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第十三章・Ⅳ・絆(二)

 絆 (ニ)


「心、ここに在らず、ね」

「え?」

脇に寄り添うブロンドの髪から聴こえた。

思わず視線を送ると、そのブラウンの瞳が苦笑いしている。

「あなたは、誰を残して来たの?」

「・・・」

「質問を変えるわね。あなたは、誰の替わりに私を抱いたの? キイヤ」

「何、言ってるんだ?」

驚いてその探るようなブラウンの瞳を見つめた。

「隠さなくたっていいの。私には分かるのよキイヤ。私もあなたと同じだから。あなたもそれ、知ってるんでしょ?」

「キャロライン・・・」

当っているだけに、何も言い返せず、口をつぐんでしまった。

「でも、ショックだわ。今の今まで気付かなかったなんて。今思えばあの頃だって、そうだったのよ。あなたは私だけを見ていたんじゃないのよね。一緒にいても絶えずあなたは誰かの心配ばかりしていた。あの頃は日本に残して来た家族の事かしらって思っていたけど、どうやら違うみたいね。今もずーっと、想い続けているなんて、思いも寄らなかったわ。私ってバカみたい」

怒ったように口をとがらせると、紀伊也の胸をバシッと叩いた。

思わずむせたが、何も言えず黙ってキャロラインを見つめていた。

「でも、バカは私だけじゃないみたいね。 キイヤ、あなたって、相当のバカじゃないの? しかも呆れるくらい大バカかもしれないわね。 ねぇ、彼女がいなくなってからでは遅いのよ。まだ間に合うんでしょ? いい加減目を覚まして、自分に素直になったらどうなのよっ」

そう言って、もう一度バシンッと胸を叩いたが、その手を紀伊也の胸に置いたまま、指でアルファベットを書いた。

「 って、誰?」

「えっ!?」 

ハッとして体を起こし、意地悪そうに見ているキャロラインを食い入るように見つめた。

「そんなに怒らなくたっていいでしょ。別に調べた訳じゃないわ。昨夜、あなたが寝言で言ったのよ」

本当に呆れて溜息をつくと、ふて腐れたように口を尖らせた。


 ******


「心ここに在らず、だな。何、ボケーっとしてんだよ。さっきからパシィが呼んでるぞ」

デスクに書類を広げ、パソコンに向かってはいるが、キーも叩かずモニターをじーっと見ている紀伊也に、トニーは呆れた。

「え? ああ ごめん。パシィ? また何かやったの?」

本当に呆れて溜息をつくと、振り返ってパトリシアに手で合図した。

「電話だよ」

デスクの上の電話が鳴り、受話器を取ると紀伊也に手渡した。

「珍しい事もあるもんだな」

そう呟いて首を傾げながら去って行った。

「ハロー」

「何だ、お前も飲みすぎか?」

呆れたような声は和矢だった。

 オフィスにまで電話をかけて来るなんて、もしかしてっ・・・

「司に何かあったのかっ!?」

 やっぱり・・・

和矢は苦笑しながら溜息をついた。

 ったく、こいつ等は・・・

「いや、何でもねぇよ・・・、ただ、このまま司を放っておいていいのか、と思ってな」

「・・・・」

「このままじゃ ホントにアル中になって、あいつ、やばいんじゃねぇの? 飲んでるのは夜だけじゃねぇぞ、朝から飲みっ放しだ」

先日、司のマンションへ行った時、さすがに驚いた。

一体、一日に何本空けているというのだ。

さすがに心配になってユリアに相談しに行った。

余り期待するような返事ではなかったので、紀伊也に任せようと思ったのだ。

 それに・・

「ところで紀伊也、指令の事は知っているか?」

「指令? 何の事だ?」

「あれ、聞いてない? 司から。 俺の封印を解くように司に下りてんだぜ」

「何?」

意味深な言い方が気に食わない。

「そう怒る事もないだろ、指令だからな。・・・けど、司もいい女になったな」

「何が言いたい?」

「つまり・・・、そう言う事だ。ま、さすがの司も今回ばかりは手こずっているみたいだぜ。じゃあな」

それだけで電話は切れた。

 ツー、ツー という虚しい音だけをしばらく聴いていたが、やがて立ち上がると、パソコンを閉じて書類をしまい出て行った。


 ******


「お前も飲むか?」

軽く頷いたのを確認すると、覚束ない足取りでサイドボードへ寄り、そこからグラスとボトルを出した。

ソファへ戻ると、一つに半分まで注ぎ、もう一つには波々と注いで、半分まで入った方を紀伊也へ渡すと、司は自分のグラスを取り、その場で一口飲んでからソファに座ると、虚ろな瞳で天井に向かって大きく息を吐いた。

