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第十六章・Ⅶ・ステージ(四)


 開演まであと30分。

会場の外には殆んど人はいない。 が、中は既に観客の熱気がこもり、いつ爆発してもおかしくない程に皆今か今かと心待ちにしている。

今日はいつもに増してカメラを構えたマスコミの姿が多い。

スタッフもこの熱気に押されないよう、緊張の色が濃い。

そして、楽屋では司をはじめジュリエットのメンバーが、相変わらずのんびりと構えていた。がしかし、内心では全員が今までに無い緊張を感じていた。


 トントン


ドアがノックされ、一斉に注目すると、チャーリーと宮内、それに透が黙って入って来てドアを閉めた。

「司、本当に今日が最後なんだよな。今まで本当にありがとう。そして、お疲れ様」

まずはチャーリーが頭を下げた。それに続くように宮内と透も頭を下げる。他にもっと言葉を探したが見付らない。

「うん。 チャーリー、宮、透、本当にありがとな。お前らには感謝してもしきれないよ。お前らの事は忘れないから。 ・・・ それと、最期にお願いがあるんだけど」

「何?」

「何があっても、写真集だけは完成させて」

「わかった」

チャーリーは大きく頷いた。

「司さん、今日の打ち上げはもちろん来てくれますよね」

透が念押しするように言うが、司は首を横に振った。

「ごめん、今日はメンバーだけにさせて」

「じゃあ、明日は?」

「ごめん、明日は紀伊也と二人だけにして」

首を横に振ると目を伏せた。

「じゃあ、明後日あさって

食い下がらない透に苦笑すると、目を開けて軽く頷いた。


 トントン


再びノックされると、全員が黙って立ち上がった。

いよいよラストステージだ。

「司」

晃一は次の瞬間ニっと口の端を上げた。

「最期だからって、緊張して歌詞間違えるなよ」

「それは、お前だろ」

司も口の端を上げて言い返すと、互いの右腕をぶつけた。


 *****


 会場の灯りが消え、一瞬静寂に包まれたが、晃一のスティックと共にステージにスポットライトが当てられた瞬間、会場の屋根が吹き飛びそうになる程の歓声が沸く。

秀也のギター・ナオのベース・紀伊也のキーボード、更に司の歌声が響くと歓声は一層大きくなり、会場が一つになって歌っていた。

今までにないくらい高揚し、輝く司はその全てを出し切るように歌い、踊り、ステージを駆け回った。

この瞬間ときを感じていた。


 開演から既に3時間半が経とうとしていた。

曲が終わり、ライトが消された。

司を呼ぶファンの声があちこちで聴こえる。

10分程の静かな時が経った時、一筋の光がステージの真上から中央に下りて来る。

その中に、真っ白な衣装に身を包んだ司がピアノのかたわらに立っていた。

誰もが息を呑んでその姿を見つめている。

司はマイクを口元へ持って行くと、会場を見渡した。

そして、一呼吸した。

「今日はありがとう。 7’DAY’S LIVE 今宵限りのジュリエット、残すところあと一曲になりました。 でもその前に1曲だけ、どうしても聴いてもらいたい曲があります」

そして、客席の一点を見つめると続けた。

「オレが、音楽を始めたのは3歳の時で、ピアノとバイオリンを習った。その時はただの教養でしかなかったのが、ここまで来てしまった。ま、途中でギターに変わったけどね。 ・・・ここまで来れたのはきっかけがあった訳で、実は、そのきっかけを与えてくれたのは、オレの親父だった。・・・そう、オレをこんな風に育てたのもオレの親父だった。でも実はその親父とは、生まれてから一度も一緒に住んだ事がなかった。生活をした事がなかったんだ。 家族はいたけど、誰とも生活を共にした事がなく、いつも一人だった。だからいつも一人で生きて来たとばかり思っていた。けれどそれは、単なる思い込みだった事に最近やっと気付いたよ。だって、気付いたらいつも近くに親父の目があったんだ。そう、オレは一人じゃなかったってね。オレの親父はとても厳しくて怖くて近寄れなかった。 けど、それでも十分甘えさせてもらったよ。わがままいっぱいに生きて来れたからね。本当だよ、親父には本当に感謝してる。それに、こんな風に思える自分が今とても幸せだって事にも気付いて良かった」

