030 木の棒と剣
チャナテリトリーの境界線を越えてなだらかな小石の多い山道をしばらく歩き、遠くに切り立った崖ばかりの山が見えてくると、遠くから聞こえていたモンスターたちの声が近くなってきた。
「チャナテリトリーに入る前から聞こえてた鳴き声って、あそこに見える森?山?から響いていたんだ。
まだ鳴き声しか聞こえないけど、どんなモンスターがいるんだろ?」
向かう先にある山を見上げるブランは、まだ見えないモンスターたちの姿を見ようと目を細めた。
「さっき、空から見たときに、ブランの多分、10倍くらいあるモンスターや、鳥みたいに飛ぶ奴もいた。」
聳え立つ断崖絶壁の多い岩山に、それを囲むように森が広がり、その中でもサーチした限りでは恐竜モンスターはティラノザウルス型のモンスターとプテラノドン型のモンスターの2種だけだった。
しかも両方とも高い位置にある木の葉をむさぼっているという、肉食系にあるまじき行為を行っていた。
「そうなんだ、テリトリー外にも、悲惨な声が聞こえるくらいだから、獰猛なモンスターが大人しいモンスターを襲っているのかも。」
不安と期待が入り混じる目を山に向けるとブランは歩調を速めた。
先に進むにつれて、小石の多い砂土が、湿り気を帯た土壌に変わっていき、辺りは低木より高木が多くなり、遠くから見えていた断崖絶壁の山に近づくにつれて、森が深くなり四方八方からモンスターの鳴き声が聞こえてくるようになった。
「ブラン、ほら、上を見て。」
タクトから声を掛けられて上を見たブランの目には、森の木々の合間から数匹のプテラノドン型のモンスターが青空を背にして飛び回っているのが見えた。
「あれが、この森のモンスター?」
「そう、そんなに青い顔をしなくても大丈夫。
ブランは強いから、あいつらが襲ってきても返り討ちにできるから、自分を信じて。」
「う、うん。」
ブランから不安の影が消えないのは仕方がないとして、相手がどの程度の強さなのかは見ておく必要がある。
「ぶらん、そこでしっかり見ていて。」
タクトはブランの肩を離れると、一直線に空を徘徊するプテラノドンに向かって飛んで行き、森を抜け出るとプテラノドンの合間を飛んで見せた。
「タクト!危ない!」
空に向かって声を掛けたが、高すぎる木々と森のざわめきに阻まれ、その声は届かない。
プテラノドンにタクトへの敵意はないようだが、その巨体が小さなヒヨコを間違って、いつ叩き落さないとも限らない。
「もう!」
焦って周りを見たブランは、勢いよく木に向かって飛ぶと、太い木の幹を蹴って斜め上に飛び、飛んだ先にある別の木の枝を蹴って飛び、さらに他の木の枝を蹴って、どんどんタクトのいる空に向かって近づいて行った。
ブランが木の天辺まで来たことに気づいたタクトは、見ていてと嘴をパクパクさせると、ブランに一番近い空を飛んでいたプテラノドンのこめかみに猛スピードで頭突きをした。
気持ちよく飛んでいたプテラノドンはこめかみに衝撃を受るとギャッと短い声を上げて、光に包まれた。
「え、なに?恐竜モンスターが光の砂になってる。」
光は1カ所に集まりカード形状となり、タクトが近づくころには本物のカードになっていた。
「特に何も考えずに突っ込んだから、ただの木の棒のアイテムカードになっちゃったな。
せめて、こん棒とかの方がよかったかな。
ロールプレイングだと初期装備は木の棒だし、こんなもんか?」
木の頂点から、その様子を見ていたブランは、他のプテラノドンがタクトに向かって突っ込んで行くのに気がつき、タクトがカードに気を取られているのを見ると、迷わず木を蹴った。
「タクト!危ない!」
タクトに向かうプテラノドン高く飛んだブランは、先ほどタクトが見せたようにこめかみに狙いを定めて踵を落とした。
ギャッ、プテラノドンが叫ぶと、光に変わり、支えるものが無くなったブランは宙に浮き、もう1匹いたプテラノドンは慌てて飛び去った。
下に落ちる覚悟をしていたブランだが、浮いたまま下に落ちる気配はなく、目の前には木の棒のアイテムカードが飛んできている。
「あれ?落ちない?
