028 ログインポイント
この間の同期の飲み会は散々だったとセンヤは思い起こしていた。
リアルで集まった同期の奴らに「数打ちゃ当たる方式で企画出せばいいってもんじゃないだろ?」とか、Webページ担当の奴らなんて基本リモートでオフィスに全く来ないのに、「センヤ、お前カフェルームですごく大胆な発言したそうじゃないか、その勇気に俺はお前に1ポイント期待値入れるわ。」と酔った勢いで言うとか、それより「大胆な発言」って、何の話だって話だし、訳が分からんうちにチャナからは「シキさんに謝れ」と説教される始末で、だから、俺の何がそんなに悪いのかってのは、
「まったく、分からーん!」
あちらこちらから、不況を買っている自覚の無い茜哉は、ゲームにログインし、モブプレイヤーのログインポイントに現れた途端、絶叫を上げた。
今回のゲームではオフィス内の全員がテスターとして参加できると言っても、モブ参加に変わりなく、モブから見たら主役と絡める特別な役割を持つサブプレイヤーに選ばれたチャナはやはり贔屓されているとしか思えない。
そして、同期のチャナが選ばれた理由も分からない。
何で俺ではダメなんだ!と、イラつきをそのまま態度で表しているセンヤ(20代前半の仕事に熱中する男性、ではなくゲーム仮想空間で十代の赤毛ツインテールの冒険者風女性)は、可愛らしくプンプンッとピンクのほっぺを膨らませて怒っている。
イベント会場のように広い屋台やテラス席が並ぶ野外で、ログイン直後に変な叫び声をあげ、一人頬を膨らまして早足でウロウロと歩き回るセンヤは我知らずに目立っていた。
「あれ、誰?」
「さあ?
人物特定の詮索しないのがここのモブルールだから、ほっとけば?」
「このゲームの中ってアバターの声も変えられるから、普通は判別つかんけど。
あの叫び方や、歩き方から見るに、中身は男だよな。」
「だなー、アバター使用に慣れてなさそー。」
また、別の席では。
「なんか、怒ってる人いるね。
オフィス内の誰かってことが分かってるけど、あんな人いたかな?
リアル誰だろ?近づきたくなーい。」
「まぁまぁ、ここでは詮索禁止だから。」
「そうね、あんなに叫んでるってことは、普段から声の大きな人?」
「だから、二人とも、詮索禁止だって、IDをハッシュ値表示にしてる意味ないじゃん!」
モブキャラのログインポイントの1つであるセツキとチャナのテリトリーの間にあるイベント施設にログインしたセンヤは、同じくログインしていた他メンバーの些細な囁きなど聞こえていないようで、赤い髪のツインテールを左右に揺らしながら、フリルたっぷりの膝上20cmのスカートにリボンでコーディネートされたジャケットを着た愛らしい十代少女のアバター姿で再び叫んでいた。
「ほんっとに、わからん!
何でチャナは良くて、俺はダメなんだー!
何でこんなモブだらけのとこにログインしなきゃいけないんだ!」
そのモブたちが周り中にいる中で、目立っていることこの上ないのだが、それにも気がつかない様子だった。
「ログインしたものの、そういえば、これからどこに行けばいいんだ?」
周りを見渡すと、そこそこに人がおり、まるでB級グルメのイベント会場のように、屋台で注文したラーメンや焼きそばを持ち寄って野外席で食べたり、かなり遠目だがライブステージに集まっているモブの姿も見えた。
考えてみると、チャナに説教されたことにずっとイラついて、何も考えずに勢いに任せてログインしたので、これからの行動を何も決めていなかった。
「あら、どこに行くか決めていないの?」
そんなセンヤにタイミングよく声をかけてきたのは、金髪ストレートに上級冒険者のような雰囲気を醸し出しているスタイルボンキュッボンなお姉様だった。
スタイルボンキュッボンなお姉様というのはあくまでもリアルセンヤから見た見解だ。
見惚れたセンヤに微笑むと、お姉様の赤く小さい唇が動き、声を発した。
「ここからだったら、一番近いセツキテリトリーに行くのがお勧めよ。」
金髪のお姉さまの頭の上にはIDの文字があるため、彼女はオフィスメンバーのようだ、そしてこの喋り方はリアルでも女性だろう、と確信したセンヤはお姉さまの両手を思いっきり掴んで引き寄せた。
「有難うございます。
セツキテリトリーですね、どこにあるんですか!?」
お姉様は一瞬首から後ろを向いてチッと舌打ちしたが、センヤをそれを気のせいで片づけた。
「ほらこれを見て、マップオープン。」
お姉様はセンヤの手を外すと右手をかざして、センヤの前に小さな地球を出して見せた。
「ここが今私たちがいるところね。
で、セツキテリトリーはこの範囲になるわけ、ここからだったら難なく行けるわ。」
お姉様の手の上で直径20cmの円球がゆっくり回りながら、4つのテリトリーを映し出していて、セツキテリトリーはここから一番近い場所だった。
「おお、サブプレイヤーのテリトリーですね!
