023 サポートキャラの発生場所
ガチャンッ、ガツ
セツキは道の脇に胡坐をかいて座ると、頭にかぶっていた兜を脱いで乱暴に土の上に刺した。
「ふう、兜をしていると視界が悪くなって困る。
赤い鎧の選択に間違いは無かったが、このやかましい音も想定外だった。
硬そうな割に手足の動きに邪魔にならず、重くもなく、着ていても問題は無いが、やはりこのガチャガチャとした音は耳障りで聞くに堪えん。
こういうことは選択するときに説明を入れるべきだな。」
前回の体験テストでは、ドーム型の城を建て、その頂点で周りを見渡していたところで時間が来てしまい、強制ログアウトされてしまったセツキは、本格的なテストスタートに入った今日、城の基点位置にログインすると女神が止めるのも聞かずに、前回集めたニンジンの入ったズタ袋を担ぐと昇降ポールに飛びつき最上階まで上昇した。
ドーム型の城の天辺からテリトリーを眺めていたセツキは、近くに幾つかの街を見つけ、その中でも人の賑わいのある場所へと行くことにした。
道中ペガサスも探していたのだが、頭に被っていた兜が視界を遮り、しかも腕や足を動かすたびに甲冑同士がぶつかる音がガチャガチャと鳴って、我慢ができなくなっていた。
そこで、街道の脇に寄り甲冑を脱ぎ始めたのだ。
「よし、遮るものが無くなった、が、甲冑の下が白Tシャツと白短パンというのはいかがなものかと思う。」
初期装備の甲冑を脱いでしまったため、体格のいい体にピチピチのピッタリした白Tシャツと膝上までの長さの白いガチョウパンツに不満を漏らしているが、再度甲冑を着る気にはなれない。
横に置いていたズタ袋を肩に担ぐと脱いだ甲冑をのそのままにして意気揚々と歩き出した。
「ペガサスは白馬だからな、馬と言えばニンジンだろう。
これだけ大量のニンジンがあれば寄ってくるに違いない。」
城の地下にあった食料庫からニンジンだけを同じく倉庫に会ったズタ袋に入れ、口の紐を締めると肩に担いで持ってきたのだ。
体が軽くなったのもあり、「よし、走るぞ!」と叫ぶともうダッシュをかけた。
そんなセツキの様子を脱ぎ捨てられた赤い甲冑の横からそっと小さなペガサスが見ていたのも気づかずに。
「あれが、このテリトリーのボスか、初期装備の甲冑を置いて下着だけで街に行くとか、それでいいのか?
それに、馬に人参?
名前は馬だからペガサスって単純すぎー。
おかげで背中に羽が生えちゃってるし、ペガサスにペガサスって名前になっちゃってるし。」
背中に羽の生えた小さな白馬は、プププッと笑い、遠くなっていくセツキを眺めた。
「仕方ない、あれでもテリトリーボスだからな、初期装備はボクが持って行ってやるかな。
手のかかりそうなゆかいな奴だ。」
ペガサスが尻尾で甲冑を撫でると、甲冑が光り霧状になって一旦広った後、スッと一カ所に集まりカードが形成された。
赤い甲冑の絵が描かれたカードをペガサスが鬣の中に取り込むと、空を駆ってセツキの後を追いかけた。
セツキが街道を走っていると頭にAIの文字を浮かべた商人と数度すれ違ったのだが、その度に着るものがないか尋ねると、このテリトリーでは物々交換が主流で、交換するものが無いと服どころか何も入手することができないと知った。
「何てことだ、服がまったく入手できない。
物々交換だと?このニンジンが無くなったらサポートキャラに合わせる顔がない。
いや、ここは城に引き返して何か別の物を持ってくるべきか。
これも説明不足だろう、ちゃんとルール説明をするべきだ。」
女神を無視して城を出てきたことを全く意識せず、頭を抱えて悩むセツキの頭上では、お腹を太陽の方に向けて、羽をパタつかせて笑っているペガサスがいる。
「あんなに袋いっぱいのニンジン、要るわけないだろ?
ニンジンの一本でもあれば十分だし。
それに、俺の好物ニンジンじゃなく、キノコだし。
まったく、思い込みの激しいヤツだな。
女神はハズレだと言ってたが、やっぱり面白い奴じゃないか。
城に戻ったところでボクがあいつの前に出ていったら、あいつどうでるかな?」
セツキが少しでも上を眺めれば、怒るかな、なじるかな、泣くかな、とニヤニヤ想像しているペガサスを見つけることができたのだが、結局一度街に行くことにしたセツキは、往復して城に戻ったところでペガサスと出会うことになった。
ーーーーー
各テリトリーの拠点が構築されてプレイヤーログインが解放された直後、予定通りにログインしてきたニコが城門までくると、ココアはニコにチャナへのお使いを頼んだ。
既に女神の中身をすべて頭に入れているココアは、難なくニコをチャナのテリトリーに飛ばし、次にサポートキャラを入手しようと準備を始めようとしたときに、城門まで尋ねてきた数名のAIキャラを城に招き入れた。
そして、セツキが城に戻ってやっと会えたペガサスに小ばかにされている頃、また、チャナが二本の角のウサギたちに出会っている頃、ココアは城の地下にある野菜や果物、穀物類といったものが保管されている白い煉瓦で作られた地下倉庫に来ていた。
「サポートキャラの好きなもの、大きなお皿に置こうかしら?
