014 会いに行こう
自宅でメインプレイヤーとしてテストをスタートさせるための準備を始めたタクトは、これから使用するハード機器を確認して、1つずつ身に付けていた。
「以前より軽くてつけやすいな。」
セツキにゲーム体験をしてもらうために先にゲーム世界を構築したが、そのときに使用したハード機器よりも簡単に装着できるようバージョンアップされていた。
これは、コウガオウカ達、開発製造チームの頑張りによるものだ。
黒いカウチに座ってアイマスク型のスコープを瞼の上につけると、両目の端にわずかな吸着感を感じるが不快さはない。
カウチの前にある硝子のロウテーブルに置いたノートパソコンを見ると、ディスプレイから先ほどロードさせた補助キャラのホワイトタイガーが4つ足を前後させて歩いて出てきていた。
キーボードの真ん中まで来ると、後ろ脚だけで立ち、大きく伸びをして「がおぉぉぉッ」とあくびをしている。
「おはよう。」
と、声を掛けてみたが、ホワイトタイガーはまだ眠そうに目をこすりながらボーっとしている。
瞼とスコープの間に1cm程の隙間があるため目を開くことに不自由はなく、まるで機器をつけていないかのように辺りが見えているので、キーボードの上のホワイトタイガーもよく見える。
ボーとしていたホワイトタイガーだが、タクトを見て、一度目を落とすともう一度みて、ようするに2度見するとハッと顔つきを変えて、焦ってキーボードを蹴って飛び上がった。
空を蹴ってタクトの顔の前まで走ってきた体長10cm程のホワイトタイガーは、つぶらな瞳をカッと見開き、「ハードの装着案内は俺の役目だろう!」と情けない声で叫ぶと、短い脚を高速で動かしてタクトの体の上を走り始めた。
ゲーム補助キャラクターの俺様性格のホワイトタイガーには、今までの記憶データが蓄積されているので、自分の役割が何で今まで自分がどう行動してきたかも覚えている。
何なら、ゲーム外でもロードして呼び出すと、カードゲームやオセロをしたりと、タクトにとっては今やペットのような存在になっている。
久々のゲーム補助なのに、これ以上自分の仕事を取られてなるものかと憤慨して、いきなり高速で動くことにしたらしい。
視界が良好なため、自分の肩から足や手にと走り回るホワイトタイガーを目で追うことができ、このちょっとした吸着感が無ければ、スコープをつけていることを忘れそうだ。
「今までそんなに早い行動できなかったのに、もしかしなくても、最近バージョンアップされた、みたいな?」
高速で自分の体を走り回るホワイトタイガーを気にしながら、吸着感を感じる場所から伸びる細い1mmも無い太さのケーブルを耳の後ろから回して、その先についている丸みを帯びた小さな三角の突起を耳の中に装着すると、顔の前にホワイトタイガーが息を切らして戻ってきた。
「ホログラフなのに息を切らすなんて、大丈夫か?」
フッと「心配無用だ」と流し目を向け、おでこのモフモフの毛を手でスッと払ったホワイトタイガーは、息を切らしたふりをやめると、タクトの顔から少し距離を置き、腕を後ろに組み、ピシッと短い足を広げ、バシッと力強く立った。
「頭部よし!耳よし!腕よし!足よし!よし、大丈夫だ。
ちゃんと装着できている、完璧だ!
お前の体のことを一番よく知っている俺が言うから間違いない!
