外伝・イミテーション(七)
「おおっ、何とか間に合ったなっ。しっかし、すっげェな、このメイクと衣装」
司は鏡の前に立つと、映った自分の姿を上から下まで見下ろす。
「ギャハハっ、まぁ、それもありかっ。でもまぁ、可愛いんじゃねぇの? お前にしてみれば」
「はっ」
半分呆れて鏡越しに晃一を睨む。だが、次の瞬間には声を上げて笑い出してしまった。
「しっかし、よく似合ってんなぁ、お前のその狼男っ!」
振り返って指さすと、腹を抱えて笑い転げた。
「いやぁ、けど、傑作はやっぱ、司の魔女でしょ。しかも、ドピンクっ!」
全身気味の悪い包帯だらけのナオがその隙間から笑う。
「ははっ、可愛いなぁ、司の格好。普段もミニスカ穿けばいいのに」
不気味なメイクを施した秀也はフランケンシュタインだ。
「紀伊也が一番サマになってんな」
晃一は羨ましそうに紀伊也の黒いマントを摘み上げた。
「どこが?」
素っ気無く言うと、青白く塗られた手で晃一のしっぽを掴んだ。
「一応、伯爵様だろ?ドラキュラって」
その言葉に全員が頷くと声を上げて笑った。
今夜は10月31日、ハロウィンだ。
それに因んで、都内のライブハウスで、ハロウィンパーティーが開催される。そこに司達のバンド・ジュリエットが飛び入りで参加してしまおうという企画なのだ。
もちろんゲストには秘密だ。そして、何よりこのフルメイクで最後の最後までその正体は明かさない。
毎日毎日、自分の時間も取れない程の忙しさだ。せめて自分達のステージくらい楽しんでやりたいものだ。亮の友人の祐一郎からこの企画を持ちかけられた時、即答していた。
それに、もしバレたら大騒ぎになるのは必須だ。何故なら今やその人気は頂点を極めてしまっているのだ。おまけに高校時代を除いて女装した事のない司が、魔女役で、しかもピンクを基調としたミニスカートの衣装にロングブーツを履いて、その上、金髪のロングヘアのかつらも被るのだ。
そして、全員が完璧なまでの特殊メイクで本番に向かう。
そんな中、移動中の車の中で隣に座った秀也は司に耳打ちした。
「大丈夫そうだな?」
「うん、大丈夫だったよ。サンキュ」
そう笑顔で応えると、秀也に微笑んで頷いた。
予想以上に盛り上がったライブも終わり、急いで車に乗り込んだ。
いくら特殊メイクをしていると言っても、やはり演奏は誤魔化されない。ホールに居た客がすぐに司の声を聞き取っていたのだ。
たちまちの内にホールは大騒ぎになってしまったが、そこはプロ。すぐに皆を自分達のライブの渦に引き込んでしまった。
だが、全ての曲が終わったところで司達はMCをする間もなく、瞬間、ステージから逃げるように去った。
「はぁっ、はぁっ・・・」
と、全員が息を切らせて車に乗り込む。
「はぁっ、・・・、楽しかったぁっ」
その一言に全員が声を上げて笑った。
本当なら余韻を残してそのままパーティーに参加したいくらいだった。
仕方がないが、それでも満足のいくステージに笑みがこぼれる。
今日のステージもやるだけの事はやった。だから後悔はしていない。