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第十五章・要求(三の2)


 結局眠れぬ夜を過ごした二人は、翌早朝陽の昇る前に家を発ち、約束の場所に司を下ろすと、紀伊也は1KM程離れた所に車を止めた。

 万が一相手が能力者だった場合に備えての事だった。

ほとんど廃屋と化した古びた倉庫の壁面には、色彩々のスプレーで好きなように色んな絵や文字が描かれていた。楽書きと言ってもいい。

ここがかつてのライブハウスであったという面影は、半分消えかかった看板だけが残され、その外観からではよく見なければ分からない。


 懐かしいな


入口でふと足を止め、目を細めた。

 まだ高校生だったあの頃。 能力者としての任務を除けば、誰とも変わらない普通の高校生だった。ただ、がむしゃらにはしゃいで過ごしていた気がする。

毎日和矢とふざけながら登校し、学校でも毎日飽きる事のない生活を送っていた。

週末には東京に戻り、秀也や晃一達とライブの後は夜遊びをし、昼間は秀也と過ごしていた。

今思えば、あの頃は本当にその時の事だけを考えて楽しんでいたような気がする。

 このライブハウスが閉店する時、既に亮はこの世にはいなかったが、祐一郎と二人でプロデュースし、多くの観客を呼び寄せて盛大にったのを思い出す。

 が、それももう昔の話だ。

びかかったドアのノブを廻した時には、既に冷たい瞳になっていた。

 薄暗い建物の壁の隙間から外の光が入る。

目が慣れてくると、中は十数年と誰も使っていない様子ではなく、明らかに誰かの溜まり場として使っているかのような形跡が残っている。

バーのカウンターの上にも埃が積もっている訳でもなく、誰かが飲んだのだろう、ビールの空缶が転がっている。 その横に置いてある灰皿にも吸殻が山のように積もっていた。

 カツン、カツン、司の革靴の音が響く。

辺りの気配に神経を集中させるが、何の殺気も感じない。


 妙だな、能力者じゃないのか?


ほんの少しだけ安心した。しかし、油断は禁物だ。 向方には人質がいる。それも司にとっては、かけがえのない人物だ。

自分の肉親以上の身内だった。

「約束通り来たぞ」

立ち止まって叫んだ。

「・・・・」

返事はなかったが、明らかに気配がする。それも一人や二人ではない。

「お前らの要求通り一人で来たんだ。人質を解放してもらおうか」

かすかに人の囁く声が聴こえ、そちらの方に視線を移すと、奥のステージだった場所に数人の人影が見えた。

「ばあや!?」

その中に杉乃の姿を見つけ、思わず叫んで数歩駆け寄った所で、息を呑んで立ち止まり、杉乃を取り囲んでいる男女を見つめた。

年は自分よりかなり若いだろうか。 

明らかに能力者でもなく、その手のプロでもない。むしろその辺の街中を歩いていてもおかしくはない普通の若者だった。 が、その内の一人の手にはナイフが握られ、その刃は杉乃に向けられている。

下手に刺激をすれば何をするか分からない。

ここ最近の青少年の犯罪を見ても、彼等にとってはゲームにすぎないのだと、竹宮が言っていたのを思い出す。

「お前らの目的はオレなんだろう? オレは約束通り一人でここへ来たんだ。お前らも約束通りその人を解放したらどうだ」

言いながら一歩近づいた。 杉乃の無事な姿を確認したかった。

「ホントに来たんだ・・・」

金色に髪を染めた少し長髪の男が言うと、皆顔を見合わせて司を見つめた。


 何なんだ、こいつ等は・・・?


何の警戒も見せない彼等に、逆に不安を覚えた。

何の殺気も気配も感じさせず突然に攻撃を仕掛けてくる、これが能力者の戦法だった。

司も下手に気配を出す事は出来ない。

人数が多すぎるのだ。

今の司には太刀打ち出来ないかもしれない。 一瞬、先に抑えた方が有利だろう、そう思った。

しかし、彼等は司を茫然と見つめたまま動く気配さえ見せない。

それに対し、戸惑いを隠せずに徐々に苛立って来る。

「何とか言ったらどうだっ!? とにかくオレは貴様らの要求通り一人で来たんだっ、早くばあやを返せっ」

思わず怒鳴ると、一歩踏み出し身構えた。

「・・・・」

「返さないならこっちから行くぞっ」

右手に力を込め歩き出すのと同時に杉乃が叫んだ。

「いけませんっ、お嬢様っ。この方達はあなたのファンなんですよっ」


 !?


