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第十五章・要求(二)


「夢?」

目を覚ましてうつ伏せたまま顔だけを向け、疲れ切った表情の司に聞き返した。

「うん、イヤな夢だ。何度も同じ夢を見て目が覚める。いい加減疲れたよ」

「じゃ、もしかしてさっきも?」

「さっき?」

「クーラー、付けた覚えない?」

「クーラー? ・・・ヤツの冷気を浴びた夢を見た・・・」

「ヤツ?」

「うん、M・・・。疲れてんのかなぁ・・・、いなくなったヤツ等の夢ばかり見るんだ。全員が同じ事言うよ・・・殺してやるって。ふぅー」

何かやり切れない溜息をつくと、目を閉じた。 そして、再び目を開けると、夢の中で探し続け追いかけていた紀伊也が目の前に居る事に安心すると、微笑んだ。

「お前が居てくれる。それだけでいい」

「司?」

「んー、安心したら腹減っちゃったよ、何か作って」

そう言うと、大きな伸びをした。

紀伊也もそれ以上は何も聞かず、微笑んで立ち上がると部屋を出て行った。

 毎日同じような悪夢にうなされ、疲れているのは確かだ。

しかも、紀伊也に大量の輸血をしてから、貧血気味な事も確かだった。

それに加え、あの激しい苦痛の後の静養も十分でないまま、日本に戻って来てしまったのだ。

昨日の番組の後もいつになく疲れていたし、家に帰ってから紀伊也の淹れてくれたコーヒーを飲みながら、何の話をしたかも覚えていない。

本格的に活動が開始出来るようになるまで、最低でも1ヶ月の休養が必要だろう。しかし自分にはもう時間がない。それを考えると、1週間くらいの休養しか取る事はできない。

食事をしながら、1週間は自宅で静養すると言い、仕事もオフにする事を話した。

「もう無理はしない。疲れたら休むよ」

珍しく弱気な司に不安を覚える。

「心配するな。弱気になっている訳じゃない。少しでも長く居たいんだ。だからその為には体を大切にしたいだけだ。 紀伊也と少しでも長く居たいから、さ」

そう照れたように言うと、俯いた。

 それでも毎日悪夢にうなされながら、一日の大半をベッドの上で過ごしていた。

その間、紀伊也も極力自宅にいるようにし、自室にこもって仕事をしていた。


 その1週間のオフも明け、スケジュールの打ち合わせの為、事務所を訪れた二人は取材のオファーの多さに驚いた。

「とにかく、これ全部は無理だよ」

半ばうんざりしながらソファにもたれると、タバコに火を付けて、天井に向かって煙を吐いた。

「ねぇ司さん、これなんかおもしろそうじゃないですか?」

透が一枚の紙を司に渡す。

「へぇー、ホントだ」

言いながら目を細めた。

「何?」

チャーリーが訊く。

「紀伊也の特集だよ。そう言えばソロでやるようになってから、ヤケに紀伊也に人気があんだよな。紀伊也も晃一とかいないからインタビューとか答えなきゃいけないしさ、HPのファンレターにも書いてあったじゃん。紀伊也が変わって素顔が見えて来てかっこいい、とかさ」

「ていうか、何かここ最近色っぽいんですよ、二人共」

「は?」

「専らの噂ですよ。 二人の絡むところが自然過ぎて色っぽいって、誰かが言ってたなぁ。誰だったかなぁ」

「柏崎さんじゃなかった? この前電話掛かってきて、一週間前のテレビ見て、司さんの表情が180度変わったから、また撮りたいって言ってたから」

宮内が思い出したように言うと、透が「そうだ、そうだ」と、思い出したように頷いた。

「柏っちも物好きね。とりあえず、これ受けてよ。おもしろそうじゃん」

「オーケー。じゃ、早速手配しますか。 紀伊也、いつがいい?」

チャーリーが乗り気な皆をまとめると、手帳を広げながら紀伊也に訊いた。

「あのなぁ・・・」

さっきからずっと黙ったままソファにもたれタバコを吸っていた紀伊也は、いささか呆れた。

本人の承諾もなしにどんどん事が運んで行き、いつの間にかスケジュールに入っているのだ。

一つ溜息をつくと、

「俺、なーんも、言ってないんだけど」

と、呆れたように言った。

「あれ? ヤなの? いーじゃん、たまには。 それに特集組まれるなんて滅多にないんだぜ。バンド以来じゃん」

「別に嫌とは言ってないよ・・・」

「じゃ、決まり。それにオレも楽しみだな。 紀伊也がオレ抜きで取材されんのって、今回が初めてなんじゃない? 今まで言えなかった事とか、この際だから言ってみれば? イメージ変わるかもよ」

