101 ウォークスルーテリトリー最終話
いつものカフェルームではテーブルの間を回る2台のカフェスタッフロボットが愛想よくオーダー品を運んでいた。
そんな中、ゲームにモブ参加していたメンバーたちは、窓際のテーブルを囲む4人の様子を遠巻きに伺っている。
「結局、ゲームクリアまで1か月もかからず、しかもタクトさんの一人勝ちだったみたいですね。」
アオバは、水滴のついたカップの中の氷を口に含んだ。
「一人勝ちでは無かったと思うよ?
主人公もいたし。」
口に含んだ氷を溶かしながら、それは暗に一人勝ち、つまり自分の圧勝を認めているのでは?と、窓の外に視線を移したアオバの表情は語っている。
「主人公とメインプレイヤーはセットだ。
だからタクトの圧勝で合ってると思う。」
タクトと向かい合った位置にいるシキは、両手に抱え持っている紙コップから上がる湯気をじっと見て喋っている。
「そうね、私たちはセツキテリトリーの様子しか見てなかったけど、セツキさんと主人公の、対戦?
と言っていいのかどうかも分からないくらい一方的だったし。」
湯気の立つコーヒーに息を吹きかけていたトウリは、ブランに全く歯が立たないセツキの姿を思い出していた。
「俺もそう思います。
大剣をただ振り回すセツキさんは、主人公に剣に乗られたり、翻弄されているだけでしたね。」
トウリの正面で納得して頷くアオバだが、その場にいたのはAIアオバで、本人はいなかったはず。
「あの時、いきなり一旦離脱と言って抜け出たけど、そこまで細かく知ってるってことは、もしかしてずっと見てたの?
AIアオバと情報シェアと言っても、アオバにデータ上書きできる訳じゃないし。
戻ってこないのは何かトラブルがあったのかと思ったけど?」
トウリの質問に眉間に皺がよってしまったアオバ。
サソリカードを使った”そっくりそのままお返しします”作戦の首謀者と言える自分が、肝心な時にその場を抜けて、システム室でヨウキの差し入れを食べながらモニタリングしてました、とは言えない。
アオバの沈黙に、凡そヨウキが絡んでいるのだろうと推測したタクトは、とりあえず話題を変えることにした。
「セツキさんと言えば、先日公園で会ったよ。」
セツキの名に目を顰めたアオバとは反対に、シキはタクトに全開に見開いた目を向けた。
「セツキさんのことが気になる?」
「いや、少し、何でタクトと?と思っただけだ。」
「プログラマのシキが、弟のシキのことだとヨウキさんに聞いて、少し落ち込んでたみたいだった。
それで、俺に話を聞いて欲しかったって、ところかな?」
タクト的には、セツキがマシロのことを何と言おうがノーカウントとしている。
「セツキ兄さんが、落ち込む?
それこそ分からない。
もしかして、俺がプログラマだってことで、そんなに落ち込ませたのか?」
シキの瞳に動揺が走り、自分の言葉が足りなかったと気がついた。
「あー、言い方が悪かった、それが原因じゃない。」
アオバとトウリがお互いの顔を見合わせているが、2人もシキと同じく理由が分からないのだろう。
「ゲーム世界を心から楽しんだって。
シキは、セツキさんのことを心から楽しませることができたってこと。
セツキさんは、シキのことすごいと納得してたと思うよ?」
「そ、そうか。
俺が、セツキ兄さんを、納得。」
ホッと小さい息を吐いたシキの頬や目元が分かり易く緩み、タクトも目元を緩ませた。
「っ、」
シキのレア表情に小さく息をつくアオバに、嬉しさに口元を綻ばせるトウリ。
離れたテーブルからもそれが見えたようで、多数のメンバーがアオバと同じ反応をしていたが、カフェルームに入ってきたヨウキと、その後に続くココアたちの喧騒にレア気分は掻き消されてしまった。
「ほら、これだけ多くのメンバーが製品化を望んでいるキャラなのよ。」
「だから、スマホ近づけすぎ、ちょっと待ってくれ。」
早足で歩くヨウキの顔のすぐ近くに、同じくテンポで進むココアがスマホの画面を突きつけながら歩いてくる。
「タクト、やっぱりこっちにいたな。」
タクトのいるテーブルまで来たヨウキは、ココアのスマホをタクトの方に向けた。
「えっと。それで?」
そこにはブランのスチル製品化を望むコメントが無限に、とまではいかないが、スクロールに疲れるくらいは並んでいる。
「最近ココアたちが何かやってるなとは思ってたんだけど。
このキャラクターの製品化を、ということで賛同者を募っていたらしい。」
