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外伝・出逢い(四)

出逢い(四)


 旅行から戻った翌週、再び和矢と大喧嘩をした司は、叩き割った窓ガラスの破片で右手を傷つけ、三日間の自宅謹慎処分を言い渡され、東京の自宅の自室の真っ白なピアノの前に座っていた。

和矢の言いたい事は分かるが、どうでもいい事だったし、第一大きなお世話だった。

『お前がそんな特異体質だったなんて知らなかったぞ。お陰で紀伊也はボンから怒られるし、もしあれで発作起こしてたら、どうする気だったんだよ。お前がそのままポックリ逝っちまえば、俺達はどうなるんだよっ、分かってんのかっ!? お前が勝手な事するのは構わないが、そういう大事な事は教えてもらわないと困るんだっ』

『うるせぇな。そんな事で怒る事ないだろ。自分の体の事は自分で何とかするよ。一々オレに構うな。だいたいオレの親だって、んな事構わねぇんだぜ。 お前が心配してどーすんだよ。ばかじゃねぇの』

『だからだろ。前は亮がいたから・・・』

『その名前を口にするなっ』

和矢はけるまでもなく司に殴り飛ばされたが、ここで黙っている和矢ではない。

すかさず反撃に出ると、渡り廊下は一気に二人の戦場となった。

余りの激しさに、誰も止めに入ろうとしない。

その内、体育会系の教師が数人で何とか押さえ込んだが、余りの腹立たしさに、ガンっと拳を叩き付けると、そのまま窓ガラスを突き破ってしまったのだ。

『ったく、秀也も可哀相に。とんだバンドに入っちまったもんだ。聞いたぜ、お前のお守役なんだって。亮の代わりにでもなってもらえよっ』

和矢のその捨てゼリフに、思わず狭心症の発作を起こしてしまった。

 あの後、病院で目を覚ました時、和矢の顔が見えたので、カッとなった司は点滴を抜き取ると、それを和矢目掛けて投げ付け、再び乱闘になるところだったのだ。

呆れ果てた教師は、二人に各々三日間の自宅謹慎処分を言い渡したのである。


 案の定、両親は何も言わずに司を預かったが、Rとしては都合がいいらしく、自宅にいながら指令を数多く与え、司は休む間もなく、それらを実行させなければならなかった。

遠い国の透視は疲れる。

それも一つや二つなら訳もないが、十以上はさすがにバテた。

ようやく全てが終わり、謹慎処分も今日で終わりだ。あと30分でここを出て静岡に戻らなければならない。

 が、その前にまだやらなければならない事もあった。

週末のライブから秀也もステージに立つのだ。

そのアレンジは既に終え、秀也にも渡してはあったが、まだ秀也の音を聴いてはいなかった。

土曜の昼に皆で合わせ、その夜に本番だ。

思わず受話器を取った。

「秀也? 明日の夕方来れない? ・・・うん、そう。 ・・・、音合わせしたいから。・・・、そうだね、そうしてもらえると助かるよ。・・・、じゃ、3時半に」


 ******


 翌日の3時半、約束通り秀也は校門の前で車を止めて待っていた。

車に寄り掛かりながら両手をポケットに突っ込んで、校門から出て来る生徒達を目を細めて待っている姿は、遠くから見ると懐かしい影が漂っている。

秀也だとは分かったが、一瞬ドキッとして立ち止まった。

軽く手を上げて合図をする仕草も同じだった。

「誰、あれ?」

一緒にいたクラスメートに、ど突かれて振り向くと、少しニヤけている。

「何だ、秀也じゃねぇか」

後から来た和矢がつまらなそうに言ったが、フンっと鼻で笑うと司の顔を覗き込んだ。

何か言いたげだ。

思わずムッとして胸倉を掴み上げたが、慌てたクラスメートが二人を引き離す。

「二人ともいい加減にしろよ」

「謹慎処分の後にお迎えとはいいご身分だな、お嬢様」

「何だとっ!?」


 バシっ。


クラスメートの腕を振り払うと、持っていた鞄で和矢を殴り飛ばす。

「てめェっ、やる気かよっ」

和矢も負けじと鞄を投げ付けたが、それを叩き落とすと、掴みかかって来る和矢を避けて、廻し蹴りを喰らわせた。

「司っ、やめろっ」

再び乱闘になりかけた時、慌てた秀也が二人の間に入ると、二人とも手を引っ込め睨みあった。

