。」

背筋を伸ばしたメイドは無表情ながらも、その言葉の抑揚に懇願を感じさせる。

そこに、ココアの隣に座るニコの後ろに控える執事も言葉を挟む。

「私もそこは、そのメイドと同意です。

私たち、テリトリー外からきたAIキャラは、テリトリー内のキャラと違い、自分たちの意思でココア様のもとに来ております。

ですからどこまでも、ご一緒させていただきます。」

執事の言葉にメイドの横にあるワゴンを押そうととしていたギャルソンも固く頷く。

「ありがとう、もちろんあなたたちの意思を尊重するわ。」

その言葉に、メイド、執事、ギャルソンは一礼して感謝の意を表した。

「す、すごいです。

ココアさん。

そ、そうなんですね、テリトリー外からきたAIキャラは自分の意思でボスのもとに。」

チャナはキラキラとした目をココアとその周りに侍るAIキャラに向けたが、ハタと気がついた。

「私のところには来てないです。

だから、みんな掌返しになって、やっぱり人望が無いんでしょうか?

うううぅっ」

「そんなことないですって、チャナさん。

チャナさんに合うキャラがいなかっただけですって。」

「そうよ、ほら、ニコさんに聞いてみましょうよ。

ちょうど、ボールみたいに投げて遊ばれていたAIタクトさんの眉間に皺が寄り出したとこだし。」

アンズの言葉にニコが投げていたAIタクトをキャッチして表情をみると、ヒヨコのモフモフで分かりにくかったが眉間に皺が寄っている。

「あら、本当だわ。」

悪びれもせず、満面の笑顔を讃える黒髪おかっぱの幼女なニコのホラー感に慄き、アンズはチャナを肘でつついた。

「ニコさん、私に合うAIキャラってこのゲームに搭載されていないんですか?

それともいるけど、私に人望が無いので集まらなかったんでしょうか。」

「あら、チャナったら、そんなこと気にする必要ないのに。

各テリトリーボスに合うAIキャラは搭載しているわ。

AIキャラたちにとって、ボスの人望というのは関係ないのよ。

ヒト的な人望と言うのは時間をかけて構築して、広がっていくものだから、突発的に始まるゲームの中では関係ないわ。」

「それじゃ、何で、、、」

考えこむチャナ。

「集まらなかった原因は、時間的に短かったからじゃないかしら。

チャナテリトリーって、主人公が動作し出してすぐに攻略されちゃったじゃない?

だから、チャナと相性の良いAIキャラがテリトリーに入る前に、テリトリーが無くなったのが原因だと思うわ。」


「そ、そうなんですね!

私がタクトさんの強敵だったことが原因だったんですね!」

チャナの瞳が再び輝きだすと、ココア、ニコ、アンズ、ハトバ、そして三人のAIキャラに加え、シャンデリアに止まって傍観していたヒフミヨイとカーラまで、AIタクトに視線を寄せた。

目を閉じて無心を装っていたAIタクトは皆の視線を感じて、片目を開けた。

「うん?

チャナが強敵だってこと?

似たようなことは言ったような、そう思ってもらっても構わないけど。」

チャナは得意げに皆を見回す。

「ほら、私がタクトさんの脅威だったりしたんですよ、理解し難いから予想できないことで逆転されるのが怖いって。」

「「あー、なるほど。」」

アンズとハトバが納得の言葉を口にすると、ココアとニコは真面目な顔で頷いた。

「そうね、確かにそうよね、だからチャナは面白いのよね。」

「チャナはきちんと自分の意思を持っているし、その欲望のままに忠実に行動するけど、その行動がどのようなものか分からない。

だから、サブプレイヤーに選んだんだよ。」

AIタクトに初めて自分がサブプレイヤーに選択された理由を聞いたチャナは、緑のフワフワポニーテールを掴むと両手で赤くした顔を隠した。

「チャナ、何照れてるの、良かったじゃない。」

アンズがチャナを肘で小突くと、チャナは照れて「へへへっ」と笑う。

「チャナさん、ただ選ばれたことだけに舞い上がって、理由とか聞いてなかったですもんね。」

「もう、ハトバは!

そこは水をささないでよ。」

顔を赤くして照れながら怒るチャナに「すみません」と笑顔を崩さずに恐縮するハトバ。


「流石、グラスチームまとまってるわ。

小リボンチーム(うち)も負けていられないわね。

今回の勝負では負けてしまったけど。」

「そうね、ココア、ちょっと油断したわね。

でも、仕方ないと思うわ、相手はブラン様だったし。」

ニコは椅子の上に立つと、それでも届かず背伸びをし、ココアのオレンジ色の髪に手をのばした。

「「「うっ、尊い!」」」

「なんだ、あいつ等、無表情でプルプル震え出したぞ。」

シャンデリアの上でディナーテーブルを囲む面々を眺めていたヒフミヨイが理解し難いと目を細めた隣で、カーラはため息をついた。

「もう少し前なら、ワタクシもあのAIキャラ三人と同じ行動と取っていたのでしょうけど。

今は、何の感情も沸きませんね。」

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