第十六章・DEAD OR ALIVE 『Ⅴ・想い』(一)
父・亮太郎に秘められた想いは・・。
「いやぁ、しっかしあの撮影は最高っスね~。俺、司さんの事、惚れ直しちゃいましたよっ」
「お前のその目がイヤらしいんだよ」
目の前に座る司に、手に持っていた雑誌を投げ付けられてそれをキャッチすると、シャツの襟から見える司の胸元に目が行った。
「誰だよ、これ流しやがったのっ!?」
もう一冊の週刊誌をバンッとテーブルに叩き付けた。
そして、鳴り止まない電話の音に苛立って
「回線切っとけよっ」
と、事務所内を横目で睨んだ。
今、事務所内はパニックに陥っている。
先日の南国のホテルで撮った司と紀伊也の写真の一部が流出したのだ。幸いにも全裸のものは一枚もなかったが、バルコニーで撮った二人の絡むシーンが出てしまった。
『胸は絶対撮るなよ』
と言った司の言葉を忠実に守った野田の腕は大したものだった。
出来上がった全ての写真を見せてもらった時、そう思った。
裸で抱き合うシーンを撮らなくても、絡み合う指・脚、司の髪に触れた紀伊也の指、重ね合う前の二つの唇。これだけでも十分愛し合っていた。
写真とは不思議なものだ。
その瞬間を捉えていた。
「ったくぅ、・・・透っ、てめェ もう一度その目でオレの事見てみろ、タランチュラの餌食にしてやるっ」
そう吐き捨てると、目の前の週刊誌を更に投げ付けた。
「お~、こわ・・・」
再びそれをキャッチすると透は首をすくめた。
と、その時、事務所のドアが勢いよく開かれ、男が一人誰かに突き飛ばされて転がるように入って来た。
事務所内が一瞬静まり返り、電話の音だけが響いた。
そしてその視線は、その後入って来た人物に釘付けだ。
「司、こいつだってよ」
冷たく言い放つその言葉に全員が息を呑んだが、司は思わず吹き出しそうになってしまった。
ふて腐れたように怒っている紀伊也の顔は初めて見る。
紀伊也の無言の怒りを受けた男は、床に手をついてひたすら謝っているが、今度は事務所内の怒りをまともに喰らった。
「どうする?」
司の傍に寄ると、耳元で囁くように言った。
「ん・・・、お前に任せるよ・・・、クスっ」
そう言うと、とうとう堪えきれずに吹き出してしまった。
「クスって何だよ?! お前は怒ってないの!?」
横目で睨まれたが、司はその顔に更に笑いを堪えるのに必死だった。
「そりゃそうだけど・・さ。オレ、紀伊也の妬いた顔って初めて見るからさ・・・、紀伊也も可愛いとこあるんだな」
「ったく」
更に笑い出す司の頭をはたくと、溜息をついた。
数日後、写真の流出騒ぎも治まった頃、今度はその持ち出した男の事が事務所の中で話題になった。
「司さん、聞きました? あの男の事」
宮内が声を潜めながら耳打ちする。
「ああ、・・当然の報いだな」
素っ気無く言い返すと、タバコに火をつけた。
昨夜、裏通りを歩いていた時に、狂犬病にかかった犬に襲われたというのだ。
しかし、重傷を負っただけで生命に別状はないという。
宮内も他のスタッフも皆、天罰が下ったのだと言っていた。
「で、紀伊也は?」
昨夜から帰って来ない紀伊也はてっきり先に来ているものだとばかり思っていたが、まだ姿が見えない。
「ああ、それが、何だか調子悪いみたいで、病院に行くって言ってました。だから打ち合わせは間に合わないかもって」
「そ」
何の表情も変えずに天井に向かってゆっくり煙を吐いた。
******
「調子悪いって?」
脈を計りながら雅は紀伊也の冴えない顔を伺う。
「何か力が出ないっていうか、ボーっとするっていうか」
「ホントだな。何か紀伊也のこういう、なんてーの、ボーっとした気の抜けた顔って初めて見るよ。司じゃあるまいし、どうした?」
「それが・・・」
紀伊也は昨夜、自分が能力を使って犬を操った時の事を話した。
使令は動いてくれたのだが、実行したところで思い切り急所を外してすぐに逃げてしまい、そのとたんに頭痛と吐き気に襲われ、いつにない疲労感を味わったのだ。余りのだるさに家に帰る事も出来ず、そのまま車の中で一晩過ごしたのだった。
朝になって戻ろうかと思ったが、司に余計な心配をかけたくなかったので、そのまま会わずに雅の元へ来たという訳だ。
そうでなくても、この前カゼをひいて寝込んでから司に妙な気を遣わせてしまっている。
「まぁ、疲労だろう。心労じゃないのか? 司の事で気を遣い過ぎなんだよ。それにこの前だってかなりの能力を使っている。司も言っていたぞ、使い過ぎだって。 少し休んだ方がいいな。2、3日は安静にしていろ」
そう言うと雅は椅子を反転させ、デスクに向かった。
*****
「ねぇねぇ、司さん、今度は何やるんスか?」
身を乗り出しながら興味津々に透が訊く。
「司さんらしくって、言うと何ですかね?」
野田が言った。
この野田の言葉の一つ一つに何か自分を引き出す力でもあるのだろうか。いつもハッとさせられる事が多い。
「オレらしくね・・・そりゃ、アレくらいしかねえだろうな」
そう言って立ち上がって窓際に歩いて行くと、窓枠に手を付いて空を見上げた。
遠くの方を見つめ目を細めると、くるりと向き直り、ニッと口の端を上げた。
「ライブ」