 2ヵ月半ぶりに訪れた司の部屋はどこかすさんで見えた。

とにかく酒の空ビンが至る所に置いてある。まるでコレクションでもしているかのようだが、それにしては無造作に置かれ、どう見ても転がっているという言い方の方が合っている。

「司」

「ん?」

「・・・、いや、何でもない」

横目でチラッと紀伊也を見たが、何でもないと言われ、気にする事なく再び天井に目を向けた。

「何しに来たのか、訊かないんだな」

グラスを見つめたまま紀伊也は呟いた。

 自分でも何をしにここへ来たのかよく解らない。

ただ和矢から電話を受けた時、すぐに司の元へ行かなければならないのだと思った。

それに、キャロラインに言われた事を思い出すと、それも気になった。

だが、それは一瞬、他人事のようだと思ったのだが、実はそれが自分の事なのだと思うと、考えずにはいられなかったのだ。

しかし、何をどう考えていいのか分からずにいた。


「何、しに来たの?」

「え?」

不意に司に訊かれ、答を用意していなかった事に気が付いた。

「答える事も出来ないのに、訊いてくれなんて言うなよ」

「何で? 何で司は俺の事、分かるんだ?」

呆れたように言う司に即座に訊き返した。

「何で? ・・・、 はは・・ 何でかな? そう顔に書いてある、からかな」

感情のない笑いを浮かべると、ブランデーをぐいっと飲んだ。

「何年付き合ってると思ってんだよ。 ・・・それに、紀伊也の方がオレの事、わかってる」

そう言って再び笑みを浮かべると、ブランデーを飲んだ。

その間、紀伊也はずっと司を見ていた。

 司の事など何も解っていない。

自分の事すら何も解っていないというのに、何を解っているというのだろう。

ふと、虚しさと可笑しさが入り混じった妙な感覚に襲われ、それを隠すかのように、グラスに注がれたブランデーを半分程一気に飲んだ。

「なあ、紀伊也、・・・お前さ、好きでもないヤツを抱いた事ってある?」

突然何を言い出すのかと思ったが、その質問に頷いた。

「指令の為だ、仕方がない。情報を聞き出すには手っ取り早いからな」

「指令の為、か・・・」

呟くと、残りのブランデーを一気に飲み干し、再びグラスに波々注いだ。

何かやり切れない表情の司を、まともに見ている事が出来なかった。

「和矢の事、か?」

「・・・・」

司は、ふぅーっと、小さな溜息を一つ付くと、再びグラスに口を付けた。

「他に方法はないのか? でもいくら指令の為とはいえ・・・、くそっ」

紀伊也は思わず腹立たしげに何も出来ない自分の手を見つめると、グラスを一気に空にしボトルを掴むと、波々と注いだ。

「紀伊也、オレ・・」

言いかけたところで、玄関のチャイムが鳴ったのに気づいた。

一瞬顔色を変えた司はグラスをテーブルに置いて立ち上がると、紀伊也の手からグラスを取上げた。

「ごめん紀伊也、今日は帰ってくれないか」

先程のやり切れない表情で見つめられると、誰が来たのかを察した。

そして、紀伊也も同じようにやり切れない表情で見つめ返し、黙って頷くと立ち上がった。

再びチャイムが鳴り、司は居間を出て行った。

「何だ、居たのか」

予想していたかのように入って来るなり和矢は言うと、サイドボードからグラスを出して、テーブルの上のボトルを掴んでブランデーを注いだ。

「もう帰るところだ。司、また来る」

紀伊也が、入口に寄りかかっている司の肩に手を軽く置いて言うと、出て行こうとした時、和矢に呼び止められ、その言葉に立ち止まった。


 え?


