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第十六章・DEAD OR ALIVE 『Ⅱ・一人』(一)

偶然久しぶりに二人きりで会った司と秀也。

『Ⅱ・一人』

 

 何か得体の知れない闘いに挑むような鋭い眼差し、底儚そこはかなく虚ろに見上げる哀しげな瞳。 全てを拒むように唇を噛み締めたかたくなな表情。

連写されたページを息を呑んで食い入るように見ていた。 が、やがてゆっくり顔を上げ、

「よく撮れたな 」

と羨むような眼差しを野田に向けた。

「自分でもどう撮ったかなんて覚えていないんです。ただシャッターを切っていただけのような・・・。まるで取り憑かれたみたいに」

野田は思い出して言うと、落ち着かせるように一息吐いた。今でもあの時の鼓動が甦って来る。

「こんな短時間でこんな表情してくれるのは、司さんくらいしかいないよ。これ、俺も撮りたかったな」

再び写真に目をやると、柏崎は溜息をついた。

 司をとり続けて10年程経つが、撮る度に毎回驚かされる。 笑顔は余り見せないが、いつも何かに挑んでいる。そして時折見せる満たされない切ない瞳。 出来上がった写真につい語りかけたくなってしまう。

「何を撮るんだ? って聞かれて、光月さんをって答えたら、じゃあただオレを撮ればいいって言われて。後でその意味を考えたけどよく解らなくて・・・。 でも、出来上がったモノ見て、ただ撮ればいいって、こういう事だったのか、みたいな・・・」

出来上がった写真を見て野田は驚いた。

無我夢中でシャッターを切っていたが、その中にはほんの数分の出来事とは思えないドラマがあった。

 それはまるで、司がデビューしてからの10年間が凝縮されているかのようでもあった。

初めはアイドルだともてはやされたが、一向に気にする事なく、我が道を押し進み頂点に達した時に襲われた悲劇、生死を彷徨さまよった挙句の突然の解散。全てを失った絶望の果てから這い上がり、再び生きる希望を見つけた時に突きつけられた宣告。受け止め切れない宿命をまるで拭い去るようにワインを浴びていた。

「他の人じゃこうもいかないよな。司さんだから出来るんだよ」

柏崎は言いながら雑誌を閉じた。

「もっと撮りたいですね」

野田の言葉に柏崎は頷いた。


 ******


「写真集?」

レコーディングの合間を縫って事務所に顔を出した司は、コーヒーを飲もうとしていたその手を止めて、チャーリーを見つめた。

「そ、あの二人からの依頼」

チャーリーは奥のソファに座っている柏崎と野田を顎で指した。

「別にいいけど。何でまた二人お揃いで? にしても柏っちから言って来るなんて珍しいね。こっちの企画じゃないんでしょ?」

ふうーっとカップのコーヒーに息を吹きかけると一口飲んだ。

「そうなんだよね。けど何となくいいかなって俺も思うんだ。ホラ、ソロになってから別にライブやる訳でもなし、大して活動もしてないんだから、売り出すにはいいかなって」

「・・・、あのなぁ・・・」

思わず呆れたが、チャーリーの言う事にも一理ある。それに司自身も何か物足りなさを感じていた。

「どうする?」

上目遣いに司を見る。何か頼み事がある時や、どうしてもやって欲しい時に送る視線だ。

「いいよ」

内心苦笑すると、即座に応えていた。


 ***


「で、コンセプトは何?」

柏崎と野田は目の前で足を組みながらコーヒーを飲む司を見つめると、一瞬顔を見合わせた。

 まだ何も考えていなかった。

少しの沈黙にチャーリーが溜息を付きかけた。

「司さんの生き様」

不意に野田が言った。何か考えていた訳ではない。司を見ていて口が勝手に答えていた。


 え?


カップから顔を上げると、思わず野田を見つめた。

「・・・、オレの生き様?」

「何だか漠然とし過ぎてない?」

悪くはないと思ったが、咄嗟にチャーリーは言っていた。 

「司さんの集大成みたいな・・・、区切りっていうか・・・」

言葉に詰まりながらも苦し紛れに出て来る言葉に、果たしてこれが本当に自分の言葉なのか思ってしまうような不思議な感覚に落ちて行く。

「何だかそれって、司さんが終わっちゃうみたいですね」

チャーリーの隣に立っていた透が言うと、宮内も何となく不安気に頷いていた。

「縁起でもない事言うなよ」

すかさずチャーリーが言うと、宮内も気を取り直したように「そうだよ」と言った。

『集大成』・『区切り』それらの言葉が一瞬にして胸を貫いた。

最期に光月司として生きる事が許されるのであれば、光月司として生きた証を作るのも悪くはない。


『感じたままに生きてみろ』


そう亮に言われたのであれば、今まで感じて来たものを自分の一つのドラマとして映像にするのも悪くない。

それに、残された時間を、自分の生き様という証を作る事に費やすのも悪くはない。

タランチュラとして生きて来た事も自分なのだ。 今更それを否定する事もない。

「おもしろそうだな、ソレ」

フッと微笑むように言うと、何かに挑むような眼差しを遠くに向けた。


「テーマは、生か死。DEAD OR ALIVE。これ、タイトルで行こうぜ」


 ******


 レコーディング中も雑誌の取材中も番組の放送中も、その間の食事中もカメラを構えた二人が常に同行していた。 度々柏崎は別の撮影で離れる事はあっても野田はマネージャーのように張り付いていた。

「何だか監視されてるみたいだな」

常に切られるシャッターの音にいささかうんざりするが、自分で言い出した事なので仕方がない。

「これじゃあ、悪い事もできやしねぇ」

溜息をつくと、苦笑した。

生き様を撮るなら全てを撮ってみろと、脅すように言ってしまった。

 『生か死』余りにも漠然としたテーマだっただけに、自分でもどうしていいか解らないでいた。 ただ解っている事は、確実に『死』に近づいている事だ。いつ訪れるか判らない自分の死に、今自分はどう生きているのか知りたかったのかもしれない。

だから、とにかく「オレを撮れ」と、あの時半分苛立たしげに言っていた。

チャーリーも透も些か呆れながら野田を見ていた。

 一日に何本のフィルムを使っているのだろう。 だが、出来上がる写真を見せられる度に感嘆の息を漏らしていた。

作曲中に見せる真剣かつ物憂ものうげな瞳、ピアノを奏でる時のうれいた瞳、レコーディング中の表情、時折見せるホッとしたような笑顔。 スタッフとじゃれあっている無邪気な笑顔、上手く行かない時に見せる憮然ぶぜんとした表情、すねた顔、それらは番組の収録や雑誌の取材中に見せる作ったような表情とは全く違った普段の司の喜怒哀楽を表している。

普段何気に接していると気付かない色んな表情がそこにはあった。

気にも留めていなかった事がこんなにも気付かせてくれていた。

「写真って不思議っスね」

見せられたアルバムをめくりながら透が呟いた。

「そうだな。デビューしてから10年近く司を見ているけど、こんな顔してたなんて気にもしてなかったよ。司の怒った顔とかすねた顔って、こんなに可愛かったっけ?」

チャーリーも微笑ましそうに目を細めた。





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