056 鉄格子の城門と石畳の橋
夕日が沈みきる直前の暗い茜色の空の下を歩くブランは、チャナとヨウキのテリトリーとは違いすぎるココアテリトリーの雰囲気にかなり緊張感を覚えていた。
「動かない夕日はまるで時間が止まっているみたいだ。
時間が進むことを拒んでいるようで、何だか嫌だな。」
なだらかな上り坂の丘の先に黒い鉄格子の天辺が見え、その遥か先に目的のココアの城が見えてくると、ブランは通り過ぎた街を振り返った。
黄昏色に染まる街並みのその先には、沈まない夕日がある。
「どうした、ブラン?
怖い?」
夕日を背にしているはずのタクトだが、黄色いフワフワの羽はその色のまま、逆光だというのに暗さも陰りもない。
「怖くは無いよ、空が一瞬も青く見えないことがもどかしい?
けど、タクトの色を見てそれもどこかに行っちゃったかな。」
その言葉にタクトはヒヨコの首を傾げた。
「怖くないならいいよ、先に進もう。」
高く聳える黒い不気味な鉄格子の近くまで来た二人の目に入ったのは、どう見ても空の上から落ちて人がめり込んだであろう人型の穴が1つと3つ。
「なんだろう、この不気味な穴は。
この人型の穴はこの先に進むことに対する何かの警告かな?」
「どうだろう?
警告にしては、何だか大雑把だし、意味不明だけど。」
リアルココアを知っているタクトには、この人型の造形物がココアの趣味では無いことが分かる。
そして、ココアのテリトリーに自分の趣味でないものを放置することも許さないだろうことも想像できるのだが、実際にここに在る。
「情報が足りないが、現在分かっていることから導き出すことはできる。」
ココアテリトリーに集うAIキャラたちがココアの意に添わないことをするとは考えられない。
モブIDプレイヤーがそんなことしたら速攻潰されているだろう。
可能性として残るのは、サポートキャラだ。
もし、ニコもいるのなら、いや、いると考えるべきだろう。
それなら、キャラ愛の強いあの2人はサポートキャラにはかなり自由にさせているだろう。
「ブラン、この穴を作ったのもサポートキャラじゃないかな?
ここのテリトリーボスは恐らくサポートキャラにかなりの自由を与えているんだと思う。」
「わかった。
サポートキャラだね、気を付けるよ。」
人型の穴を避けて黒い鉄格子の城門前まで来たブランは、その重厚さもさることながら大人の背の10倍はあるだろう高さにも圧倒された。
硬く閉ざされた城門の向こうには二人の人影が見えた。
「なるほど、紳士風のゾンビとゴーレムが門番をしているのか。
ホラーがメインテーマかな?」
ブランとタクトに気がついているのかいないのか、黒い鉄格子の城門を挟んだ反対側にいる二人は微動だにせず、ただし視線は感じられる。
「紳士風のゾンビ?とゴーレム?
