003 テスター候補
肩越しに飛ばされた鋭い冷線にヨウキの肩にいるヒヨコ(AI)が身震いをしている。
ヨウキの後ろでスルーを決め込み無言で無難な笑顔を張り付けて存在感を薄くしていたはずのタクトから殺気めいた視線が飛ばされたことに気づいたヨウキは、視線をヒヨコ越しにタクトに流しながら低く咳ばらいをした。
「っと、ゴホン、、んっ。」
ヨウキの咳払いが聞こえ、その視線を感じたタクトはすぐに自分の足元に視線を移して、小さく息を吸ってゆっくり吐き、剥げた笑顔を取り繕った。
再度笑顔を張り付けたものの、セツキの言葉に動揺が残って存在感が上手く消せない自分自身を意外に思ったタクトは、その原因が、つまり、ヨウキがセツキにだけ冷たい態度をとる要因と同じであろうことに思い当たった。
シキと言えば、タクトが知っているシキは一人しかいない。
友人で、このオフィスのトッププログラマー、だが、ここだけの話ではなく、シキよりプログラムを組むことにたけている人間をタクトは知らない。
プログラムの世界で自分では到底かなわない存在で、それとは別に、シキが人と向き合う心は馬鹿正直で、本来の人間としての特性も敵わない存在だと思っている。
タクトにとってそんな存在であるシキをセツキは「何もできない」と言い放ったことに怒りを抱いた。
「けど、たぶん、ヨウキさんも俺もそれだけじゃないんだろうな。」
ヨウキとセツキの会話から2人が兄弟であることが分かり、加えて二人はシキの兄であることも分かった。
そこに長男と位置付けられるショウキさんを加えて、4人兄弟であることも理解したが、それぞれに、どうも、シキに対しての思いに差がかなりあるようで。
自分の動揺が続く原因について分析しようとするタクトはヨウキの後ろにいても存在感を隠せず、セツキから声をかけられてしまった。
「ん、誰だお前?
ヨウキの後ろで下向いているお前、いつからいたんだ?
お前、さっき、俺のこと睨まなかったか?」
のんきな調子で声をかけてきた相手に向かって顔を上げると、セツキはテーブルに付けている腕と反対の腕をタクトの方に伸ばし指をチョイチョイと曲げ、自分の方に来るような動作を繰り返していた。
ここで拒否しても何度も同じことをされそうだと感じたタクトは、(顔には出さないが)仕方なく足を踏み出してヨウキの横を通りセツキの前まで進むと、自分より細身で数センチ背の高いタクトを目にしたセツキから屈託のない笑顔をむけられた。
それに既視感を感じてほんの少し目の奥が揺らいだが、白い歯を光らせているセツキにそれを悟るような繊細さはなく、何故かタクトの腕をガシガシとたたきはじめた。
「やっぱり背が高いな。
何か運動でもやってるのか?
ここで何してるんだ?」
矢継ぎ早に質問を飛ばし、悪気もないが距離感も無いセツキにいきなり叩かれた腕をかばいつつ、苦笑いにならないくらいのよそ行きの笑顔を張ったタクトからは先ほどまで残っていた動揺が消えていた。
「背が高いのは遺伝だと思いますよ?
両親とも背が高かったようなので。
運動は学生のときに親に言われて少しやっていたくらいで、今はここでプログラマー兼テスターをしてます。」
答えている間もセツキに腕を叩かれて体が小刻みに揺れているタクトを見かねたヨウキは、セツキとタクトの間に割り込んで乱暴にセツキの手を掴んで振り上げた。
「セツキ、初対面の相手にとる態度じゃないだろ、これは。」
心底あきれたヨウキが持ち上げた腕を乱暴に振り払うと、その腕をかばうセツキの頭上には???を浮かんでいた。
「初対面だからこそ、俺に遠慮しないように親しくしてやってるんじゃないか、何を怒ってるんだ?
兄の腕を無理やりつかんで振り払う程のことじゃないだろ?
