054 カメレオンカード
「あれで会話が成り立っているとは思えませんが、あの2人なら自分独自に解釈し合うので別に不思議な現象でもないんでしょうね。」
頭上にあるIDの文字がはっきりと見えない黒い帽子付きマントをまとったIDプレイヤーが鉱山内の落石防止の木枠に身を潜めて、隣で同じく身を潜めている金髪の上級冒険者風を装うエンジに話しかけると、エンジは小さく吹き出した。
「不思議な現象って、確かにそうですが。」
「セツキさんの周りに集まっているAIキャラたち、細かいことを気にしない大雑把な性格に構成されたキャラが集まっているみたいですね。」
セツキと連れ立っているAIキャラは3人。
それぞれ色分けした袋を持っているが、ピクニックシート、バスケット、食器にゴミなどを分別する訳でもなく、自分の持つ袋に手に取れる範囲のものをすべて入れている。
そこにエンジが口を挟む。
「そうですね、誰が何を入れるとかルールもなく適当に袋に全部入れて。
バスケットに食器を直したらいいのに生ごみと紙ごみも一緒にして、見てられないですね。
我々も片づけは不得手ですが、ごみの分別くらいはしますよ。」
「あそこの部屋、散らかっては見えますけど長テーブルとか共用部分以外は割りときれいでしたね、そう言えば。」
頭上のIDの文字がぼやけている黒髪ショートカットで金の刺繍の入ったチュニックに黒い帽子付きマントをまとった少女のような容貌の少年からでた辛口評価にエンジは照れた笑いで頭を掻いている。
「いえ、褒めてないですからね?」
「スタッフIDを持つAIプレイヤーで、半NPCとは言え、アオバ様からの言葉はどのような言葉でも有難いものです。」
「エンジ、AIアオバが引いているわ。」
「何ということでしょう!
リアルアオバ様ならここできっとスルーされると思いますよ。
トウリ、若干の修正が必要ではないですか?」
青ざめたエンジと同じモブIDプレイヤーとしてログインしていたトウリにエンジから指摘が入る。
AIアオバの後ろで様子を見ていたトウリの中ではすでに、どのような修正を入れるべきか項目が抜粋されている。
「そうね、いくつかの項目を修正してみるわ。
それに、あちらのセツキさんに懐いているAIキャラ三人も、ちょっと手を入れようと思ってるの。」
「あら、トウリ、どうしてあの三人?
もしかしてセンヤに反省させるのに必要?」
長い前髪を首元で内側ににカールさせ、左右から後ろにかけての毛先も内側にカールしている茶髪を、流すように揺らしたモブトウリ。
金髪の上級冒険者風のエンジと並んでも見劣りしないエルフ風の容貌でフワッとした笑みを作り、人差し指を口元に当てた。
「最終的には、センヤはセツキさんに影響を受けると思うから。
念のためにね。」
上級冒険者風の抜群のスタイルを誇る女性、魔法使いらしき少女のような容貌の少年、優し気なエルフ風容貌の女性の三人が坑道の物陰で様子を見ていることに気が使いないセツキとセンヤは、鉱石を見つけるべく大きな音を立てて岩壁を打ち砕いていた。
セツキは体に似合う大きな鍬を構えては岩壁を力任せに打ち込む。
その度に岩壁は崩れて、2~3mほどの穴があく、を繰り返す。
「セツキさん、もう少し丁寧に掘ってもらえませんか?
この落ちて散らばった岩というか、小岩になった岩を見てください。」
センヤはセツキによってばらばらにされた拳くらいの大きさの小岩を拾いあげると首を振った。
「なんだ、その岩がどうした?
青や赤の石がくっついてるじゃないか、宝石が見つかったんじゃないのか?」
「そうですが、ほら、スッパリと割れているじゃないですか。
元はもっと粒が奇麗な宝石だったのが、乱暴に叩かれて割れてしまっているんですよ。
元の形を保ったものと、割れたものでは全く値打ちが変わってくるんです。
前回も同じことを言ったと思いますが。」
「そうなのか?
いや、俺には宝石の価値はまったく分からないが、そんなものなんだな。
お嬢さんは物知りだな。」
セツキから悪びれなくウィンクされた瞳から飛び出てきたハートを、センヤは持っていた小岩で叩き落した。
「物知り以前の問題です。
例えば、あなたの女神に宝石をプレゼントするときに、美しく磨かれたティアドロップ型と、曇った割れたものだとどちらが喜ばれると思いますか。」
物知りだと褒められたことは嬉しいが、価値判断のできない人間に言われてもその言葉に全く価値を感じないセンヤは冷静にセツキに問いかけた。
「ん、ディアドロップ型ってなんだ?」
セツキは肩に大きな鍬を担いだまま、頭を傾げ、その頭上に?を浮かべている。
外部の人間であるセツキが何故サブプレイヤーとしての地位にいるのか、「それは社長の弟だから」という噂を信じているセンヤにとって、セツキは逆らってはいけない人物である。
できるだけ冷静さを保つように心がけていたセンヤは口を引き攣らせた。
「ティアドロップ型とは、雫の形、涙の形と言った方がセツキさんには分かりやすいでしょうか?」
滴の形は分からないが、涙の形と聞いてピンときたセツキは、肩に担いでいた鍬を、ガンッと床岩に叩きつけて立てると、両手をポンッと叩いた。
「おお、涙の形か、白黒勾玉の片方のような感じだな!」
「ちょっと違うけど、いえ、そう、ちゃんと形を成しているという点ではそれでいいです。
勾玉は分かるのに、雫が分からないなんて。
それで、女性に贈るとしたらどちらが喜ばれると思いますか?」
「そうだな、そうだ、お嬢さんはどっちが嬉しい?」
ブッチーン
隠れて見ていたエンジが吹き出し、AIアオバは当然とばかりに頷く。
「何か切れた音が聞こえた気がするわ。」
「キレイナカタチノ、ピカピカツルツルの宝石に決まってるでしょう!
