033 テリトリー権限一時付与
お菓子の入った籐の籠を頭に乗せて両手で支えながらテーブルを回る子どもたち。
カフェテーブルに座る大人たちが手招きをすると小走りで近寄って、頭の上の籠を差し出し、お勧めのお菓子をたどたどしい口調で説明すると、説明を受けた大人たちは思い思いのお菓子を受け取って、思いつく限りの言葉で子どもたちを褒めてお礼を言う。
誰が一番多くお菓子を配れるのか、子どもたちは競っているようだ。
そんな和やかな中、街人に誘われてテーブルに座ったチャナとブランとその頭に乗っているヒヨコは、テリトリー貸し出しの権で揉めていた。
「レンタルできるかで言えば、できる。
説明書に書いて、いや、読んでないか。
実際、説明書を熟読せずにゲームスタートさせるユーザーの方が多いよね。
その為の女神機能なんだけど。」
「だって、せつめいしょですよ?攻略本じゃないんですよ?
説明書って、分厚いし、どこ読んでいいか分からないし、すごい難しくないですか?
目の前に広げられたって、読んで時間かけるくらいなら、行動あるのみですよ?」
「まあ、困ったらコールセンターって手もあるし、特にうちはユーザーレベルごとの手厚い対応してるし。」
「そうですよ!テストだからこそ、説明書もそこそこに読まないユーザーが自力でどこまでクリアできるかを、って、即攻略された私が言うことでもないですね。」
ヒヨコとチャナのやりとりを退屈気に見ていたブランの服の裾を、お菓子の籠を持った子どもたちがそっと引っ張った。
「どうしたの?」
どうやら自分の籠からお菓子を取ってほしい子どもたちが近寄ってきたらしく、ブランに期待に満ちた目をむけている。
「おにいちゃん、あのね、私の籠には奇麗なお花の形に整えた和菓子が入っているの。
今飲んでいる緑茶によく合うと思うわよ。」
「ボクの籠には、口の中でパチパチはじける飴や、お絵描きできるクッキーとか、楽しみながら食べられるものが入ってるよ。」
籠をテーブルの上に乗せ、お菓子を1つずつ紹介する子どもの頭の上に、AI文字が浮かんでいる。
「ここの子どもたちって、お菓子を配るのが仕事なの?」
籠の中のクッキーを受け取ったブランがチャナを見ると首を横に振っている。
「仕事じゃなくて、お茶会のときのそういう、しきたり?昔から続く文化的なもののつもり。」
籠の中から華をあしらわれた茶菓子をもらったチャナは、お礼にと子どもの頭を撫でている。
「子どもが大人にお菓子を配る文化?」
「私のテリトリーの子どもたちは、いつでもどこでもお菓子が出てくる籠を持ってるので、大人に分けてあげられるって、もう私のテリトリーじゃないですけど。」
ふと思い出したチャナは、虚ろな目で遠くを見つめ、手元では子どもにもらったお茶菓子を竹の菓子切り楊枝で切っていた。
「お菓子ってすごいですよね。
こんな風に奇麗なデザインを競ったり、味の良さや舌ざわり、技術を凝らしたり、最近では知育のお菓子とかもあって、アイデアを競ったり。」
切った和菓子を口にして、目を瞑り美味しさを堪能していたチャナは、カッと目を開いた。
「そうだわ、お菓子と言えばお菓子の言えよね、何で気がつかなかった私!
お茶に気を取られてる場合じゃなかったわ。
って、そう、もう私のテリトリーじゃないですけど。」
また虚ろな目で遠くを見つめだしたチャナに見飽きたブランは、頭の上からタクトを下ろした。
「さっき言ってた、このお姉さんへのテリトリーの一時貸し出し、さっさとやっちゃった方がいいと思うんだけど、できる?」
コクンと頭を下げ、タクトは空を飛んでいた黄色いオウムを見上げた。
「んーと、ヒフミヨイだったっけ?
