021 兄と弟と友人と
背中の上で、ブランの透き通る声が聞こえた。
「今までいた小屋は山ごと空に浮かんでたんだ。」
風を受けて乱れる銀の髪を片手で押さえ、グレーの瞳で後ろに遠くなっていく山小屋を見つめるブランは、大きいヒヨコの背に乗せられて、青空の下を移動していた。
「ブラン、下に旋回するから落ちないように気を付けて。」
「旋回?うん!」
楽し気に期待を持った返事が返ってきたので、タクトは遠慮なく円状に飛び始めた。
先ほど山小屋の窓から外に出て、10cmくらいの小さなヒヨコの体を2m弱の大きさに変えたときのブランの呆気に取られた顔は面白かった。
ただ、面白いと思う以上に、大きくなったヒヨコの背中に乗って飛んで行くと知ったときの、期待に満ちたグレーの瞳は、期待に応えたいという衝動を起こしてくれた。
それは瞳の色の薄いマシロを思い出したこともあったのだけど。
ブランには見えていないが、原点から地上への入り口までは案内線で結ばれており、それに沿って真っすぐに行けばいいだけなのだが、タクトはブランの期待に添うべく案内線をを見失わないように、気流に乗って大胆に回転し、優雅に旋回していた。
羽を飛行機のように真っ直ぐ伸ばし、尻尾で舵を取り、雲を抜けながら青空を移動すると、空に浮かんでいた緑生い茂る山も、この世界の原点にあった山頂の小屋も小さくなって消え、周りは青空が広がるばかりとなった。
「ブラン、怖くないか?」
「全然大丈夫、すごく楽しい!
ヒヨコが大きくなったのも驚いたけど、こんなモフモフで、重そうな体で空中を何回も回転できるなんて思わなかった。
厚い雲も関係なく突っ切っていくのが、すごく気持ちいい。」
逆さになっても落ちないようにしっかりヒヨコに捕まりながら、雲を突き抜ける度に見える青空に心を躍らせているのが分かる。
「体のサイズを変えるなんて序の口だ。
これから出会うと思うけど、テリトリーボスたちのサポートキャラでもできる事だからね。」
「サポートキャラ?」
聞きなれない言葉だ、と、ブランが首を傾げると、その仕草を背中越しに感じたタクトは、サポートキャラの説明をしていないことに気がついた。
「テリトリーボスには必ず1匹この世界をナビするサポートキャラが一緒にいるんだ。
ブランと俺のような。」
「俺とタクトみたいな?
じゃ、とても大切な存在だ。
テリトリーボスも俺みたいに、そんな大切な相棒をみんな連れているんだ。」
テリトリーボスに親近感を抱いたようだが、その「大切な相棒」を奪わなければいけないのだが、もしかしなくてもブランはまだそれに気がついていない。
「テリトリーボスのサポートキャラもタクトみたいにヒヨコ?」
仲間意識が芽生えたせいか、ブランの声にウキウキ感が感じられた。
「いや、どうだろう?
そこまでチェックしてないけど、違うんじゃないかな?
1人はペガサスってことは知っているけど、1人は読めないし、たぶん、ココアとも今回は被らないだろうし。」
ブランに気を取られてすぎて、ログインする前に敵の情報を入手していなかったな、と、タクトが軽く反省していると、ブランがテリトリーボスの名前を記憶するように復唱していた。
「ココア、ココア?」
「テリトリーボスの名前だよ。
まだ、そいつのテリトリーにはいかないけど、油断するとあっちの世界に連れていかれるから、気をつけないとやばいかな。」
「あっちの世界って、俺の元いた世界?
そのお姉さんも俺の世界の人?」
「うーん、期待してるところ悪いけど、あっちの世界ってのは、薔薇と言われる世界で、うーん、全年齢だと説明が難しいな。
とにかく、その人のテリトリーに行く時は入念に準備する必要があることを覚えておいて。
下手したら、ブランのことを僕にしたいとか、言い出しかねないから。」
「僕、お姉さんの弟じゃなくて?
薔薇の世界で僕、に、なる?」
「そう、弟じゃなくて。」
空を優雅に飛びながらする話じゃないし、15歳設定のブランにする話でもない。
そして、全年齢対象のゲームではどこまでがワードが許容範囲かとタクトがヒヨコの首を傾げると、ブランが傾げた首あたりをツンツンとつついてきた。
「おれ、元の世界のこと全然覚えてないけど、弟っていたのかな?