踏み出した足を止め、ステージの上の彼等に視線が止まった時、その足が何かに触れた。 が、それが何のか確認するよりも彼等に釘付けだ。


 何?


杉乃の言葉に、まるで暗示にでもかかってしまったかのように、その場を動く事が出来ない。

その内、四方から白い煙のようなものがもくもくと司と彼等を取り囲み、視界をさえぎる。

 オレのファン・・・?

茫然と立ち尽くす司を白い煙が包んで行く。

煙幕だった。

万が一、警察が来た時の為に、近づけないようピアノ線で仕掛けられていた。

その内、目の前の視界と意識が朦朧もうろうとしてくる。

司には、それだけが感じて取れる独特なツンとした匂い。

それを吸った瞬間紀伊也の名前を呼んでいた。


 手筈通り杉乃を連れて外へ出た彼等は、困惑した顔で戸惑っていた。

このまま逃げるか、戻って司を助けるべきか。

「あなた方の要求は、まだお嬢様には伝わってはいませんよ。会う事だけが目的ではないのでしょう?」

迷って相談している彼等に向かって杉乃が口を開いた。

「うるせェ、ばばあっ」

苛立って一人の男が杉乃を突き飛ばしたが、「やめなよっ」と他の者が割って入り、司と同じような薄茶色に染めた女が倒れた杉乃をいたわった。

「ごめんね、おばあちゃん。 あたし達だって本当はこんな事したくないよ・・・でも仕方ない」

半分泣いている。

「いいえ、お気持ちは解ります。だったら尚更このまま引き上げておしまいにならないで、ちゃんとあなた達の気持ちをお伝えしなければ何もなりませんよ。せっかくのチャンスなんです。もしかしたらこれでもう二度とお嬢様にはお会いできないかもしれませんよ」

足の痛みも忘れ、気丈に振舞うこの老女に皆黙ってしまった。

沈黙が彼等を包む。

 本当の要求は、司に伝えたい事があった。 司が哀しむ事だと解っていても、他にどうする事も出来なかった。

 その時、一台の紺色の車が猛スピードで近づいて来たかと思うと、目の前で急ブレーキをかけて止まり、勢いよく運転席のドアが開かれると、紀伊也が下りて来る。

「杉乃さんっ!?」

駆け寄った紀伊也に、皆思わず道を開けた。

「大丈夫ですかっ!? ・・・、お前ら一体・・・?」

杉乃を抱き起こしながら彼等を睨みつける。 が、耳元で言う杉乃の言葉に信じられず、戸惑いながら杉乃と彼等を交互に見つめた。

「 ・・・司のファン?」

杉乃が頷いたのを確認すると、茫然と彼等を見渡した。が、よく見れば、彼等からは何の殺気も感じない。 それよりその辺で歩いているごく普通の若者と何ら変わりはない。

「どうして? ・・・、どうしてこんな事するんだ?」

「お嬢様にどうしても伝えたい事があるそうなのですよ」

「司に? ・・・、でも何で?」

紀伊也にも今何が起きているのか理解できない。

 自分達は、光月家の、しかも司の一番近くに仕える者を誘拐し、司を狙った者からその杉乃を奪還すべくここへ来たのであって、何もファンに会いに来た訳ではない。

しかも、その杉乃は彼等の口添えまでしている。

「司・・・、そう言えば司は?」

喉の渇きを覚えながら辺りを見渡すと、建物の入口からよろけるように出て来る司を見つけた。

「司っ!?」

ゲホっ、ゲホっ、と咽返りながら時折顔をしかめ、それでもしっかりした足取りで近づくと、杉乃に抱きついた。

「良かった・・・無事で・・・、ばあや 大丈夫? どこかケガしてない? ずっと心配だったんだ。 ばあや ・・、ゲホっ、ゲホ ・・・、何で? ・・・、何でこんな事するんだよ・・・」

