043 誤算1
「タクト!」
ブランの悔しさを思わせる高い声が響いた。
「へーそんな声も出せるんだ。
AIは”悔しい”の意味説明はできても、動作や仕草的に行うことはできないと思っていた。
その辺はプログラマーの努力というところだろう。」
上に高く舞い上がったタクトに向けて手を伸ばしたヨウキは、自分を睨むブランを挑戦的な目で一瞥した。
「どうするブラン。
かなりの高度まで飛んでるけど、いずれは落ちてくる。
そのタクトをテリトリーボスである俺が受け止めて捕縛すれば、わかってるよね、俺の勝ち。
そうしたら、君はゲームオーバーだよ?」
ーーーーー
数時間前に虹色の飴細工の橋を渡ったブランは、1人先を急いでいたが、道とは言い難い草原を進むにつれて、それまでとは全く異なった景色に変わっていくのを感じていた。
これまで通ってきた場所は、見るからに危険要素の含まれた渓谷や山合い、道とは言えないゴツゴツとした岩場などをだったが、飴細工の橋を渡り、対岸から次のテリトリーに近づくにつれて、無分別に重る森の様相では無くなり、平地に背の高い木々が植林された林のように変わった。
さらに進むと、背の高い木々と低木が入り混じり、草原の所々に鳥が羽を休めるための木がある程度になった。
そこまで進むと、奇麗に生え揃った牧草地のなだらかな丘の斜面以外は視界を遮るものも無く、1つ目の丘を登ると人工的に作られたであろう幾つもの細い丸太を繋げた柵の囲みがあった。
柵は広い範囲が囲まれており、それぞれの囲みの中に飼われている動物たちが思い思いにくつろいでいる。
「あれは、何の動物だろう?
牛?馬?ロバ?」
「動物というより、牙もあるし、何なら尻尾の先が悪魔の尻尾みたいに尖ったものもいるから、モンスターじゃないかな?」
ブランが物珍し気に柵の中の動物たちを眺めているが、どう見てもモドキなモンスターしかいない。
柵と柵の間は人ひとりがやっと通れるくらいしか開いていない。
幾つもの木の柵の間を抜けるように歩いたが、狭くなる一方で、そこが柵の隙間なのか道なのかも分からないくらいの狭い境目になった。
「あれ?スクリーンみたいなものが見える?」
狭い柵の間を体を横にして進んで行くと、遠目に半透明の白いスクリーンが降りている場所があり、それは横にずっと広がっていた。
「半透明の光の線、というよりは本当にスクリーンのように見えけど、あれはヨウキテリトリーの境界だな。」
チャナテリトリーの境界線とは異なり、真っ直ぐには伸びておらず、半透明の白いスクリーンはオーロラのように揺らいでいる
おかげで境界線の向こうのテリトリー内の様子が分からない。
「この牧場を作った人もあの中にいるのかな?」
「どうだろう?
この牧場自体はまだ、テリトリー内では無いから、どちらもありえるかな。
テリトリー内で暮らすAIか、テリトリー外例えば、この丘のどこかに住み着いている、何かか。」
あえて、人とは言わないのは、AIキャラは各テリトリー内の街の発展を担う役目を与えられているため、テリトリーの中を好むように作られている。
テリトリー外にこれだけのものを作るのは、恐らくAIキャラでも住人としてプログラミングされていない何かだろう。
もしくは、テリトリーボスの策略か。
「あのよくテリトリー内を隠すように覆われている境界線はのボスは、たぶん、4つのテリトリーの中での難易度が一番高い。
と思う。」
だが、ヨウキがそこまでガチに勝ちに来るとも思えず、タクトは言葉尻を濁してしまった。
「思うって、そうなの?珍しくはっきりしないんだ。」
「これも予想だけど、イベントキャラからもらった”食べたら死ぬキノコ”と”赤い薔薇の飴細工”は、恐らく、このテリトリーボスのサポートキャラの物ではないと思う。」
こちらは、同じ「思う」という表現でも、自信ありげだ。
タクトが小さな羽でブランを頭上から仰ぐと、ブランはヒヨコを頭の上に乗せたまま、勢いよく木の柵に手を掛けて柵の上に飛びあがった。
「ふーん、そうなんだ。
何でそう思うのか俺には分からないから、それは俺が試してみるよ。」
細い丸太の木の上をバランスを取りながら、ブランはぶっきらぼうに言い放った。
両手を横に伸ばしてバランスを取りながら進むブランの頭の上で、ブランの体の動きに合わせてユラユラと体を動かしながら、タクトは「やんちゃ要素には反抗期要素も含まれているようだ」と小さく呟いた。
「試してみてもいいけど、違ったらせっかく手に入れたアイテムをダメにされる可能性のあるから、気を付けてね。」
「えっ、それ何?
ダメにされるとどうなるの?」
「そうなったらもう一度イベントキャラを探して、入手するしかなくなるかな。」
柵の上を歩くブランの足元に、気配もなく柵の中で草を食んでいたはずの牛のような動物が、いつの間にかわらわらと数頭近づいてきていた。
タクトがブランの頭の上から下を覗き込むと、牛の頭を持った動物が大きな口をパカッと開けて、鋭い牙を光らせた。
「ブラン、よけて!」
ブランが片足を上げると、牛のような動物は開けた口を閉じたところだった。
「まだ、次が横並びになって口を開けてる、避けながら走れ!」
ブランは器用に両足で木を蹴って数メートル先の丸太の上にジャンプした。
「危なかった。
そのまま立って歩いていたら足を食いちぎられるところだった。
やっぱりモンスターだったんだ。」
「しかも、あの牛もどき、口の中の歯がサメのようにとがって多重になっていた。
どうやらここは、モンスターの牧場みたいだな。」
「タクト、あの牛モドキたちこっちに歩いて来てるけど、草食じゃなくて肉食なのかな?