一瞬、二人は目を合わせると、和矢に向き直った。

「だから、もう終わりにしてやるよ。司を抱くのはこれで最後にしてやると言ってるんだ」

「何言って・・・。まだ指令は片付いちゃいない」

驚いた司は和矢に近づいた。 が、和矢は司には目もくれず、入口で立ち尽くす紀伊也を見ていた。

「その代わり紀伊也、お前はここにいて見ていろ」

「何っ!?」

司は息を呑んで、和矢と紀伊也を交互に見ると、不安な眼差しを紀伊也に向けたが、紀伊也は司にはちらっと視線を送っただけで、睨むように和矢を見ていた。

瞬間、背後から手を廻され、司はそのまま和矢の腕に抱かれた。

「お前もここに居るんだ。そうしたらこれで最後にしてやる」

言いながら司の腰に手を廻すと、肩に顎を乗せて上目遣いに紀伊也に視線を送った。

「本当にこれで終わりにしてくれるんだろうな」

「何言ってるんだ紀伊也、早く帰ってくれっ」

一歩近づいた紀伊也に司はそう叫んだ。

「和矢っ」

「俺がお前に嘘をついた事はあるか?」

ハヤブサの挑戦的な眼に、ハイエナの鋭い眼光がぶつかった。

「わかった」

承知した紀伊也に、司は信じられない眼差しを向け、息を呑んだ。

「そういう事だ司、今日で最後にしてやる。アイツに感謝するんだな」

耳元で囁くと、腰に廻していた手を這わせ始めた。

「紀・・伊也・・?」

その名を口にしたとたん目の前の視界がひっくり返り、ソファに押し倒されると太股に馬乗りにされ、両手を押さえ付けられた。

「紀伊也っ、押さえてろっ」

暴れ出そうとする司を力で押さえ込むと、顔を上げて怒鳴った。

「和矢っ、やめろっ!!」

司は和矢を睨んだが、次の瞬間、力が抜けて、頭の上を見上げた。

 別の手が、司の両手を押さえつけていた。

暴れ出す事も忘れ、息を呑んで紀伊也を見つめると、やり切れない瞳で何かを必死に堪えているかのような眼を司に向けていた。

「紀、伊也・・」

呟いたその唇を和矢に塞がれるが、その視線は紀伊也に向けられていた。

「こんな時でも冷静でいられるんだな。お前の大事な女が他の男に抱かれるのをよく平気で見ていられるもんだ」

司から顔を上げると、呆れたように見上げた。

「お前が和矢でなかったら、すでに息の根を止めてるっ」

喉の奥から絞り出すように苦し気に言うが、その眼は明らかにこの上ない怒りを露わにしていた。

「ふっ、まあ、いい。じきに終わるから待ってろ」

内心本当に呆れると、再び司の耳元に顔を埋めようとしたが、司が暴れ出した。

「やめろっ! 紀伊也も離せっ! やめろーっ!」

「しっかり押さえてろっ」

紀伊也の手にも力が入るが、今にも泣き出しそうな司の顔をまともに見る事が出来ず、思わず顔をそむけた。

「司、こらえてくれっ。これでもう最後だと言ってるんだ」

「い、いやだっ、和矢っ、頼むからやめてくれっ、何度でも抱かれてやる・・・けど、紀伊也の前ではやめてくれ・・・」

「何か言ったか? 聞こえなかったぞ」

司の耳元で囁くように言った。

「頼む、和矢、やめてくれ・・・、紀伊也の前でだけはやめてくれ・・・頼むから・・・、紀伊也の前だけは、やめて・・・、お願い・・っ」

最後には懇願こんがんしていた。

 和矢は内心ようやくホッとすると、口の端を上げた。

「そうだよな、やめて欲しいよな。大切な男の前で他の男に抱かれるのは、たとえ指令でも嫌だよな」

