熾火
ローカル線に乗り、無人駅へと降り、陽炎の立つアスファルトの上を歩く。私は閑散とした人の姿も疎らな街中を進みながら途中、自販機のアイスコーヒーを買い、営業しているのかどうかもわからない雑貨屋の、燻されたように黒く変色した廂の下で一息ついた。
目の前の道路には黒い焦げ後の模様が残されている。大方どこかの不良が焚き火でもしたのだろう。コーヒーを一息で飲み干すと煙草をくわえ、一服くゆらせる。昼を半ば過ぎたばかりの町は、蝉の音ばかりで人の声も、車やバイクの騒音も聞こえず、私だけがこの世界に取り残されたかのような錯覚を感じた。山間の名も聞いた事の無い町と言えばこんなものなのだろうか。
もっとも、人が少ないのは暑さだけが原因ではない事を私は知っていた。村とは言えない程度の土地面積と人口を有してはいるが、都会と呼ぶには程遠く、これといって特色の無いどこにでもある町、若い人間は外に職を求め、学生は遠方まで通い、昼の間は年配から老人ばかりが町に取り残されてしまっている。唯一見るべきが電車が開通している事、と言える程この町は寂れていた。
商店街の建物の合間に視線を合わせ、景色を見上げると、山の段差には畑が広がり、私には判別できないが、沢山の樹木が植えられている。それと共に時折、簡単な木造の小屋がちらほらと有り、その内の幾つかから煙がたなびいていた。良い言い方をすれば長閑ではある、しかし、人、一人姿を見せないこの町にどこか他者を寄せ付けないような廃絶感を私は感じていた。
商店街の出口にはアーチが作られていて、町名に商店街の文字を付け合せたものが表記されている。それも時間の流れを感じさせ、どこか古臭い空気を纏っていた。浮き出るように作られた立体文字の突起からは雨の筋が黒々と残されている。先程と同様の円形の焦げ跡を一回り小さくした物が何故かそこにもついているのが確認できた。何故あんな部分にと疑問が過るも、暑さの影響で脳に拒絶され、表面を滑り落ちて消えていった。アーチを越えると採石場だろうか、剥き出しの岸壁が遠くに横長に走っているのが見え、その前に数軒の住宅が横並びに建てられている。それに沿うようにして手前に二車線の道路が走っていた。その数軒の家の中の一軒が私の目的地だった。
発端は私の働き先である出版社の編集長が、夏に向けて怪談企画を立ち上げた事に所以していた。とはいえ、夏に向けるにはいささか時期は遅く、出版が実現する頃には秋になるため、秋の企画となってしまうのだが。当初の予定では間に合わせるはずだったのだが、立て続けに異常な量の黄砂等の自然災害や異事が各地で起こり、私もそちらの編集にまわされてしまった為、私の編集記事抜きで怪談記事が掲載された。
ところが私の出したレポートを編集長がやけに気に入ってしまっていたため、秋に向けての特別ホラーとして取材して来いと言われ、今に至る。
レポートというのも他愛の無い物ではある。過去の新聞を寄せ集め、関連性のある怪事件は無いかと適当に探した結果、偶々目に留まり、浮かび上がった関連に結びつける事ができる記事を私が纏めたに過ぎない。私は怪奇的な現象が起こりうる事に対して懐疑派であるため、都市伝説は都市伝説として楽しめればいいのだ、とも思う。しかし、今回の件については私自身も興味を駆られていた。偶然にしてはできすぎていると。
その偶然とはこの町には随分と焼死が多い、という事実なのだ。家が焼けていないにも拘らず焼死する人々、或いは前触れ無く焼身自殺を遂げる人々、その数が他に比べて多すぎる、それが必然であるならば何が原因なのか探り、謎を解き明かしたかった。私が今回ここまで足を運んだ動機がそれだ。新聞記事を見る限り、最初の犠牲者は今から10年も前に焼身自殺した少女だった。それから年に数人ではあるが、確実に、そして徐々に増える傾向にある。新聞を調べただけでも五十名もの人間が死んでしまっている。ただ、亡くなったと言うならばそれ程多くは無い数だが、それだけの数の人間が焼死や怪死を遂げている事実とは異常ではないだろうか。
