第十六章・DEAD OR ALIVE 『Ⅵ・決心』(一)
「春かぁ、桜が見れるといいなぁ」、雅の宣告に、ある決心を口にする。
玄関のドアを開けた時、自分以外の靴がそろえて置いてあった事に少し目を細めると、自分も靴を脱いで上がり、そのまま足早に居間のドアを開けた。
「お・・」
言いかけて口をつぐむと、起こさないようにそっと居間へ入り、ピアノの前に座った。
優しく柔らかなショパンの曲を静かに奏で始めた。
まるで静かな波のような心地好いメロディーが耳の奥に流れ込み、誘われるようにしばらく聴いていた。
耳の奥がくすぐったい
まるで夢の中にいるようだ
曲が終わると同時に、紀伊也は目を開けて横になっていた体を起こすと、気持ちの良い安らかな目覚めに、ピアノの前に座ってこちらを見ている司に微笑んだ。
「お帰り」
「ただいま」
紀伊也の返事に安心したような笑みを浮かべると、再び指を滑らせた。
トゥルル・・・、トゥルル・・・
電話の音に指を止めそうになったが、何事もなかったかのようにそのまま続けた。
テーブルの上で鳴る携帯電話に手を伸ばし、着信相手を見て首を傾げた紀伊也は、「ボンからだ」と司に向いて言うと「何だろうな」と、言いながら電話に出た。
「 ・・・、うん、分かった」
再び首を傾げると、電話を切ってテーブルに置いて司に視線を送った。
「後でボンのとこに行って来るよ。帰って来て早々話って何だろうな? 司は何か聞いてる?」
「何も」
目を閉じながら指を動かしたまま応えた。
先程まで、雅の元で点滴を受けていた。
『もしかしたら もう家に着いているかもしれない』
『どうするんだ、自分で言うのか?』
一瞬考えたが、首を横に振った。
『ボンから言って』
『わかった』
紀伊也の出て行った扉を黙って見つめると深い溜息をついた。
あの時、亮太郎に抱きかかえられるように病院に運ばれたが、翌昼過ぎまで意識の回復はなかった。
目が覚めた時、自分は今どこにいるのだろうと、不思議な感覚を覚えた。
彷徨うように視線を動かした時、ホッと安心したように自分を見つめる父親の瞳と目が合った。
こんな目は見た事がない。
きっと幻でも見ているのだろう。そう思った時、
『オレは死んだの?』
と、訊いていた。
やり切れなさそうに首を振る亮太郎の向方から雅の声が聞こえた。
『まだ生きてるよ』
そっか・・・
その言葉に現実に戻され、再び天井を見つめた。
『あと、どのくらい?』
『 ・・・、来年の春を越せるか・・・ 』
雅の宣告に目を閉じた。
「あと半年か・・・。あいつはああ言ったけど、どうかな。X’masを過ごせるか・・・、それとも・・・ライブまで、持つかな?」
呟くと、亮を見つめた。
「兄ちゃん、オレを連れて行くの?」