家族や兄弟それに友達っているよね、きっと。」
薔薇の世界+αがAIの制限ワードだったのか、タクトが話題転換を行うまでもなくブランが話題を変えてきた。
だが、タクトには胸がわずかにキュウッと締まる感覚があったので、ブランは少し切ない気持ちで話をしているのだろう。
「誰かは待ってると思うよ。
だから、思い出すためにも、テリトリーボスの大切なものをきちんと入手しような。」
「うん。」
背の上でブランが元気に返事をして、前をしっかり見据えるとタクトの胸の痛みも和らいだ。
そういえば、あのゲームの後の物語が続いていたらどんな話になってたかな。
今度マシロさんに裏話的なネタがあるか聞いてみようか。
など、タクトがブランの元ネタのゲームのことを考えていると、ブランからタクトが予想していなかったことを聞かれた。
「そういえば、タクトは?
俺と違って家族のこと覚えてるの?」
ガクンッ
いきなりヒヨコの高度が下がり、ブランは空中に浮いた状態になってしまった。
「こっ、あっ」
ブランは体がヒヨコの背から浮いた拍子に放してしまった手をクロールするように動かして慌ててヒヨコのモフモフの毛を掴んだ。
「ごめん、大丈夫か?
エアポケットに入ったみたいだ。」
「エアポケット、そ、そんなものがあるんだ、びっくりした。」
ヒヨコの背で体制を整えたブランは、額に流れる冷や汗を両手でぬぐった。
「下がった高度を調整するから、少し荒々しい飛び方になるからしっかり捕まってて。」
ブランに注意しながらタクトは、見えない空の果手を見ていた。
そういえば、最後に言葉を交わしたとき、あの兄はどんな顔をしてたんだろう。
ー弟とは言え、何でもすぐこなすお前には分からないよ。ー
ー2人に認めて欲しくて頑張っていたのに、二人とももういない。ー
ーお前のせいじゃないと分かっているけど、もう二度と会いたくない。ー
怒っていたのか、泣いていたのか、悲しむべきか、怒るべきか、分からないまま疎遠になって、それから。
タクトはブランに「家族のことを覚えているの?」と聞かれて、自分もあまり覚えていないなと思い返した。
「俺も、覚えていないかな、あんまり。」
「んっ、何か言った?」
「家族のこと、俺もあんまり覚えていないって言ったんだ。」
「そうなんだ、俺だけじゃないんだ。
そうか。」
そんなブランの安堵感を感じるのは、共通のことがあったと思えたからだろう、それはそれで良しとしたタクトの前方に黒い雲が近づいてきた。
案内線は黒い雲の中に続いて、そこで途切れている。
「ブラン、ほら、黒い雲が見えてきた。
地上への入り口はあの雲の中にある。
突入するけど、もしかしたら、周りが見えなくなるかもしれない。」
タクトがブランを心配していると、ブランはこともなげに「平気だ」と返してきた。
「だって。
タクトといると大丈夫だって分かってるから。」
ブランのセリフはタクトに瞬時にシキの顔を浮かばせた。
「は、はは。
なんか、デジャブなセリフだな。」
「?、なんだかそれ、腹立つな。」
ブランの様子に、先ほどから行われている感情の共有は、双方向互換ではなくブランからタクトへの一方向互換だろうと推測ができ、タクト的には安心しているのだが、その様子にブランは更に気を悪くしているのが分かるというのも、ややこしい。
ブランと自分の感情を整理する間もなく、黒い雲の中に飛び込んでしまい、予想通り雲の中は真っ暗で何も見えない。
案内線が白く伸びているが、両羽根の先が壁に当たるようでここから先は、この大きさで飛ぶのは難しそうだ。
後ろに流していた足を下に向けゆっくり降りると、すぐに足が地面についた感覚がしたので、背中のブランに声を掛けた。
「ブラン、ここからは歩いて行かないといけないみたいだ。
地面があるから、俺の体に沿って手探りで降りてみて。」
「うん。」
ブランは素直に手探りでヒヨコの体に沿って降りると、タクトに聞いたとおりにすぐに、見えないながらも地面に足がついたことにホッとした。
「じゃあ、俺は元の大きさに戻ってブランの肩に乗るから、じっとしてて。」
