016 ココアの城
「領地の拠点と言えば、やっぱりお城よね。
そして、お城と言えば、ダークで十字架やお墓があり、蝙蝠が飛ぶ、ドラキュラ城。」
ふふふふふ、と怪しい笑みを浮かべて、カードを人差し指と中指の間に挟み唇に近づけているのは、オレンジ色の髪のアバター姿のココアだった。
「あら、お知らせ?」
空中に光が数が解点滅すると、透明感のある黒いパネルが現れ、浮かんできた文字を読むと、チャナが拠点の城を建てたという知らせだった。
「あら、ずいぶんと可愛らしいお城にしたのね。
チャナらしい、テーマパークにあるような白く奇麗で大きなお城ね。」
パネルに描かれたチャナの建てたお城のイメージを弧を描いて細めた瞳で見つめたココアは、「負けてられないわね。」と、唇に近づけていたカードにフッと息をかけた。
カードは指先から滑るように離れて上り、気流にのり、小さな円から螺旋状に大きな円を描いて空高く昇ると、視界から消える寸前にまばゆい光を放って、辺り一面を照らした。
まぶしさに手を目の上に添えたココアを、逢魔が時を差すような、日が完全に落ちきる直前の黄昏色が包んだ。
明かりを遮っていた手をおろすと、目の先には人の背の10倍くらいの高さの黒い鉄格子の門が立ち、門の向こうには崖を渡る石畳の橋が見え、橋を渡った先の小島には暗闇色の城が聳え立っていた。
まるで、今立っている逢魔が時の色の世界から、橋を渡って進むにつれて夜の闇の世界に堕ちていくような、そんな感覚を覚えて、ココアは身震いをした。
「ふ、ふふ、選択したカードの絵より、遥かに素晴らしいイメージのお城を建てることができたわ。
もちろん、お城自体のモデルはあの国のドラキュラ城のモデルになったあのお城だけど、それにプラスしてより良い感じに不気味感がだせて。
さすが、私だわ。
そして、この私がイメージしたお城を忠実に再現させた、プログラマの面々も褒め讃えるべきね。」
「ここに、あの銀髪の主人公がやってくるかと思うと、さらにゾクゾクするわ。
タクトったら、あんなかわいい子を主人公にするなんて、なんてセンスなの、思いもよらず目を疑ったわ。
倒して、モブ落ちさせて、このお城に取り込むのが楽しみだわ。」
ココアが更に細く弧を描いた瞳で黒い鉄格子に手をかざすと、それだけで門の留め具がひとりでに回り、錆びついた音を立てて外れた。
また、ココアが一歩足を踏み出すと、まるで意思があるように鉄格子の大きな門が人ひとりが通れるくらいの幅で左右に開いた。
鉄格子の門の前から幅20mほどの石畳の橋が架かっている。
橋から城のある小島までは深い崖になっていて、その下は暗闇に飲まれて底が見えない。
城に向かって伸びる橋は緩やかな昇り傾斜になっているが、橋の左右それぞれには5mほど土で盛られ、枯れ木や石の十字架、悪魔の銅像に、明かりの切れた黒い街灯などが並び、崖が見えていなければ石畳で整えられた田舎道を小高い丘まで登っている、そんな錯覚に囚われそうだ。
「暗いオレンジ色の日が当たっているのに、足元に影が落ちないなんて、本当に人間外になったようで震えるわ。
というより、これは不具合かしら?