それは人ではないってこと?」
「人ではないかな、この門を開けてもらうためにあの2人を攻略するか、それとも強行突破か。
どうする、ブラン?」
色の変わらない黄色い羽先を鉄格子の先に向けるタクト。
「攻略する方法が無いことも無いから、アイテムを探しに戻るのもありだよ。
強行突破するなら、戦うことになると思うし、ブランの好きなようにして?」
逢魔が時の暗い茜色にも染まらない、モフモフとした暖かな黄色い安心感のある羽をみたブランは満面の笑みを浮かべて答える。
「戻らないよ。
もちろん、強行突破だ。」
鉄格子の門に足をかけ、鉄格子を何度か飛び上がり、200m近い鉄格子の上まで登るとブランは剣を抜いた。
「タクトと一緒なら、俺はこの先に安心して行けると思う。」
城門を駆け上るブランを追っていたゾンビとゴーレムが、ブランが頂点まで来ると様子を一変させた。
ゾンビは体を膨らませ、着ていた品の良いスーツを破き、ゴーレムは大きな四角い体の上に乗せていた球体をグルグルと回しだした。
「不法侵入は許しません。
ここから先は許可のない者を通すことはできません。」
「あら、城門の方で何かが光ったみたいだわ。」
ココアはこの城の上部の砦の鋸壁から崖の向こうにある黒い城門を見下ろしている。
「門番のゾンビとゴーレムを倒して、次に石畳の橋でゾンビたちに遊ばれて、この城に入ってきたところでチャナたちと鉢合わせ。
玉座まで、左右の廊下のどちらか、もしくは中庭を真っ直ぐに通って、どこを通ってもまた、ゴーレムやゾンビ、AI騎士と戦うことになるわ。」
ココアの中ではすでに、ブランとタクトを攻略するための何通りもの策略が出来上がっている。
「そうやって玉座に来た時に、まずはタクトを封じる。
本当に楽しみだわ。」
黒い鉄格子の上から飛び降りたブランが地に足を付けると、それを狙ってゴーレムの球体から一筋の光線が放たれたが、タクトがその間に割り込み羽を扇のように振り光線を弾いた。
弾かれた光線によって鉄格子の一部がドロッと解けて滴り落ちている。
「ゴーレム、光線の出力を弱めて、角度をつけてあの少年を狙いなさい。」
ゴーレムへの指示を終えると、膨らませた体からサーベルを抜き出したゾンビが、体に添ってサーベルを構えると足を踏み出し、タクトに向かって突きを繰り出した。
それを合図にゴーレムは角度を変えて幾つもの光線を発した。
ゴーレムから発せられた光線は、鉄格子や橋の欄干、ゾンビが繰り出すサーベルの先にあたり、跳ね返り、様々な角度からブランやタクトに向かって飛んでくる。
幾つもの光線を最低限の動作でよけながらゴーレムに近づいたブランは、ゴーレムの巨体の上まで飛ぶと剣を振り下ろし、球体を粉々に砕いた。
「な、ゴーレムの頭を砕くなんて、ありえません。」
ゴーレムの四角い体の上に立ってたいブランは、焦ったゾンビの様子を知るとその隙を突いてゴーレムから飛び降り、その勢いのままゾンビの体めがけて剣を振り下ろした。
切られた瞬間にゾンビは緑の霧に変わり、霧は地中に吸い込まれていき、残ったのは一部解けた鉄格子の城門と、頭を無くしたゴーレムだった。
ゾンビが「ありえない」と思う程ゴーレムの頭は固いものだったらしい。
ブランはゴーレムの頭を切った剣を自分の目の前に立てて、刃こぼれなどしていないことを確認してた。
「これ、動かなくなったけど、このままここに置いといても大丈夫かな?
俺の剣は大丈夫みたいだし、念のために切っとこうか?」
「ははは、ブランは今の戦いが物足りなかったみたいだな。」
タクトがからかい交じりに羽で頬を叩くと、ブランは頬を染めて橋の方を向いた。
「そんなんじゃないから、もういいから、先を急ごう。」
ココアの城の周りはすべて崖となっており、その幅は1km以上ある。
城に行くには、目の前の幅20mほどの石畳の橋を渡るしかなく、一見、転がる岩や枯れ木の並ぶ秋の田舎道にも見えるが、十字架の立つ墓、壊れかけた悪魔の銅像に、切れかけた電球が細い明かりを点滅させる黒い街灯は、何者かが潜む怪しい気配を醸し出している。
崖の対岸までの長い距離、さらに城まで続く道程にその怪しい雰囲気がずっと漂い続けている。
「いかにも、さっきのゾンビやゴーレムが出てきそうな雰囲気ではあるけど。」
ブランが石畳の橋に足を踏み入れると橋の両端に立つ欄干の親柱が赤く点滅し始め、それを合図に消えかけていた電灯の明かりが消えた。
電灯の明かりは消えても元々の夕闇色は変わらない。
「ブラン、まずい、上を見て。」
橋に来るまで分からなかったが橋の上には紅色の細い糸が張り巡らせている。
「これ、下手にジャンプしたら糸に引っ掛かりそうだね。」
「その上、糸が細くて丈夫なようだから引っかかるというよりは、肌が切れると思う。
下手したら腕が骨ごと切れかねないかも。」
「ようするに、飛ばなきゃいいんだよね、走り抜けよう。」
ジャーンッ
ブランとタクトが走り抜けようと数メートル進んだろころで、楽器を鳴らす音が響いた。
「レディースエンドジェントルマン!
