026 猫かぶり
シキからの通話連絡のメッセージウィンドウの裏からディスプレイの中に帰ったはずのホワイトタイガーがニョキッと腕だけを出してきた。
何をするのかと見ていると、通話アイコンを押し、尻尾の先でスピーカーをクリックし付いていた×マークを消した。
シキとの通話が開始された。
「最近、チャットじゃなくてすぐ通話を返してくれることが多くなったな。」
シキからの通話音声が入ると同時に、チャットアプリの横でホワイトタイガーが短い指でOKマークを作り、ウィンクしてディスプレイの奥に去っていった。
「え、あ、うん?まあね?
えっと。
俺の方は順調にログアウトして、ヨウキさんのモニターを共有してもらって、たった今主人公とAIヒヨコの様子を確認し終えた。
ってとこ。
そっちでも俺のログアウトは確認してたんだろ?」
「うん、確認してた。
タクトの方のログには問題は見受けられなかった。
けど、モブIDの人たちは、何人か、途中、強制終了で自動ログアウトされていた。」
いつもの業務連絡、会話パターンだが、聞こえるシキの声は若干沈んでいるように感じられた。
「強制終了で自動ログアウトか。
修正が難しい部類のバグなのか?
最初からNOERRは無いから、これから潰して行くんだろ?」
「うん、そう。
大体どの辺のエラーかはログを見た時点で分かったから、そこのプログラム担当者に修正方法を説明して、修正後のユニットテストと単体テストの見直しとか、を、したら、大丈夫だ、と思う。」
シキの言葉尻は歯切れが悪い。
こういう時は、シキは何か他のことに気を取られていることが多い。
「そうか。
じゃあ、致命的じゃないし、テスト継続に影響ない範囲だよね?
スケジュール変更は無い感じ?」
「ああ、うん。
個々プレイヤーの判定部分の修正だから、タクトが言うように致命的ではない。
マシロに確認したら、プログラム修正の発生を想定したタスクだから、スケジュール枠内だから問題無いと言ってた。」
「うん、ああ、そうか、マシロさん今日はオフィスだったな。」
「うん、でもミーティングは終わったから、もう少ししたら帰ると言ってた。」
「わかった。」
ここまで聞く限りでは、致命的なバグでもない、日程変更も無い、なのにシキの声がまだ沈んだままだ。
テスト関係で沈んでいる訳ではなさそうだから、他に何かあったのかもしれない。
いつもなら、仕事の話が終わると通話を追えるが、沈んだ声のシキをほっておけずに、タクトは気になって話を続けてみた。
「ところで、シキは今日ずっとシステム室にいたのか?」
ちょっとした間の後、シキからゆっくりとした口調で歯切れの悪い返事があった。
「ずっと、じゃ、ないな、途中で、AI開発ルームに、行った。」
AI開発ルームにはトウリがいるがあえてシキが一人で行くことはない、恐らくアオバと行ったのだろう。
そこでシキの気が沈むことがあったと予想をしたが、”何かあったか”と聞いても、シキは”何でもない”と答えるだろう。
それが分かっているタクトは、シキは誰かに何か言われたことを、気にしてるのかと思い立った。
「そう、AI開発ルームで誰かに何か聞いた、か、言われたことない?」
「そう言えば、俺なんかに様を付けて呼んだ人がいた。」
「えっ、ああ、AI開発ルームの人達は、シキとアオバを妄信してる系だったな。
それが、嫌だったのか?」
「ああ、とりあえずやめてくれたから、良かった。」
やめてくれたのなら、これはシキが沈んでいる原因ではない。
「AI開発ルームには、なんで行ったの?」
「アオバがトウリに会いに行くと言ったから。
別に良かったんだけど、つい、何でだって聞いてしまったな。
何でだろう。
それで、一緒に行くことになって。」
シキが誰かの行動を疑問に思い、止めたいという気持ちになったことにタクトは驚いた。
タクトが知る限りでは、初めてのことだ。
「シキが、アオバに、何でって聞いたの?」
「そう、別にアオバがトウリに用があるってだけだったんだけど、何でだろう?」
「それって、シキがアオバに妬いたんじゃないか、トウリに会いに行くって言われて。」
「や、妬くって、俺が何で!」
はっきりと狼狽えていることが分かるシキの声に、タクトは腑に落ちた。
「アオバをライバル視、出来てるということじゃないかな、たぶん。
アオバが聞いたら喜びそうだ。」
それに、ヨウキさんの苦労も報われているよう、ということはタクトは言わない。
「俺なんかが、アオバをライバル視って。」
「そう、シキがライバル視できるって、すごいよね、アオバは。」
「そ、そう、アオバはすごい、、うん?」
シキも腑に落ちたのか、その声にはもう、沈んだ様子は感じられなくなった。