私のテリトリーではこの方が化け物感が出せるから仕様で問題ないけど。」
中央を歩きながら、橋の両側に見える不気味な景色を楽しみながら、歩くココアは「小さな灯くらいは欲しいわね」と指先を街灯に向けた。
そんなココアの思考を察したように、黒い街灯のガラスの内側に小さな火が灯り揺れる。
街灯に照らされて石畳の上をコツコツとかかとの音を響かせてゆっくり進んでいると、2kmはあるかと思えた距離がを飛び越えたようで、数十歩も歩かないうちに一気に城の扉の前まで来ていた。
振り返ると、長い橋の両側には街灯の小さな灯点々と並び、小さく見える橋のたもとの黒い鉄格子の城門はすでに固く閉ざされていた。
「あら、テリトリーボスの特権かしら。
でも、みんなが使えると困るわね。
まずは説明書を探さないと。」
ココアが近づくと、ここでも城の門が自動的に人が一人通れるくらいの幅で左右に開き、ココアを歓迎しているようだ。
中に進むと天井の高い広間があり、正面には重厚な額に縁どられた等身大より大きめの鏡が壁にはめ込まれていて、壁を支える柱の横から中庭に進めるようになっていた。
広間からは廊下が左右に分岐していて、その先は中庭を囲んで広間や各部屋に繋がっている。
ココアは鏡に映る今の自分、身長180cm程のスラッとした体形に、黒のタキシードを着た美男子でオレンジ色の巻き毛を後ろで緩く黒いリボンで縛っいる姿を見て、気落ちしていた。
「あら、やっぱり姿形が鏡に映っているわ。
せっかくのドラキュラ城なんだから、鏡に映らなくてもいいのだけど。
まあ、いいわ。」
カツンと踵を鳴らすと、ココアは左右に分かれた廊下ではなく、鏡の横の柱の横から建物で囲まれた広い中庭にでた。
外は夜の暗さだが、まるで見えない月から照らされているような明るさがある。
枯れ木の続く中庭を進むココアは、この何かしらの舞台装置を思わせる明るさを自分のイメージ力の不手際だと不満を持ったが、今は説明書を見つけることが先だと足を速めた。
「私の感では、この中庭を真っ直ぐに進んだ先にある部屋のさらに先にあるチャペル辺りに説明書が潜んでいると思うのだけど。」
中庭を突っ切って入口とは反対側の通路に入ると、そこも広間になっており、壁に鏡が埋め込まれ、その正面に入口よりも小さなチャペルの扉があった。
「説明書さん、ココアが来たわよ。
開けるわね。」
ココアが観音開きのチャペルのドアを両手で押し広げると、真っ直ぐに続くバージロードの先にギリシア神話のアテナのような女神像が、槍の代わりに分厚い本を抱えて、たっていた。
「やっぱりここに在ったのね。説明書さん。」
10mもないバージンロードを歩いて女神像に近づき本に手を伸ばすと、触れる前に本が女神像の手を離れて、パラパラと1枚、また1枚と剥がれ、ココアの前に整列しだした。
上下左右に整然と並んだA4用紙は、黒い半透明のスクリーンになった。
「あら、協力的で行儀のよい説明書さんね、じゃあ、手始めにナビキャラの位置の手がかりでも出してくれるかしら?」
スッと腕を伸ばして黒いスクリーンの後ろを差すと、白い石膏像の女神の首が動きココアを見下ろした。
「あら、いい感じに動けるのね。
あなた、ここじゃなくて入口の方に移動することはできるのかしら。
来客があったら、まずはあなたの不気味さでこの城の怪しさをアピールできるわ。」
女神は気を悪くしたようで、同行の無い白い眼ながら、目じりを上げた。
「ココア、それは自分で作りなさいな。
ここのテリトリーボスであるあなたなら簡単でしょ?
それより、ナビキャラを先に探してちょうだい。
名前は決めたの?」
「ええ、決めてるわ、このお城にちなんでブランにするのよ。」
ココアがナビキャラの名前を出すと、女神からシステム音が発信された。
ピーーーーー、
<エラーデス>
<ソノナマエハ、スデニシヨウサレテイマス、ベツノナマエニシテクダサイ>
「な、なんですって?
今更ほかの名前なんて、しくじったわ。
調査不足ね。
まだモブが入っていない、この段階で名前が決まってるなんて。
チャナではないとしても、セツキさんでもないわね。」
ココアは男性らしい素振りで、握ったこぶしにあごを置き考え、あることに気がつきハッと顔を上げた。
「そ、そういう事ね、この名前は主人公に使われているのね。」
ふっふふふふふ、ハーハッハッハッハッハ、足を大きく開き、両手を広げておかし気に笑うココアを女神像は「絶対に自分より不気味」だと思ったのか、視線を逸らした。
悪役らしく笑うココアは切れのある動きで女神像に背を向け、俯き加減で額に手を添えると、クックッと口の端で笑った。
「なんていう偶然、やっぱり主人公はこの城でモブ落ちして、私の従者となる運命のよう。
今度こそ、勝負でも気持でも、両方でタクトに勝たせてもらう。」
口の端で笑いながらバージンロードを戻るココアに、女神から冷淡な眼差しが向けられる。
「ここのテリトリーボス、説明書は、いらないんじゃないかしら。
はぁぁ、主人公にとっては脅威でも、出番が無くなる説明書にとっては、ハズレだわ。」
女神像に愚痴らせているとも知らず、ココアはお城の上部である砦に向かった。
三角塔の屋根以外の屋上がほどんどが砦を兼ねているこの城は、屋上に出て砦を歩くと360度方向が見渡せる。
「まずは、名前を考え直さないとね。
蝙蝠のナビキャラだから、うーん、すぐには思いつかないわね。」
ココアが砦の鋸壁に両腕をたててあごを支えたまま、崖向こうの城下を眺めると、黄昏色の街にAIの文字を頭上に浮かべた旅人や商人らしい人たちがうろついているのが見えた。
「あら、もうAIモブが解放されているのね。
私のテリトリーに好んで入ってくるなんて、どんな性格のAIなのかしら。
楽しみだわ。」