ようこそココア様の城へと続く唯一の橋上へ!」
赤いタキシードに赤いシルクハット、赤いマントを翻した顔色の悪いゾンビがくぼんだ目の奥から眼光を白く光らせ、二人の前に立ちはだかると、消えた電灯に再び明かりが灯り、ゾンビにスポットライトがあたった。
「ふっ、今度こそ間違えませんよ。
この橋に来たということは、城門で招待状を見せて門番に鉄格子の門を開けてもらったということですね?」
「ええ、きっとそうです。
そうに違いありません!」
いつの間にかブランの後ろにも、前にいるゾンビと同じ赤い衣装をまとったゾンビが現れていた。
「招待客なら、このままお城までご案内いたしましょう。
もし不法侵入者ならば、私たちのダンスのお相手をお願いいたしますが?」
また、同じ衣装をまとったゾンビが現れ、ブランとタクトは顔を見合わせた。
とりあえず、ブランは最初に表れた、ゾンビ1号(見分けがつかないのゾンビ1号と呼ぼう)に聞いてみることにした。
「何でダンス?
戦わないの?」
「おや、それを聞くということは不法侵入者でしょうか?
ダンス、それが私たちの戦いです。
疲れても、足が痛くなっても、靴擦れに足が苛まれても、腰が痛くとも、肩が痛くとも、夕日が沈むまで永遠にダンスをするのです。」
「夕日が沈むまで永遠に?
まあ、沈まないから、そうなるよね?
断ってもいいんじゃないかな?」
「うん、断る。
俺の剣士だから、剣で勝負で。」
ゾンビ1号「何ということでしょう、折角用意したダンス衣装を着てもらえないなんて。」
ゾンビ2号「前回の客人は、可愛い!と喜々として着てくれたのに。」
ゾンビ3号「許せない、許さないです。」
スポットライトが灯台のようにグルグルと回り出し、十字架の墓の下から次々とゾンビが現れブランたちを囲んだ。
顔色は悪いが、皆タキシードや燕尾服、派手なロングコート、女性はプリンセスドレスにマーメードドレス、と、思い思いの衣装をまとって気合が入っていることが偲ばれる。
「すごい、みんな豪華な衣装。
あの衣装を着たままお墓の中で待ってたのかな?
断って悪いことしちゃったかな?」
「ブランは優しいな。
好きで来てるみたいだから同情することは無いと思うよ?
永遠ではなくても、さすがにこの人数と踊るのは骨が折れると思うし、断って正解?」
橋の上を花道を作るように並ぶゾンビたち。
皆一様に顔色は悪く、くぼんだ目の奥が白く光っており、衣装や髪形が異ならなければ見分けがつかないゾンビは軽く見積もっても1000人はいるだろう。
「じゃあ、ブラン、半分要望を聞く感じで行こうか?」
タクトが先陣を切り、赤いシルクハットを胸にだくゾンビに羽先を向けた。
ハッと顔を上げたゾンビ1号が恭しく羽を取ると、タクトは繋いだ手を上げて一度だけ回転させると、勢いづけて投げ飛ばした。
「な、何をするのですか?」
投げ飛ばされたゾンビが地面に肘をついて上半身を上げて抗議すると、タクトはフッと目を細めた。
「先を急ぐので、1人2,3秒のお相手でお願いしようかと思って。」
「ヒヨコの細目も可愛らしいものですね。」
「まったくです。」
扇を持ったプリンセスドレスのゾンビたちが抗議をしているゾンビ1号を跨いで乗り越えると、「次はワタクシたちですわ!」とタクトとブランに襲いかかった。