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ニコがログイン後にココアのお城に来た時は、ココアは、黒のタキシードを着た、スラッとした美男子だったはずなのに、サポートキャラを連れて戻ったココアは、胸の開いたスレンダーなマーメイドドレスを着たオネイサンになっていた。
お使いから戻ってきたニコは、広間で、ココアの城が出来てすぐにメイドの女性と一緒に尋ねてきた男性にアフタヌーンティーを準備してもらっているところだったのだが、戻ってきたココアを見て眉間に皺を寄せながら目を細めた。
「黒のタキシードも良かったのだけど、中のブラウスがヒラヒラすぎて歌劇団員の男性役のようだったのよね。
そこの大きな鏡を見ているうちに、失敗したと思ったのよ。
この容姿にこのスタイルなら、真っ赤なマーメイドドレスも有りかしらと思って。」
ココアは手を開くと衣装カードを数枚出して見せた。
「他にも、有閑マダム風、ジェントルマン風、何なら、ドラキュラそのものでも。
どう思う、ニコ。」
手の上の衣装カードを垂直にくるくると回すと、自分も回りながら、次々と衣装を変えて見せた。
ココアの後ろでは白い蝙蝠を頭に乗せた、黒い服のメイドが当然とばかりに頷いている。
「ココア様は、体のラインが美しくでる洋装が大変お似合いです。」
ニコの隣ではギャルソンがお茶を注ぎ終わったティーカップのソーサーを持ってニコの前に差し出していた。
「有難う、ギャルソン。」
ニコがお礼をいうと耳まで赤くしたギャルソンは壁際に下がった。
ニコはギャルソンが置いたティーカップを持ち、口元まで近づけると、そっと呟いた。
「黒のタキシード、もしくは、ジェントルマン風ね。
主人公が来るまでにはそっちに戻ってもらわないと困るわ。」
「あら、ニコはやっぱりそっちね。
私はオネイサンが迫るのも有りかと思うのだけど。」
「解釈違いだわ。」
バッサリと切ってくるニコにココアは冷たい笑いを向けた。
「ふふふ、久しぶりの意見の相違だわ。
解釈違いかどうかは、あの可愛らしい主人公が来たら分かるわ。」
「そうね、可愛らしいけど、芯は強そうよ。
ちょっとやそっとオネイサンが迫ったくらいじゃ、絶対無理だと思うわ。
それどころか刺されちゃうかも。
私は、大人の男性からの誘惑で始めるべきだと思うわ。」
「大人の男性ね、どちらにしろ、先にタクトをこの鳥かごに誘導して捕まえないといけないわね。」
ココアは広間の真ん中に置いていたスタンドにかけていた大きな鳥かごの前まで行くと、その扉を開けた。
「ふふ、前回のゲームで使った黒い鳥を入れた籠と同じ形の籠よ。
きっと警戒しすぎて、何かあると踏んで、この中に探しに入るはずよ。
それでアウト、主人公をモブ落ちさせるのよ。
そのためにも、チャナにアイテムカードを渡しておかないとね。」
「そうね、偶然チャナからカードを入手したなら、カードと私達との関連を疑っても、警戒が油断を招くと思うわ。」
「「ふふふふふふふふっ」」
ケケッケケッ
2人の笑いに誘われるように、白い蝙蝠のカーラが黒いメイドの頭から飛び立ったのはいいが、ヒョロヒョロと頼りなく飛行を続けた挙句、ココアが開いた鳥かごの扉から中に入ってしまった。
「カーラ、あなたの巣はここじゃないわ。」
ケケー、ケケッ
ココアが注意するとカーラは鳥かごの中で頬を赤くして照れたように笑った。
「あら、失敗したことを照れているのかしら。」
ほほえましく見ているココアの横に、紅茶のカップを持ったまま近づいてきたニコが、「えいっ」と、中の紅茶をカーラにかけるふりをすると、カーラは鳥かごの中でじたばたと暴れ出した。
「な、何するんじゃ!!!」
籠の中のカーラは照れた態度が一転して、ニコに牙を向けた。
「あら、カーラったら、やっぱり喋れるんじゃない。
おかしいとは思ってたのよ。」
カーラの態度の変化にココアもニコも全く動じた様子はない。
「やっぱり、猫かぶり属性の子ね。
サポートキャラの性格はそのキャラクター独自じゃなくて、ランダムになるって聞いてたから、どんな子かなって思ってたんだけど。
よかった、やっぱり蝙蝠の子はこうじゃないと。」
キャラデザイン担当のニコとしては、どんな性格であろうが可愛い我が子的な気持ちが大きい。
「へっ?」
「じゃあ、籠に入ったのもわざとってことかしら?」
「はい、マスターが楽しそうだったので、つい、うっかり。
頼りなさを出して、庇護欲でも誘おうかと思いまして。」
カーラは上目遣いに小さな目を精一杯大きく広げ、ウルルと涙をためている。
「あら、本当に猫かぶりなのね。
この性格が何の役に立つのかしら。」