ところが町に住む人に、私が連絡を取っても殆どの人間は何も語ろうとはしなかった。電話をかけ続け、回数が三桁に到達する頃やっと、私は焼身自殺した少女の住所の、近隣の住民の女性に電話で接触し、会う約束を取り付けた。私はその女性に会いに来たのだ。必要であれば他の住民にも話を聞く予定を立てていたが、この様子だとそれは難くなりそうだ。
アーチを越えてすぐに電話で聞いていた女性の家が見えた。彼女の話によれば、商店街のアーチの対面の家が焼身自殺した少女の家屋のようだ。遠目には良くわからなかったが、近くで見ることで随分と荒れ放題なのが解った。道路に面したブロック塀の向こうは草が無造作に背丈を伸ばし、ブロックの隙間から僅かばかり葉を覗かせている。瓦屋根の上は苔が生え始め、家屋自体も長年人が手を入れていないせいか、微妙な歪みを見せていた。ふと玄関の煤けた曇りガラスに人影が写った気がしたが、恐らく気のせいだろう。
私はすぐに隣の家屋に目を向ける、こちらは打って変わって洋風の住宅で回りは木の柵で仕切られていた。全体的には立方体の形状で、白く色づけされた板張りの壁で外が作られているが、白が砕石の運搬車の排気で汚されるからだろうか、僅かに灰色に変色していた。ベランダには様々な植物の鉢が置かれ、庭にはハーブのような野草が丁寧に手入れされて育てられている。私が呼鈴を押すと、返答が一拍の間も無く返る。
私が彼女に先日約束を取り付けた雑誌記者だと伝えると、すぐに快く扉を開けて私をリビングへと通してくれた。声の質から四十代程の女性を想像していたのだが、それはどうやら間違いが無かったようだ。どこか神経質のようで、眉間には深い皺が刻まれ、髪を後で結っている。それでも整った凛とした顔付きは、清廉な上品さを私に感じさせた。
「この度は真に不躾で申し訳なく思っております。大体のお話は電話で申し上げた通りなのですが、詳しくその辺の事をお聞かせ頂いて宜しいでしょうか?」
私は名刺と共に私の出版社のある町の駅で買い求めた菓子を彼女に渡し、そう話を切出す。
「こんなお菓子まで頂いてしまって済みません。大したお話は出来ませんが私でよろしければお話します。けれど、丁度良かった。正直申し上げて、私もどなたかにこのお話を聞いて頂きたかったのです」
私は以外に乗り気なこの女性に面食らいながらも、テーブルの上に録音機を置いた。後に会話を文章としておこすにはこうした媒体が必ず必要になる。それを見た彼女は録音されるんですねと言い、それではその前にお茶でもと言い残すとリビングから出て行ってしまった。
僅か5分程度、暇を持て余しただけなのに、随分と長い時間を放置された気になってしまっていた私は、年甲斐も無くそわそわとした気持ちになる。私の鼻はなにやら焦げ臭さを感じていたのだ。そう思うと、先程の廃屋でみた影が私の脳裏に浮び、煙のように纏わりついた。ああ、これはまずいなどと思っている所に女性が戻ってきた。
お待たせしましたと言う女性の手には盆が乗っていて、湯飲みが二つと菓子皿、その上にふ菓子が盛られていた。先に緑茶を頂いて下さいと進められ、私は否定できず、緑茶を一口飲む。すると女性も菓子を手に取りカリカリと美味そうに一つ平らげて一口緑茶を飲んだ。どうやらふ菓子だと思っていた物はそうでは無いらしい。黒い外部の中には鼈甲色の蜜が入れられていた。私が気になってそれは何かと聞くと、女性はこの町特産のお菓子なんですと言い、笑う。お一つどうですかと言われ、私がそれを口にしようとすると、女性の視線がやけに私の口に集中した。私は気味の悪さからそれを飲み込むと緑茶で後から流し込んだ、喉を熱いものが下る。それを見て女性は満足げに笑い、美味しいでしょうと私に問う。私は中々のものですねと答えたが、内心味など解ってはいなかった。これ以上、ここで無駄な時間を過ごしたくは無いと思い、私は女性に話を急かす様に切り出した。
