045 誤算3
コウガたちと話しているタクトに背を向けたブランは、腰の剣の柄に手を掛け、敷き詰められた白い石の上を歩いていた。
白い石は踏むと砂利のようにぶつかり合い軋む音がするものの、1つ1つの石は磨かれたように丸く、あまり角ばったところはない。
その音も、先ほど大破したコウガとオウカの乗っていたトロッコの次に来たトロッコの、線路の上を猛スピードで走る滑車の音の響きにかき消される。
「さっきトロッコを降りる前に見えていた園内を走る汽車の路線駅は、この辺だったと思うんだけど、もう少し先かな?
上から見ていたから距離感が掴めてないのかも?」
白い石の上を先に進むブランは、タクトのいる位置からどんどん離れて霞んでいった。
「そういえば、さっきヨウキさんがいたような気がしたんだけど、気のせいだったかな?
トロッコが壊れる寸前に、白い石の道の向こうっ側に立っていたような、いなかったような?」
オウカはヨウキの姿を見つけようと体ごと360度回転させて見回してみたが、見あたらなかったようで首を振った。
「ヨウキさん?
よく分かったね、どんなアバターだった?」
「あれ、タクトさんはまだ会ってなかったんですね。
私たちはログインポイントから真っ直ぐこっちに来たんで、最初にヨウキさんに会ったんですよ。
そのヨウキさんは、自分の姿をそのままアバターに使ってましたよ。」
「それは、ダメなんじゃ、いや、ルール制限には入ってなかったっけ。
個人を特定できるようなことをしてはいけないというだけで、自分自身の姿を使ってはいけないというルールではないか。」
オウカの頭の上を回るように飛び、タクトも周りを見回してみたがヨウキの姿はどこにも見当たらない。
「まっ、他人がリアルな人の肖像を借りるのはNGですけど、本人ならいいんじゃないですか?」
見た目は小学生低学年くらいの子どもと、黄色く丸いモフモフのヒヨコが和やかに話している姿に、自分も子どもの姿をしていることを忘れているコウガは、ほのぼのと癒されていたが、ふと、見上げた空に茶色い羽を広げた何かが近づいて来ているのを見つけた。
「オウカ、あの牧場の向こうから近づいてくる、茶色いの、あれなんだと思う?」
オウカや他のメンバーもコウガの視線の先の空を見上げた。
「茶色の点が近づいて来てますけど、三角の羽を広げた鳥、ですかね?」
「かなりのスピードで近づいてきますけど、だんだんプテラノドンに、見えてきました。」
それは、タクトにはかなり見覚えのある姿だった。
「あれは、チャナテリトリーにいたプテラノドンかな?
人間以外を襲わない、調子のいいモンスター。」
メンバー全員がギョッとしてタクトに視線を集中させた。
「チャナテリトリーにいたってことは、わざわざテリトリー線を越えてきたってことですか?」
「えっ、我々はそのプテラノドンに襲われて食べられるんですか?」
「モブとは言えそれはあんまりでは。」
「大丈夫、基本草食の恐竜だから、食べられはしないかな。
攻撃されるだけで。」
「攻撃されるだけでも十分に嫌なのですが、ところでプテラノドンの上になんか白いものが乗っていたような気がするのですが。
気のせいか。」
「私も白いものがあったような気がしたのですが、雲か何かの見間違いでしょうか。
どちらにしろ食べられないのであれば良しとしよう。」
タクトの言葉に、コウガ、オウカ、その他のメンバーが胸をなでおろしている頃、ブランは白い石の砂利道をひたすら前に進んでいた。
だが、かなり歩いてきたのはずなのに、ブランは目的の駅を見つけられずにいた。
「おかしいな、もうそろそろ駅についてもいいと思ってたんだけど、方向を間違えた?
でも、間違えたにしても、変だ。
テリトリーの内側を目指していたはずなのに、先の方に外側にあるはずの半透明の白いテリトリー線がある。」
不審に思い足を止めたブランに1人の男性が声を掛けてきた。
「こんにちは、こんなところで何してるの?
