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外伝・イミテーション(二)


 翌朝、電話の音に叩き起こされ、うんざりしたように出ると弘美からだった。

約束の時間と場所を教えられて電話を切ると、バスルームへ向かった。そして、仕度を整える。

「はぁ、今日も長い一日になりそうだな・・・」

呟くように溜息をついて見上げると、建物の上部に気取ったように飾られている時計の針が10時55分を指している。

約束の時間は11時だ。司にしては、有り得ない事に、約束の時間の10分前には、この場所に来ていた。

そして、目の前に黒いロールスロイスが停まると、司は近づいて後部ドアを開けた。

まず、ベージュのワンピースを着た弘美が出て来ると、司に向かって軽く会釈する。

「悪いね」

司はそう言うと、次に出て来る人物に視線を送る。

「おはよう、司くん」

車から顔を覗かせながら、聖子きよこの明るく弾んだ声に、司は思わず微笑んでいた。

「おはようございます、マダム」

半分おどけたようにかしこまって頭を下げると、聖子をエスコートするように車から降ろす。その慣れた一連の動作に運転手は車から出る事なく聖子を見送った。

「ねぇ、サングラスは取って下さらないの?」

「ごめん、失礼なのは分かってるけど、ここじゃ無理だよ」

「そうね、ごめんなさい」

少し残念そうに言ったが、ここは銀座のど真ん中。しかも、土曜の昼間とくれば、買い物客の若者達でにぎわっている。

「さ、行きましょう」

気を取り直したように聖子は司の腕を取ると、デパートの中に入って行った。

 入った瞬間に、むせ返るような香水の匂いに、司は顔をしかめたが仕方がない。なるべく吸い込まないように、聖子と並んで歩く弘美の後について行った。

エレベーターでとある階まで行くと、担当の店員が待っていた。決まりきった挨拶を交わすと奥へと案内される。

途中、聖子と店員が親しげに会話をしていた。

「そう言えば奥様、お加減の方はいかがですか?」

「あら、ありがとう。ご心配おかけしましたけど、この通り、今日はいいわよ」

「それは良かったですね。こちらです」

そんな会話に少し気になったが、聞き流すと、宝石店へ案内された。

「はぁ、女ってのは、こういうのがホント、好きだな・・・」

呆れたように司は呟きながら店内を見渡したが、核なる司も一応女性だった事に気付くと、大きな溜息を一つついてしまった。

 しばらくぼぉっと、聖子の隣に座っていた。

隣では聖子が何やら目を輝かせながら、食い入るように品物を見定めている。そして、鏡に当てながら時々「これ、どうかしら?」と、司を突付いては聞いて来るが、「うん、いいんじゃない」と、都度応えていた。しかし、余りにも無関心で感情のない言い方に、とうとう聖子は怒り出してしまった。

「もうっ、司くんたらっ、真剣に考えてくれないんだからっ! だったらもういいわよっ」

「えっ!? あ、ああ、ごめんごめん。何? どれ?」

ハッと我に返ったように慌てて返事をすると、聖子の目の前に置いてあるブローチを覗き込んだ。

「まったくもうっ。本当にあなたってこういう物に興味がないんだからっ。あのねっ、こういう物はこれから一緒に使えるし、もし私が死んだら形見としても使って行けるでしょ。だから一緒に選んでもらおうと思っていたのにっ、もういいわよっ!」

怒り半分、哀しみ半分の複雑な表情をした聖子を見るのは初めてだ。

思わず戸惑ってしまったが仕方がない。興味のないものは興味がないのだ。

「どうせ買ったってオレは使わないんだから、お袋の好きなヤツでいいじゃない」

そのセリフに聖子は司の頭をはたいていた。

 結局、何も買わずにその店を後にした聖子は弘美に声を掛けられて、次の店へ移動する。

司は溜息を付きながら後について歩いていた。

「はぁ、兄ちゃんはよく、こんなのに付き合えたな・・・」

ふと思い出すと、感心したように店内を見渡した。半ば強引に買い物に付き合わされていたと、苦笑していた亮を思い出す。しかし、母親思いの亮の事だ。いくら継母と云えども、きっと本当の母親のように慕っていたのだろう。そして、そんな亮の優しさに甘えたくなるのも解り過ぎる程分かっていた。

