053 人型
「いやぁーーーーーーーーっ!!」
逢魔が時の空を飾るようなチャナの叫びが響き渡る。
地上にいる人々が点に見える高さから、いきなり宙に放り出されたチャナはとっさに平泳ぎをするように手を回そうとしたが、よくあるパターンのようにそれで空中を移動するどころか、落ちる風圧で腕を思うように動かすことさえできなかった。
「ちょっとまって!
ここはリアルじゃないんだから、あのアニメとか漫画みたいにちょっとは融通利かせてよーー。
空を泳ぐくらいのことはできてもいいじゃなーい!」
チャナの叫びを他所に、アンズとハトバは宙に浮き重力を感じた瞬間にお互いにアイコンタクトを送り合い、何をすべきか悟り、チャナの足から手を離すと、それぞれの右手と左手を繋ぎ、繋いでいない反対の手を、羽のように腕をバタバタさせているチャナに伸ばした。
2人から差し出された腕に気づいたチャナも、その意図をすぐに理解し、伸ばされたハトバの左手と、アンズの右手を掴むと二人はチャナに力強いアイコンタクトを送る、「それは三人の絆の強さを物語っているーーー!」とはチャナの心の叫び。
「そうよ、スカイダイビングのように、輪を作ったらいいのよ!
もしかしたら、〇ピュ〇のように、何かの石が光ってゆっくり降りれるかもしれないわ!
それが狙いよね、アンズ、ハトバ!」
一縷の望みをかけて三人は力強く手を繋ぎ合い、体は落下速度に負けて多少のエビぞりにはなるが、何とか水平に伸ばす。
元サブプレイヤー、今はテリトリー代理でモブ一歩手前のチャナの緑の髪に、夕暮れの橙が混じり、アンズやハトバと同じ茶色に見えているのは、果たして偶然なのか。
「ところで石って、チャナさん何かアイテム持っていますか?」
「えっ?持ってる訳ないじゃない。
ハトバかアンズが持ってるんじゃないの?」
「モブがそんなもの持ってる訳ないでしょ。
石じゃなくても、チャナが受け取った招待状とか光ったりしないの?
ココアさんなら、何か仕込んでそうじゃない?」
「手を繋いでるから今は出せないってば、キュロットスカートのポケットには入ってるから助ける気があるなら勝手に光り出すはずよね?
ねっねっ!」
三人で何か光り出すものがないか確認したが、残念ながらそんなものは無く、落下速度を軽減することはできなかった。
その間十数秒。
「ハハハハ、落下速度落ちそうにないですね。
スカイダイビングなら、最終的にパラシュート開くようなんですけど、僕たち何も背負ってないし。」
ハトバは早々に諦めて「もう、後は落ちるだけですね。」と、上空に舞う自分と、ご都合主義的な考えに涙を流した。
「死なないのは分かってるけど、怖いのは怖いって。
この落ち方だけ、変なリアル感もたせるのはやめてほしかったわ。」
人の顔がはっきりわかる距離まで来るとアンズも覚悟を決めた。
ズンッ、ズンッ、ズンッ
手をつないだまま、とんど同時に地面にめり込んだ三人が足を離してから落ちるまでの様子をカーラはその場からニヤニヤと眺めていた。
「ケケケ、今回も見事な姿絵ならぬ、姿穴が完成したんじゃない?
三人が手を繋いで落ちたら、花の形をした人型の穴ができて、予想以上に良い出来で満足。
人型の穴は合計4人分、落ちて行く様は面白いし、何と言っても芸術的。
これはやめられない。」
ご機嫌なカーラは、小さな蝙蝠に戻ると、パタパタと上下左右に体を揺らしながらココアの城に戻っていった。
「それにしても、ここまでされた蝙蝠に何の罵声も出ないなんて、お人よしグループってことですかね?
ケケケッ」
「いたたたた、って、いや、痛くはないんだけど、気持ち的にはかなり痛かったわ。」
人型の穴から抜け出てきたチャナは、肩に手を添えて首をポキポキと音を立てて回した。
乱れた髪と汚れた服で自分が落ちてきた空を見上げ、
スカイダイビングのパラシュート無しってこんな感じなのね。
絶対リアルではやららい。
とは、チャナの心の呟き。
「チャナ、今更だけど、確かチャナは招待状を受け取った招待客じゃなかったかしら。」
続いてアンズが人型の穴をよじ登って、その場にへたり込んだ。
「そうですね、これは招待客をもてなす態度とは思えませんし、ココアさんらしくも有りません。
きっと、あのカーラっていう白い蝙蝠が独断でやったことだと思います。
サポートキャラって、ヒフミヨイといい、我が強くて自由ですよね。」
最後にハトバが人型の穴をよじ登って出てきて、困った様子で仕方ないと泥だらけになった服を掃っていると、自分たち以外の人型の穴があることに気がついた。
「あそこ、もう一つ人型が有りますよ。
しかも僕たちの穴よりかなり深いです。
同じように落とされた人がいたんでしょうね、お気の毒に。」
「そうね、誰だか知らないけど、形からして女の子かしら。
カーラは男女関係なく、というか全く区別なく平等に落とすみたいだし。」
自分たちが作った人型の穴と、城門近くにあったもう一つの人型の穴とを見比べて、それがセンヤだとは知らずに穴の深さの差に同情の言葉を漏らした。
同情を寄せながらも、城門を通らなければいけない三人は、人型の穴の横を通り、閉ざされた鉄格子の前まで進むと、鉄格子の中の異様な雰囲気に圧倒された。
「うーん、この高くて重くて、がっしりとした鉄格子の黒い城門を、あちら側にいる人間とは思えない人たちに開けてもらわないといけないってことよね。」
あちら側、しっかりと施錠された鉄格子の中には、整えた白髪に落ち着きのある立ち姿、品の良いスーツ姿の老紳士、風、顔色は悪く(緑色)目は窪み(奥に白光が見える)、白い手袋(赤茶色のシミが浮き出ている)をした男性と、大きな四角い体を鉄色のスーツで身を包んで、頭はどう見てもただの球体(煉瓦い色)、黒丸の目にどこに鼻口があるのか分からない、隣の男性(?)の2倍ほど背の高い男性(女性かも知れない)が並んで立っている。
「人間とは思えない人たちって、どっちなんですか?