1人?」
黒に一筋緑の線の入った髪の背の高い男性だった。
「えっと、こんにちは、1人じゃないけど、ちょっと迷って。」
戸惑い、男性の問いに返事をしていたブランは、男性の肩に可愛いモフモフの黄色いヒヨコが目を閉じてウトウトと揺れながら留まっていることに気づき、目を見開いた。
「た、タクト、何でそんな奴の肩に。」
「ん、これ?このヒヨコ、タクトっていうんだ。
さっき、トロッコが大破したでしょ?
その近くで拾ったんだ。」
トロッコの話を聞いたブランは、先ほどテリトリー線の外で起こったトロッコ大破のことを思い出し、男性の話を信じてしまった。
「タクト、起きて!
目を覚ますんだ!」
ブランが男性に駆け寄って肩に手を伸ばすが、大きく羽ばたく白い鳥がいきなり現れて手を掃われてしまった。
「なに?」
「こいつは、俺のサポートキャラ。
おかえり、もう白い石は必要ないよ、たくさん集めてくれてありがとう。」
サポートキャラと聞いてブランの顔色が変わった。
「えっ?サポートキャラってことは、お前はまさかここの。」
「君、主人公のブランだろ?
俺はこのテリトリーボスのヨウキだ。」
この男性がテリトリーボスなら、このまま、タクトを取られてしまう可能性が高い。
ブランは手を掛けていた柄をぎゅっと握りしめた。
「絶対、タクトは渡さない。
タクトは俺の大切な、」
「大切な?」
ブランがヨウキと対峙しているとき、タクトはまだ気づかずにいた。
「チャナテリトリーの恐竜ですか、こんなとこまで飛んできちゃったんですね。
テリトリーから出るなんて管理が行き届いてませんね。」
「すまない。
ここに来る前にチャナテリトリーを攻略したんだけど、細かいルール決めとかせずに、そのままチャナにレンタルしてきたんだ。」
タクトが申し訳なさそうに、黄色の羽を頭に当ててお辞儀をすると、目の前の面々が両手で顔を隠して悶えていた。
「タクトさん、その仕草可愛すぎます。」
プテラノドンが牧場の上に差し掛かると、牧場の中でゆったりと草を食んでいたモンスターたちがにわかに騒ぎ出した。
上空の高い位置を飛んでいるにもかかわらず、地上の牛モドキや馬モドキ、羊モドキに豚モドキにギャーギャーと鳴きわめかれてプテラノドンは困惑し、テリトリー線の前を行きつ戻りつ飛んでいる。
「なんだ、気の弱い奴ですね。」
「そう言えばティラノザウルス型のモンスターは、ウサギモンスターに攻撃されて泣いてたよ。
だけど人間には攻撃的でね。
遠慮なく倒してアイテムをドロップしてたかな。」
「アイテム落とすんですか、あいつ!」
「コウガさん!倒しましょう。
折角だし、アイテムドロップさせてみたいです。」
「おう!そうだよね、オウカ、行ってみよう。」
「コウガ、ほどほどに楽しむようにして、さっきの話だけど後から仕様変更とか、シキに言わないようにね?」
ヒヨコの姿をしていてもタクトの圧を感じたコウガは、小さな頭で何度も頷いた。
遠巻きに見ていた他メンバーにも視線を投げると、皆一様にタクトに向かって小さな頭を何度も頷かせた。
「うん、分かってくれたみたいでよかった。
それじゃ、ブランを追いかけないと。」
すでにタクトの視界にブランはいない。
小さな花壇や遊具が点在し、その間にある白い砂利が敷かれた長い小道が伸びているだけだった。
「ブラン?」
テーマパークだけあって、白い砂利が敷かれた長い小道以外にも方々に行く狭い通路が沢山あり、ブランがどちらに行ったのか全く見当がつかない。
タクトは飛行機のように羽を左右に広げて、まっすく高度を上げて飛び、ある程度の高さで園内を見下ろすとおかしなことに気がついた。
「おかしい、テリトリー線が妙に入り組んで曲がっている。
まさか、このテリトリー線はダミー?」
しかも、テリトリーの内側に続くはずの白い砂利道の向こうにあるはずの無いテリトリー線が延びている。
「あのテリトリー線の近くにいる人影は、ブラン、と?」