遠巻きに人だかりが出来、教師が二人走ってこちらに来るのが見える。

「ったく、何やってんだよ。また謹慎になりたいの?」

呆れて秀也は二人をたしなめた。

「秀也も大変だな。司のお守役だなんて。何の為にバンドに入ったのか意味ねぇよな」

黒い学生服についた埃を払い落としながら言うと、鞄を拾い上げた。

「そんなんじゃないよ。今日はこれから音合わせ。俺も休講で暇だから来ただけだよ」

「何だ、それならそうとそう言ってくれれば良かったのに。いつから出んの?」

「今週から。メインは勿論、紀伊也だけど」

秀也は言いかけた言葉を呑み込んだ。

生徒の人垣を分けて教師が二人入って来たのだ。

 面倒な事にならなければいいが・・・。

「光月っ、若宮っ、お前等 謹慎が解けたばっかりだろがっ。・・・、あっれ? お兄さんですか?」

一人が秀也に気が付いて司と見比べる。確か年の離れた兄がいた筈だ。

「は・・・」

「光月さんは成績は優秀なんですがね、その、余りにも・・・、お兄さんからも言って下さい・・・、若宮っ、お前も親を呼ぶぞっ」

返答に困っている秀也に笑いをこらえていた和矢は、逆に教師に頭をはたかれた。

「・・・行くぞ、秀也」

それまで黙っていた司は、ポンと秀也の肩を叩くと、真っ直ぐ校門に向かって歩き出したが、ふと立ち止まると、がくっと一歩前のめりになった。

「司っ!?」

秀也と和矢が走り寄ると左胸を押さえて苦しそうに辛うじて立っている。

「司、発作かよ!? 薬はっ!?」

和矢が司の肩を抱いて顔を覗き込もうとしたが、それを払い除けると

「いいっ、とにかく行くぞっ、秀也っ」

そう言って車に乗り込んだ。

秀也も慌てて車に乗ると、心配そうな和矢に目配せしただけでアクセルを踏んだ。


「大丈夫か?」

自宅に戻って水を一杯飲んで落ち着かせると、ソファに座り込んだ司に秀也が顔色を伺う。

「ああ、もう心配ないから」

ちらっと秀也を見ると、苦笑いを浮かべた。

発作が起きた訳ではない。 起きる寸前で息苦しくなっただけだった。

 あの時、秀也に抱きかかえられた時、また、ふわっと体が軽くなったような感覚を覚え、締め付けられそうになった心臓が、緩やかに波打ち始めたのだ。

自分でも不思議だった。

「ちょっと待って、着替えて来る」

一呼吸整えると、立ち上がって居間を出て行き、急いでジーンズとパーカーに着替えると戻った。

「これ、亮さん?」

サイドボードの上に飾られた写真を見ながら秀也が言う。

 どこか見覚えのある公園の満開の桜の木の下で、制服を着た司の肩に亮が手を廻し、二人とも笑っていた。

「入学式の後のだよ、それ」

「え?」

「兄ちゃん、すっげーはしゃいでたな。 生まれて初めて穿いたんだ、スカート。それでね、大喜びして写真撮りまくってた。 スカートって、女の子の特権なんだって・・・。 ばかみてェ・・・ 」

思い出したように言うと、すぐに写真から目を反らせた。


 ***


『やっぱり可愛いよ、お前は。こっちでは女の子らしくしてみたら? 親父には内緒にしてやるからさ。ねっ、高校デビューにメイクもしてみたら? ルージュ買ってやるよ』

『あのねぇ・・・』

呆れて亮を見上げたが、そのまま強引に近くのデパートへ連れて行かれ、桜色の口紅を買ってもらった。


 ***


 一度も付けずに、今はそのサイドボードの引き出しの奥にしまってある。

「兄ちゃん・・・」

いつの間にか頬に涙が伝っている。

「司・・・」

秀也に気が付いて、慌てて袖で涙を拭うと鼻をすすり、急いで洗面所に走って顔を洗うと、何事もなかったのように壁に立て掛けてあったギターを取って、ソファへ座った。

「秀也、これだけど」


 ポロロン・・・


何事もなかったように、ギターの弦に指をかけた。

「司、無理するなよ」

「え・・・」

ふと顔を上げると、切なそうに司を見下ろしている。

「泣きたい時には泣けばいい。・・・お前、誰の前でも泣いた事ないんだろ。そうやって意地張って、一人で苦しんで、無理に明るく振舞おうとして、和矢とぶつかって、大喧嘩して・・・傷つけて、何一人で我慢してんだよ」