話をしている内に、司も徐々に調子づいてくる。顔色もずいぶんといい。

「いいですね、それ。ミステリアスな男・一条紀伊也に迫るっていうタイトルなんかはどうっスかね」

透も調子に乗ると、「いーね、いーね」と、宮内も手を叩いて喜んだ。

それに笑い転げる司を横目に諦めると、「勝手にしろ」と呟いた。

 司が喜ぶのであれば、何でもしたい。 司が生きている内にやり残す事がないように、出来るだけの協力はしたいと思っていた。

「で、司さんは、どれ受けるんですか?」

「んー、これにしよっかなぁ」

「どれ?」

「光月司の恋愛論」


 ゲホっ


透が思わずむせた。

「汚ねぇなぁ、つば飛ばすなよバカ。そーいや、前もこんな取材あったけどさ、20歳代前半だったろ? 30歳代になって変わったりしてな。・・あー、そうだ、ルージュなんかも付けちゃおうっかなぁ」

「ルージュうっ!?」

その場にいた全員の腰が上がり、司を覗き込む。

紀伊也でさえタバコを吸おうとして、その手を止めたくらいだ。

「はは・・、おもしれぇだろ。やーっちゃおうっと。ねぇチャーリー、メイクさんに言っといてよ。そーね、薄いピンクのルージュ用意しといてねって」

「ピンク? 赤にしたら?」

その声に驚いて今度は紀伊也に視線が釘付けだ。

「赤ねぇー、似合うと思う?」

少し茶目っ気に紀伊也に視線を送る。

「似合うと思うよ。 ホラ、今流行りのグロスタイプならいいんじゃない? かわいくて」

「そう? 紀伊也がそう言ってくれんなら、そうしよっかな。 じゃ、それで行こう。 って事で、チャーリーよろしく」

目を丸くして驚いているチャーリーに向くと、テーブルに置いてあったコーヒーを飲んだ。


 ******


「司、じゃ、行って来るけど、何かあったらすぐ電話しろよ」

仕度を整えジャケットを羽織ると、ソファに寝転んで本を読んでいる司を見下ろした。

「心配性だなぁ、たかが一泊だろ? 大丈夫だよ」

本から目を反らし、紀伊也を見上げると笑った。

「そうだけど・・・。あと、テレパシーは絶対使うなよ」

「え?」

「この前、眠くなったのだってそれのせいもあるんだ。頼むから絶対能力は使うなよ」

「 ・・・、分かったよ。心配するな、おとなしくしてるよ」

今日から一泊で軽井沢で取材だった。

司一人を置いて行くのは少し心配だったが、打ち合わせの時に調子を取り戻して以来、夢にもうなされる事も少なくなり、体調も良かった事から、余り心配し過ぎると返って司が嫌がるだろう。

「司」


 ん?


見上げるその瞳の先にある唇に軽く口付けをした。

「じゃ、行って来る」

司から顔を離しながら言うと、バッグを持って紀伊也は出て行った。


 その夕方、司は思いがけない人物から呼び出され、不安を覚えながらも黙って出かけた。

都内の、とある料亭の一室に、テーブルを挟んで向かい側に座る一条智成(ともなり)とは、ほとんど初対面と言ってもいい程、会った事がない。

何故か、少し緊張していた。

「息子の事だが」

誰の気配もなくなった事を確認すると、おもむろに口を開いた。『紀伊也』ではなく、『息子』と言った事に少し息を呑んで、次に語られる言葉を待った。

「今は本人の好きにさせているが、あの子も既に30歳を過ぎている。 いまだに独り身というのでは、一条家の面目というものに欠ける。 君も知っての通り、いくつか見合いの話も来ているのだよ。今は全く興味を示さないが、私としては行く行く一条グループの子会社を継がせるつもりだ。 情けない事に、三人の息子の中でも、末のあの子が一番頭が良い。 だから将来は一条グループの経営陣に加わってもらいたいと思っている」

