第十六章・Ⅴ・想い(二)
「やーっぱ、このメンツが一番最高っ!」
歌い終わってマイクを持った右手をかざすと、くるりと後ろを振り返ってメンバーを見渡した。
ライブを4ヵ月後に控えて、ようやくスタッフにメンバーを告げた時の彼等の驚きようは見ものだった。
司も紀伊也も笑いが止まらなかったほどだ。
なぜなら、秀也・ナオ・晃一の3人を加えてのジュリエット再結成だったからだ。
『だーって、解散ライブも演ってないんだぜ。ま、名目なんてどうでもいいよ。とにかく最期にこのメンバーで演っとかないとねっ』
飛び切りの笑顔で言った時、透始めスタッフ達は歓声を上げた。
しかし、次の司のとんでもないセリフには息を呑んでしまった。
『オレが作った歌、ぜーんぶ演るから、何日で演れるか逆算して』
“7DAY’S 今宵限りのジュリエット”
そう名付けられたそのライブは文字通り7日間限定ライブだ。
どうしても10月20日、あの日からスタートさせるという急な日程に、スタッフは大忙しだ。
ジュリエット再結成の申し出を受けた3人は、快く引き受けたが内心は複雑だった。
司の事を知ってしまってから特に晃一は元気がなく、それこそ長年連れ添った恋人にフラれてしまったかのように落ち込んでいた。
秀也とナオは何とか冷静に受け止めようとしていたが、何ともやり切れない。それに、紀伊也の司に対する想いを知ってしまってから何となく紀伊也にも会い辛くなっていた。
そんな矢先に受けた依頼だった。
『くよくよしてたってしょうがねぇ。それに、オレのやりたい事に協力してくれるんじゃなかったのかよっ』
そう司に口を尖らせて言われた時には、以前のように苦笑しながらも頷いていた。
******
「なぁ、けど紀伊也がいないとイマイチ盛り上がりに欠けるよなぁ」
今日のセッションを終えて4人で食事をしていると、晃一がつまらなそうに言う。
「あれま、珍しい事を言うもんだぜ。 前は紀伊也なんて居ても居なくても同じだ、なんて言って、散々バカにしてたクセに」
司は呆れるとタバコに火をつけた。
「あ~? んな事言ったっけ?」
「言った言った。それに、紀伊也居なくてもお前全然気付かないしィ」
ナオも呆れながら言うと、グラスに口を付ける。
「まーったく、今じゃお前と紀伊也がつるんでるなんて方が珍しいぜ、なぁ」
と、秀也が司に目配せすると、司も笑った。
「そーだなぁ。ホント、変わったよなぁ、お前ら」
「何、しみじみ言ってんだよ。年寄りくせェなあ」
感慨深気に言う司に晃一は慌ててツっ込んだ。
司の遠くを見つめる目が切ない。
「ハハ、そりゃ年も取るさ。オレ等もう30過ぎてんだぜ。最初なんてオレ14だったし」
晃一とライブハウスで出会った時がまるで昨日の事のように思い出される。
あれから時が経つのが早い。
いろんな事があった。 あり過ぎて考える間もなくあっと言う間に来てしまったようだ。
人が生を受けて死に至るまでも同じように、あっという間なのだろう。
ふとそんな事を想い、フッと苦笑すると俯いてタバコの灰を落しながら煙を吐いた。
「なぁ、紀伊也のヤツ、いつ帰って来んだよ」
晃一が少し不安そうに司の顔を覗き込んだ。
余り司を一人にはしたくない。
「フッ、心配すんなって。 来月には一度戻って来るって言ってたろ。アイツも忙しいんだよ。アイツにだって居場所はあるんだから」
「そりゃ、そうだけど・・・」
「じゃ、そろそろ帰ろっかなあ。 今日は疲れた。 それに、そろそろアイツから電話かかって来るから」
少し照れながら言うと、灰皿にタバコを押し付けて立ち上がった。
殆んど毎晩のようにN.Yから電話が入る。
オフィスからかけて来る時もあれば、どこかの公衆電話からの時もある。ほんの数分で切れてしまうが、互いに声を聴くだけで安心するのだろう。
それだけで良かった。
帰りのタクシーの中で眠ってしまった司は、マンションの前に着いた時、晃一に揺り起こされた。
「着いたぞ。珍しいな、お前が寝るなんて」
「ん、ちょっと酔ったかも。久しぶりにセッションしてお前らと飲んで楽しかったから」
「部屋まで送ろうか?」
「いいよ、ここで。大丈夫、もうすぐ寝るから。少し疲れただけだ、心配するな」
晃一の手を振り解いて外へ出ると、夜の湿った空気を吸った。
司がマンションへ入るのを確かめてから行くつもりなのだろう。タクシーがなかなか発進しない。
思わず苦笑すると、背中越しに振り向きもせず、軽く手を振るとマンションへ入った。
皆には心配ばかりかける
変わっていないのは、オレだけか
誰もいない部屋の灯りを点けた。
!?
