061 崖での再会
鋸壁から高く飛んだブランだが、さすがに黒い鉄格子が聳え立つ1km以上離れた対岸までは届かず、体は崖下に向かう。
夕闇から崖下の暗闇に飲まれるブランの銀の髪は乱れ舞い、耳元を通り過ぎる風がうるさい。
「あった。」
落下速度が増す中、それでもブランは腰のポーチからあるものを取り出した。
「ヨウキテリトリーのボスから渡された白い石。」
一緒に出した紐を腕に巻き付け、伸ばした紐の端で石を十字に結ぶと、見上げた夕闇に浮かぶ黒い鉄格子の根元に向かって投げた。
「捕縛!」
勿論、石自体は崖上まで届かないが、ブランの声とともに石から勢いよく伸びた糸がかろうじて崖上の鉄格子の根元に巻き付いた。
「やった!」
一瞬の喜びもつかの間で、鉄格子に巻き付いた紐が振り子の紐のようにしなり、ブランを崖の壁面へと誘った。
「ぐっ!まずい、スピードが落ちない、このままだと叩きつけられる!」
この落下速度で壁面に叩きつけられたらただでは済まない、避けられないと覚悟したブランは頭を庇って硬く目を閉じた。
「よっと。」
衝撃に耐えるため体に力を入れていたブランだが、衝撃は来ず、誰かの声とともに受け止められていた。
「大丈夫かい?
こんなところに飛び込むなんて、無謀なことをするもんだね。」
聞き覚えのある声に目を開けてみるが、自分を覗き込む顔は暗くてよく見えない。
「あ、有難うございます、えっと?」
「おや、君は?
誰が落ちてくるのかと思ったけど、以前に私の飴細工で奇麗な虹の橋を架けてくれた子だね。
覚えているよ、虹色の飴細工の橋を。」
飴細工の橋と聞いて心当たりがあるのは、チャナテリトリーからヨウキテリトリーに行くまでの間にある崖に架けた虹色の橋だ。
聞き覚えのある声は、そのときにサポートキャラ攻略アイテムである赤い薔薇の飴細工をくれた人だ。
「えっ?あれ?あの時の飴細工を作ってくれたお兄さん、なんでこんなところに?」
「はははは、それはこっちのセリフだよ、こんなところで会うなんて。
飴細工師の私は、今、趣味のロッククライミング中さ。」
そういえば、初めて会ったときもこの人は崖を登ってたんだったと思いだしたブランは、フッと吹き出した。
「フム、君、いい感じで糸と繋がってるね。
せっかくだからそれをたどって崖上まで登ってしまおう。
しっかり捕まっていてくれるかい?」
「うん、わかった。」
ーーーーー
玉座の間の戻ってきたココアは、思いもよらない広間の光景に目を丸くしていた。
「タクト、糸の拘束を解いて、鳥籠から出ているのはいいとして、これは一体何のつもり?」
広間にいるギャルソンに騎士、ゾンビたちが壁を背に正座をして、彼らが囲むテーブルの上には、にうつ伏せになったカーラの上でタクトがチョンと座っていた。
「ココアさん、早かったですね。
いえ、遅かったというべきでしょうか。」
長いテーブルの端に座って、目の前のモンブランにフォークを刺そうとして止めたハトバの言葉に、チャナとアンズが数度頷いた。
先ほどまで並んでいたメインディッシュの皿がよけられて、チャナとアンズ、ハトバの前には食後のデザートが並んでいた。
彼らの目の前に並んでいるデザートは、ココアがブランを追いかけた後に、ギャルソンが並べたものだろう。
テーブルの横には他のデザートが乗せられたワゴンがそのまま置いてある。
だから、皆が正座させられるという惨劇はその後のとても短い時間に起こったということだ。
「そうね、ほんの十数分、外していただけだと思ったけれど、遅かったようね。
何があったのかしら?」
ココアはマントを掴むと口元を隠し、眉間に皺を寄せ、鋭い視線でタクトを睨みつけた。
タクトよりも先にチャナが口を開いたが、その口調には不満が込められている。
「デザートの皿を並べてもらっていたら、タクトさんが窓際にいたカーラをこっちに蹴り飛ばしてテーブルに組み伏したんです、今座っているように。
おかげで、デザートの皿1つずつしかもらえませんでした。」
「一皿には変わりないわよね。」
チャナの隣で小さな赤いハート型クッキーが散りばめられているアイスをすくったアンズは、チャナの前にある苺をふんだんに使ったワンホールのタルトを見た。
「組み伏せられたカーラを見て、皆さんがタクトさんに襲い掛かろうとしたら、タクトさんが羽から出したカードを彼らに見せて、こう言ったんです。
”壁際によって正座してくれるかな?
夕日を真夏の太陽に入れ替えるかも”って。」
ヒヨコの嘴をまねたチャナが、ナイフをカードに見立てて持ち、正座をしている彼らに向かって回して見せた。
「チャナ、それ、タクトさんのまね?
似てないわよ?
アイス美味しい!」
「そんなことないわ、似てると思うけど。
苺タルトも負けてないくらいおいしいとと思うし。」
正座をしていたゾンビや騎士たちが、ワッっとひれ伏して涙ながらにココアに訴えた。
「ココア様!申し訳ございません。
我々に真夏の太陽は眩しすぎます!」
「カーラを人質にとられ、我々は泣く泣く、即座に敵の言う通りに。」
「申し訳ありません。
陽キャが似合いそうな真夏の太陽など、考えただけで耐えられず、即座にこの場所に座った次第です。」
「はい、即座というか、一瞬でしたね、とても早かったです。
10秒かかってませんでした。
クリームがなめらかで、モンブランもおいしいですよ。
さすがニコさん監修なだけあって、見た目も奇麗で味も絶品ですね。」
デザートに舌鼓を打つ三人とは裏腹に、ココアから遅れてきた戻ってきたメイドと執事は、テーブルの上にうつ伏せになって目を瞑っているカーラを見て、悔し気に目をそらした。
テーブルの前まで来たココアはタクトの前でテーブルを叩いた。
「カードですって?
