059 奪われたアイテム
「念には念を入れただけよ。
タクトを相手にするならそれくらいの準備はしておかないとね。」
「いや、その姿でウィンクされても困るけど?」
「ココアさん!」
座っていた椅子を蹴って晩餐のテーブルを見事なジャンプで乗り越えたチャナが、ココアの足元に着地して目の前のマントを鷲掴む。
「そ、そんなことができるんですか?
もしかして、ここでも前回の乙女ゲームモドキの属性カードが使えるってことですか?
ってことは、あっちの世界のようにヒフミヨイも5羽になったりできますか?」
突然のチャナの猛襲に目を丸くしたココアは、鷲掴みにされたマントに目を向けて首を傾げた。
「5羽?
そう言えば、あっちの世界では、5単位だったわね。
でも、こっちの世界のサポートキャラは合体している訳じゃないから、無理だと思うわ。
まったくの別キャラなのに、そんなこと言っていいの?
万が一聞かれちゃったら、チャナのサポートキャラの子、拗ねちゃうんじゃない?」
「はっ!!!
そうでした、別人、いえ、別鳥でした。」
シュンとしてマントを離したチャナの腕にそっと手を添えたアンズがチャナの耳元で静かに呟く。
「今、タクトさんが捕まって、主人公は絶体絶命のピンチなの。」
それに加えて、ハトバも声を小さくして語りかける。
「盛り上がってるところで余計な邪魔をするのはご法度ですよ。
尺が長引くだけです。
さぁ、おとなしくテーブルについて、食事をしながら成り行きを見守りましょう。」
目を点にしたチャナがカクンと頭を下げると、2人は元いたテーブルまでチャナを引きずって行った。
チャナに毒気を抜かれたココアは、鳥かごから聞こえる音に我に返った。
「チャナ、私の雰囲気を壊すなんて、やっぱり侮れないわね。」
カツンッ、カッ。
ココアとチャナたちのやりとりには目もくれず、ブランは黒い鳥かごの上部を切ろうと思いっきり剣をふるっていたが、切れるどころか鳥かごにあたった衝撃が吸収された剣からは軽い音が返されるばかりだった。
「本当に切れない。
別世界のもの?まさか、俺が元いた世界の物ってこと?」
ブランの問いにココアは首を振った。
「いえ、ブラン様の世界とは違う世界よ。
その世界では、タクトは可愛らしいピンクの髪の女の子だったわね」
「ブランが混乱するから、あまり話をややこしくしないでくれないかな?
それにしてもイレギュラーすぎるな。
サブプレイヤーのココアに何故そんなことができるんだ?
ああ、そうか。」
自分で出した疑問にすぐに解を見つけたタクトは、ヒヨコなりのしかめっ面を作った。
「関係者を考えれば、キャラクターデザイン担当、ニコしかいないか。」
「あら、正解、ニコはモブではなくてスタッフIDを使ってるのよ。」
「メインプレイヤーである俺に黙って、これ、テストし直しとかありえるんじゃないか?」
「それは大丈夫、プレイヤーに何かあったときの対応としての属性カードの使用。
スタッフIDメンバーに最低限のテスト項目として出されているの。
マシロから。」
「わかった、了解。」
ココアの言葉に即答しているタクト、2人の会話の意味は分からないが、この状況を何とかしようとブランは再度剣をふるっていた。
「籠をぶら下げている棒も、籠の底もどこに剣を打ち付けても、籠を揺らすことさえできない。
本当にこの剣じゃ壊せないのか。」
「さて、本題に戻しましょう。
タクト、あなた攻略アイテムを持っているのではなくて?」
血のような色の唇の口角を上げて、血のような瞳の色の眼で細く弧を描き、白く長い手の指を交差させるココア。
「攻略アイテム、どうだろう?」
「とぼけても駄目よ。
カーラが後ろでよだれをたらしているんですもの。
ちょっと失礼するわね。」
ココアは籠の隙間から腕を入れると、ヒヨコの体をまさぐり始めた。
「ココア、おまえ、どさくさに紛れて変なとこ触るなよ。」
ココアをジト目で見るタクトと、慌ててココアの腕をどけようとするブラン。
「タクトに変なことしないで!」
「あら、ヒヨコの雄雌ってとっても見分けにくいのよ?」
「いや、目的が違うだろ?」
「仕方ないわね、タクトはどうせ動けないし、籠の扉を開けるわ。」
ブランがいくら外そうとしても外せなかった鳥かごの扉の留め具をあっさりと外したココアは、動けないタクトの体から赤い薔薇の飴細工の入ったケースを取りだした。
「あら、あったわ。
やっぱり、サポートキャラの攻略アイテム入手済みだったのね。
赤くて美しい色はカーラの好みの食べ物だわ。」
「だめだ、返せ!」
ブランが飴細工を取り返そうと剣を持つ腕を振り上げると、後ろから黒いメイド服の女性に両腕を拘束されてしまった。
「えっ?メイドさん?」
カシャンッ
メイドに腕を掴まれるとは思いもよらなかったブランは、手を逆方向に曲げられたはずみで剣を落としてしまう。
「そのまま、捕まえていてね。
カーラはこちらに出ていらっしゃい。
タクトの糸は切らないように気を付けてね。」
カーラは俯き加減に体を倒し、牙を見せて笑うと、自分の前でクモの糸に絡まれた虫のように糸に拘束されているタクトの頭を踏みつけ、勢いよくジャンプして籠の外に出た。
「ケケケケケッ」
黒い鳥かごの上を飛び、カーラは窓際にぶら下がり羽を落ち着けた。
アイテム入りのケースから取り出した赤い薔薇の飴細工を、ココアが白く細い腕を伸ばしてカーラの目の前に差し出すと、カーラは目の前の飴細工とココアの顔を交互に見て、ゴクンと喉を鳴らした。
「こ、これは、よ、よろしいのですか?