そうですよね、イベントも多いだろうし、外せませんよね、これは。
行ってみます、というか、」
センヤは、頬を染めてちらっとお姉様を上目遣いで見ると、
「おねえさま、一緒に行ってくれませんか?」
と可愛らしくお願いしてみた。
「いや、もう、そのぶりっ子、今更だわ。」
金髪のお姉様が出した小さくボソッとした声を聞き逃したセンヤは「エッ?」と聞き返したが、お姉様は気を悪くすることもなく後ろにいた仲間らしき人たちを指した。
「ごめんね、ほら、せっかくだけど、連れがいるから。」
一番近い屋台の前の席で、ピザやパフェを食べている面々が、お姉様に向かって手を振った。
手を振ったお姉様のお仲間たちを見たセンヤは、「おお!」と感激の声を上げた。
「女性ばかりのグループですね、せっかくだし、お仲間の人も一緒に行きましょうよ。」
そうくるか、と、お姉様の口元がヒクッと微妙な動きをしたが、そのまま口で弧を描き、いかにも残念そうな、申し訳なさげな笑顔に切り替えた。
「えーっと、ごめんね、ちょっと、人見知りが激しい仲間がいるから無理なのよ。」
「人見知りって、まるで、プログラマーの誰かのようですね。
誰かは言いませんが、直した方が自分のためですよ?
それじゃ、残念ですが俺一人でお姉様のお勧めの場所に行ってみます。」
「あいつ、ここで締めてもいいんじゃないですか?」
「ここで締めても、痛みの値0だから。」
お姉様の仲間にそんなことを言われているのも知らずにセンヤは、「ヨッオシー!」と元気よく、セツキテリトリーに向けて歩き出した。
ーーーーー
遺跡からでたブランたちは、深い森の中を進んでいた。
「この森を抜けたら、チャナテリトリーに向かうの?」
「いや、すぐには向かわない。
まずはイベントキャラを探さないといけないかな。」
「イベントキャラ?
なにそれ、楽しそう。」
聞きなれない言葉にブランは目をパチクリさせた。
「そう、チャナテリトリーのサポートキャラを入手するための必須アイテムをね。
持ってそうなキャラを探す必要があるんだけど。」
そうなんだ、と考えこみながらブランは、森の木々が作るアーチの中をひたすら前に進んだ。
しばらく歩くと開けた場所に出て、さらに進むとたくさんの屋台が並んでいる場所にきた。
「タクト、あれは何?
いろんな匂いと、建物?と、人がいる。」
「あー、あそこは、IDプレイヤーのログインポイントの1つだな。」
「きゃーーーー!」
近くの屋台でクレープを買っていたIDモブの女性が、森から近づいてくる銀髪の男の子に気づくと、悲鳴を上げて近寄ってきた。
「この銀髪の子、主人公の男の子だ!
ってことは、隣タクトさん?」
「かわいいーーー。
モフらせてください。」
「とりあえず、モフらせるのは断らせてもらうよ。」
ブランの肩に乗ったタクトが首を振ると、女性はブランに買ったばかりのクレープを差し出した。
「ほら、これ、さっきそこで交換したクレープ、食べてみない?