そりゃ初対面でいきなり腕を叩いたのは悪かったが、俺は背の高いヤツやガタイのいい奴を見ると、どうしてもテンション上がるんだよ。」
最後は口をとがらせながらボソボソとした声で嘆いていた。
「大丈夫ですよ?
俺は気にしませんから。」
清々しいほどの笑みから出たタクトの言葉に、尖らせた口を笑みに変えたセツキ、それに対してヨウキは、シキのことを「何もできない」と言い切ったセツキに殺気を飛ばした先ほどのタクトとは別人のように清々しいほどの笑みを張り付けているタクトの変わりように「キャラ変はマシロに対してだけじゃなかったのか」と心の中で呟き、変に納得した表情をしていた。
「おう、そうか!小さいことは気にしないか!
お前みたいな弟だと、可愛気があるよな。
ヨウキも小学生の頃までは可愛かったんだが、途中で俺にだけ滅茶苦茶反抗的になって。
あれは、そう、ショウキ兄さんが家を出た頃からだったか。」
「はあ、、、もう、いいから、黙ってくれないか?
昔話はどうでもいいんだ。
俺たちは次の仕事があるから、それを飲んだらセツキは業者の人たちと一緒にここを出て行ってくれ。」
ヨウキは先ほどスタッフロボットが運んできたコーヒーの1つをセツキに差し出した。
「そういえば、お前は一人っ子か?
兄弟は?」
受け取った珈琲をごくりと一気に飲み干したセツキがヨウキの肩を押しのけて、互いの顔がくっつきそうなほど間近にタクトの顔を覗き込んだが、タクトの清々しい笑顔は固まったまま1mmも動かなかった。
「・・・俺にも、一人、兄がいましたね。
そういえば?」
「おっ!そうか、お前も弟か!
お前みたいな弟なら、さぞ、兄に好かれて可愛がられて、仲が良かったんじゃないか?」
「聞いたことはないので分からないですね。」
「そうか、仲がいいなんて、兄弟同士でわざわざ聞くことでもないな!」
ハハハハハッと、白い歯を見せて愉快そうに笑うセツキと相変わらずの笑みを崩さないタクト。
設置したサーバーの周りで会話に割り込む隙を窺っていた三人の業者は、ヨウキがセツキとタクトの笑顔の温度差にこめかみを抑えたタイミングで声をかけてきた。
「あ、あの、先ほど設置も完了してますし、試飲もして頂いたので、あとは次回のジュースサーバーの方の確認をして頂きたいのですが?」
代表者がヨウキに恐る恐る声をかけ、セツキとヨウキを交互に見ている。
ヨウキは申し訳なさそうに頭を下げる業者に笑顔を振りまきながら、自分とタクトの間に割り込んだ部外者であるセツキの背中を強く押して窓際に追いやった。
「この人は関係ない人なんで気にしないでくださいね。
ジュースサーバーですよね、もちろん、そちらの方が俺にとっては重要なんで。」
「次回搬入するフレッシュジュースのサーバーで使用する果物の種類を、搬入予定日の3日前までにお知らせください。」
業者の一人が自身のスマートフォンを操作し、オーダーメニューを表示させた画面を出して原料の詰替えなどの説明をしだすと、窓際に追いやられて暇を持て余したセツキが、ヨウキの後ろで一緒に説明を聞いていたタクトに後ろから近づき、耳元まで顔を寄せると小声で話しかけてきた。
「おい、おまえ、ヨウキのことどう思う?」
声量を抑えるために自分の口元に手を添えて問いかけたセツキだが、タクトの答えを待たずに続けて話しはじめた。
「あいつ、無難に何でもこなすだろ?