というか、背中がモフモフ?」
「すごかったなブラン。
一撃で仕留めてたじゃないか。」
ブランがプテラノドンに踵落としを食らわせているときにはヒヨコは大きく姿を変え、すでに落ちるだろうブランの下で待機しており、背中から落ちると思われたときにはちゃっかりとその背に受け止めていたのだ。
森の中、地上に降りるとタクトは、ブランに取得したアイテムカードから木の棒を取り出す方法を教え、腰のベルトへの装備を教えた。
「これが俺の剣?」
かなり不満のある声を出したブランに、ヒヨコは笑いながら「ちがう」と答えた。
草をかき分けて断崖絶壁の山際まで近づくと、モンスターたちの鳴き声とは別に、ドシン、ドシン、ドドシン、ドンと妙にリズム感のある揺れが起っていた。
「あそこに、足踏みをしているモンスターがいるけど、あれは叫びながら踊っているのかな?」
大きな岩で囲まれている隙間から、ブランが指す方には、切り立った崖の下でバタバタと足を踏み鳴らしているティラノザウルスがいた。
ギャーギャーと悲痛な叫び声でタップダンスを踊っているかのような姿は、足元にいる数十匹の小さなウサギたちからの蹴りや噛みつく攻撃を躱そうと藻掻いている姿だった。
「あれは、踊っているのではなく、足への攻撃を回避しようとしているんだな。
振り払おうとし、振り払えずにいるって感じかな?」
「あっ!あの大きな方、泣いてる!」
「ああ、ティラノザウルスってウサギに蹴られて泣くんだな。
さすがチャナテリトリーのモンスターってところか?」
「助けなくっちゃ!」
「えっ?」
ブランはタクトが止める間もなく、腰の木の棒を引き抜くと、勢いをつけて岩の上に飛び乗り、ウサギに攻撃されている恐竜の近くの岩まで飛び移って行った。
「寄ってたかって、弱い者いじめは卑怯だ、やめろ!」
ブランの声を聞いたウサギたちは、全員揃って時間が止まったかのように止まり、ティラノザウルスも片足を上げたままタップダンスを中止した。
一瞬だけ止まっていたウサギたちは、声をそろえて一斉に岩の上に立つブランに注目した。
「だれ?」×ウサギの数
ブランが岩に飛び乗るために反動をつけたとき肩から落ちてしまったタクトが、ヒヨコの小さな羽をはばたかせてブランの肩にとまって
「ブラン、どうするの?あの頭に2本の角が生えたウサギたちを蹴散らす?」
聞くと、ウサギたちが後ろ脚で立ち長い耳をまっすぐに伸ばして、ピクピクと動かした。
「蹴散らすって、あの棒でかな?」
「えー、痛そう。」
「ティラノザウルスが、我々の巣の前で昼寝なんかするのが悪いのに!」
「新しい穴掘らなきゃ、外に出れなかったんだぞ。」
「我々の方が被害者なのに。」
「ほら、お前もなんとか言えよ!」
1匹のウサギが、再度ティラノザウルスの足を蹴ると、ティラノザウルスは「ギャーオウッ」と大きな体の天辺についている大きな顔を下げた。
先に迷惑をかけたのはティラノザウルスだったのかと呆れているブランの頬をヒヨコが羽でパタパタと仰ぐと、ブランは銀の髪を揺らして岩の上からウサギたちの前に飛び下りた。
「んっと。
それでも、寄ってたかって1人をいじめるのは良くないよ。」
目の前に来たブランを見て、ウサギの一匹が声を上げた。
「あーーー!主人公だ!」
ウサギたちは一斉に声を上げたウサギに注目し、全員がザッとブランに視線を移すと、多くの視線から注目を浴びたブランは思わず一歩だけ足を引いた。
「主人公?俺の名前はブランだ。」
「ブラン?わー、髪の色がキラキラだ。」
「あ、なんか長い棒を持ってる、そうだ!いいこと教えるよ。」