「済みません、私はこの後に別件で行きたい場所があるのです、できればそろそろ」
私の言葉に頷いて、ようやく彼女は話し始めた。
「随分お待たせしてしまって申し訳有りません。別に惜しんでいるわけでは無いんですよ。少し長くなりますけれど、宜しいかしら?」
私は録音機を入れて、彼女に了承する。
「ええ、気にせず続けて下さい」
私は話をするとは言え、長くて30分程度だろうと踏んでいた。それどころか別件でと断りを入れている、それ程長くはならないだろうと。
「まずはあの子の事を話さなければならないでしょうね」
「あの子とは、焼身自殺した少女の事ですか?」
私があの子、という言葉に反応して問うと、彼女は突然表情を変えた。
「あの子は自殺などしていません。私はあの子とは幼馴染でした。彼女は巫女でしたの、随分と長い年月を由緒正しく継いで来た巫女だったんです」
私は突然の豹変に驚きつつも、頷く動作で先を促す事しか出来ない。
「この家の裏に採石場が有りますでしょう? あの採石場、出来る前にはお社がありましたの」
「ああ、確かに見ましたあの採石場、だとしたら随分前からあの採石場は有るのですね」
彼女はすぐに平常を取り戻したので私も合わせ、相槌をうつ。こういった反応には職業柄馴れていた。
「あの山はこの町の保有地でしたのよ。それを買い取って頂けるとのお話が11年前に出たんです。町の人間はとても喜びました。当時の町は財源に飢えていたみたいでしたから。けれど、彼女の家だけはそうは行きませんでした、お解かりになりますでしょう? あの子の家は宮司家ですもの。お社を壊される訳には行きませんものね。けれど、町の人達だって、それを考えていなかった訳では有りませんわ。あの人達はお社をただ移転させれば良いと考えたそうです」
私はこの話が果たしてどう繋がるのか疑問だった、しかし、話し始められてしまった以上、ここで話を止めるのは憚られた。
「あの子の父親は随分と反対しました。社を移せば納まらなくなる。恐ろしい事になるぞなんて言っていたらしいですわ。私も当時は幼かったですから、この話は父から聞いた話ですけれどね」
「それで、それがどう関係するのです?」
「記者さんはこの町のお祭について聞いた事が有りますか?」
口を開いた直後、疑問を疑問で返された私は一瞬硬直してしまい、嫌な空気が流れる、何故か冷房が効いていないのか生暖かい風が背後から吹いた。
「何をそんなに怖がっているのかしら? なにか私恐ろしい事でも言いました?」
彼女が笑ってそう言うので私はほっと一息つく。
「済みません、随分と質問が急だったもので。いえ、存じておりません、私の勉強不足ですね。なにぶん数日前まで、いえ、失礼を承知で言いますがこの町の名前すら知らなかったものですから」
彼女はからからと笑う。
「そうでしょうね、こんな小さな町ですもの。都会から電車を乗り継いで随分とかかったでしょう。旅館もこの町には一つしかありませんものね。今日はそこにお泊りになられるんですか?」
話が逸れている事に気がつきつつも仕方なく私は合わせる。どうもこの女性に対して私は苦手意識を持ちつつあるようだ。
「ええ、そのように考えています」
