外伝・出逢い(六)
出逢い(六)
「なーんか最近、お前らヘンじゃない?」
バンドフェスティバルを来週に控えた日曜の昼、スタジオを借りて練習している司と秀也を目の前に座ると、晃一は二人を見比べた。
「何が?」
ギターを抱えた司は、探るような晃一の目が気に食わないのか、少しムッとしたように顔を上げた。
「何か、弱みでも握られてんの?」
「何が言いてぇんだよ」
「いや・・・、だって、よく一緒にいるじゃん。ここんとこずーっと一緒だろ?」
「そりゃそうさ、来週なんだぜ、フェスは。それにフェス終わったら紀伊也を下げるつもりだし。・・で、用はそれだけ? だったら、さっさと行ってくれよ。今夜の準備もあんだろ?」
うるさそうに晃一を手で追い払う。
「メシは? まだなら一緒に行こうぜ」
「ああ? 一時まで借りてんだ。これ終わってから行くよ。悪いな」
ちらっと秀也を見ると、申し訳なさそうに晃一を見ている。
「わぁったよ。邪魔したな」
チェーっと、つまらなそうに立ち上がると、両手をズボンのポケットに突っ込んで出て行った。
二人は互いに顔を見合わせため息をつくと、再び合わせ始めた。
確かに晃一の言う通り、旅行以来週末はずっと一緒だ。秀也に限らず他のメンバーにも会ってはいるが、ライブの前と終わってからも、ずっと一緒なのだ。
ライブの前はギターの練習、終わってからは殆んど秀也の部屋で寝てしまっている。
何故かいつもホッとして眠気に襲われてしまうのだ。
しかしそれが当り前のようにもなっていた。
お陰で秀也のギターもあっという間に上手くなり、既にジュリエットには欠かせない存在となり、いつ紀伊也が抜けてもいいまでになっていた。
「明日かぁ、緊張すんなぁ」
最後の練習が終わり、秀也の部屋でくつろいでいた晃一が、ため息をついて天井を見上げる。
「司は? お前、平気な・・の・・・?」
ベッドに座っていた筈の司に振り向いたが、既に横になって眠ってしまっている。
「寝てんのかよ。ずいぶん余裕だな」
呆れて再びため息をつくと、秀也からビールを受け取った。
「何だか、いつも週末ウチに来るとすぐ寝ちゃうんだよ。余程疲れてんのかなぁ」
「んな訳ねぇだろ・・・・、誰か、来たよ」
ビールを持った手で玄関を指した。
トントン、とドアをノックする音がすると、すぐその後チャイムが半分鳴った。
「ああ、チャイムが壊れてるからな・・ 誰だ?」
立ち上がって玄関を開けると、髪の長い女性と秀也と同じ位の背丈の男が立っていた。
「何だよ、二人お揃いで」
「ちょっと、いい?」
「いいけど、友達来てるよ。いい?」
秀也が晃一を指すと、晃一はビールの缶を軽く上げた。
「あー、秀也、そんじゃ俺帰るわ。じゃ、明日なっ」
ビールを秀也に渡すと、そのまま出て行った。
「何か悪い事したわね。ごめんね、いい?」
「いいよ」
秀也は二人を中へ入れた。
二人は大学のゼミが同じ友人で、原崎陽子とその恋人で、秀也の友人の藤原健二だった。
「ビールでいい?」
健二が頷いたのを確認すると、冷蔵庫から二つ出してそれを健二に渡すと、秀也は晃一の飲みかけたビールを手に、ベッドに腰掛けるとタバコに火をつけた。
「お前にさ、紹介したい子がいるんだよ」
ゲホっ・・
思わず咽た。
明日のライブを控え、幾分緊張していた秀也だっただけに、何を突然言い出すのかと言いたい位だ。
「陽子のサークルの後輩の子なんだけど、可愛い子でさ、結構人気あんだよ。でさ、お前、一回コンパに顔出したろ? どうもそん時に彼女が一目惚れしたらしくてさ」
一旦そこで切ると、ビールを一口飲んで、陽子に目配せした。
「そうなの。それに彼女、髪は長くて綺麗で、おしとやかだし、性格もいいのよ。須賀君好みの可愛らしい子なの。どう?」
「どうって、いきなり言われてもなぁ」
「悪くない話だぜ。 俺も彼女に会ったけど、ホント可愛い子でさ。とりあえず会うだけでも会ってみれば?」
秀也は返事に詰まって煙を吐くと、灰皿に灰を落として再びベッドにどっかと座り直した。その時、何かを押し潰した感触と、「ぐえっ」という誰かの呻き声が同時にして思わずギョッとして振り向いた。
「ゲホっ、ゲホっ・・ 何すんだよ・・・・ ッテェー・・・」
見れば、司が腹を抱えて壁の方を向いている。
すっかり、司の存在を忘れてしまっていた。
