064 一番の望み
ヒフミヨイが止まった窓からは、目の前にあるクローゼットが邪魔で中の様子が分からなかったが、広間のディナーテーブルの方からは声が聞こえてくる。
「ふん、またくだらないことやってるんじゃないだろうな、俺の元ボスは。」
ヒフミヨイは窓から絨毯に音を出さないようにフワッと下りると、クローゼットの背面を登り、後ろからディナーテーブルを覗き込んだ。
チャナはカードの絵をタクトの方にむけて、確認のためにカード背面に書いてある文字をニコに向かって読み上げてみた。
「ニコさんにもらったこのカードって、なんでも交換できるんですよね!
ほら、交換対象に物、権利、場所等々って書いてあります。」
「そうよ、チャナ。
でも、何と交換するの?」
おかっぱ頭の可愛らしい幼女姿でコテンと首を傾げたニコに、チャナは意味深な笑みを返すとポケットからココアから贈られた白い蝙蝠型の招待状を取り出した。
「もう一度、じゃーーーん!
ココアさんにもらった招待状のカードです!」
チャナはとり出したばかりの招待状もタクトの前に差し出した。
「ほらこれ、ここです、こう書いてあります。
”このお城ではきっとあなたの一番の願いが叶うわ。”って!」
「カードが近すぎて逆に字がぼやけて見えるんだけど、なるほど?
一番の願いが叶うんだ?」
「だから、この交換カードをタクトさんに使用させていただきますね。」
フワフワのポニーテールを揺らし、カードを持つ手に力を入れて、キラキラと輝く瞳に欲望と期待を乗せて、ヒヨコの丸くてつぶらな瞳に眩しいくらいに真っすぐな視線を向けるチャナ。
「えっと、まさかこのブランがいないタイミングでそのカードを出すなんてまったく予想できなかった。」
そう、和風温泉のモブのログインポイントでチャナが交換カードを持っているのを、偶然見て知っていたタクトはそれなりに対策を考えていた。
きっと、交換対象はチャナテリトリー奪還や、ヒフミヨイのボスの権利、もしくは、予想もつかない何かを言ってくるのだろうと。
だから、交換カードを出すとしたら、ブランがいる時だと考えていたのだが。
やはりチャナの行動を予測するのは不可能で、自分にとっては脅威だと、一筋の汗を流したタクトが後ずさると、その背後はテーブルに座るココアのスレンダーな太ももがあった。
「ふう、危ない、これ以上は下がれないかな。」
スレンダーな太ももに当たる寸前で足を止めて額の汗を拭うタクトに、ココアは眉間に皺を寄せて口角を上げた。
「あら、失礼ね、何だったら抱っこしてあげてもいいのよ。」
「いや、無理だから。」
「即答、失礼!無理にでも抱きしめさせてもらうわ!」
タクトを掴もうとココアは両手の爪を立てたが、タクトは即座に後ろ蹴りココアの手を払い、その勢いでターンをしてもう片方の手に踵落としを行った。
「な、爪が割れたじゃない、何てことするのよ!
ヒヨコのくせになんて硬い脚をしてるのよ!」
「もう、ココアさん、タクトさんと遊ばないでください。
今、大事な話してるんですから。」
頬を膨らませたココアは両手に持ったカードを再びタクトの前に差し出した。
「だから、チャナ、カードを顔に付ける勢いで見せられても、カードの距離が近すぎて俺の視界はぼやけるからね。」
目の前のカード2枚を羽で押し返すタクト。
レンタルしているテリトリーの所有権、もしくは、サポートキャラのヒフミヨイにしても、交換カードを手に持つチャナが発すれば、強制的に交換カードが発動して、レンタルテリトリーの代理ボスはキャンセルされ、チャナがボスとなるチャナテリトリーが復活する。
チャナテリトリーが復活すると、再度攻略し直さなければいけない。
「何が起こるか分からないとはいえ、攻略の攻略の順番を間違えたかもしれないな。
ん、あれは。」
小さく呟くタクトの目に、窓際のクローゼットの後ろでヒラヒラと動く黄色の冠が見え、ココアの城の中庭から、玉座の間に入るまでの間に打っておいた手が、うまくいったことを悟った。
ほんの一瞬だった。
黄色の冠に気を取られたタクトを見逃さなかったココアは、その隙を突いてモフモフの羽の下に素早く手を入れ「隙あり!」と叫ぶとヒヨコを高く持ちあげた。
「あー、ココアさんがタクトさんを、たかいたかい してる。
私もしたい。」
ココアの頭上高く持ちあげられたタクトは、無駄な抵抗もせず目を細く閉じた。
「じっとしてると、可愛いわ、本物のぬいぐるみみたい。
チャナ、抱っこは後でさせてもらったらいいんじゃない?」
チャナの後ろからニコが怪しくもいたずらな笑みを浮かべている。
ヒヨコをマントでくるむ様に胸に抱いたココアは、モフモフの頭に頬ずりをしながらチャナを上目遣いに見た。
「それよりチャナ、一番手に入れたいものを言わなきゃ。
目の前のタクトが持っているものなんでしょ?」
さすがにじっとしていられなくなったヒヨコは、鋭い嘴でマントを裂いて抜け出すと、ココアの顔に向かって鋭い蹴りを繰り出した、が、ココアはそれを首を曲げて避け、チャナにウィンクを飛ばした。
「はい!そうです。
タクトさんが所有権というか、肖像権を持ってるものです。」
ココアにケリを避けられたタクトは、先ほどカーラがうつ伏せになって潰していた、ターキーの上に飛び乗っていた。
チャナは一呼吸おくと、ターキーの上で身構えているタクトに向かって叫んだ。
「モブのログインポイントにあった、あの、貸し浴衣屋さんのショーケースの写真、というかスチルをリアルで欲しいです!
