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第十六章・Ⅶ・ステージ(三)


 緑の芝生しばふの上を一人の子供が駆けていた。

どうやら白い蝶を追っているようだ。

あどけない瞳を輝かせ、ヒラヒラ舞っている蝶を追って植え込みの中へ足を入れる。


 あっ・・


根元に足を捕られ、顔から転んでしまった。


 テテテ・・・


 !?


しかし、転んだ痛みより、何かが這う感触の方が強く感じた。

伸ばした両手に恐る恐る視線を動かすと、右手の甲に乗った黒い塊がじっとこちらを見ている。

ど太く盛り上がった体に太い脚が8本。

まるで自分を威嚇いかくしているのだろうか、それとも警戒しているのだろうか。

動かずにそのままこちらを見ていた。

それまで純真無垢(むく)な魂で、見る物全てを受け入れていたそのあどけない無邪気だった琥珀色の瞳が、徐々にその色を失っていく。

完全に表情が失くなった時、ゆっくりと手の平を返すと、それに沿って黒い塊も手の平を這って行く。

ちょうど、手の平の大きさとその塊の大きさが同じだ。


「お前は僕の使令。この命が尽きるまで僕の使令・・・僕の命が尽きた時、お前を解放しよう」


そうタランチュラに告げた司の瞳が、冷酷な笑みを浮かべてその右手をぎゅっと握りつぶすと、漆黒のタランチュラはそのまま手の平の中に吸い込まれるように消えて行った。


 * * *


 翌朝、微かに香る石鹸の匂いで目が覚めると、白いバスローブをはおった司が髪を拭きながらベッドの端に腰掛けて自分を見下ろしていた。

「おはよう」

紀伊也は言いながら体を起すと、黙ったまま笑みを浮かべた司と口付けを交わす。

「コーヒー、淹れてくれたの?」

唇を離しながら微かにコーヒーの香りがするのに気付いた。

司は黙って頷くと、何も言わずに紀伊也に抱きついた。

「今日がラストステージだ」

「そうだな」

「紀伊也」

「ん?」

「明日から本当に二人きりだ」

「そうだな」

「もう何者にも邪魔されたくない」

「そうだな。司、明日は何がしたい?」

片手で司を抱き、もう片方の手で司の髪を撫でると、二人は額を付け合って互いを見つめた。

「お前に抱かれたい」

フッと微笑むと、その薄い唇に軽く口付けをする。

「それから?」

「お前の淹れたコーヒーが飲みたい」

「それから?」

「手をつないで歩きたい」

「それから?」

「それから・・・、お前に抱かれていたい、ずっと」

その瞬間司の唇を塞いでいた。

今にも解けて消えてしまいそうな唇は氷のように冷たい。

本当に解けて流れてしまいそうになる司の唇を求めながら、二人の息は徐々に熱くなっていく。

司は、紀伊也の温かい肌を感じながら紀伊也の全てを受け入れていた。

自分の体中の血が温かくなっていくのが分かる。

口から漏れる息も熱い。

紀伊也を愛する事が今の司には全てだった。

明日も明後日も、その次の日も紀伊也の温もりを感じて朝を迎えたい。

そう願いながら紀伊也を感じていた。


 ******


 会場へ行く前、紀伊也と別れ、司は一人遠くで波の音を聴きながら石段を昇ると、墓の前に白い26本のバラの花束を置いて、タバコを1本抜いて火をつけると、空に向かって煙を吐き、それを墓の前に置いた。

「兄ちゃん、見てたんだろ?  

 昨日は生まれて初めて家族でパーティーやったんだよ。  

 兄ちゃんの言ってた事、やっと解ったよ。

 皆を許せるって。

 自分にとって大切なものって何なのか。 

 それにもう一つ、解った事もあった。

 やっぱりオレが意地張ってたからだって事も。

 それに、オレのような能力者は必要ないし、存在してはいけないって事も。

 でもね兄ちゃん、それでもオレまだ生きたい。

 まだ生きれるなら、オレの人生もう一度始めたい。

 能力者に生まれて来た事にも、男として育てられた事にも、

 何の後悔も恨みもないよ。

 でも、女に生まれて来た事に、今、この上なく悦びを感じてる。

 それって、兄ちゃんがオレに対して一番望んでた事なんだろ?

 もっと生きて、生きる悦びを感じたいんだ。

 ねぇ、それでもやっぱり、オレを連れて行くの?」


フッと淋しそうな笑みを浮かべると、空に向かって流れて行く煙を見上げた。

「じゃあ、行って来る。見てて、オレの最期のステージ」

そう言ってきびすを返すと、真っ直ぐに歩き出した。





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