ここに女神様呼んでもらっていいかな?」
遠くを見ていたチャナは「レンタルしてくれるの?」と両手を胸の前で力強く握りしめ、ブランとタクトの顔を交互に見て瞳を潤ませた。
「あのお城にいた女神さまがレンタル業者やってくれるの?」
呼ばれたヒフミヨイが、テーブルの上を円状に飛んで白い輪を作ると、内側に水の膜が貼られた。
「あっ知ってる、水鏡になる奴。」
チャナがテーブルの上にできた水の膜の中を覗き込むと、女神の頭が見え、徐々にチャナの方に近づいてきて、水の中から頭が浮き出た。
「ちがう、水鏡じゃなくて、、、」
パシャンッ、水音をたてて水の膜から女神像の上半身が現れた。
「うわっ、あぶなー。」
水の膜を覗き込んでいたチャナは水から勢いよく出てきた女神の頭に直撃するところを、寸前でよけていた。
女神像はクルーッと体を回転させてテーブルに座っているブランの真正面を向いて止まると、笑顔を輝かせた。
「元チャナテリトリーの城の現当主、ブラン様ですね。
初めまして。
私は、元チャナテリトリーの説明書を担っております女神でございます。」
「元って2回言うことないじゃない?」
「えっと、俺が城主ってことなんだけど、まだ旅を続けなきゃなんないし、城主は元のままがいいんだけど?」
「元に戻すことはできかねますが、一時的に権限をモブプレイヤーに託すことは可能でございます。
この説明書にもそのように。」
テーブルから上半身を出した女神像がドヤ顔で説明書を広げようとした時、「「チャナー」」と叫ぶ声が近づいてきた。
「いた、チャナさん。」
「ログインして歩いてたらチャナテリトリーが消えてるからびっくりしちゃって。」
「あれ、アンズとハトバ、おかえりー。」
ブランたちが街に入ってきた方向とは逆の方から走ってきた二人は、チャナの気の抜けた挨拶に同じく気の抜けた笑いを返している。
「あー、アンズとハトバ、グラスチームのメンバーかな?」
「えっ!あっ!テーブルの上のヒヨコ、ってことは、タクトさん?」
「じゃ、やっぱりチャナさん攻略されちゃったのかぁ。」
「はははは、まぁね。」
アンズとハトバから目を逸らしたチャナの足元に一凛の風が通っていった。
「ログインした直後は、チャナテリトリーの線がマップで確認できたのに、いざ来たら消えてて焦りました。
その間に攻略されちゃったみたいですね。」
「今日は、ヨウキさんのテリトリーとチャナのテリトリーの間にあるモブ用のログインポイントの方から来たから、ちょっと時間はかかったんだけど。
そのちょっとの間に攻略されちゃったんだ。」
顔を見合わせた二人は、両方からチャナの肩を叩いた。
「ちょっと、モブプレイヤーが増えたからって、人を呼び出しておいて無視はやめて。」
説明の途中で邪魔が入り、イラっとした女神が本を抱えた手を乱暴にブランの前に差し出している。
ブランは目の前の本より、また知らない人が、しかもまたタクトの知り合いの増えたことが気になり、こちらもムッとしている。
「ああ、すまない。
ブラン、その女神が持ってる本を開いて、出てきたカードをチャナに渡して?」
ブランが差し出された女神の本を触ろうとすると、勝手に本がパラパラパラと捲れて、後ろのページまで開くと中から1枚のカードが飛び出てきた。
「これ?このカードをそこのお姉さんに渡すの?」
タクトの代わりに女神が答える。
「ええ、それはテリトリー代行カードです。
そこの元テリトリーボスのお姉さんじゃなくても、新しく来たモブプレイヤーのお二人のどちらかでも、AIキャラ以外になら、だれに託しても構わないわ。」
「め、女神様、誰に託しても、なんて、なんか口調が厳しいような気がしなくもないんですけど。」
「誰に渡してもいいのか、じゃあ。」
ブランがハトバにカードを向けると、その手に黄色の羽根が乗せられ、ヒヨコが黙って首を横に振っていた。
「やっぱり、タクトはお姉さんにこのカードを渡した方がいいと思うの?」
ヒヨコは首を縦に振ふると、拗ねたようだが「タクトがそういうのなら仕方ないか。」と口にして、カードをチャナに差し出した。
「はい、お姉さん、これで今まで通り、色々とテリトリーを発展させてください。」
チャナは目の前のカードとそれを差し出しているブランに向かって強く手を合わせて、全力で拝みだした。
「尊いです、ブラン様。
その一度他の人にカードを渡そうとするフェイントも、その後の素直で素敵なお言葉も、その嫌な気持ちを押し隠してまぶしい笑顔でタクトさんの言うとおりにするところとか。」
チャナの両隣で一連のやりとりを見ていたアンズとハトバも目を潤ませ片手を口に当てて何かを堪えている。
「スチルもいいけど、やっぱり生主人公は半端ないです。」
「動いてる、喋ってる、本当にチャナさんと言う通りです。」
「やっぱりチャナのチームメイトだ、基本のオタク性は一緒なんだ。」
差の違いはあれど、好みは一緒なんだなと解釈違いなど発生しないチームだと納得したタクト。
少し引き気味になっていたブランの肩まで飛ぶと、「権限付与」の言葉を教えた。
「一時的にテリトリー線を復活させてその権限をチャナに付与します。」
ブランが手を合わせて拝むチャナの手を剥いで、カードをペシッと叩きつけるとそこから緑の霧が広がり、霧の中で女神が両手で本を挟んで閉じると、本を中心に輪が広がった。
「これで、テリトリー線が復活し、城主代理としてモブプレイヤーのチャナが起用されました。
以前と同じように街の人も更新されますから、また、チャナ姫様と呼ぶ、AIキャラが復活します。
また、モブに変わりはありませんのでテリトリーの境界線に阻まれることなく越えてどこにでも行けます。
領地内の地形を変更したければ、これも、以前と同じようにできますし、サポートキャラを使って女神である私と交信することも可能です。
以上で説明を終了します。
再度聞きたい場合は、サポートキャラにお尋ねください。」
女神は、出てきた時とは逆に、上半身をゆっくりと水の膜の中に沈んでいった。