この交換カードと交換してください!」
ヒフミヨイ:「?」
タクト:「えっと?」
ヒフミヨイ:「やっぱ、そういうやつだよ、あいつは!」
チャナの後ろにいたニコと、タクトの斜め前でテーブルに浅く腰を掛けていたココアが顔を見合わせた。
2人にとってもチャナの言ったことは予想だにしていなかったようだ。
ニコがチャナのキュロットスカートの端を親指と人差し指で挟んで軽く引くと、チャナは後方斜め下のニコに「あれ、違った?」と問いかける眼差しを送った。
チャナの問いかける視線を受けたニコは、小さく頷く。
「そう、今のは、それはそれでいいと思うんだけど。
残念ながら、この交換カードは、リアルに対しての強制力は無いから、交換条件としては成り立たないわ。
”貸し浴衣屋さんのショーケースの写真”の交換、とかだったらこの世界で完了できるから大丈夫なんだけど。」
片手でチャナのキュロットを掴んだまま、反対の手を頬に当て頭を揺らすニコ。
「あれ?そうなんですか?
写真の所有者ははタクトさんじゃなくて、貸し浴衣屋さんのものになってるかなって思って。」
チャナは交換カードと招待状を持った手を差し出したまま、がっくりと床に膝をついた。
「じゃあ、どうしよう。」
考えこみだしたチャナを見ているヒフミヨイが、クローゼットの上に登り、今度こそは当然テリトリーの権利復活だろう、とわずかな期待を抱いていた。
「この世界で欲しいものを言わないと。」
ココアは腰を下ろしていたテーブルから立つと膝をついているチャナの背後に回り、そっと耳元に唇を近づけた。
「スチルより、本物の方がいいんじゃないの?
本当は、本物が欲しいんでしょう?」
「本物?」
「この世界で一番欲しいものといえば、主人公じゃないの?」
背後からチャナの両肩にそっと手を置き、赤い瞳を光らせチャナの顔を覗き込み、静かに諭すように語るココア。
「あなたが交換して欲しいのは、この世界の主人公だわ。
そうでしょ、チャナ。
ブラン様が欲しいのではない?」
ココアの言葉に頭がボーッとしてきたチャナは、その言葉を繰り返す。
「本物の方がいい。
一番欲しいものといえば、主人公。
欲しいのは、この世界の主人公。
ブラン様。」
「そうよ、主人公を手に入れるの、タクトとチャナの立場を交換するの。
ねっ?それがあなたの一番の望みじゃない?」
赤い唇から悪魔の囁きに囚われたチャナの瞳が曇る。
「主人公を手に入れる。
タクトとチャナの立場を交換する。
一番の望み。」
「チャナに交換カードを持たせたのはそれが狙いだったのか、ココア。」
感心するというか、流石だというか、タクトは思わず拍手をココアに送っていた。
「やっぱり、サブプレイヤーに選んで正解だった。」
「あら、お褒めにあずかりまして恐悦至極、だわ。
敵を称賛するなんて、ずいぶん余裕ね。」
ココアがチャナの肩に乗せていた両手でそのまま肩を軽く叩くと、チャナは付いていた膝を折って立ち上がり、両手に持っていたカードを三度タクトの前に差し出した。
「さぁ、チャナ、一番の望みを言うのよ。」
「タクトさん!」
チャナが次の言葉を発する前に、クローゼットの上から急降下したヒフミヨイが、チャナが持っていた交換カードを足で掴んで奪った。
「あれ?カードがどこかに行っちゃった?」
ぼーっとしているチャナは、目の前でカードを奪って飛んで行ったヒフミヨイに全く気がついていない。
「あれは!?」
「ココアは、初めましてだな。
あの鳥はヒフミヨイ、元テリトリーボスのチャナのサポートキャラだ。」
ココアがカードの行方を捜すと、カードを奪ったヒフミヨイは、シャンデリアを避けて広間の天井近くを飛び回っていた。
「誰か、あの鳥を捕まえて!」
ココアがヒフミヨイを指してディナーテーブルを囲んでいるゾンビや騎士たちに視線を飛ばすと、ただ事ではないと、慌ててゾンビや騎士たちが立ち上がるが、長く正座をしていたせいか皆一様に足をガクガクさせて、素早く飛ぶヒフミヨイを到底捕まえることができない。
ゾンビや騎士たちではヒフミヨイを捕まえるのは無理だと悟ったココアは、窓際にとまっているカーラを見るが、カーラの姿が無い。
「カーラ、カーラはどこにいるの!?」
そこで初めてココアは広間の窓にぶら下がっているはずのカーラがいないことに気がついた。