人間ではないんですか?人ってことですか?
どちらにしろ、怖いんですが。」
混乱したハトバがチャナに詰め寄り、逆にアンズは変に冷静になっている。
「ゴーレムとゾンビのコンビ?
騎士ではなく、スーツ姿の門番というのは評価できるけれども、どちらも目が死んでるわよね。
この門を開けてくれるのかしら、チャナ、念のために招待状を見せてみる?」
チャナがフルフルと頭を振ると、ハトバがその頭を両手で押さえて、中の門番の二人にチャナの視線の先を固定した。
「何だかさっきから、チャナさんの方をじっと見ているようですよ、たぶん。」
「一人は目が黒点だし、1人は目が奥にくぼんでいて白光りして瞳孔がどこ向いてるのか分かんないのに、ハトバはどうして私の方を向いてるってわかるのよ。」
チャナは怖さを紛らわせるために、勢いをつけてハトバを肘で突くと、ゴーレムがハッとして自分の肘でゾンビの肩を突いた。
ゴーレムに勢いよく肩を突かれて数メートル飛び、グシャッと変な音を立てたゾンビからハトバは慌てて目を逸らしている。
「ほら!あのゴーレム目が無くても、何かに気がついた様子が見てとれたじゃないですか。
しかもチャナさんのまねをしてるし。」
「偶然じゃない?」
ゴーレムに腕を突かれ倒れたゾンビの腕があらぬ方向に向いているが、それをハトバだけではなくチャナもアンズもスルーする。
倒れたゾンビにゴーレムが手を貸して立ち上がらせると、ゾンビはハッとしてスーツの土をはらい身なりを整えた。
「コホンっ」
一斉に振り返ったチャナたちの注目を集めると、咳払いをしたゾンビがウィンクをしている。
くぼんだ目でウィンクするゾンビは不気味だが、チャナは引き攣った口で精一杯の笑顔を作った。
「あなた方は招待状をお持ちですか?
お持ちであれば招待状を拝見させていただけますか?」
丁寧な物言いと洗練された動き、先ほどゴーレムに転ばされたばかりだとは思えない落ち着いた雰囲気。
鉄格子の間から差し出された手袋が破けてしまい、手の半分に骨が見えていなければ、作り笑いで不気味さを堪えていたチャナたちも悲鳴を上げなかっただろう。
ーーーーー
セツキテリトリーの拠点城から離れている場所に、岩ばかりの山が有り、そこからは鉱石や宝石の原石、何故か磨かれ装飾が施された宝石までが出る。
ココアテリトリーの黒い鉄格子の城門前の人型の穴を作った当人であるセンヤは、その宝石を目当てにして、まだセツキテリトリーにいた。
「お嬢さん、今日も精が出るね。
こんなに鉱山に来てくれるなんて、この鉱山を作った甲斐があったよ。」
鉱山の穴の中をランプ片手に奥を目指していたセンヤは、その先客の声を聞くと背筋に寒いものが走った。
持っているランプが意味をなさないほど明かりが煌々と輝くなかで、ピクニックシートを敷いてサンドイッチをほおばっているセツキ。
「セツキ、さん。
ここで悠長にピクニックですか?」
本日も自分を訪ねてきたセツキに、センヤは力の入らない目を向けた。
「もちろん、ピクニックではなく、か弱いお嬢さんが鍬を持って鉱石を掘るのを手伝いに来た。」
「そんなに毎日来ていただかなくても大丈夫ですよ。
セツキさんが持っている大きな鍬では、埋まっている鉱石が片っ端から粉々になってしまいますし。」
「ハッハッハッ、何遠慮することはない。
何ならサンドイッチはまだ沢山あるから、一緒に食べようじゃないか。
しかも、今日は俺のギルドにいたAIキャラも応援に来てくれたぞ。
ドーンと大船に乗った気でいてくれ。」
「ドーン、ですか。
それならAIキャラがきっとジャラジャラと沢山の宝石を集めてくれそうですね!
ナイスです、セツキさん。」
「おお、やっと俺の寛大さに気づいてくれたか。
俺の女神も美しいが、君もなかなか見る目が有りキュートだ。
運命の女神がいなければ、君に惚れてたかもしれないな。」
「はははははっ、その運命の女神に俺は感謝しないとダメですかね?」
「むっ?そうだな、とても美しく可憐な人で、彼女も俺のことを運命の相手だと思っているはずだ。」
セツキが連れてきたAIキャラたちは、セツキが食べ終わった後のピクニックシートや食器を黙々と片付け始めた。