だけど、そこそこにやって一つのことに集中しないから、特出するものが何もなくてな、俺は兄としてあいつのことも心配してるんだよ。
まぁ、兄の心弟知らずって感じで、まったく、可愛げが年々なくなってきてなぁ、兄としてはどうしたらいいもんかと。
弟の立場でも、お前は俺に同情するだろう?」
「・・・」
タクトの無言を肯定と受け取ったセツキは更に続けた。
「ヨウキは、俺以外には誰にでも親切、というかおせっかいなんだよな。
特に、末の弟、シキっていうんだが、そいつ何もできないから俺が躾けようとしても、あいつが世話をやくからなかなか成長しなくてな。」
うんうんと自分で自分に相槌を打つセツキ。
「そういえば、さっきおまえ学生のときに運動してたって言ってたよな、何してたんだ?」
一瞬で変わった話題に、こういう人なんだと納得したタクトは、セツキに合わせて適当な返事と相槌を繰り返し始めた。
一方的にセツキが話し、相槌や合いの手を入れながら適当に答えるタクトには、次回会うことがあれば今話したことはセツキの頭からきれいさっぱり抜けているだろうことが予想できた。
何しろセツキは目の前にいる男性の名前すら尋ねていない。
「待たせたな、終わったから、業者の人には古いサーバーを引き取って帰ってもらう。」
サーバーの説明を終えた業者が、古いサーバーを乗せた滑車をゴロゴロと押しながらカフェルームから出ていくのを見送ると、ヨウキはタクトに向き直り肩をたたいた。
「タクトにも説明を聞いてもらうはずが邪魔されたな。
そこの男の相手も疲れただろ?すまないな。」
業者と一緒に帰ってもらうはずだったセツキは何故かそのまま居座ってヨウキに絡みだした。
「ヨウキ、年上むかってそれは失礼だろ?
それに俺を呼び捨てるなと以前から言ってただろ、兄さんをつけろ!兄さんを。」
イラつきを露わにしているセツキに、ヨウキが「ここでは兄弟関係無いから、また今度ね」と、片手を振ってあしらっている。
「まったく、生意気に育ったもんだ。
まぁ、シキみたいに何も言わずに黙り込むよりよっぽどいいけどな。」
フンっそっぽを向きながらセツキは弟たちのことをぼやき始めた。
「ヨウキが甘やかすから、暗く引きこもってばかりだったじゃないか。
親の薬局手伝うくらいしか能がないし、それも役に立ってるんだかどうだか。」
入口に背を向けて調子に乗ってしゃべり続けるセツキの後ろから、スーツ姿の男性が大股で近づいてくると、ヨウキは「やっと来てくれたか。」と待ちかねた言葉を発した。
「あいつは家の手伝いしているのがちょうどいいんだ。
てって、って痛って。」
急に後ろから耳を引っ張られてその痛さで顔を歪めたセツキを眺めながら、セツキの耳を引っ張っぱるスーツ姿の男性にヨウキは不機嫌な声で訴えた。
「遅い、ショウキ兄さん。
連絡してから30分は経ってる、はやくこの不法侵入者を連れて行ってくれ。」
セツキの耳を引っ張ったのは、先ほどから名前の出ている一番上の兄であるショウキだった。
「ヨウキも、タクトも迷惑かけたな。
こいつ連れて行くから。」
ヨウキに似た面持ちのスーツを着た男性はセツキの耳を引っ張ったままカフェルームから出て行った。
何の抵抗もなくショウキに連れられて行くセツキにタクトが唖然としていると、ヨウキが大きく息を吐いた。
「本当に、あいつが来るとトラブルばかりだ。」
「ああいうタイプの人も面白そうですね。
リアルの中でも自己だけの世界で生きてる人が、本物のバーチャル世界でどう動くのか。」
フム、と一つ頷くとタクトは呟いた。
「今度の複数人プレイで行うゲームに、テスターの一人として、あの人を入れてみてもいいですか?」
ヨウキは聞き間違いかと自分の耳を疑ったが、そうではないようだ。
「まあ、タクトが選択するならちょっと話してみるよ。
ここには二度と入れたくないから、外部からテスターとして参加するという形で。」
「ありがとうございます。」
「言っとくけど、あいつ、なにしたってあの性格は変わらないよ?」