言いながら紀伊也に視線を送ると、紀伊也は、ハッとしたようにその手をゆるめた。

その瞬間司は紀伊也の手を振りほどくと、和矢を押し退け転がるようにソファを下りた。

肩で息をし、両手で自分を抱き締めた。その視線は宙を彷徨さまよっている。


 はぁ、はぁ、はぁ・・・


司の荒い息だけが、しばらく静寂に響いていた。

その間和矢は体を起こすと、テーブルのグラスを取上げ一口飲むと、一息ついた。

「ったく、こうでもしないとお前ら自分に正直になれない訳?」

呆れてもう一つ溜息をついた。

「いい加減気づけよっ! 司っ、お前は秀也や亮がいなくても生きてはいけるけど、紀伊也がいなくなったら生きてはいけないって、解ってんだろっ!? お前にはもう時間がないんだっ、限られた時間の中でお前にとって、一番大切なものは何かもう一度よく考えてみろよっ。今ならまだ間に合うだろっ! 紀伊也っ、お前だってそうだっ、今までこいつと何年付き合ってんのか知らないが、ただ使命に忠実に司を守って来た訳じゃないだろっ!? 司にはもう時間がないんだっ、お前が司と一緒に居られる時間はあとどれ位あるか分からないっ。・・亡くしてからじゃおせェんだよっ! 限られた時間の中で司を大切にしてやれよっ!!」

一気にまくし立てると、やり切れない切ない眼を司に向けた。

「和矢・・、どうしてそれを・・」

立っている事もやっとの状態な程の衝撃を受けた。

一番知られたくない人物に知られてしまった。

 それに、和矢の言っている事がよく解らない。というよりは、今までずっと胸につかえていたもやもやとしていたものが、一つの質問となって自分自身に問いかけ始めた気がするのだ。

「ユリアの様子がおかしかったんだ。だから問い詰めた。・・・そしたら・・っ!」

和矢は司を見つめると、悔しそうに唇を噛んだが、何としてもやり切れないし、納得がいかない。

「和矢、何の話だ。司に時間がないって、どういう事だよ・・・和矢っ!」

紀伊也は和矢の眼が先程とは全く違う、昔の司の親友だった頃の若宮和矢の眼をしている事に気付いた。

あの頃の和矢は自分の身を犠牲にしてまでも、嘘をつく事を得意としていた。

そう言えばニューヨークのオフィスで受けた電話での話し方が、少しおかしかった。

まるで自分の気持ちを探るようだったのを思い出す。


「司は、もう生きられない」

「言うなっ」


和矢の言葉と、それをさえぎる司の悲鳴が重なった。

「長くて5年・・・あるかどうか。次に能力を使えば使う程に寿命は縮まっていく。それに、発作が起きても同じなんだよ・・・、紀伊也・・こんな事って・・・。俺達が命がけで守って来た司が、俺達より先に死ぬんだ・・・、こんな事って・・・あっていい訳がないっ・・・、紀伊也っ」


 そんな・・・ 


和矢はがっくりとその場に膝を付くと、すがるように紀伊也を見つめた。

紀伊也はそんな和矢を茫然と見つめた後、司に視線を送ると、司は思わず眼を反らせて唇を噛んだ。

「司・・・、何なんだよそれ・・・。そんな事、聞いてないぞ・・・、何で、言わない? 司? 何故言わないんだっ!?」

「言ってどうしろっていうんだよ・・・どうにもならねぇだろ・・・。お前に言ってどうしろっていうんだよっ!? どうにかしてくれんのかよっ!? もうっ、どうにもならねぇよっ!!」