美味しいわよ。」
呆然とするブランの横では、タクトが羽の中からアイテムカードを出していた。
「このカードと交換でいいか?」
「もう、主人公なんだからただであげちゃいますって。」
「ブラン、好きにしていいよ。
この人たちに何もらっても、得にも害にもならないから。」
「わっ!ほんとだ、主人公とタクトさんがいる。
ラッキー、ログインしてすぐ会えるなんて。」
女性の黄色い悲鳴を聞きつけたメンバーが、わらわらとブランとタクトに近づいてきた。
「うーん、IDプレイヤーばかりだな、AIはいないのか?」
「AIですか?屋台やってるお店の人はAIですよ。
あ、あと、あそこで野外ステージで歌ってる人もAIでした。」
「その中に、青いAIっていた?」
「青いAIですか。」
「た、タクトさん、めっちゃ可愛いです。
もう一回首傾げてください。
シャメ取りたい。
何でゲーム内スマホ無いんですか。
うっ!」
興奮して人の話を邪魔してくるIDプレイヤーにケリを入れたタクトは、クレープを食べているブランの肩に戻ると、野外ステージの方を羽で指して「あっち行こう」と移動を促した。
「これ、苺が入っておいしい。」
「そうか、苺がおいしいか、良かったな。」
去っていく二人を見送るモブたちは、興奮冷めず、モブを堪能している。
「モブなのに、メインプレイヤーにケリを入れられた。
意味のあるモブだな!」
「モブなのに、主人公に絡めた。
ラッキーなモブだわ。」
「モブなのに!」
野外ステージは、1mほどの高さで10mほどの幅の台が置かれていた。
中央のボーカルを左右にギターを持った二人が挟んで熱唱して、ステージを十数人のAIキャラとIDプレイヤーが入り混じって囲んでいた。
「真ん中が青いAIだな、あとの二人はIDプレイヤーかな。」
ステージ上で熱唱するメンバーの頭の文字を確認するために、後ろから観客の頭より高く飛んでいただタクトがブランに伝えたが、観客の声が大きすぎてきこえていない。
「そこのヒヨコって、タクトさんじゃないですか!
こっちに来て一緒に歌ってください!」
観客の頭より高く飛んだため、ステージ上のIDプレイヤーの一人に見つかってしまった。
色とりどりの髪色の観客がいても、黄色のヒヨコが飛んでいるのは目立ったようだ。
ステージ前の観客たちも気がつき、ブランとタクトの前のモブたちがモーゼの滝のようにザッと左右に分かれた。
「どっちにしろ、イベントキャラとの絡みは避けられないから、行った方がいいかな。」
「イベントキャラ?
じゃ、行かなきゃ。」
「へい!ボーイにヒヨコ!どっちが俺と一緒に歌うんだい!」
ボーカルのAIキャラがステージに上った二人にマイクを向けると、IDプレイヤーが「もちろんこっちですよ!」とヒヨコを押してしまった。
「おーけー、よし、ギター、準備はいいか!」
ヘイッ!ヘイッ!ヘイッ!ヘイッ!!
ステージと観客が一緒になり、手拍子を打ち、マイクを向けられ、「じゃ、タクトさん作曲のこの曲で!」などと言われると、歌わない訳にはいかなくなった。
「タクト、すごい、奇麗な声。
ヒヨコなのに。」
感動しているのはブランだけではなかった。
歌い終わると、観客の拍手喝采の中、AIイベントキャラが涙を浮かべてヒヨコの羽根に握手を求めた。
「あんたには負けたよ。
俺もまだまだだな、このステージは降りさせてもらうよ。」
「えっ、ちょっと待って?」
AIボーカルキャラは、「よっと」とステージから降りると、横に置いていたバイクをだしてきた。
「えっと、アイテムはどうなる?」
「んんんん?主人公がクリアして無いからな、まだどこかで会おう!」
AIイベントキャラはバイクににまたがると、音は立てなかったが、砂煙を立てて去っていった。
「まあ、そうなるよな、しまったな、俺の次にブランが歌えばクリアするかと思ったんだけど。」
「俺がうたわないといけなかったの?
でも、俺あんなに歌えないよ。」
ステージ上での会話を聞いていたギターを持ったモブIDプレイヤー二人は、ニッと白い歯を見せて笑った。
「任せてください。
これから練習しましょう!
時間の限りギターをかき鳴らすんで!」
ブランが顔をぱーっと明るくし、「俺、やるよ!」と勢いよく腕を上げると、いつの間にか倍になったステージの周りの観客から拍手が送られた。