タクトがやっとその2人に気がついた時、ヨウキはブランに挑戦的な態度を向けていた。
「ふーん、何が大切なのか言えないのか、じゃ、こんな事したらどうする?」
ヨウキはウトウトしているヒヨコを片手で押さえて自分の顔に寄せるとその頬にキスをした。
「ちゅっ」
ヒヨコは一瞬だけ目を見開いたが、ニタァと笑いまた目を閉じてウトウトしだした。
「ゆ、許さない!俺の父さんに何するんだ!」
ブランは剣の柄を振りヨウキの肩にとまるタクトを思いっきり薙ぎ払い、テリトリー線の外まで飛ばした。
「どうだ、テリトリーから出られないお前に、タクトを手に入れることはもうできないだろ!」
タクトを飛ばしたテリトリー外に向けて走り、ブランは得意げにヨウキを見たが、ヨウキは慌てることもなくあっさりとテリトリー線を超えた。
「えっ!何故?」
ブランがちゅうちょしている間に、ヨウキの肩にとまっていた白い大きな鳥が、飛ばされたタクトを捕まえて、またヨウキの肩に戻していた。
「だめだ!渡さない。」
ブランが剣の柄から剣を引き抜こうとした時、ヨウキは白い砂利に向かって手を伸ばして叫んだ。
「捕縛!」
白い砂利石が次々と卵のように2つに割れ、その中から延びてきた糸がブランに次々とまとわりついて、動きを封じた。
「クッ、何するんだ!」
「何するって、君が剣を振り回せないように動きを封じたんだ。
主人公だけあって、剣を向けられたら敵いそうにないからね。
そして、もちろん、このままタクトも捕縛させてもらう。」
ヨウキは肩のヒヨコを手に取ると、大きな鳥の足に持たせた。
「じゃ、これを持って飛んで行って、そのまま上に放り投げてくれるかな?」
大きな白い鳥は、左右に360度近く首を回転させると、ヨウキの真上高く飛び上がって、雲の上まで来るとさらに上に放り投げた。
「タクト!」
捕縛されて思うように動けないブランの悔しさを思わせる高い声が響いた。
「へーそんな声も出せるんだ。
AIは”悔しい”の意味説明はできても、動作や仕草的に行うことはできないと思っていた。
その辺はプログラマーの努力というところだろう。」
一つ頷いた後に、上に高く舞い上がったタクトに向けて手を伸ばしたヨウキは、自分を睨むブランを挑戦的な目で一瞥した。
「どうするブラン。
かなりの高度まで飛んでるけど、いずれは落ちてくる。
そのタクトをテリトリーボスである俺が受け止めて捕縛すれば、わかってるよね、俺の勝ち。
そうしたら、君はゲームオーバーだよ?」
「嫌だ!絶対渡さない、今度こそ一緒にいるんだ。
ほんとは、俺だって。」
泣きそうなブランの横を風が吹くと、ブランを捕縛していた糸が次々と解かれ、次にブランが前を見たときには、見覚えのある黄色いモフモフのヒヨコの背中が目の前にあった。
「た、タクト?
えっ、でもあれは?」
「あれ、早かったね、もう来たのか。
もう少しで、主人公を戦意喪失させられたのに。」
肩をすくめたヨウキの横に勢いよく黄色いヒヨコが落ちてきて、足元の土にめり込んでいた。
めり込んだヒヨコを気にすることもなく、目の前のヨウキにタクトは1つの質問を投げかけた。
「ところでヨウキさん、最近アオバとはどうなんですか?」
「アオバとは、、、
個人情報なのでロックされてるから、解答はむりだな。」
これで確信できた。
「そういうことかな。
可能性はあったのに、まったく考慮できていなかった。
ダミーや罠を仕掛けて正しく勝ちに来ている。
やっぱり、このヨウキさんはAIだった。」
「タクト!!!」
捕縛から解放されたブランが走ってタクトを両手で掴むと胸に抱きしめた。
「分からない!
俺、さっきなんて言ったのか全然覚えてないのに、タクトを取られるのは嫌だ。
一緒にいたい。」
タクトはブランの好きなように抱きしめられたまま、ため息とともに自分の考えの甘さを嘆いた。
「、、、記憶の戻り方にバグがあったんだな。
これは誤算だった。
泣かせたくはないんだ。
様子見で興味本位を優先すべきじゃなかった。」