「御免なさいね。どうやら話がそれてしまったみたい。それでは、続けますわ。この町のお祭はね、熾火祭と言うんです。今はすっかり減ってきてしまっていますけれど。かつてはこの町は炭焼きで栄えていたそうなんですよ。要は炎の神様を鎮めるお祭とでも言えば良いかしら。気性の荒い炎の神様を鎮めるためにお社の釜で火を焚いて残った熾をまだ高温の内に石の櫃に入れて一年間お社の中で祀るんです。そうして一年後にすっかり冷たくなったその炭を巫女が砕いて飲み干すのですよ」
「成る程、それは面白いですね。興味深い」
聞いた事の無い由来を聞くことは中々に面白い、関連性はまだ解らないが私はその話を興味深く聞いていた。
「しかし、炭なんてもの口にできる物なんですか?」
「一年経って櫃を開けた時には何故か熾は一口の大きさになっているんです。その辺は私には良く解らないけれど、きっと宮司さんがそう言った大きさに整えているのじゃないかしら。炭自体には毒は有りませんし、けれど、けして身体に良い物ではないでしょうね」
私は段々と繋がりが読めてきた、自殺した女性が巫女だったとすると信仰関連の何かが絡んでいるのではないかと。だとすると、そのお社はまだどこかに存在するのだろうか? 存在するのであれば後程確かめなければ。
「どこまで話したかしら、そう、採石場が出来る所まででしたわね。結局、あの子の家が折れる事になった。町があの子の新しい家も用意する事であの子のお父さんも折れたのね。いよいよお社が別の場所へ移転する作業を行っている最中、お社の釜が壊れしまったの。釜といってもそれ程大きなものじゃないわ、けれど、一枚岩から削った特別な物だったらしいのよ。宮司のあの子のお父さんは随分とショックを受けたみたいでね。次の日、敷地の木に首を吊って自殺してしまったわ。あの子も随分悲しんだ、結局お社の横に建てる筈だった新居も別の場所に建てたの」
そこまで聞いた所で、再び鼻を突く焦げ臭い臭いと、生暖かい風が私を悩ませ始める。
「それでも新しく移転させたお社には新しい釜が作られて、熾火祭は例年道り行われたのだけれど、拾い上げた熾を櫃に入れて移動させたそのお社は燃えてしまった。調べたけれど火元は結局解らなかった。お社も焼けてしまったので、結局保存は有耶無耶になった。町長が櫃を保存して一年経った時、櫃を開けたら熾はまだ赤々と燃えていたそうよ。その櫃に残った熾をどうしたと思う? 町の人達があの子に食べさせたのよ! あの子はそんな事望んでいなかったのに。あの子の母親を振り切ってまで食べさせた! あの子は舌が焼かれて絶叫した。それで全て終わらせられると思ったんでしょうね、でもそんな事は無かった。そこから始まったのよ!」
そう言われて何故か私は熱さを感じた、強烈な炎の熱を浴びせられているような熱さだ。目の前が眩む、女性の向こう、扉の影に黒い何か揺れるのが見えた。直後、風鈴が風に靡いて涼しげな音を立てる。眩んでいた視界も元に戻り、塊も消えた。
「大丈夫ですか?」
そう問いかけ、心配そうに私の顔を覗く女性の姿が目に写る。先程の取り乱していた人物とはまるで別人に見えた。
「どうも申し訳ない、どうやら、暑さにしてやられたようです」
頭が朦朧としている。私は録音機を止めて鞄に戻し、切り上げる事にした。
「済みませんが、体調も思わしくない様なのでこの辺で今日は」
私がそう言うと、女性は頭を下げた。
「今日は遠い所までお越し頂いて、何もお構いできなくて申し訳有りませんでした。またいらして下さいね。外まで送りますわ」
そう言って私を玄関口まで送り、靴を履いて私と同様に外に出る。外は何時の間にやら夕焼けで、世界を茜色に染めていた。彼女と共に隣の家の前まで行くと、何気なく私は聞いた。
「お隣が、例の巫女さんの家でしたよね」
何気なく私が彼女にそう聞く。
「ええ、そうです。この町の方達、随分と見かけなかったでしょう?」
そう返され、私は頷いた。
「何か理由があるのでしょうか?」