私が食べてしまっても。」
「ええ、もちろんよ。
食べて無くしてしまって。
これが無ければきっとあなたの攻略何て不可能ですもの。」
カーラはココアに向かって何度もお辞儀をすると大きく口を開けた。
「いただきまーす。」
がりがりと音を立てて薔薇をかじるカーラの周りに、崩れ食べこぼされた飴細工の欠片から漏れる赤い光がまとわりつく。
「なんて甘美な、AIに染み渡る甘さなのでしょう。
繊細な飴細工を崩しながら食べる行為、何て倒錯的なんでしょう。
しかも美しい赤い色、サイコーです。
最愛のココア様、永遠の忠誠を誓います!」
赤い光を纏ったカーラはこれまでにも増して熱い瞳をココアに向けている。
目の前で奪われ食べられてしまった赤い飴細工の光を纏うカーラを絶望的に見つめるブランに、ココアは妖艶な笑みを浮かべて近づいて跪いた。
ココアが自分を見上げる瞳に異様さを感じたブランは目を逸らしたかったが、できなかった。
「な、なに?」
ココアがブランを抑えていた黒服のメイドにアイコンタクトを送ると、メイドはブランから手を離してカーラのとまる窓際へと下がった。
「何をする気だココア。」
タクトの問いを無視したココアは両手でブランの手を優しく挟むと、ブランの耳元に顔を寄せた。
「赤い光を纏った私のサポートキャラはとてもきれいでしょう?
夕日とも相まって、カーラの美しさが、猶更引き立てられているわ。
そう思わない?」
「べ、別に、赤く光ってるだけだし、俺はこんないつまでたっても青空が見えないとこ、好きじゃない。」
キッ、目を吊り上げてココアを睨んでいるが、完全にブランを自分のペースに乗せたことを確信したココアは、更にゆっくりと言葉を続けた。
「カーラという名前、最初は別の名前にしようと思っていたの、何という名前だかわかるかしら?」
「分かるわけない。」
「そうよね、だから教えてあげましょうね。
本当はね、あの子の名前はブランにしようと思ったのよ。」
ココアが窓際で自分に熱い視線を送るカーラを振り返ると、ブランもその視線に誘われてカーラを振り返る。
「あの、白い?蝙蝠を、俺と同じ名前に?
どうして。」
「なるほど、ココアは心理戦に持って行こうとしているのか。」
今のココアの姿を見れば、ブランという名前から導き出される解は容易に分かる。
「まずいな、今のブランには、”答えを出さない”という選択肢がない。
与えられた情報の中で、より正しい選択をしてしまう。」
体に纏わりつく糸を、咥えて引き違ってみようとするが、多少収縮はするが切れる気配はない。
今のところココアがブランに危害を加える様子はないが、足りない情報の中、ブランがココアが求める正解に誘導されるのは時間の問題だ。
「どうして、そうどうしてかしら。
偶然だと思う?
ブラン様と同じ名前にしようとしたことは?」
「・・・だから、わからないってば。」
危機感を感じてブランは、挟まれた手を振り払いココアから一歩下がった。
ココアは振り払われた手を跪いていた膝にあて、クスクスと余裕のある笑みでブランを見上げている。
「分からないのなら、教えてあげましょうね。
この私の城はブラン城をモデルにしたから、だから、その名前を付けようと思っていたの。」
「ブラン城?
俺と同じ名前のお城があるの?」
「そう、実はね、そのお城は吸血鬼伝説のモデルとなったお城なの。
残酷な城主が何人もの罪のない人たちを処刑したのよ。
あなたの名前が、その城と同じ名前だったから、カーラに名前を付けてあげられなかったの。
これは、本当に、偶然、かしら?」
ココアはブランに問いながら立ち上がり、後ずさるブランに近づき見下ろした。
「名前が一緒だからって、関係無い。
何でそんな話を俺にするんだ。」
「焦るブラン君も、いいですね。」
「モブ席最高。」
「しー、雰囲気を壊さないで、ほら、テーブル周りの騎士たちも微動だにせず見守ってるでしょ。」
更に後ずさるブランの踵に、王座に上がる階段のステップがあたる。
跪いていたためココアの身長がこれほど高いと思っていなかったブランは、覆いかぶさる勢いで見下ろしてくるココアにかなりの脅威を感じている。
「ねぇ。
残酷な城主と同じで、ゾンビとは言え、切り裂くことがとても楽しかったのではない?
戦っていて物足りないとか、感じたのではない?
あなたの中に、そういった虐げる喜びがあるんじゃない?」
「そ、そんなこと。」
「じゃ、なぜ、あなたはブランなの?
吸血鬼伝説のモデルとなった城の名と同じなの?
私がサポートキャラに付けるより先に、何故、あなたが名のっていたの?」
ココアの赤く光る瞳が揺らぎ、ブランの頭の中に残像を残す。
「そ、それは。」
ーこれ、動かなくなったけど、このままここに置いといても大丈夫かな?
俺の剣は大丈夫みたいだし、念のために切っとこうか?ー
ーははは、ブランは今の戦いが物足りなかったみたいだな。ー
ブランは、黒い鉄格子の城門でゴーレムを倒した後、冗談交じりに交わした会話を思い出し、ココアの言葉を否定することができなかった。