突然、左胸が締め付けられて痛み出した。
「 ・・・何で!?」
別に能力を使った訳ではない。激しく動いた訳でもない。
それなのに、発作が起きていた。
はぁ、はぁ・・
締め付けられる痛みに、次第に意識が遠のいて行った。
******
「そんな所で寝ているとカゼひくぞ」
耳元にかかる息にくすぐったくなって目を開けると、懐かしい程に眩しい笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
「あ、来てたんだ」
安心したように微笑み返すと、再び目を閉じた。
唇に温もりを感じて嬉しくなると、自分よりも大きなその厚い背に腕を廻した。
そして、唇が離され、再び目を開けて目を細めるとその柔らかな瞳を見つめた。
「今夜は一緒に食べよう、二人で」
「メアリーには?」
「メアリーには暇を出したよ。今夜は二人でストラトフォードに行くからってね」
「ストラトフォード!? 観に行くの!?」
「チケットが取れてね。行く?」
「もちろんっ、ねぇ、何演るの?」
「真夏の夜の夢」
**
ストラトフォードの劇場でシェークスピア作の真夏の夜の夢を観劇した後、ホテルのレストランで食事をしながらその話に夢中になっていた。
気が付くと、周りの客は誰もいなくなり、テーブルの上の食器も下げられ、コーヒーカップが二つ乗っているだけだった。
思わず二人は目を合わせて苦笑すると、席を立ちレストランを後にした。
同じような顔立ちの二人に、仲の良い兄妹だと従業員達は目を細めて見送った。
「どう、体の具合の方は?」
ベッドに座り、目の前で自分の体を預けて同じように足を投げ出して座る司の体を抱き締めながら髪を撫でた。
「うん、大丈夫。あれからはないよ。いきなりだったからびっくりしたけど、多分カゼさえひかなければ大丈夫だと思う」
抱き締められた亮の腕に自分の腕を重ねると目を閉じた。
少し怖かった
初めて亮と肌を重ねた後、突然に襲われた左胸に走る激痛。
まさか自分で洗脳されるように暗示をかけた能力が、自分を苦痛に追い込むとは思わなかった。
これでもう自分はこれ以上生きてはいけない、咄嗟にそう思い込んでしまった。
しかし何故か、この亮の温もりに甘えていればまだ生きられる。そうも思った。
「兄ちゃん、愛って何?」
司の質問に戸惑ったのか、撫でていた手が止まる。
「愛?・・・ずいぶん難しい質問だなぁ」
「難しいの? 愛ってそんなに難しいものなの?」
「いろいろあるからなぁ、愛には・・・」
「ねぇ兄ちゃんがオレの事、愛してるって言ってくれたけど・・・」
顔だけを亮に向けて上目遣いに見ると、フッと微笑んで司を見つめ返した。
「愛してるよ、司を。他の誰よりも。誰にも渡したくない」
抱き締めた腕に力を込めると、司を吸い込むように口付けをした。
愛される事の余韻から醒めかけた時、再び左胸にナイフを突き立てられたように刺すような痛みが走る。
くっ・・・と、体を硬直させた時、亮がビクッと体を動かし、司の異変に気が付いたようだ。
瞬間右手を亮の顔の上にかざしていた。
「何でもないよ、おやすみ」
そのまま亮は深い眠りに落ちて行った。
隣で安らかに静かな寝息を立てている亮とは対照的に、左胸を鷲掴みにし、はぁっ、はぁっと、苦しそうに悶える司の意識が次第に遠のいて行く。
このまま、死んで行くのか・・・
******
はぁ・・・、はぁ・・・
微かな息遣いと共に目が覚めた。
窓の外が薄っすらと明るい。
天井に視線を動かすと、灯りがついている。
眩しくて目を細めると、再び窓に視線を移した。
「はぁ・・・、はぁ・・・」
2.3度、息をすると、壁に寄り掛かるように倒れていた体を動かし、仰向けになった。
胸に手を当てながら再び呼吸を整えた。
「生きてたか」
ホッとしたように呟くと、片手で顔を覆った。