太陽を入れ替えるなんて、そんなカード無いでしょう?」
ココアの放った言葉を聞いた騎士やゾンビたちの間に動揺が広がり、お互いの顔を見合わせていたが、最後に皆タクトに視線を降り注いだ。
注目を浴びたタクトは、平然とそれを認めた。
「うん、そんなカード確かに無いよね。」
「では、さっき我々が見たものは何だったんだ?」
「扉が開いて以下にも何か出てきそうなイメージだったぞ!」
「いやそれよりも、我々は騙されたということか?」
ココアの配下たちの間の動揺はさらに広がったが、誰も足を崩して立ち上がろうとはしない。
「さっき見せたカードは、家具カード。」
タクトがカードを投げると、壁に刺さったカードが消えてクローゼットが現れた。
「純粋な彼らを騙すなんて、なんてことを、、、。」
マントで口を抑えてたココアは、怒りとも呆れとも取れない感情で赤い目を揺らした。
「騙してはいないよ?
”夕日を真夏の太陽に入れ替えるかも”って言っただけだから。
ただそれだと、正否の判定ができなかったみたいだね。
カードの存在は既知でも、彼らには詳細情報までは与えられていない。
情報が無いから、俺の言葉に対して、正否の選択も起こらず、情報としてだけ蓄積された。
ってことかな。」
タクトは羽で腕組みをして頷いて見せたあと、ココアの目を見据えた。
「いわば、苦手を突いた心理戦?
さっきココアも、ブランに同じような手を使ってたじゃないか。」
ココアはタクトの厳しめの目に貫かれ、テーブルから一歩後ずさってしまった。
「言いたいことはわかったわ。
ヒヨコのくせに鋭い目をして。
ブランに逃げろといったとき、焦ってるだけじゃなくて、怒ってもいたから、仕返しをしたのね?」
フッと、額に一筋の汗を流しながらも口角を挙げるココアに、冷たく笑いを返すタクト。
「10倍返しにはしてないからね?
せいぜい、倍返しくらいだから。」
「何だか、寒くなってきたのは気のせいかしら。」
「アンズってば、アイスなんて食べるからじゃないの?」
「いえ、僕もちょっと寒いような気がします。」
ーーーーー
その頃、ブランは飴細工師のお兄さんが担ぐリュックのさらに担がれて、崖の上の黒い鉄格子の下までたどり着いていた。
飴細工師は、リュックとブランを背に担いで器用に崖を登りきってくれたのだ。
「ありがとう、助かりました。」
「いや、どういたしまして、なかなか君とは縁があるね。」
背中からおろされたブランは大きく伸びをした。
「そうですね、こんなところで再開するなんて、、、。
でも、どうしてこんなところに?」
ブランの問いに飴細工師のお兄さんは、細い目を更に細くして照れたように笑った。
「ちょっと、観光をね。
君たちと別れた後に、渓流下りの船に乗ったんだよ。
その船は各テリトリーの川や地下などに続いていてね。
実はこのテリトリーの真っ暗な崖の下はちょっとした名所なんだよ。」
唖然とするブランに、細い目を弧にして穏やかに笑う。
「ただ僕は、この崖を見て登りがいのあるいい岩崖だと思ったから、途中下船したんだ。」
「そうだったんだ、あの飴細工の橋から見えた川ってここにも繋がっていたのか。
あっ!」
飴細工の橋から、赤い薔薇の飴細工を取られたことを思い出したブランは、短く叫んでいた。
その様子に気がついた飴細工師は、ブランの頭に手を置いて静かな声で語りかけた。
「どうしたんだい、高いところから落ちてきたんだものね、怖かったよね。
それともどこか怪我したのかい?」
「怪我はしていない、お兄さんからもらった飴細工を取られてことを思い出しちゃって。」
飴細工師のお兄さんは、眉を下げて肩を落とすブランの頭を撫でた。
「そうか、それは残念だね。
取られるなんて、ケースを開けるタイミングを間違っちゃったんだね。」
「ケースを開けるタイミング?
ううん、ケースは開けて無いよ?」
「じゃあ、誰かの目の前に出しちゃったのかい?」
「ううん、見せてないけど、近くにいたサポートキャラがよだれを垂らしちゃって。
たから、持ってたことがバレたみたい。」
ブランの言葉に細めのお兄さんは首を傾げた。
「それはおかしいな?
あのケースの蓋をしっかり絞めておいたから、どんなに近くにいたとしても匂いでばれることも無いはずなんだけど。
どうしてわかったんだろう。」
「飴細工はヒヨコが体の中に隠してたんだ。
何でも入るから、外から見えようがないと思うんだけど。」
「ヒヨコが?
そう言えば、さっき、城のあそこの窓から入っていくヒヨコがいたね。
窓から中に入る前に、何やら、別の鳥と話しているようにも見えたけど。」
「別の鳥?」
「ああ、そうだよ、ちょうどこの鉄格子の天辺にとまっているね。
尾が三色の黄色い奇麗な鳥だよ。」
見上げたブランのグレーの瞳に、茜色の夕闇を背に受けて止まっている頭に冠のある鳥の姿が映った。
「あれは、ヒフミヨイ?」