そこで一旦言葉を切ると、座椅子の背にもたれ、まるで司が違う世界の人間であるかのような眼差しを向けた。

「司くんと言うべきか、タランチュラと言うべきか」

一瞬司の表情がこわばる。少しの沈黙の後、司が口を開いた。

「要は、紀伊也を解放しろと。つまりは、ハイエナを封印しろという事か」

話を聞いている内に何となく察しはつく。

「君の事は、みやび君から聞いたよ」

「 !? 」

今度は息を呑んで見つめた。

 つまり、自分が死ぬ前にハイエナを早く封印し、紀伊也を解放しろという事だ。

しかし今の司には、ハイエナという従者よりも、むしろ一条紀伊也という一人の男性が必要だった。

「しかし、それはRに・・・」

苦し紛れに出た言葉だった。

封印するのは、断ると、はっきり言えなかった。

 父親ならば、自分の息子の将来を心配するのは当り前の事だ。

亮太郎もそうだった。だから真一を守ったのだ。

 それにこのまま司が死ねば、紀伊也は間違いなく司の死後100日目には死ぬ。それがタランチュラとに交わされた契約だった。

それを承知で紀伊也は、決して自分を封印するなと言い、いつまでも司の傍に居て守ってくれると言ってくれた。

司にとって、それが最後のとりでのようなものだった。

しかし、それは単なる甘えでしかなかったのが、紀伊也の父親を目の前にして、そう思わざるを得なくなってしまった。


「それに、もしかしたら君は今すぐにでも死んでしまうかもしれないのだよ。次に心臓の発作が起きればどうなるか分からないと、彼も言っていた」

「え?」

帰りの車の中で、隣に座っていた智成を見ると、彼は前を向いたままシートにもたれていた。

「君はいつ死んでもおかしくはないが、紀伊也には未来がある。 君がどれだけ恐ろしい人物かは知っているが、人の心を少しでも持っているのであれば・・・・。 君は、残されていく者の事を考えた事があるのかね?」

自分を勘ぐるように見つめられ、慌てて視線をそらせると俯いたまま開いたドアから出ようとして、ハッとした。

不意に鼻と口に、湿ったタオルを押し当てられたのだ。


 っ!?


ツンとした独特の匂い。これを吸えばどうなるか・・・。

しかし、今の司には抵抗する事すら出来ない程に思い悩んでしまっていた。

「これは君を救う薬だよ。私も君を殺すつもりはない。 ただ考えて欲しい。 こうやって君は、襲われる危険も可能性も高いんだ。いつどこでその命を落すとも限らない。 そうなる前に、私に息子を返して欲しい」

締め付けられる胸の痛みに耐えながら、渡された小さなビンを握り締め、自分の部屋へ辿り着くと、玄関に倒れこみながら彼の言葉に悩み苦しんだ。


 ******


「最近の司さん、ちょっと変じゃないですか?」

雑誌の発売を1週間後に控え、一部を皆で見た後、出て行った司の後姿を目で追いながら透が言った。

「変っていうより、ドキッとさせられるよ。ホラ、例の恋愛論の写真なんか、めちゃめちゃ色っぽいじゃない。これきっと、すっごい評判になると思うな」

宮内がページをめくりながら、ため息をついた。

確かにグロスの効いた淡い赤色のルージュに、物憂ものうげな瞳をした司にはドキッとさせられる。

が、少しはにかんで笑う方が、紀伊也は好きだった。しかし皆の視線はそちらの方に集中している。

「でも、なんか悩み事でもあるんですかね?」

ソロデビューをしてから、特に司に気を遣うようになっていた透は、ヤケに勘が鋭くなっている。

更に、Rからも何か指示でも出ているのだろうか、司が表舞台の仕事をしている時には、よく観察していた。

 皆から離れて一人でいる時に見せる物憂げな表情には、何か思い悩んでいるような節がある。

「もしかして本当に恋愛に悩んでたりして?」

チャーリーは言ってすぐに口をつぐんでしまった。瞬間皆、並木の事を思い出してしまったからだ。

並木が亡くなった後の司の様子は普通ではなかった。やはり本気だったのだと、思わざるを得なかった位だ。

 その沈黙を破るかのように司宛てに電話が入ったと、別のスタッフが告げに来た。が、居ない事を確認すると、困惑したように戻って行ったが、再び戻って来ると、今度は紀伊也を呼びに来た。

「家から?」

司の実家からだという。司がいなければ紀伊也でもいいとはどういう事なのだろうか。

首を傾げながら電話に出ると、弘美からだった。

「あの、杉乃さん、そちらにお邪魔してないでしょうか?」

「いや、来てないよ」

「そうですか。お嬢様からは、何か聞いていらっしゃいませんか? 杉乃さんがそちらに伺うような事を」

「いや、何も聞いてないけど、どうかしたの?」

「・・・、いえ、それでは結構です」

「司には?」

「いえ、ご心配なさらないで下さい。何でもございませんから。失礼します」

簡単なやり取りだったが、何か不安げな声だ。

 また黙って外出をし、司を連れ戻しにでも来るというのだろうか。 しかし、杉乃ももう80歳を超えている。 それに足を少し悪くしているという話だ。

無理な外出はできない筈だが。

受話器を置いて入口に目をやると、髪をかき上げながら司が戻って来た。

「ばあやが?」

「聞いてない?」

「聞いてないよ、そんな話、一言も。またどっか一人で散歩でも行ってんじゃないの?」

別段気にする事もなく答えると、皆の方へと戻って行った。


 ?


杉乃の事になると、いの一番に気にしていた筈だが、余りにもあっさりし過ぎていた司に紀伊也は首を傾げた。

司には今、それよりも何か本当に悩みでもあるのだろうか。ふと先程していた会話を思い出した。




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