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第十三章・『運命』・Ⅳ・絆(一)

司の事を知ってしまった和也と紀伊也、二人は・・・。

『運命』・Ⅳ 絆 (一)


「司、飲みすぎなんじゃないか?」

ブランデーの入ったグラスを目の前に置くと、祐一郎は少し心配そうに司の顔を覗き込んだ。

飲みたい気持ちはよく分かる。

 しかしこの二週間、毎夜店に顔を出すと、カウンターの隅で一人黙って閉店まで飲み続けていたのだ。

顔を上げようともしない司に軽く溜息をつくと、去って行った。

 軽井沢から東京に戻って来た翌日から祐一郎の店で飲み明かし、自分のマンションまで一時間かけて歩いて帰っていた。

昼間の取材中も、インタビューには卒なく応えてはいたが、ボーっとしている事の方が多く、スタッフの言葉もまるで聞こえていないかのように、ニ・三度繰り返し聞いていた。

 毎晩祐一郎の店で飲み明かしている事を紀伊也は知っていたが、隣に腰掛けても気付いているのかいないのか、顔をこちらに向けようともせず、一人黙って飲む司を今はそっとしておくしかなかった。

 それからしばらくして、祐一郎の店に顔を出さなくなったが、毎夜何処かの店で飲み明かしていた。

突然司が店に現れる事で、店内はざわついたが、恐ろしく静かで余りにも近寄り難いオーラをかもし出していたせいか、誰一人として声を掛ける者はいなかった。

大抵はバーで飲み明かしたが、たまにクラブハウスなどに行き、好きなように踊っている者を見ながら飲む事もあった。

そんな生活が2ヶ月程続いていた。


 とあるクラブハウスに顔を出した時、スーツ姿の客が多い事に気が付いたが、気にもせずカウンターへと行く。

「あれ司くんじゃない? 毎日違うクラブに出入りしてるって、噂だったけど、今日は大当りね」

同じ部署の後輩が嬉しそうに同僚に話しかけていた。

 司はいつものようにドリンクを注文すると、カウンターに寄り掛かってタバコに火をつけ、ホールを見渡した。

今夜もまた、誰もが自分に酔いしれて身体からだを揺すっていた。

 ふぅーっと溜息にも似た息を吐きながら煙を吐くと、隣で誰かが同じようにカウンターに寄り掛かってタバコに火をつけ、同じように溜息をつきながら煙を吐いている。

「ずいぶんと、荒れてるみたいだな」

「そんな事ねぇよ」

もう一服吸って両肘をカウンターにつくと、煙を吐いた。

「秀也に何か言われたのか?」

「・・・・」

黙って視線を向けると、和矢は司に睨まれた気がして首をすくめた。

「愛している・・・と、これからもずっと愛していると、言いやがった・・・」

司はチッと前に向き直り舌打ちすると、グラスに口を付け、一気に半分程までバーボンを空けると、再びタバコを吸った。

「馬鹿な男だな」

「ああ」

天井に煙を吐きながら苦笑しようとしたが、それも出来ずに虚ろな瞳で宙を見つめた。

「そして馬鹿な女は、お前か」

フッ、和矢の言葉に思わず苦笑し、横目で和矢を見ると、紺色のスーツに青いシャツに淡い黄色のネクタイを締めているのに気づいた。

それを見て更に笑ってしまった。

和矢も司の視線をネクタイに感じたのか、思わず苦笑してしまった。

「そういや、もう一人のお前の忠実なシモベはどこに行った?」

和矢もグラスを手に取ると、バーボンを一口飲んだ。

「ふんっ、お前と一緒にするな。あいつはオレのシモベじゃない」

少しムッとして言い返すと、グラスに口を付けた。

「愛想つかされたのか? 酒におぼれる光月司、どっかの雑誌の表紙を飾っていたぜ」

「飾る程の事じゃねぇ、ヤツ等が勝手に勘違いしているだけだ。それに紀伊也はこっちの仕事が一段落したから戻って行ったまでだ。お前まで勘違いしてんじゃねぇよ」

 そう?

チラッと横目で司に視線を送った後、タバコを吸って上に向かって煙を吐いたが、再び横目で司を探るように見ていた。

司は溜息を一つ吐いて残りのバーボンを一気に飲み干すと、タバコを灰皿に押し付けた。

「なあ、和矢、うちで飲み直さねぇか」

フッと笑うと、和矢もタバコを灰皿に押し付けた。


 ******


「今日は気を送らないんだな」

枕に頭を埋めた司の口元で不思議そうに言った。

「そんな気にならねぇよ」

言いながら視線を反らせた。

 何故今夜、自分から和矢を誘ったのかは解らない。

以前、秀也の代わりになってやる と言われたからだろうか。

さっき、和矢から訊かれた時も、素直に口に出していた。

『愛している、これからもずっと愛している』

そう秀也に言われた時、まだやり直せると思っていた自分が哀しかった。


『秀也の事が好きなんだ。これって、一緒に居たい理由にはならない?』


その言葉から始まった二人の8年だった。

好きだから一緒に居る事は可能だったが、愛していても、それだけで残りの人生を一緒に過ごす事は不可能な事がある。

司にはそれが解ってはいたが、解ってはいても、どこかで諦める事が出来ないでいた。


「司、今夜は秀也の代わりにお前を抱いてやるよ」

そう優しく言うと、その冷めた薄い唇に自分の唇を重ね、司を夢の中へと導いて行った。

 まるで、悪夢から醒めたように司の耳元に埋めていた顔を上げると、和矢は「またか」と自分の体が支配されているのを感じながら司に口付けをしていた。

 はぁはぁと、乱れた息を整えながら虚ろな瞳で宙を見つめている司が哀れでならない。

が、急に冷めた眼差しを司に向けた。

「お前の大切だった男は今頃どうしているんだろうな? お前がこれだけ寂しがって泣いているのに、愛していると言うだけ言って、どこかへ行ってしまったのか? 」

司には、まるでヘッドフォンを通して聴いているかのように、耳の奥まで響いて来る。

思わずギュッと唇を噛み締めた。

 司の今にも泣き出しそうな切ない顔を見た和矢は、頭の中の残った片隅で『やめろっ!』と、叫んでいた。

が、その叫びも虚しく掻き消されていく。

「司、お前のもう一人の大切な男はいつ帰って来るんだ?」

「さあな」

 くっくっ・・・。 思わず和矢は苦笑した。

 まだ、何とかなるかもしれない

和矢の含み笑いのような微笑に、思わずムッとして睨み付けた。

「否定はしないんだな」

「何がっ」

「いや、何でもない。・・・、もしかしたら、もう帰って来ないんじゃないか?」

「ふんっ、仕事が落ち着けばまた戻って来んだろ。まだ、レコーディングだってあるんだ」

「そっか、やっぱりアイツはお前に忠実なんだな」

「そんなんじゃねぇよ。お前と一緒にするなと言っているんだ」


 俺と一緒にするな、か・・・


「大事にされてんだな・・・。何だか、けちゃうなぁ」

そう呟いたとたん、ハヤブサの大きな翼が羽を広げ、組み伏せると鋭い爪と口ばしが、柔らかい獲物の肌に食い込んだ。


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