「やっぱり、数で攻めてきたんだ?」
貸し浴衣屋の主人の手紙に書き添えられていた文から、人海戦術に走っているらしいと薄々気がついてはいたタクトだが、ここまで短期間で人数を集めてくるとは思ってはいなかった。
「タクトが構わないなら検討題材に入れようと思うけど、どうかな?」
「・・・・・、マシロさんと相談します。」
タクトの返答にココアがニヤリと笑い、即答を期待していたヨウキは、おや?、と頭を擡げた。
「ココアにはさっきから言ってるけど、何の比較検討もせず、既存ゲームで使用したキャラ1択ではだめだ。
有志を募る前に、比較対象を考えてくれ。」
ヨウキがココアにスマホを返すと、ココアの隣でニコがスケッチブックをテーブルの上に立てた。
そこには貸し浴衣屋に並んでいた写真イメージが模写されていて、見事な再現率だ。
「既存ゲームをしたコアユーザーさんたちにも聞いてみる。」
「そうね、そうしましょう。
ついでに、このキャラも見せて賛同も募りましょう。」
顔を見合わせている二人の笑顔はどうしても何か企んでいるようにしか見えない。
そんな二人の後ろから近づいてくる女性にすぐに気がついたタクト。
「マシロさん!」
「実は、既存リリース製品でユーザーが使用したキャラのデータをエクスポート、インポートするツールを既に考案中なの。
デフォルトキャラは必要だとして、ユーザー的には自分が愛着を持つキャラの方が好ましいだろうし。
タクトみたいにね。」
「「さすがマシロ!」」
スマホを覗き込むマシロにココアとニコが歓喜の声をあげた。
「賛同者はオフィスメンバーだけじゃなくて、途中追加したオフィス外の関係者までいるのね。」
マシロがココアのスマホ画面をスクロールしていると、続いて入ってきたチャナがマシロの背中にくっついて覗き込んだスマホ画面に目を輝かせた。
「そうなんです!すごいでしょう!
ブラン君の製品化を望む声がどんどん拡大していて。」
「ココアと一緒に、チャナも賛同者を集めてたんだっけ?」
「はい!そうです。」
耳元で元気よく返事をするチャナの両肩を持って押し離すと、マシロは真面目な顔を向けた。
「そうだ、チャナ。
その意見も含めて、入力してもらったテスト結果とレポートについて聞きたいから、ミーティングルームに行きましょう。」
「えっ、今からですか?!」
「ガアァァーン」
チャナの後ろに近づいてきていたセンヤが音を重くして声を出した。
「うわ、何かと思ったら、センヤ。
何てタイミングで、良い効果音を出すのよ。」
「ふっ、そうだろ、タイミングとそれに合った効果音。
俺も成長したってことだ。」
相変わらず意味が分からないことを言うと思ったチャナはセンヤに冷めた目を返した。
「ところで何しに来たのよ、私を揶揄いに来たんだったらもう用は済んだでしょ。」
「・・・誤りに来た、シキさんに。」
気不味く呟いたセンヤは意を決してシキを見ると、しっかりとした足取りでシキの後ろまで進んだ。
突然後ろを取られたシキは困惑し、テーブルに肘をついたまま、まだコーヒーの残る紙コップを握りしめた。
「おれ?に?なんで?」
疑問一杯のシキの両隣で、わずかに肩を揺らしたトウリとアオバは辛辣な目でセンヤを見ている。
「前に、シキさんにすごく失礼なことを言ってしまったんで。
俺のイメージ力と語彙力が無かっただけなのに、それをまるッとシキさんのせいにしてしまった件です!
役に立たないとか、他にも勝手なこと言って、すみませんでした!」
センヤはシキの背中に向かって、勢いをつけて頭を下げると、腰の角度90度まで下げ、切れよく止めた。
「いや、何のことか分からないし、いいから、別に。」
「許してくれるんですね!
俺、ゲーム離脱後にすごく考えました。
砂漠とか、ギルドとか、鉱山とか、蝙蝠とか、・・・サソリとか」
サソリだけ声のテンションがかなり下がったセンヤ。
「とにかく!一々細かく説明するのは俺には無理です!」
そこまで胸を張って言うことでも無いが、それを胸を張って言えるセンヤはある意味すごいのかもしれない。
タクトの後ろにいるヨウキは、テーブルに突っ伏すシキの背後で頭を下げるセンヤの姿を見て苦笑している。
自分の言いたいことを言いきったセンヤは、清々しい表情で背筋を正した。
「だから、これから俺はその場所や背景に似合う効果音を頑張ろうと思いますので!