杉乃から顔を上げようともせずに言った。

ただ、愛しい者を強く抱き締める司を、皆黙って見ていた。

「だって・・・、だって司くん何もしてくれないじゃん。 ジュリエット解散してから何もしてくれないじゃんっ」

一人の女がたまらなくなって口を開いた。

「何も・・・って、歌ってる。雑誌の取材だって・・・」

紀伊也が応えた。

「何もしてねェよ。歌だってあれから何曲出したんだよ。何もしてねェじゃん。アルバムだって一枚だって出してない。ロンドンだかパリだか知らねぇけど、他のヤツの事ばかり。ソロでやるなんて言っておいて、自分では何もしてねぇじゃねぇかよっ」

「そうだよっ、そりゃ事故とかで体壊したかもしれねぇけど、前の司だったらそんな事くらいでへばったりしねぇだろっ? やりたい事やるとか言ってさ、好き勝手な事して俺たち楽しませてくれたじゃねぇかよ。それが何だよっ、解散したとたん大人しくなりやがってっ、司らしくねぇんだよっ」

「そうだよっ、今の自分を大切に、今しか出来ない事やろうぜって、散々あたし達に言ってたじゃんっ。もう司くんにはやりたい事なくなっちゃったのっ!? もう何も出来ないのっ!?」

「司の口から何も聞いてねェよっ!」

溜まっていた物を一気に吐き出すように、皆口々に叫んでいた。

自然と込み上げて来る熱いものに、皆の目は潤んでいる。

「お前ら・・・」

紀伊也は彼等と司を交互に見るが、司は杉乃から顔を上げようともせずに黙っている。

「司っ、何とか言えよっ! もう一度やる気はねぇのかよっ!? 」

「言いたい事はそれだけか」

彼が叫ぶのと司が呟くのと同時だった。

「言いたい事はそれだけか?」

ようやく杉乃から顔を上げると、背を向けたまま立ち上がり、杉乃に手を貸しながら立ち上がらせた。

「ばあや、行こう。皆心配して待ってるよ」

「お嬢様・・」

無表情なその瞳の奥に何か寂しげなものを感じたのだろうか、不安気に司を見上げたが、司は何も語らない。

「紀伊也、行くぞ」

「あ、ああ・・」

戸惑った紀伊也は司と彼等に交互に視線を送ったが、歩き出す司に伴い、杉乃を反対側から支えると車まで誘導して行く。

杉乃を車へ乗せた司は黙って車の中へと入って行った。

「司っ」

「司くんっ」

口々に何か悔しそうに司の名を呼ぶ彼等に、紀伊也はもう一度振り返った。

「司、何も言わなくていいのか?」

堪らず紀伊也は司に言ったが、司は黙ったまま俯いていた。

「司っ」

「うるさいっ、何を言えばいいんだっ!? 早く車を出せっ」

苛立たしげに吐き出すと、シートに拳を叩き付けた。

紀伊也は諦めたようにドアを閉めて運転席に乗り込むと、ハンドルを握りアクセルを踏んだ。

 バックミラーに写る遠去かって行く彼等を見送りながら司に視線を移すと、いつになくかたくなな表情で、窓の外を見ながら杉乃の肩を抱いていた。

 湾岸線を一路都心に走らせる。

 杉乃の肩から手が離れ、ふと司を見上げると、窓に顔を埋めるように向方を向いて肩を少し震わせているようだった。

泣いているのだろうか。

顔を腕で覆っている為、表情こそ分からないが、そう思わせるようだった。 、

 しかし、その額から僅かに滲み出す汗、締め付けられていく左胸、さらには喉の奥から締め付けられるような息苦しさに黙って耐えながら、煙幕の中から聴こえて来る一条智成の言葉が、耳鳴りのように響いているのを感じていた。


『君は襲われる危険も可能性も高いんだ。いつどこでその命を落すとも限らない。・・・ 紀伊也には未来がある。・・残されていく者の事を考えた事があるのかね?』


現にこうして狙われた。

 オレはまた狙われ、いつ死ぬか分からない・・・でも、紀伊也には未来がある。

 いつかは紀伊也と別れなければならない。やはり・・

「・・・封印しなきゃ・・・」

苦しい息遣いの中、思わず呟くと再び意識が薄れ、ずるずるとそのままシートにもたれるように倒れていった。

「お嬢様っ!?」

司の手がずるりと体から落ち、肩の力が抜けたのを見た杉乃が、驚いて司の腕を掴むと、そのまま杉乃の膝の上に覆いかぶさるように上半身が倒れていった。


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