「・・・」

秀也の思いがけない言葉の一つ一つが、硝子で出来た鎖の輪を破壊して行くようだ。

思わずギターを抱え額を押し付けた。

ぎゅっと抱き締めたその肩は震えて行く。

握り締めたその手にも力が入る。

その内、ギターに涙の雫が流れ始めた。

「 ・・・っく・・・、兄ちゃん・・・っ・・・う・・・わぁぁーーーっっ・・・」

とうとうこらえきれず、大声で泣き出してしまった。

亮の葬儀以来、初めて声を上げて泣いた。

 何を搾り出しているのか。

あれから半年、内に溜め込んだ深い哀しみ、自分だけが生き残ってしまった絶望、亮のいないこれからを独りで生きていけるかというこの上ない不安、自分をおいて先に逝ってしまった亮への憎しみ、何がこんなにも辛く重く圧し掛かって来るのか、訳も分からず、ただ吐き出すように泣いていた。

 どれ程泣いただろうか、しゃくり上げるだけで、涙も枯れて出なくなっていた。

亮の葬儀でさえ、これ程まで涙を流さなかった。あの時はただ叫んでいた。


「落ち着いた?」

どこで買って来たのか、目の前にコーラを置くと、司の隣に座ってそっと頭を撫でた。

ギターを置き、コーラを一口飲んでそのまま秀也に頭を預けると、目を閉じた。

「秀也は・・・優しいんだな」

呟いて目を開けると再び頬に涙が伝う。

こうして誰かに甘えたかったのかもしれない。

穴だらけになった心の傷を、こうして癒されたかったのかもしれない。

しばらく黙ったまま鼻をすすっていた。

「司、今日は帰るよ。音合わせるのは明日でも間に合うだろ? ちゃんと練習しとくからさ」

秀也はそのまま司の頭を抱き寄せながら言った。

「ごめん・・・でも、今日はここに居て。このまま一人にされたらオレ、何するか分からない。・・・、一人じゃいられそうもないよ」

今日このまま一人で過ごせる自信がなかった。

それよりかこのまま何処かに飛び出して失踪しっそうしてしまうかもしれない。

そんな事をしたら週末のライブは叶いそうにない。 

そんな気がした。

 そして、飲みかけたコーラを置いて立ち上がると、壁際のピアノの前に座り、ふたを開け指を動かした。

一人寂しくて癒されたい時に奏でていた「別れの曲」。

切ない旋律に亮を思い浮かべ、しのんでいた。

が、今日は弾き終ると同時に心が軽くなって行く。

こんな感覚は初めてだ。

いつもは余りにも苦しくて、遠い何処かでそれを食い破るかのように、誰かに牙をいていた。

 しかし、今日は・・・

くるりと秀也に向き直ると、急にはにかんだように笑顔を見せた。

「お腹すいた、よ」

泣き疲れたのだろう。 溜め込んだ殆んどを吐き出し、急に身が軽くなっていた。

秀也はくすっと笑うと、頷いて立ち上がり、車のキーを掴んだ。


「さすが静岡だな。こんな大きなエビフライが、こんな定食屋で食えるなんて」

感心したように言うと、揚げたての大きなエビフライにパクついた。

「兄ちゃんにも食べさせてあげたいなぁ。 ・・・ 好きなんだよ、エビフライ。笑っちゃうだろ。年10コも離れてんのにさ、いっつもエビフライばっか食べてたよ」

はしを止めて不安そうにこちらを見ている秀也に苦笑する。

自分でもこんなに素直に亮の話をするのは初めてだ。

少し戸惑ったが口に出した事で、何故かスッとしていた。

「オレがさ、意地悪して1コ食べちゃうと本気で怒るんだぜ。一回、ビールぶっかけられて、逆ギレしたよ、オレ。 店で大喧嘩になって・・・、後ですっげー恥ずかしかった。だぁって、エビフライ食った食わないで、だぜ。呆れちゃうよ、ホント」

思い出して笑うと、最後の一口を満足そうに頬張った。


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