「うん、少し目が慣れてきたから、ゆっくり乗って大丈夫だよ。」
ブランは夜目が効きだしたため薄暗いこの場所を見渡していたが、肩にヒヨコの重さを感じると前方10mにスポット的な明かりが照らされ、逆に周りが見えなくなった。
「いきなりはまぶしいよ。」
ぼやいて肩に留まったヒヨコを見ると、どこから出したのか、ヒヨコの頭にはヘッドライトがついていた。
「ごめん、でもほら、これで回りが見えるだろ?」
古びて崩れそうで崩れない石が積まれた壁に。その表面に這う蔦、高い石柱にも蔓が這い登り、古い寂れた遺跡感を出している。
ヘッドライトの明かりを頼りに、1人と一匹が遺跡の中を進むと、登る階段が見つかった。
「かなり長い階段だな、ここを上がって地上に出ろってことかな?」
「地上に!よし行こう!」
ブランが階段に足をかけると、階段の途中から変な歌が聞こえてきた。
「きのこのこのこ、きのこのこのこ。
これは食べられるキノコ、これは食べれないキノコ。
これは食べれるけど死ぬキノコ。
のこのこ。のっこのこ。」
しばらく登って、折り返しのステップまで来ると、大きな赤いキノコを背負ったどんぐり眼でオレンジ色のマッシュルームヘアのぼくちゃんが、周りに生えているキノコを採りながら歌っていた。
歌っている人かキノコか分からないキャラクターの頭をタクトがじっと見てみると頭にAIの文字が浮かんでいる
「AIの文字が青い、イベントキャラか。
そういえば、ここのキャラからもらうアイテムは、、、」
肩に留まっているタクトとは真逆に、ブランは警戒心も何もなく、ただ、歌詞が気になってに目の前のキノコもどきに近寄った。
「死ぬのなら食べられないんじゃない?」
ブランが思わず聞くと、小さいキノコは振り向いて「何言ってんだか」とバカにした目で見上げてきた。
「食べられるよ。死ぬだけで。
木ちゃんの方が賢いね。
だって、死んだらこっちのキノコを食べれば生き返るんだぁって、知ってるもの。
君はそんなことも知らないんだ?」
ぼくちゃんはあっけらかんと笑って、木の根元に生えていた小さいピンク色のキノコをポチっともぎ取った。
「でも、死んでたらキノコ、食べられないんじゃ。」
「大丈夫だよ。
賢くない君のためにやってみるから、ほら!」
ぼくちゃんは、食べれるけど死ぬキノコをポイっと放り投げて、大きく開けた口の中に落としむしゃむしゃ食べ始めた。
「おいしーい!僕、これ大好きなんだ。
ほれで、もうひとつを、こほやって。」
もう一つのキノコをポイっと口の中に放り込むと、頬をめいいっぱい膨らませて一緒に噛んでゴクッと飲み込んだ。
飲み込むと同時にバタンと倒れて、口の中から魂らしい白い不透明な固まりが浮かんできたかと思うと、その固まりにどんぐりのような目が貼りつきパチッと開き周りを見渡して口を開いた。
「ほら!死んじゃったけど、大丈夫でしょ?」
ブランが恐る恐る倒れたぼくちゃんの胸だと思われるところに手を置くと確かに心臓は止まっている。
「はい、あーん。
今僕手が無いから、死んだ僕が手に持ってるピンクのキノコをこっちの僕の口に入れてくれる?」
「え、死んだ僕?あっうん。」
倒れても手に持ったままになっていたピンクのキノコをそっと手から外して、白い魂の塊の口の中に入れてやると、ぼくちゃん魂はキノコを咀嚼し始めた。
「ほんとに、これで生き返るわけ?」
「そうだよ!」
魂のぼくちゃんがキノコを飲み込みこむと、魂が体に戻り倒れていたぼくちゃんのドングリ目がパチッと開いた。
「これ僕大好きなんだけど、近くに人がいないと、生き返る方のキノコを食べさせてもらえないから、困っちゃうんだよね。
久しぶりに食べたから、お礼をするよ。」
てへっと舌を出すぼくちゃんだが、その舌は真っ赤にはれ上がっていた。
お礼にと差し出されたのは、各種のキノコの入った籠だった。
このイベントでのキノコ入手を、タクトの手助け無く素で成功させたブランは、ぼくちゃんに「またくるね」と約束して、階段を上っていった。