「この町の人達はあの子が見えるんです。見えてしまうんです。あの子は自殺じゃなかった。神の怒りに触れたのよ、何故あの子だけがそんな事にならなければならない! どれだけあの子が苦しんだ事か、髪が抜け、恐怖して枯れるほど涙を流し、体も精神もぼろぼろに成り果てたその先があの仕打ちか! 皆、死んでしまえば良い、あの子だけが苦しむ事など許されるものか!」
私が彼女の言葉を理解したのはずっと後だ、何故ならば視界に捉えたものの方が私の恐怖心をずっと揺さぶっていたのだから。
あの和風の家の扉を開き何かが飛び出した。髪が抜けかけ、皮膚が罅割れた酷い有様の少女が苦しそうに胸を押さえた格好で崩れるようにして姿を見せる。やがて、その子の体中から煙が湧き上がると身体は一瞬で炎に包まれた。身体をくねらせて一度、硬直した後、黒く焼け焦げた炭の塊に成り果てたそれが左右に体を揺すりながら歩く、瞳は泡立ち、口からは陽炎が立っている。黒ずんだ樹皮に似た外側の皮膚が歩く度に剥落し、足元に塵となって降り積もる、下から覗くのは高熱なのか赤よりも黄色に近い、そう鼈甲色だ、鼈甲色の肉が覗き、そこから伸びる炎がゆらゆらと生き物のように揺れていた。
私は脇目も振らず逃げた、あんな物に追いつかれてなるものか、商店街のアーチを潜ると、何人かの人の姿が見えた。私が彼らに助けてくれと縋るけれど、誰一人反応してはくれない。私が振り向いて元少女であったそれを見ると、道路半ばまで来たところで、途端に走り出した。私があれ程話しかけて反応しなかった彼等がそれが近づくと劇的な変化を起こす。商店街に絶叫が走り、動けなくなる者、突然の事態に腰を抜かす者、それらの人にしがみ付かれ身動き取れない者がいる中、それは商店街の中心部に向けて走り出す、恐怖で動けない私に向かってそれが迫ってくる、私が両手で顔を庇っていると、それは空気のように私の体を通り抜け、走り抜けた。仰向けに倒れた私の視線の先、商店街の中心に到達したそれは、声にならない絶叫と共に両手で頭を抱え、破裂した。
爆砕した焼ける肉片鼈甲色を輝かせ、揺らめく炎を躍らせながらあたりの人々に飛散し、慌てふためく人々の中に吸い込まれるようにして消えていった。気がつけば町の人間も少女の姿も消え、仰向けに寝転がる私ばかりが残りされていた。商店街には焦げ後が残るばかりだ。全てが幻のようだった。
私は起き上がり、一刻も早くここから立ち去らなければと思い、走り出す。後ろを振り返る事はできない。見てしまったらまたあれが現れる、そんな気がしていた。私は駅の前の電話ボックスを使い、タクシーを呼ぶと頭を膝に挟み込み、両手で体を抱えて震えながら飛び帰った。
帰った私は数日間高熱にうなされ、立ち上がることすら出来なかった。あの出来事は夢だったのか、夢だったならば良かったのだが。数日後、雑誌社でレポートを纏めるため、録音機を再生すると、録音されている声は私の声だけだった。続いて、私の訪れた筈の住所の建物は8月の頭に火事にあい、一家もろとも焼失していた事実を知る。そんな馬鹿なと新聞記事を調べると、その家の妻である女性は私が話したあの女性では無かった。では誰なのか、それを知るのは簡単な事だ。あの時は気がつかなかったが、今ならば解る、彼女はあの女の子に似ていた。恐らくあの女性はあの子を追うようにして自殺を遂げた母親なのだ。何もかもが馬鹿げている。夢であったと信じたい。けれど私はあの時の記憶を鮮明に記憶していた。忘れる事のできない熱さも生々しさも。
それよりも、私が恐れているのはあの時飲み込んだものが何であったかという事だ。最近私の肌は荒れ、冬でもないのに割れ始めている。今も蜜色の膿が溢れ出していた。否応にも口にしたあの菓子の存在を思い出す、あれは、あれはきっと熾に似たあの物体は、破裂した少女の……