038 セツキとモブ
「これ、一回ログアウトして、セツキテリトリーに一番近いモブログインポイントにログインした方が早くないですか?」
モブ装備のハトバとアンズは早々に音を上げていた。
チャナテリトリーからモブログインポイントに引き返して、反対側に進む、と言っても、どのテリトリーにも属していない領域はかなり広い。
ゲーム世界の地球が小さいとはいえ面積だけなら20,000平方キロメートル大雑把にいうと四国と同じくらいはある。
「いえ、山あり谷ありって言っても、リアル程険しくはないし、疲れもしませんけど。」
「でも、せっかくゲームの中にいるのに、登山してるだけってもったいなくない?」
「もっとカード使って楽に行くとか、何でお遍路さんの格好で地味に歩いてるんですか?
チャナさん!」
「なんでって、ちょっと反省しようと思って。」
「反省するって、その御朱印長みたいなものは何ですか?」
「いえ、それって明らかに御朱印帳よね?」
チャナは懐から見えていた御朱印帳の角を中に押し込み、口笛を吹いた。
「もうバレてるって、スタンプラリーでもやる気みたいだけど、今やってる全年齢向けのα版にそれないからね。」
アンズがチャナが隠した懐の御朱印帳を無理やり取り出すと、チャナが必死に縋り付いてきた。
「え?無いの?スタンプラリー?
でも、でも、ほら、マップオープン!」
チャナは右手をアンズが持っている御朱印帳にかけたまま、左手に地球を出して見せた。
「ほら見て、スタンプマークが白で出てるし、隠しスタンプマークも黒で見えにくいけど出てる。」
アンズとハトバがチャナの出した地球を見ると、確かにスタンプまーっくが表示されていた。
「「これって、不具合じゃない(ですか)?」」
声を揃えて言うアンズとハトバにチャナは首を大きく振ると、更に大きく口を開けた。
「そんな、マシロさんが企画したゲームに不具合があるなんてことないでしょ。」
何馬鹿なこと言ってんの?という口調のチャナに、ハトバは思わず潤んだ目を向けた。
「ちゃ、チャナさん、気をしっかり持ってください。
確かにサブプレイヤーに選ばれて早々にクリアされたショックは、ボクには測り知れません。
けど、何のためにここにいるのか、思い出してください。」
「だから、思い出すも何も、テストプレイヤーとして、、あっ。。。」
アンズは持っていた御朱印帳をチャナの手に戻し、その手でチャナの肩を叩く。
「そう、テストなのよ、これは。
だから、仕様ではないことは報告する義務があるの。
どんなに面白そうなことでもね。」
「うう、せっかくスタンプラリーできるのに、報告しなきゃいけないの?」
アンズとハトバは揃って首を縦に振った。
「一度ログアウトして、セツキテリトリーに一番近いログインポイントに行くの決まりね。」
「チャナさんは、入力項目多いんですから、ちょっと時間を空けましょうか?
俺たちだけで先に進んでも?」
「うん、あとから追いつく。
スタンプラリー、全年齢向けの対応についても、意見出しときます。」
泣く泣く御朱印帳を懐にしまったチャナと、アンズとハトバは、声を揃えた。
「「「ログアウト」」」
ーーーーーー
セツキテリトリーに一番近いログインポイントに姿を現したアンズとハトバは、装備を改めることにした。
「このログインポイントに装備交換のお店がありましたよね。」
「そうね、セツキテリトリーに入る前に、この、ザ・モブって衣装と交換してくれるところを探しましょう。」
2人がお店を探そうと一歩踏み出すと、少し離れた場所に座っていた金髪のお姉様に声を掛けられた。
「あら、あなたたち、これからセツキテリトリーに行くの?」
頭にIDの頭文字が表示されているということは、オフィスメンバーがプレイヤーのアバターだ。
わざわざ声を掛けてきたということは、何かあるのかもしれない。
「はい、えっと、セツキテリトリーで何かありました?
さっきまでチャナテリトリーにいたので、他のテリトリーのこと良くわかってなくて。」
金髪のお姉様の瞬きは、長い金色の睫毛が揺れ動く、美しいのかおかしいのか微妙なものだった。
アンズはハトバの胸を小突いて笑いだすのを止めたが、お姉様はそれを特に気にする様子もなく、手であごを抑えて困った仕草を作った。
「セツキテリトリーね、今、変な人が沢山いて。
あっ、変な人ってIDプレイヤーのことね。
AIキャラもいるけど、その子らは全然普通で、設定どおりの子たちだから。」
「「なるほど、そうなんですね、教えていただいてありがとうございます。」」
目の前の金髪のお姉様もだいぶ変に見えるけど、同じモブだし、正体のわからないアバターに失礼な態度をとる訳にも行けないし、とチャナをいつも止めている常識人の二人は、無難な笑顔で乗り切ることにした。
「あなたたち、チャナテリトリーからきたって言ったっけ?」
「「はい。」」
さっさと次のテリトリーに行きたいのだが、ものの言い方、喋り方から、金髪のお姉さんアバターの人は恐らく目上の人だろうと推測した二人は、あくまでも常識的対応をしている。
「主人公に攻略されちゃったみたいだけど、チャナって人はどうしてるの?
