013 孵化を待つ主人公
机の上に並べられた3つのモニターの一番左側に外部テストルームの一室の映像が映し出されている。
「一番左側のモニターに、テストルームでデスクチェアに寝そべっているセツキがいるだろ?」
ヨウキがキーをいくつか押すと、モニター画面が4分割された。
外部テストルームの天井に近い上角、東西南北の4方向に付けられたカメラで部屋全体を映して、それぞれの中央にセツキの姿が捉えられている。
「あの、おなかの上に乗せてるのって、製品開発中のヒヨコですよね?
この間、ヨウキさんが肩に乗せていた。」
ゲーミングチェアにゆったりと寝ているセツキのおなかの上に、微妙に震えている黄色い塊があるのを見たタクトは、それがなんであるかすぐに分かった。
「そう、あれもちょっとテストしとこうと思って。
セツキがゲームに入った後に、おなかの上に乗るように指示しといたんだ。
かわいいだろ?」
「まあ、ヒヨコはそうですね。」
「天井にある4つのカメラセンサーとは別に、あのヒヨコにも、別でセンサーをつけてみたんだ。
まあ、結果は後のお楽しみということで。」
ウィンクして口元に人差し指をあてるヨウキに、いつもの愛想笑いを返したタクトは、「で、セツキさんは今どんな状態ですか?」と問うように、すぐに画面に視線を戻した。
「ああ、おまえを呼びに行く前に、建物、ナビキャラ、アバター設定を終わらせて、ゲームスタートしといたから、もう、ゲーム本編に入ってる状態だ。」
モニターの下側にはゲームスタート開始からのカウント時間が表示されていて、そこには30分を過ぎた時間が刻まれていた。
「だいたい30分ほど経過したところか。
ゲーム世界では1時間30分ほど活動してることになるから、もう、拠点の基地もできて、説明書でも読んでいるところか、ナビキャラを探してるところかな。
セツキのゲーム内テリトリーの基点位置上空キャプチャカメラの映像を出すから、その横の中央にあるモニターを見といて。」
ヨウキがキーを押すと、中央にあるモニターにゲーム世界の映像が映し出される。
「あれ、テリトリー拠点の建物ができていない、まだ、作っていない?」
ヨウキは既に基点位置にセツキの基地となる建物が建造されているだろうと予想していたが、実際には建物はなく草花で覆われた草原が広がっている状態だった。
「そうか、すぐに基地を建造することが当たり前だと思い込んでいたな。」
「マニュアル通りだとそうですしね、建物の代わりに、なんだか、草原の中を行ったり来たりしてる赤いものがありますよ?」
キャプチャカメラからの映像は上空から広い範囲を映し出しているが、小さな人物がうろうろしながら膝まで伸びた背の高い草が生え揃う草原の中で、上げた膝を左右に乱暴に振って草を蹴り倒していることは分かる。
「赤い甲冑の男性が草を倒しながらうろうろしてますけど、これセツキさんですよね?
すごい、口を開けて大笑いしてるように見えますけど。フッ。」
草原で草をなぎ倒して走り回っている人物のおかしな行動を差し、肩を震わせているタクトは口にこぶしを近づけて笑いをこらえた。
「そう、アバターを作る時に「黒髪短髪、力のあるマッチョで、赤い甲冑を着たダンディな俺だ!」とか叫んで作ってたから、その通りだ。
モブとかではなく、セツキで間違いない。」
「ハッハハッ、セツキさんって、すごいひとですよね。」
こぶしで押さえていても堪え切れずに声を出して笑ったタクトに、ヨウキも相槌を打った。
「わが兄ながら、その通りだよ。
システムが案内したはずなのに、無視して勝手に動いているようで、早速、やらかしてくれてるよ。
多少驚いたけど、予想外なのは予想通りだ。」
座っていたデスクチェアの背もたれを最大まで押して伸びをするヨウキは、そのまま頭の後ろに手を組んでモニターを見た。
「まあ、いいよ。
システム室でアオバにログを見てもらってるから、ゲームバグ的な問題があれば俺に連絡があるだろ。」
モニターの中の草原では、半径100mくらいの範囲の四方八方に草が倒れた跡があり、そこを赤い甲冑の男がキョロキョロ首を振りながら行ったり来たりしている。
上空からのキャプチャは遠目だが、セツキの口が大きく開かれ何か叫びだしたことがわかった。
「はは、音声がとれなくて何を言ってるのか分かりませんが、もしかして、あれって、ナビキャラ探して呼んでいるのかもしれませんね。」
「そうかも、無駄なことを。」
無駄と言えば無駄なのだが、最初にシステムから拠点に建物を作成するように案内はされるが、それに強制力は無いので、意味のないことをしていても時間をロスするくらいで、ペナルティはない。