「あ、ごめんっ・・・司・・・」
「ったく、何だよ、人が寝てんのにィ・・・・、あれ、晃一は?」
振り向くと見知らぬ男女に気が付いた。 が、女の方は見覚えがある。
「帰ったよ。・・・あ、司なら気にしないで」
「何の話?」
「須賀君に彼女を紹介する話」
陽子は以前司に会った事を覚えていた。
とても綺麗な顔立ちで、何処かのモデルかと思った程だ。 今、こうして間近で見ても惚れ々々してしまいそうだ。
「彼女?」
「え? あ、ああ、いや、まだそうと決まった訳じゃないよ」
司と目が合い、慌てて否定する。
「会ってみれば?」
「え?」
「だって、可愛い子なんだろ?」
秀也を通り越して、陽子に訊く。
「うん、須賀君好みの子」
「へぇ、ならいいじゃん。 オレも会ってみたいなぁ、秀也好みの子。お前さ、どんな女がタイプなの?」
え・・・。
思わず返事に詰まった。
「いつ、会うの?」
「そうね、良ければ明日がいいんだけど」
「明日? そりゃダメだな。オレ達明日は忙しいから。夜ならいいけど・・・って、打ち上げやるからそれも無理だなぁ」
司は秀也の吸いかけのタバコを奪い取ると、一服吸って返した。
「打ち上げ?」
「うん」
「聞いてないよ、んな事」
「そりゃ、言ってないもん。でも、多分やるよ。賞金でパーっとね」
「えっ、取るつもりなの?」
「あったり前だろ。何の為にやってると思ってんだよ」
話が明日のライブに集中する。
当然のように優勝するつもりでいる司に、秀也もさすがに緊張の色を隠せない。
「須賀、何の話だよ」
今度は健二が二人に訊く。
「ん・・・」
自分がバンドをまだやっている事を、この二人には話していなかった。
前のバンドを辞めた事は知っているが、今、かなり人気のあるバンドなだけに、何となく言い辛かったせいもある。
「ライブの話」
司が代わりに応えた。
「ライブ? ・・・、もしかしてお前、まだやってんの?」
呆れたように言う健二に、司は何となくムッとした。
「もしかしてお宅、バンドの仲間とか?」
完全に起き上がって、あぐらを組んで座っている司に向いた。
「そだけど」
「え? じゃあ、弟さんじゃなかったんだ。私、てっきりそうかと思って・・・。ごめんね、須賀君」
-チっ、何だって秀也に謝んだよ・・・っ。
明らかにムッとしている司に、秀也が目で窘める。
-ったく、しょうがねぇな・・・。
仕方なく自分を落ち着かせようと、ポケットからタバコを出すと、火を付けて天井に向かって勢いよく煙を吐いた。
そんな司に秀也は思わずくすっと吹き出した。
「だから明日はダメだ、会えないよ。月曜からはバイトだし」
秀也は内心助かったと言わんばかりに、二人に応えた。
「来てもらえば?」
「は?」
思わず司を見ると、シラーっとした横目で見ている。
「ライブに。明日さ、コンテストみたいのを横浜でやるんだ。昼の一時からだから、夕方には終わるよ。秀也がやってるとこ見せてやれば? 惚れ直すぜ、きっと」
え・・・?
「オレが女だったら、秀也に惚れるよ、きっと」
「そうね、須賀君かっこいいもんね。彼女もきっと喜ぶと思うわ」
陽子は嬉しそうに健二に同意を求め、秀也は戸惑って司を見つめた。
「例えば、の話だよ」
慌てたように司は付け加えた。
「秀也、チケットまだあんだろ?」
「確か、2枚ならあったと思うけど」
「2枚? もう一枚なきゃ意味ないな」
健二はがっかりしたように言った。
「いいよ、別に。その誰だっけ、もう一人の彼女」
「エリカちゃん」
「エリカちゃん? その子の分はさ、秀也の彼女って事にして、スタッフカード渡せば」
「いいの?」
「いいよ、別に。だって、彼女になるんだろ?」
「多分ね」
陽子は自信たっぷりに言うと、秀也の横顔を覗き込むように見て、司に笑いかけた。
「ホラ、秀也、早く渡せよ」
言われるまま財布からチケットを2枚と、ギターケースからカードを出すと、陽子に渡した。
「俺のはどうすんだよ」
「あー、オレのやるよ。どうせ、オレは必要ないし」
祐一郎がスタッフの一員である事を思い出すが、それでも殆んどのスタッフは皆 顔見知りだ。
ジュリエットはかなりの人気バンドだったし、今回のフェスティバルでも優勝候補に上がっていた。
ほぼ間違いないだろうとさえ言われていた。
ただ心配なのは、秀也が入ってどれだけ上手く合わせられるかに懸かっていた。