モブ落ちよね?」
「あ、はい。
えっと、今はいません。」
この言い方だと、チャナには直接会ったことは無くて、でもルールには詳しい人ということになる。
「あの、それが何か気になることでも?」
ハトバが気になって聞いてみると、金髪のお姉さんは1枚のカードを取り出した。
「もし、チャナって人とオタクらが知り合いなら、セツキテリトリーに行く前にこれを渡そうと思って。」
「えっ?ここって物々交換が基本ですよね、交換できるものないですよ?」
「やだ、モブテリトリーは、そのルール緩いのよ。
あげたい人ともらいたい人がいれば、OKってルールもあるの、
押しつけはダメだけど、お互いに納得していれば、ただで物が渡せる訳。」
「そんなルールがあったなんて、知らなかった。」
「じゃ、装備ももらえるのかしら?」
アンズが期待に満ちた目を向けたが、お姉様は首を振った。
「このルールはIDプレイヤー同士に適用されるから、相手がAIキャラだった場合は、交換品を求められるわ。」
親切に色々教えてくれる金髪のお姉さんが持っているカードは、ある種のイベントカードだった。
「ところで、そのイベントカード、チャナに渡してどうして欲しいんですか?」
お姉様は待ってましたとばかりにアンズの手を取った。
「渡してくれるの?
だったら、セツキの城の近くでこのイベントを発生させてほしいの。
チャナって人だったら、きっと、こちらから何も言わなくてもイベント発生させるんじゃないかって、言ってたから。」
「そ、そうですね。
チャナはこういう可愛らしい系のキャラ好きですし、場所を問わず発生させちゃうと思います。」
アンズは、手を握り締めてきたお姉様のキラキラ睫毛に気を取られて、強引にカードを受け取らせられてしまった。
「あの、ところで、変な人って具体的に教えてもらうことってできますか?」
横でアンズを押し切るお姉様に、ハトバは脅威を覚えながも勇気を振るって聞いてみると、あっさりとその名前を教えてくれた。
「ああ、センヤって人ね。」
「「はぁ。」」
「あら、知ってそうね。
どっちかというとセンヤは問題じゃないのよ。
いえ、問題だけど。
じゃっ、グッドラック!頑張って!」
「「えっ?どっちですか?」」
アンズとハトバが引き留めるのも気にせず、渡したいものを渡し、言いたいことを言ったお姉様は「私もうそろそろ仕事に戻るので」と言い残し「ログアウト」してしまった。
「「チャナ(さん)って、何故か分からないけど、思ったよりあちこちから期待されている(ます)よね」」
ーーーーー
セツキテリトリーの境界線まで来たアンズとハトバは目を疑った。
セツキテリトリーに続く8つの道を繋ぐ境界線上に、青銅の像が並んでいたからだ。
「下からのテリトリー線を表す光に充てられていて、青銅が真っ赤っ赤、に、見えますね。」
「そうね、真っ赤だわ。
青銅というより、銅像?」
「この像のモデルがセツキって人ですよね、きっと。
ここに行くんですか?やめませんか?」
「そうね、私もちょっとそんな気がしてきたかも。」
引き返そうと回れ右しようとした二人の耳に、地響きのような音が聞こえてきた。
音はどんどん近く大きくなり、それに続いて地面の揺れもひどくなってきて、”ような”ではなく完全な地響きが迫ってきて、目の前で止まった。
2人が微動だにせず立っていると、大柄でムキムキの体系を隠し切れない白いシャツを着た、黒髪短髪の男が二人の前に影を落とした。
「ようこそ、セツキテリトリーに。
君たちは、頭の上にIDがあるということは、モブプレイヤーか。
俺はこのテリトリーのボス、セツキだ。
歓迎する。
さぁ、入ってくれ、その線を越えて、さぁ。」
引きつった口角を上げたハトバは、大男の顔から目が離せないながらも、隣に並ぶアンズに確認した。
「青銅と同じ顔ですよ、どうしますか?
アンズさん。」
「圧が強すぎて見なかった振りをするには手遅れよね。」
「んっ?この青銅か?
サポートキャラのペガサスが、俺がいない間に一所懸命設置してくれてたんだ。」
「サポートキャラ、ですか。」
「そうなんだ、健気なやつでね。
俺としてはちょっと大袈裟ではないかと思ったんだが、折角設置してくれた努力を無駄にはしたくなくてね。」
「そうなんですね。」
「優しいんですね。」
「俺が?優しい?
いや、当然のことだよ。」
大柄ではあるが、かがんで自分たちに視線を合わせて、照れて笑う姿は親しみがわく。
最初に自分の像をたくさん建てるボスに気味の悪い印象を持ってしまったが、それが誤解だと分かり、しかも自分は気に入っていないらしいが、サポートキャラの努力を無碍にしないために設置したままにしているということで、返って好感度が上がってしまった。
何だ、いい人なんだと顔を見合わせた二人は、セツキテリトリーに足を踏み入れた。