「拠点をすぐに作らなくてもエラーにはならないですよ。
だから、セツキさんの行動は、とりあえずは、仕様からは外れていない行動です。」
笑いを堪えながら、タクトはヨウキに説明を続けた。
「ただ、テリトリー内の拠点作成は必須項目で、作らないとナビキャラを探しに行けないんですけどね。
いつ、それに気がつくかですけど。」
ゲーム世界で1時間30分もそんなことをしていれば、システムから数回は拠点作成の案内音声が入っているはずで、二人がゲーム世界のセツキを追っていると、赤い甲冑をつけたまま高く足を振り上げた拍子にセツキは後ろに転び、そのまま大の字に寝そべり動かなくなった。
「このまま、リアル時間で2時間使ってしまうかもな。」
セツキの呆れた口調で言った言葉に、笑いの止まったタクトも同意して頷くと、キーボードを差した。
「ヨウキさん、せっかくなので主人公が今、どうなっているのか確認してもらってもいいですか?」
デスクチェアを倒してセツキの様子を見ていたヨウキは、すぐに椅子ごと机に近づいてキーボードに手を伸ばした。
「んっ?大丈夫、映してみよう。
セツキを見てるより建設的だ。
まだメインプレイヤーであるタクトがゲーム世界に入っていないから、主人公は世界の原点0,0にいる。
そこのキャプチャカメラの映像を、一番右側のモニターに映し出そう。」
ヨウキがいくつかのキーを押してモニターの表示を切り替えると、タクトに一番近い右側のモニターに、木でできた温もりのある山小屋の中で30cmくらいの白い卵を大切に抱えて、小山のように集められた藁をベッドにして、瞼を閉じている銀髪の15歳くらいの少年の映像が表示された。
屋根についている二つの丸窓から、白く暖かそうな日が差しこみ、うなじまで流れる柔らかな銀髪に光が反射され、たくさんの光を帯びる中、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
卵をおなかに抱え体を丸める主人公にタクトは目を細めた。
「主人公は世界の真ん中で、ちゃんと卵を抱えて、俺が孵るのを待っててくれてますね。」
テストプレイを行うキャラクターに思い入れがあるようなそぶりをするタクトは珍しい。
「世界を作成後の主人公は、メインプレイヤーが入るまで皆あんな感じだろ?
キャラはメインプレイヤーの好みで作成されてるから、雰囲気は違うだろうけど。」
ときどき主人公が抱える卵が揺れて、その度に主人公が卵をそっと抱え直している。
タクトが主人公を見守る様子にヨウキは、最初にタクトがこのゲーム世界を構築するときに主人公の設定を「剣士」にしていたことを思い出した。
「瞼が閉じられてるから分からないが、もしかして、主人公の瞳の色はグレーだったりするか?」
デスクチェアにゆったりともたれて主人公の様子を見つめるタクトに、ヨウキが瞼を閉じたままの主人公の瞳の色を聞くと、タクトはニコッと笑いを返した。
「当たりです。」
ふーん、と少し考えたヨウキは、片方の口角を上げてチェアから体を起こし、デスクチェアにもたれる隣のタクトを下に見て、主人公のイメージを当てにいった。
「以前にリリースした一人プレイ用製品を、タクトがテストプレイしたときの個人イメージの主人公キャラにしたんじゃないのか?
そのゲームででてきた推しヒロインに似た主人公の少年剣士。
あっちのゲームは個人の世界観にあるイメージだから、固定したキャラクターが出せないから、こっちで固定したキャラを作ったってとこだろ?」
「当たりです。
ちなみに、同じAIを使ってるんですよ?
若干やんちゃ感を付け加えられてますけど。」
更に輝きを増した笑みを向けるタクトに、ヨウキはそれはいらない情報だと笑顔で返信をしておいた。
しばらくすると、中央モニターに映る赤い甲冑のダンディな男性が足を振って勢いよく起き上がり、両手をポンッと打つ動きをした。
大の字になって寝ていたセツキの目の前に、何度もシステムが出すメッセージの意味にやっと気がついたようで、腕を前に出すと手のひらの上に1枚のカードを浮上させた。
「あ、見てください。
セツキさん、拠点カードを呼び出しましたね。
カードの使い方をやっと理解したのかと思いましたが、休んでいただけかもしれませんね。
雑草を倒していた範囲が東西南北で均等で、何かの絵を描いているようにも見える。
もしかしたらわざと自分でいろいろ試してから、行動したのかもしれません。
案外、侮れないかもしれませんね。」
「それはセツキのこと、買いかぶりすぎだと思うぞ。」
タクトの言葉にセツキは首を傾げた。