あら、あそこにある皿の外側に果物が型取られた白い陶器のフルーツ皿が奇麗だわ。
あれにしましょう。」
「ご主人様、私がお取りしいたします。」
ココアの後ろからついて来ていた頭上にAIの文字がある黒いメイド服の女性は、ココアの前に出てココアが手を伸ばそうとした先にあったガラス製の食器棚から、少し足が高い白の陶器でできたフルーツ皿を取り出した。
「あら、有難う、そこのテーブルの上においてね。」
「はい。」
日本人形のようなストレートの黒髪が肩にかかるメイドは、裾に赤い蔦の刺繍が入れられたテーブルクロスが掛けられているテーブルの上にフルーツ皿を置いた。
「あとは赤いもの、トマトや苺、クランベリー、ザクロがセオリーでしょうね。
私が選ぶから受け取ってお皿の上に並べてね。」
「はい、ご主人様。」
ココアに頭を下げたメイドの横を通り、野菜棚に近づくと中央の段にあった野菜や果物を見て、熟したものを数個選びメイドに渡した。
メイドがトマト、苺、クランベリー、ザクロなどをフルーツ皿の上に丁寧に並べ終わると、ココアはサポートキャラの名前を呼んだ。
「カーラ、隠れているのは分かっているから、出てらっしゃい。
好きなもののある食糧倉庫に最初から隠れているのは知っているのよ。」
サポートキャラの発生条件は拠点の城の構築、発生場所は地下の食料庫であることが説明書に小さく書かれていた。
ココアが優しい声で呼びかけると、先ほどトマトを取り出した野菜棚の一番上から、にんにくが転がり落ちた。
「ふふふ、驚いたようね、白い蝙蝠のカーラ。
自分と同じ色の野菜を保護色にして隠れていたのね。
出てらっしゃい、私にカクレンボは通用しないの、分かっているでしょう?」
ケケッ
棚の上から小さな鳴き声が聞こえると、その後から文鳥サイズの白い蝙蝠が顔を覗かせた。
「ほら、いらっしゃい、赤い野菜や果物を用意したわ。
白い石の壁に、白いクロステーブル、そして白いあなた、トマトが飛び散ったら、よりこのお城の雰囲気がでそうね。」
「あれがこのテリトリーのボス。」
目を細めて弧を描き、片手でオレンジ色の髪を肩に流すココアに、白い蝙蝠のカーラはうっとりと見惚れていた。
「ご主人様に見とれてばかりいないで早く出てきなさい、来ないとこうなりますよ。」
ビシャッ
カーラが音のした方を見ると、黒いメイドが白い陶器のフルーツ皿にきれいに並べていたトマトの1つを片手で握りつぶした。
グッ
カーラは短い悲鳴のような鳴き声を上げると、潰れたトマトのあるテーブルの上に飛び降りて散らばった種をかじり始めた。
「あら、いい感じに赤い色が飛び散ったわね。
まるで血のよう。
さすが、テリトリーから去っていく人たちのいる中、離れ小島の城門までメイド志望で訪ねてきてくれただけのことはあるわね。」
「有難うございます。
ご主人様。」
「じゃあ、カーラも出てきてくれたことだし、上に戻りましょうか。
もうそろそろニコも戻ってきているでしょうし、一緒に主人公対策を色々と講じないとね。」
オレンジ色の髪と、黒いマーメードドレスの裾を翻したココアの後を、メイドとカーラが続き、広間に戻ったところでニコが戻ってきた。
そして、ニコからチャナへのお使いができなかったと報告を受け、ココアは次の機会をうかがうことにした。
ーーーーー
セツキ、チャナ、ココアがログインした後、若干遅れてサブプレイヤーとしてログインしたヨウキは、右手に基点カードを浮かべて何もないテリトリー基点に立っていた。
「とりあえずは城の構築か、全てのテリトリーの基点に拠点が建たないと他メンバーがログインできないし。」
手の上に浮かせていたカードを弾くと、カードが消えお城というよりは大きめのログハウスが発生した。
「ま、こんなもんだろう。
後は、女神に会って、サポートキャラを入手し、ログアウトしてリアルで2日放置、ゲーム内では4日かな?」
今回のゲーム内の時間はすべてが3倍速ではなく午前9時から20時59分59秒までは3倍速だが、21時から翌朝の8時59分59秒まではリアル時間と同じ時速になるよう設定されている。
ゲーム内で1日半(朝・夜・朝)を過ごすと、次の夜はリアル時間と同じ時速となる。
「放置している間にAIキャラや他のID付きプレイヤーが動いた結果がどうなるか。
テリトリーボス、プレイヤー本人不在時の制限機能に不具合が無ければ、AIキャラの配置、テリトリー地形の増減はされない。
ということで、さっさとログアウトして、リアルな仕事に戻ろうか。」