横になっても問題ないぞ。」
後ろに組んだ腕を精一杯振り上げ、親指を立ててピッとタクトの前に出し、どや顔で言い終わると、長い尻尾で舵を取りながら、タクトの頭上から下に向けてらせん状にビュンビュンと下降し始めた。
タクトの膝に降りると、そのままガラステーブルに置いてあるノートパソコンに向かってリズムよく歩き、キーボードの上までくるとストンと短い脚を胡坐にして座った。
一仕事終わったと、額の汗をぬぐうホワイトタイガーは、小さなおっさんのようだ。
「ははは、ありがとう。
ところで、せっかくそこにいるなら、俺とマシロさんの今日のスケジュールを出してくれるか?」
「自分でやれよ、俺はゲームの補助キャラで、おまえの女房じゃないぞ。」
先ほどの仕事ぶりとは打って変わって、ごろんと横になったホワイトタイガーは肘を立てて頭を支えてタクトを見返している。
「わかったよ。」
タクトはキーボードの上のホワイトタイガーにかまわずキーを叩き、スケジュールを出して確認すると、次にゲームスタートの合図をシキのいるシステム室に送った。
「何するんだ、俺の中に指先を素通りさせて、失礼な奴だな。」
ホログラフであるホワイトタイガーは、くすぐったそうに尻尾でぺちぺちと自分の中を素通りしたタクトの手を叩いている。
「今日の俺は午前と午後テストプレイで自宅、そして、マシロさんは午前からずっとオフィス、か。
じゃっ、始めるか。」
タクトがカウチに横たわると、角度の変化が感知され、スコープ内側には上部から真っ黒な帳が徐々に降りてくる。
そしてスコープの中は完全な暗闇で包まれる。
瞼をおろしているのか開けているのか自分でも分からない状態だが、数秒で背中が重力に引っぱられるような感覚がおとずれるとともにゲーム音楽も流れだした。
「今回の選曲は、おとなしめだけど、何か生まれるのを期待して待ってるって感じだな。」
曲を聞きながらゆっくり降りていくうちに平衡感覚が戻って、立った状態で足元が下になると、すぐに両足が地面についた。
明かりのない暗闇は一瞬のことで、小さな灯が点々と光始めると、頭上だけでなく辺り一面に広がり、星の瞬く夜空を作り出した。
自分の立つ位置を中心に、球状に夜空が広がっている状態だ。
現実の視覚は遮断され、外から送信されるプログラムを受信して、人の内側で構築された世界で、システムから案内のメッセージが届いた。
<スタート準備ルームへようこそ>
<あなたはメインプレイヤーです>
<スタートのせつめいをおこないます よろしいですか?>
「ストップ、テスト準備ルームの説明は省略」
<はい、説明を省略します。>
<もう一度説明を開始する場合は、システム名をお呼びください>
「了解。」
システム説明を止めたタクトは自分の足元に広がる夜空の星を眺め、一歩、一歩と足を進めた。
「いつ来ても果てのない世界だな。
ここでは、足を動かしても、どれだけ進んだか分からなくて、距離感がつかめない。
ユーザーがここでどんな行動に出ても、実際の座標が動かないから、こんな感じになるんだな。」
今度は上を向いて満天の星を仰いで、
「マップ表示」
と声を出すと、ぼんやりと柔らかい薄い黄色の光に包まれた、直径1mほどの月のような球体が、手を伸ばすと届く位置に現れた。
ゆっくり回転する月のところどころに、小さな文字が浮かんでいる。
タクトが月に向かって手をかざすと、月の表面に4つのテリトリーが映し出され、小さな文字が拡大された。
「今日は、すでにセツキさんが一番乗りでログイン、チャナとココアもログイン済み、あと一人はまだ準備中っぽい。」
4つのテリトリーはそれぞれ色分けされており、テリトリーの中は構成されたランクによって濃さの度合いが変わっている。
「セツキさんの赤いテリトリーは中心の赤が濃くなってるから、拠点は順調に建造できたみたいだな。
チャナとココアは今日初めてログインしてるから、これからってところか。
そして、世界の中心に透けて白く光っているのが、俺がこれから孵化しに行く、世界の中心。」
タクトがかざした手を動かすと同じ方向に月が回転し、テリトリーの説明文字が元の小ささに戻り、かざした手の影に来た文字が今度は大きく拡大された。
「クリア対象のプレイヤーは4人、3人ログイン済み。
コンテンツカード種類に、イベントと属性、街の状況と自然環境に人の配分。
設定どおりだけど、これは?」
表示文字には、この世界の現在のプレイヤーや地形、環境、使用できるカード、イベント属性などの説明が記されている。
その中に、ゲーム世界を構築したときには無かった、スタンプイベントというものが追加されていた。
「この間のレビューのときにもなかったと思うけど、シキが追加したのかな?
また、誰かがシキに変なイベントリクエストをしてないと良いけど。」
他の場所に指を近づけると、一番近いポイントの地形がズームアップされ、月の前に浮き出た四角いスクリーンに表示された。
「AIがプレイヤーの代わりだから、NPCと言っていいのか分からないけど、AIモブはそれなりの数がいて平均的に散らばってるな。
モブプレイヤーのアクセスIDは100解放したけど、現在はもう30人参加準備中か。
IDはハッシュ値で表示されるから、誰が準備中かは分からないか。」
次に球体の中に手を伸ばすと、光の中に腕が吸い込まれるように入っていく。
そのまま中心に指を伸ばすと、中心地形の中でも奥深い森にある遺跡の場所に光が集まった。
「もしかしなくても、俺が孵化した後に主人公と一緒にスタートする遺跡かな?
さて、ここでの確認はこのくらいにして、もうそろそろ、会いに行こう。
俺のアバターのヒヨコが孵るのを主人公が待ちわびている。」
延ばした腕を月に吸い込まれたままの状態で、タクトは「スタート」と口に出した。




