鶏肉愛好家であるということ
※しいなここみ様主催『フェイバリット企画』参加作品です。
「鶏肉が好きです」
こう言うと、時々ちょっと的外れなリアクションが返ってくることがあります。
「あー、今って牛肉高いもんね。やっぱり鶏とか豚が中心になっちゃうよね?」
──違う、そうじゃないんです。
確かにコストの低さは鶏肉の魅力のひとつです。でも自分にとって鶏肉は『牛肉の代替品』などではありません。
味そのものはもちろんですが、お手軽さや料理のバリエーションの多さ、低コストであることまで含めて、総合的に見て鶏肉が一番好きなんです。
例えばレストランのコース料理などで、メインの品が選べるとします。牛・豚・鶏と選択肢があれば、自分のファースト・チョイスはだいたい鶏肉料理です。次点で豚かな。
『〇〇地鶏』とか書いてあったらまず誘惑に抗えません。『××黒豚』とかも捨てがたいけど。
あとは料理名や味付けなどで、より惹かれた方を選びます。
あ、別に牛肉が嫌いだというわけじゃないですよ? ただね、やっぱり牛肉の値段って天井知らずじゃないですか。
鶏肉や豚肉の最上級グレードのものを食べられる金額を出したとしても、たぶん牛肉だと二級品くらいにしかならないでしょう。
だったら二級品の牛肉で妥協するより、極上の鶏や豚を楽しみたいじゃないですか。
──まあ、普段からそんなにいい鶏肉料理を食べているわけではないですが。
もっとはるかにチープでジャンクな価格帯の料理でも、自分の中で鶏肉の優位は揺らぎません。
ちょっと小腹が空いてコンビニに寄る時、選ぶのは9割方レジ横のフライド・チキンや唐揚げです。
特に、新商品が出ているのに気付いてしまったら、もう試さずにはいられません。
わずか200円やそこいらを出せば、『肉そのものを食べた!』という充実感を得られる幸せたるや──!
残念ながら、牛肉原理主義者の人たちにはこの喜びは得られません。その辺の価格帯で買える牛肉の商品は、せいぜいおにぎりかコロッケくらい。ほんのちょっとしか入っていない牛肉をちびちび噛みしめる牛肉好きたちを尻目に、我々鶏肉愛好家たちは肉にかぶりつく快感を存分に堪能するのです。
もちろん鶏肉愛好家としては、自ら鶏肉料理を作ることも厭いません。
幸い、最近はいくつかの食品メーカーが、料理用に小分けしたシーズニング・スパイスを100円くらいで提供してくれています。それを鶏肉にまぶして焼いたりするだけで、色々な鶏肉料理がお手軽に楽しめてしまうというわけです。
タンドリー・チキンやケイジャン・チキン、鶏肉のゆず胡椒焼きやハーブ焼き、レモンペッパー・チキンやヤンニョム・チキン、ハニーマスタード・チキン等々──。
こうやって簡単にレパートリーを広げられるのも、鶏肉の魅力のひとつです。
──この手のシーズニング・スパイスって、牛肉用はほとんどないんですよね。
ちなみに、自分が一番得意としている鶏肉料理は『鶏肉とごぼうの煮物』です。
これは、『ごぼう茶ダイエット』で一世を風靡したN医師がTVで紹介していたレシピを改良したものです。
『鶏の手羽元とごぼうのブツ切りを麺つゆで煮るだけで旨い!』という説明を聞いて、さっそく試してみたところ、確かにめちゃ旨い。鶏肉とごぼうといえば炊き込みご飯の具材の定番なので、合わないはずがない鉄板の取り合わせですし。
味付けは麺つゆだけなのに、そこに鶏肉の旨味とごぼうの風味が溶け出して、何とも言えない豊かな味わいです。
それを食べているうちに、ふとこんなアイデアが浮かんできました。
『この汁──大根に吸わせてみたら旨いんじゃね?』
そこから、下茹でした大根を入れたり、乱切りにした人参を入れたり、ごぼうのアクを取った後で細かく切り目を入れたこんにゃくを入れたりと改良を重ね、今の形になりました。
これを実家に持っていったところ大変に好評で、それ以来、正月に皆で実家に集まる時に大鍋一杯に作って持っていくのが恒例になってしまいました。
我が家の正月は1日を自分の実家、もう1日を嫁の実家で過ごすのが昔からのスタイルです。つまり大晦日か元日の夜、自分は独り台所で大鍋料理を用意しなければならないわけで──ちょっぴり切ないぞ。
さて、先日パソコンで家計簿をつけていた嫁が、自分が渡したレシートをチェックしながら、こんなことを指摘してきました。
「そう言えば、ひとりで外食する時、だいたいいつも同じメニューばかり食べてるよねぇ」
──自分は月に1・2度、嫁や義父の通院の送迎をする際に、待ち時間に近くのショッピング・モールで買い物をしたり、その中のフード・コートで一人で昼食をとることがあります。その時につい頼んでしまうのが『天下I品のこってりラーメン+白ご飯+唐揚げ』のセットです。
まあ、嫁と一緒だと天下I品とかあまり入らないですしね。
ただ、実はそのフードコートにはちゃんと鶏肉料理専門店があります。それどころか、鶏肉愛好家たちの心を掴んでやまない魅惑のメニューが用意されていたりするのです。
何と、鶏唐揚げにチキン南蛮、さらにチキンカツの三種類がセットになった、鶏肉愛好家御用達と言わんばかりのボリューミーな定食!
自分は本当はそれを頼みたいんです! でもこれを頼むには、実はちょっと勇気がいるんですよね。
──最初にこのメニューを見つけた時、もちろん自分は感激しながら躊躇うことなく注文しました。
「すみませーん、この『チキンチキンチキン定食』をひとつ!」
──ええ、後ろで女子高生っぽい子たちがクスクス笑ってましたとも。恥ずかしかったー。
もうちょっとどうにかならなかったんでしょうか、このネーミング。
次に訪れた時は、前回の反省を踏まえて、声に出さずにメニューを指差してオーダーしてみました。
「あのー、すみません。これをひとつ……」
「はいっ! 『チキンチキンチキン定食』ですねっ!」
──店員さん、何もそんなに元気いっぱいに確認しなくても。
その時もやっぱり、背後から忍び笑いが聞こえてきました。
──とまあ、そういうわけで、その鶏肉料理専門店にもう誰かが並んでいる時や混んでいる時には、つい第二候補である天下I品に逃げてしまいます。
その店で他のメニューを頼むという手もありますが、一番食べたいメニューを頼めないというのも悲しいじゃないですか。
だから『うん、今日の自分は天下I品の気分なんだよね』と自分の心に嘘をついて、ついその店に背を向けてしまうのです。
人目など気にせず、好きなものを頼めばいいじゃないかとお思いでしょうが──やっぱりなかなか勇気が出せません。
だって──しょせん自分は『臆病者』ですから。