ウサギたちはブランが名乗ったのをまったく気にせず言いたいことを言っている。
「この森でアイテムドロップするのは恐竜モンスターだけだよ。」
後ろ足で立った黒いうさぎが、とっておきの話をしているとばかりに両腕を組んでブランに向かってウィンクを飛ばすと、他のウサギたちも我先にとブランにに詰め寄った。
「そうそう、このテリトリーのボスが、我々が可愛すぎで、この可愛すぎて、が重要!で攻撃できないからって、恐竜モンスターを作ったんだ。」
「だから、欲しいアイテムが有ったら、恐竜モンスターにお願いしながら倒すと良いよ。」
「ここのテリトリーボスでさえ、秒で倒してたくらいだから。
主人公だったら、もっとすっごく、簡単だから。」
ウサギたちは2本の前足でブランの足を踏み踏みしては、丸く大きな瞳をブランに向ける。
可愛いが重要なウサギたちは、可愛さアピールをしているのだが、タクトヒヨコのモフモフに日頃から包まれているブランには全く通じていない。
「ええーー?」
ブランは、足元のウサギたちの可愛さよりも、半泣きで片足を上げたまま止まっているティラノザウルスへの同情心の方が勝っている。
「さすがにこの状況で倒すのは、ちょっと。
別のモンスターもいるようだし、他を当たるよ。」
ウサギを踏まないように慎重によけて、自分の10倍以上の高さの恐竜モンスターの足元まで来たブランがその姿を見上げると、半泣きだったモンスターから涙は消え、獲物を見る鋭さを持った目を向けられた。
「ブラン!よけろ!」
タクトの声に反応してブランは土を蹴って、先ほどまで立っていた岩の上に飛ぶと、背を向けたティラノザウルスの尻尾が空を切っていた。
そのままあそこにいたら、尻尾に叩き潰されるところだったと額から汗を一筋流すブランに、ティラノザウルスが大きな口を開けて向かってきた。
「だから言ったのに、このモンスターは倒していいんだよー!」
「草食だけど、人がいたら噛みついてきちゃうから。」
「アイテムドロップ用のモンスター?
自分の好みでモンスターのタイプ分けしたのか、チャナは。
そうかだから、2角ウサギモンスターは喋れても、恐竜タイプのモンスターは鳴く、叫ぶくらいで話せないのか。
おまけにウサギにはやられても人は襲うと、罪悪感を持たずに倒せるようにだな。
多分、無意識にやったんだな、本当に侮れない。」
呆れていいのか、感心していいのか、とタクトが考えていると、また、ティラノザウルスの尻尾攻撃をよけるべく、ブランが高く飛んだ。
「ごめん、タクト大丈夫?」
他の岩に飛び移りながら、肩から外れたタクトを心配して声を掛けるブランに向かって、羽をパタつかせて応えたクトは自分の羽を剣の形に変えて見せた。
チャナテリトリーに入る前にブランに見せた剣よりさらに、持ち手に飾りや宝石をつけた立派な剣を作って見せた。
剣に変わったヒヨコの羽に気がついたブランは、パッと表情を明るくして大きく頷く。
意図が伝わったようだ。
自分に向かってくるティラノザウルスの振り下ろされた尻尾に飛び乗ると、そのまま尻尾沿いに走り、たどり着いた背中を蹴って、ティラノザウルスの頭上まで飛ぶと、持っていた長い棒を思い切り横に振り、両目を叩いた。
勢いよく叩きすぎて、棒がブランの手から飛び出し、円を描きながらウサギたちの間に落ちた。
「やった、恐竜モンスターが光の砂になってきた。」
ブランの目の前で散った光が一カ所に集まり、カード形状に変わると、ブランは両手でもってアイテムカードの絵を確認した。
「やった、成功だ。
さっきタクトが見せてくれた剣と同じ剣の絵のカードになってる。」