「ねぇ、司くん、これはどうかしら?」

「いいね、ソレ。綺麗な色じゃない。えりのデザインが可愛いくて」

柔らかいワインカラーのワンピースを当てている。襟元のドレープが花びらのようだ。にっこり微笑んだ聖子に思わずドキっとしてしまった。しかし、瞬間、自分の中が心地よい温かさに包まれている事を感じると、微笑み返していた。

不思議と優しい気持ちになれていた。

「じゃあ、これにするわ。司くん、ありがとう」

聖子は店員にワンピースを渡すと、支払いを済ませる。当然のように紙袋を司が持ち、それが3つ目になったのを見て、店員が笑っていた。


 デパートを出て、少し歩いた所のレストランに入って食事をする。

他愛のない会話をしながら屈託のない笑みを浮かべていた。そんな二人の会話に弘美は黙ってにこやかに付き合っていた。

「ねぇ、司くん、今日はいつまで付き合ってくれるの?」

「いつまでって・・・。買い物終わるまではいいけど」

「その後は?」

「明日ライブがあるんだ。だから今日はまだやらなきゃいけない事あるし。皆を待たせてるから行かなきゃいけないんだけど、何かあるの?」

「ううん、あなたも忙しいのね」

「まぁね。でも、その分やりがいあって楽しいよ」

「ふふ・・。司くんから楽しい、なんて言葉聞くの初めてね」

「え?」

「だって、小さい頃からあなたの笑ったところは余り見た事なかったし、何やっても完璧で優等生だと思ってたけど、バンド始めてからコロっと変わっちゃったものね」

「 ・・・、ごめんなさい」

思わず手にしていたコーヒーカップを置くと俯いてしまった。分かってはいるが、また、親の意に沿う事が出来なかった。

「謝る事じゃないわ。安心してるの。だって、司くんは小さい頃から一人でいたからお友達は出来ないかと思ったけど、ちゃんと出来たし、フツーに笑ってるし、遊んでるし、それに、本当に楽しそうだもの。一緒に住んだ事はないけれど、こうやって時々会ってくれるし、私は嬉しいわ。それに、私は司くんの事が好きだから」

そう言って聖子はにっこり微笑むと、紅茶を飲んだ。

美味おいしいわね。こうやって司くんと一緒に飲むと、本当に美味しいわ。亮くんにも報告しなきゃ」

「え?」

「ね、司くん。あと1軒だけ付き合ってね」

レストランを出ると、まだ2時過ぎだ。今日は日暮れまでと覚悟していたのだが、意外と早く解放されそうだ。幾分、気分が軽くなった。

が、連れて行かれたのは、また宝石店だった。

 たいそうなガラスケースに鎮座されたネックレスや指輪、イヤリング・・・、見る者にとっては感嘆の溜息と共に目もくらみそうだ。

「司くん、これどう?」

見せられたのは文字盤にダイヤをはめ込んだ時計だった。

「いいんじゃないの、シンプルで」

「これなら使えるでしょ?」

「誰が?」

「司くん」

「オレ?」

「そう」

「でも・・」

「今じゃないわよ。どうせ使わないの分かってますもの。私が使えなくなったらあげるわ」

「はぁ」

全くどうしてこう貴金属をプレゼントしたがるのだろうか。

司はふと、秀也の顔を思い浮かべた。誕生日やX’masに、ネックレスや指輪をプレゼントされたのだが、司が一向に着けない事に腹を立て、喧嘩になった事はしょっちゅうだ。お陰で、プレゼントのしがいがない女だと、イベントが近づく度に言われていた。

 聖子が店員と話しをしている最中、司は店内に飾られている宝飾品を見て回った。時々、別の店員が何やら話しかけて来るが、司はほとんど聞いていなかった。

ようやく支払いを済ませ、大量の紙袋を持って外に出た。

既に迎えの車が来ている。司は聖子と弘美を車に促すと、荷物をトランクに入れた。

窓が開き、聖子が顔を覗かせると、

「司くん、本当にありがとう」

そう言って、再びにっこり微笑むと、窓が閉じられた。

何の言葉も掛ける事が出来ずに、司は車が去って行くのを見つめた。

しかしその時、解放感というよりは、何か別の寂しさに似た虚脱感を感じていた。

気を取り直そうにも、何か引っかかるものがあり、その場を動く事が出来ず、完全に車の陰が見えなくなるまで見送った。

「お袋?」

思わず呟いたが、今度はその言葉に気を取り直すと、思い出したように皆を待たせている事務所のスタジオに急いで向かった。


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