とりあえず、次の象モドキみたいな動物の柵のとこまで走るから、しっかり捕まって!」
走るブランの頭にしっかり捕まったタクトは、後ろで歯をガチガチと鳴らしている牛モドキたちを見送りながら、嫌な違和感を感じていた。
「今いるこの場所はテリトリー外のはずなのだが、何故か人工的なものが多い?
構成が複雑で、すべての仕様を叩きこんでる訳じゃないけど、これは明らかに違う要素?もしくは条件が入っているように思えるな。」
牧場の木の柵の端まで来ると、ブランは勢いをつけてジャンプした。
着地した場所からは、先ほど遠目に見えていたヨウキのテリトリーを囲む半透明のオーロラのような光の揺らぎがはっきりと分かるほど見えていた。
半透明な境界は、その近くまで来ると中の様子も若干分かり、その内側に大きな案内看板が立っているようだった。
「タクト、あの大きな板は何だろう?」
「うん、看板が建てられているようだけど、こちらからは何が書かれているのか見えないね。」
「じゃ、このまま進むよ。」
大きく足を踏み出したブランは、迷わず半透明のカーテンを突き進むと、大きな看板の足の下を潜り抜けた。
「・・・・。
タクト、あれ何?」
看板の下を潜り抜けてさらに走ろうとしていたブランの足は数歩進むと止まり、目の前に広がる光景に唖然とした。
「あれは、お城の天辺から窓に入り、そこから中を通り抜けるジェットコースター、的なものかな?」
狭い線路の上を誰も乗っていない木の板でできたトロッコが滑車を滑らせてゆっくりと城の頂上まで登って行くところだった。
ブランとその頭の上にいるタクトが、下を潜り抜けた看板を振り返ると、このテリトリーの各ゾーンについての案内MAPと説明が書かれていた。
「なるほど?
ヨウキテリトリーはは、テーマパークみたいな構成らしいな。
しっかりと区画が分かれていて、各ゾーンごとのテーマによって、管理されてるっポイ。」
ヨウキらしくないような、らしいような、腑に落ちない気はするが、確かにここはヨウキテリトリーだし、本人に聞かなければこのテーマパークの意図は分からない。
席が前後にある二人乗りのトロッコは城の頂上まで登りきると、徐々に角度を変えると急こう配を滑り落ちはじめた。
滑車が急回転する盛大な音に驚いたブランが城の方を振り返ると、トロッコが城の天辺から、急こう配を落下する勢いで走っていた。
トロッコを目で追っていると、すぐにカーブを曲がり、大きな窓から城の中へとトロッコは消えていった。
「俺、あの城に何だか、嫌な感じ反面、懐かしいものを感じるんだけど、気のせいかな?」
「あーーーー。うん。そうかも。
俺も何だか懐かしい気がするし。」
それは、いくつか前にリリースされた、ブランが主人公の本来のゲームに出てくる城と同じ構造だった。
「まぁ、自社作品だから著作権や知的財産権とかには引っかからないから、いいのかな?」
「看板に書かれているけど、あの城はテーマパークのトロッコゾーンの一部らしいね。」
2人が見上げた看板には、「現在地」、「テリトリーボスの城であるログハウス」の位置などが書かれていて、テーマパーク説明看板前から徒歩3日のところに、テリトリーボスの一番のお気に入りのアジサイ園があり、アジサイ園の中央にテリトリーボスのログハウスが記されている。
「徒歩3日か、案外近いな。
このテリトリーもテーマパークにしては広いけど、テリトリーとしては他3ヵ所より一番狭いし。
10日もあればテリトリー内を徒歩で回れる感じか。」
「徒歩で10日なら、走ると3日くらいで着くかな。」
「今のブランなら、止まらず、休まずでそれくらいで着きそうだけど、本気?
俺に乗ればものの数分で着くよ?」
「俺は、全部自分でやりたいんだ。
折角解放されたんだから、タクトの力を借たら意味ないし、自分でやらないと、でないと、、、。」
あれっ?とその先の言葉が出てこずにブランは首を傾げた。
「でないと、、、なんだっけ、誰かの顔が思い浮かびそうだったんだけど。
まあいいか。」
考えることを放棄したブランに、看板を見ていたタクトは、道沿いに進むよりもっと早く行くテリトリーボスの拠点まで行く方法があることを見つけた。
「わかった、けど、もう少し近道はあるみたいだよ。
地図を見てごらん」
タクトが羽の先を向けた看板の場所には園内を回っている汽車の路線図が書かれていた。
「ほら、あのさっき城の中に入っていったトロッコ、城を出たらそのまま火山を模した山の天辺まで伸びて、そこからカーブで折り返してるだろ?
折り返し地点で飛び下りたら、ちょうどこのテーマパークの4分の1の場所まで行ける。
その近くに、園内を走る汽車の路線駅があるみたいだから、それに乗ったら半日で着くんじゃないかな。」
「あ、ほんとだ、他にもショートカットできそうなところがいくつかある。」
「うん、ついでに遊べるし、いいんじゃないかな?
俺は、空を飛んでついて行くから、1人で好きなように進むと良いと思う。」
「空を?・・・うん、わかった。」
曖昧なブランの返事をかき消すような悲鳴が、ゾーンを一周して戻ってきたトロッコから響いた。