司も紀伊也もどこに何をぶつけていいのか分からず、互いに怒鳴り合っていた。

 二人の怒鳴り合う声に、ビクンっと体を震わせ、慌てて頭を振った。

「司、封印してくれ」

自分の体が痙攣けいれんしていくのが分かる。

これ以上耐えられるか分からない。それを必死でおさえていた。だが、負ける訳にはいかない。

和矢の様子がおかしいと感じた司は、近づいて顔を覗き込んで息を呑んだ。

何かに必死で耐えているのか、目が血走っている。

「どうした?」

肩に手をかけようとして、それを払い除けられた。

「頼むから封印してくれ。ヤツの気が俺に完全に移る前に封印しろっ。でないとお前ら二人は永遠に苦しむ事になるっ」

「何、言ってるんだ?」

今度は和矢の言葉に理解できない。

「サラエコフの気は、翔にもりついたし、俺にも来てる。翔は気付かなかったが俺には分かる。あの時、並木を殺せと命じた翔は、翔ではなかった。ヤツに支配されていた。お前を束縛そくばくし、全てを支配したくなるんだ。 ほんのわずかな心の隙間の欲が一気に目覚めるんだ。 そんなバカな事があってたまるかって思ったけど、ヤツの気は本当だった。今、ヤツの気は俺の中にあるんだ。 だから今、俺を封印すれば一緒に封印できるかもしれないっ。だから封印してくれっ!」

「でも」

「司っ 何をためらっているっ!? 指令が何だって言うんだっ!? お前には時間がないんだぞっ。このままタランチュラとして指令だけに忠実な使命の為だけに生きていていいのかっ!? 違うだろっ、光月司として、お前自身の為に生きてみたらどうなんだっ!?」

チッと舌打ちすると、和矢は更に続けた。

「それに、俺はお前らと心中する気はない。サラリーマンって平凡な暮らしだけど、なかなか捨てたもんじゃねェんだぜ。紀伊也にも勧めたいよ。それに、俺はお前が死んでも生きる。自分の為に生き続けたいんだ。だから封印してくれ」

和矢の言葉の一つ一つが胸に突き刺さっていくようだ。

余りにも和矢と離れていたせいか、和矢の事を忘れてしまっていた。

それに司自身が心を閉ざしてしまっていた事にも悔やまれる。

和矢はやはり、ただの同志ではなく、親友なのだ。

『俺はお前のシモベに成り下がるつもりはねぇよ』

そう言われた事があった。

 一番楽しかった高校の3年間、和矢を始め他の友人達に囲まれ、辛らつな事も言われ、何度喧嘩をしながら過ごした事だろう。でもそれが、他人に対して、心を開くきっかけとなった。

 亮の死を乗り越えられたのも、秀也だけのお陰ではない。 

あの時、和矢が止めてくれたから 生きている事が出来ているのだ。

そして、今も和矢が自分にとって、大切なものを導き出そうとしてくれている。

しかし、もし今、封印してしまえば、もう二度と会う事は叶わないだろう。

「何をためらっているっ、早くしろっ! ・・・、司、もう一度言うぞ、俺はお前らと心中する気はないっ! あの時も言ったろ、俺はもう指令は受けたくないと、その為だけに生きるのはうんざりだ。自分の人生だ、自分の為に生きたいって、そう言っただろっ。それに、お前には俺はもう必要ない。司に必要なのはそこに居る紀伊也だっ」

そう言って真っ直ぐ 紀伊也を見つめた。

その目は以前、封印される前に約束を交わした時に見せた、あの目と同じだった。

『司を頼む。最期まで守ってくれ』

そう言っているようだ。

紀伊也も和矢を真っ直ぐに見つめ返すと、黙って頷いた。

「和矢、お前を封印してもオレ達は親友だ」

「ああ」

二人は互いの信頼を確認し合うかのように笑った。

「司、死ぬなよ」

和矢の最後の言葉を聞くと、司は両手をかざして、全神経をその手に注いだ。

 次の瞬間、テーブルの上のグラスが全て音を立てて割れると、和矢はがっくり膝をついてその場に倒れた。

「紀伊也、和矢からのプレゼントだ」

そう言うと、振り向き様に紀伊也の右手首をその両手で掴むと、ハヤブサの能力を送り込んだ。

時間にしておよそ1分程の出来事だった。

 全てが終わり、司が肩で息をしながら紀伊也の手を離すと、紀伊也はその場に崩れるように気を失って倒れた。

そして、和矢の耳元で何かを囁いて、指をパチンと鳴らすと、夢遊病者のようにふらふら立ち上がり、部屋を出て行った。

その姿をじっと見送っていた司は、覚悟していたかのように、胸に走る激痛と激しい頭痛に耐えながら寝室へ入って行った。



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