何かあったら、アドバイスをよろしくお願いしまっす!!!」
背後で、もう一度90度に腰を曲げて頭を下げるセンヤに、シキの方がパニックになっている。
「うん、分かったから、そう言うのはやめてくれ。
それと、あっちに行ってもらえると助かるから。」
「分かってくれたんですね!分かりました!では、失礼します!」
1人、清々しい思いでカフェルームを後にするセンヤから「よし!俺、良くやった!」と力強い声がしている。
「・・・騒々しかったわね。」
シキが頭を抱え込んだ腕の先に持つ紙コップを抜きながら、トウリがセンヤの後ろ姿に呟いた。
「気にする必要はないです。
あんな言い方、詫びのうちに入りませんから。
土下座しても足りないですし、あのままサソリの中に埋まっていればまだ詫びの代わりになったかもしれませんけど。」
「アオバはまだ許せないんだ?」
アオバの辛辣な言葉に、ヨウキは肩をすくめ、仕方ないな、と言いたげに笑みを浮かべている。
「相手の顔も見ずに誤ってる段階でアウトです。
あれで許せるヨウキさんは甘いですよね。」
許す前に怒ってもいないヨウキだったが、アオバにこれ以上冷たい視線を向けられるのも困る為無言の笑みに徹した。
「俺なんかにアドバイスをって言われても、俺はできることを言うだけなのに。」
抱え込んだ頭から手を離し、困惑したまま正面のタクトを見るシキ。
「ははは、俺なんか、か。
そうだな、俺はお前なんか、がいいと思う。
シキくらい、なんかでないと、出来ないことが多いからね。」
「そうね。
タクトの言う通り、私も、シキなんか、が、いいかな。」
「そうです。
シキさんくらいなんかでないと、出来ることではありません。
でも、センヤさんへのアドバイスはもったいないので、もっと反省してもらってからでいいと思います。」
「俺くらい、なんか?」
タクト、トウリ、アオバに次々と言われて、シキの表情に”それでいいのか?”と不思議に思っている様子を見て取れる。
シキの様子にヨウキは揺れる口元を片手で隠した。
「はい、はい、はーい、私もそう思います。
シキさんくらいでないと、絶対だめです!
あんな素晴らしい世界、イメージがちゃんとあれば形になる世界、シキさんはすっごいです。」
いつの間にかマシロの手をすり抜けたチャナが元気よく手を上げている。
「そうね、だから企画のしがいもあるわ。
頭の中のイメージをそのまま視覚化できるように返してくれて、耽美さもそのままで。
フフ。」
「私のキャラたちも、そのままで、とてもいいと思う。」
「できることをやるのは当然だろう?
でも、みんながそう言うなら、俺なんかくらいで、ちょうどいいってことか?」
「もちろんです。
シキさんくらいでないと!」
「うん。そうか。」
カフェスタッフロボットから、先ほどオーダーしておいたコーヒーを受け取ったトウリはシキの前に置いた。
「セツキ兄さんも、楽しんでもらうことができたみたいだし、いいのか。」
自分をだめだと言い続けていたシキから、最近はその言葉が出てこないことにタクトは気付いている。
サーバー交換のように、他人が簡単に切り替えることはできないから。
「きっと、それはすごいことだから。」
「何か言ったか?」
シキの眼鏡の奥の瞳に自分の姿を見たタクトは、そのまま、ブランの瞳に映った自分の姿を思い出した。
「そういえば、ゲームをクリアするときに、今度は友だちと呼んで欲しいと言われたんだった。
式ならやってくれると思うから、マシロさん、俺と企画しませんか?」
「主人公が2人のパターンね!」
「待て、2人とも。」
意気揚々と話しだした2人に、慌てた声を出したのはヨウキだった。
「俺の話を忘れてないか?
一から企画してプロマネ兼用で出来るほど、仕事は少なくないからな?」
「「忘れていませんよ?」」
この2人ならやって退けそうだと、ジト目で黙り込むヨウキの姿に、同じテーブルを囲む面々は無言の笑みを向けた。
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追加されるプログラム、改良されるシステム、デバイス、テスト中に何度もされたアップデート。
リリースまでに、あまり時間はないが、それでも、ぎりぎりまでアップデートのスケジュール調整に、テストにと奮闘するメンバーたち。
「そう言えば、今回はゲームの名前は議題に上がりませんでしたね。」
「今回は、シキたちプログラマには馴染みのある言葉を使用してるから、そのまま起用したの。」
「ウォークスルーテリトリー。
これがもうすぐリリースするゲームの名前だよ。」
終わり
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最終話まで読んでいただいた皆様、本当に有難うございます。
1話1話をどこで区切るかと、エピソードタイトルをどうしようかと言うところが最大の悩みでした。
それ以前に、誤字脱字の多さに反省しています。
話の良し悪しに関係なく誤字脱字や名前の間違いがあると、読む気が失せてしまいます。
その点も含めて、読み続けていただけたことに感謝しかありません。
登場人物が多いので登場人物一覧をアップしようと思います。
その後は誤字脱字や名前の間違いなどを修正し、書き込めなかった話を番外編として週一くらいのペースで数話書き終えたら、本作品を完了する予定です。
番外編もお読みいただけたら幸いです。