何でそんなことも分からないんですか?
何で、質問に質問で返すんですか?
その方が、プレゼントするときドーンとか、プレゼント開けたときにジャーンとか、プレゼントもらったときに背景に薔薇の花が飛ぶでしょう?
薔薇の花や色とりどりの花びら、なんだったらハートや結婚式のリボン付きのベルだっていい、女神さまの背景に飛んで欲しいと思いませんか?」
ワナワナと両手を震わせて、プレゼントを渡すときもらうときのシチュエーションを熱く語るセンヤ。
センヤからつづられたイメージが頭の中で整理できずセツキはボー然としている。
「ねぇ、ところでセツキさんが言ってる女神って、誰のことか知ってる?」
エンジがコテンを頭を傾げると、AIアオバがさらっと答えた。
「マシロさんのことですね。」
エンジとトウリは驚きAIアオバを見つめた。
「トウリ、これはもはやバグレベルでは?」
「そうみたい。
アウトプットに対してロックされていないということは、アオバにとってどうでもいい情報だと思うけど、アオバがこんなことをさらっと答える可能性なんて皆無だと思うわ。
アオバにヒアリングして修正したいから、先にログアウトさせてもらうわね。」
「了解。
どうでもいい情報でも、外部にアウトプットするかどうかはその性格によるものね。
やっぱり、リアルにモデルのいる半NPCAIプレイヤーの思考を構築するのは難解よね。」
「おおおお!そうだ。
女神には艶やかで高価な背景が似合う、そうだ、私は女神にはジャーンという効果音が似合うプレゼントをしたい。」
セツキがセンヤのイメージを処理するのに使ったのはゲーム時間の1分。
黙り込んでいたセツキの絶叫にセンヤは同調した。
「そうでしょう!そうですよね!絶対それでいいんです。
だったら、丁寧に掘りましょうよ。
さっき足元の岩を貫いて立てた大きな鍬ではなく、俺みたいな専用のコールピックハンマーとか、最低でも片手で軽く持てるツルハシとか、ノミとかを使って。」
「そうか、おい、お前ら。」
セツキが呼びかけたのは、ピクニックセットを袋に直して壁際に足を立てて座って傍観していたAIキャラたちだった。
「「「はい、セツキ様何かご入用ですか?」」」
呼ばれた三人はセツキの1m前にピシッと横一列に並び、持っている袋を後ろに隠して頭を下げた。
「おう、お前ら、その、さっきお嬢さんが言ってたものは何か持っているか?」
三人は顔を見合わせて、ボソボソと話しあうと、セツキに向かって90度体を曲げて頭を下げた。
「申し訳ありません。
誰も手持ちにございませんでした。」
「そうか、役に立つと思って連れてきたが役立たずだったか。
仕方ない、俺が今使っている鍬をギルド持って行って交換してきてくれ。」
「「「はい、喜んで」」」
「よし、なるべく早くするんだぞ、お前たちはやればできるんだから。」
褒めているのか貶しているのか分からない会話に、隠れて聞いていたAIアオバがセツキに冷たい目を向けるのをエンジが阻止した。
「アオバ様、いけません。
あなたの貴重な冷たい視線をあんな下賤な輩に向けるなんて。」
傍から見ると、上級冒険者のスタイルのいいブロンド美女が、黒に金の刺繍の入った帽子付きマントを羽織った美少年に、後ろから体を密着させて目隠しをしている、ほほえましい(?)景色。
アオバの目を両手でふさいだエンジは、悲し気な振りをしながら全く違う思いを抱いていた。
トウリをこのAIアオバ様の修正のためにログアウトさせるべきではなかった、と。
修正が更新された暁には、「もう二度とこんなシチュエーションは無い」ことに対しての残念な思いだ。
「姿を隠しますよ、AIキャラたちがこちらに来ます。」
エンジがAIアオバの言葉にハッとして目隠しをとくと、AIアオバはマントの内側からアイテムカードを出した。
「カメレオンカード 発動」
アイテムカード発動と同時に周りの景色と同化したAIアオバとエンジ。
そのすぐ横を、セツキから受け取った大きな鍬を三人がかりで抱えたAIキャラたちが素通りして行った。
「おお、そんなカードもあるんですね。」
AI開発チームのエンジは、ゲーム仕様について多くのことを知っている訳では無い。
カメレオンのように周りの景色に同化している自分を見回し感嘆の声を上げている。
「ゲーム内でトラブルがあった場合に、常駐するAIスタッフが解決する手段として、全てのカードを無条件で使用できるようにしているんです。
これは、シキさんがゲームを構成するときに出した絶対条件です。」
「何と、シキ様が、さすがです。
ユーザーは何をするか分からないですからね。
こういった縛りが必要なんですね?」
「いえ、発案の動機、考え方が違います。
何があっても、ゲーム内のユーザーを助けることができる事を考慮されての条件です。」
グッ!!!
エンジは両手で口を塞ぎ、自分の考えの至らなさに猛烈な罪悪感を覚え、それさえも自分を昇華する糧であると感じていた。
AIアオバには、恐らくリアルアオバにも、全く理解できないことだろう。