一瞬、胸が詰まりそうになり、一呼吸すると、再び会場を見渡した。


「こんな話をするのは、実は今日、初めてオレのライブにその親父が来てくれたからなんだ。本当に嬉しくって、つい、こんなつまらない事を話してしまってごめん。 照れ臭いけど、他にもお袋と兄貴達も来てる。 実は、このジュリエットは、もう一人、既にこの世にはいない、もう一人の兄貴と作ったバンドなんだ。 デビュー曲のジュリエットの微笑み、これはその兄貴と作った歌だ。 そのジュリエット最期の日を皆に見守ってもらえるなんて夢みたいだ。 信じられないけど、現実に叶ったんだな。 ・・・ そして、今から弾く曲は、オレがこの世の中で最も敬愛する音楽家、ショパンのこの曲を、オレの大切な最愛の家族に贈りたいと思います。オレがこの世に生を受けて今日まで来れたのは、親父やお袋、それに兄さん達が居たからだって事に深く感謝してる。 本当に最期までわがまま聞いてくれてありがとう」


再び一点を見つめ、右手を左胸に当てて深々とおじぎをした。

司のその姿をじっと見つめ続けていた亮太郎が目を伏せると、その頬には涙が伝っていた。

マイクを置き、ピアノの前に座る司の姿が徐々に潤んで見えなくなっていくのは、隣に座る翔や真一も同じだった。

 司はピアノの前に座ると一呼吸すると、両手を鍵盤の上にゆっくり持って行く。

そして目を閉じると、その右手に全神経を集中させ、何かを吸い上げるように指を軽く慣らすと、静かに奏で始めた。


 『別れの曲』


今、この曲に司は何を思い奏でているのだろうか。

静かに優しく、まるで雪解け水が小川に流れ込むようなせせらぎが聴こえて来そうだ。


 時の流れには逆らえない

 ただ静かにその時を待つだけだ

 「別れ」と共に新たな「出会い」もある


それを信じながら奏でているのだろうか。

誰にもその想いは分からない。

溜息一つ聴こえない会場に、司の優しいメロディが流れていた。

演奏が終わり、閉じていた目を開けてゆっくりと指をピアノから離した時、亮太郎は司の呟くような言葉を聴いた気がした。


 『さようなら』と。


が、それを掻き消すかのようにステージが明るくなったかと思うと、晃一のスティックと共に音楽が流れ出し、歓声が沸く。

再びマイクを持った司が最期に歌った歌は、もちろんジュリエットのデビュー曲、『ジュリエットの微笑み』だ。

ステージと会場が、ジュリエットとファンが、一つになってこの歌を歌っていた。

最期のイントロが流れた時、司はとびきりの笑顔でメンバーに振り返り、再びファンを見渡した時、右手の平をいっぱいに広げ、天高く突き出していた。


 これで最期だ

 もう思い残す事はない

 自分はこれまで力強く生きて来た

 常に走り続けていた

 もう立ち止まってもいいだろう


演奏が終わった。

ステージの上で、深々と頭を下げるメンバーにファンの声援が止まない。

司は頭を上げ、一度手を振って応えると、後ろを振り返った。

ナオ・秀也・晃一・そして紀伊也。

一人一人と目で交わした。


『お前の最期の告白は、俺達が後ろで見守っててやるから安心しろ』


そう晃一に言われた時、溢れ出そうになった涙を必死でこらえた。

ここでも大切な仲間に見守られている事に、自分は独りではなかったと、確信すると共に心底嬉しさを感じた。

 最期の告白、これはどうしても言わなければならないし、伝えなければならない。

これを伝える時間があるのだろうか。がしかし、そんな不安を消してくれたのがメンバーの言葉だった。


 



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