外伝・出逢い(三)
出逢い(三)
「ヒエーーっ、やっぱり来るんじゃなかったっ・・・、さっみィよぉ・・・」
全身をスキーウェアに身を包み、鼻に手を当てながら身震いした。
「寒いのは当り前だろ、スキーは雪がなきゃ出来ないんだから」
呆れた目で司を見ると、晃一はストックを付いて一歩前に出て、勢いよく蹴り出した。真っ白な広いゲレンデにシュプールを描いて行く。
後ろから見れば、滑らかに描かれた線を作って行く晃一は、気持ち良さそうだ。
「じゃ、お先」
続いてナオと竜一も同じように蹴り出した。
どんどん遠去かって行く三人を感心したように見送るが、何分この寒さの中、体がいう事を聞かない。というよりは、本人が動くのを拒否していた。
この急な坂を滑降すれば、冷たい風を受けるのは目に見えている。
想像しただけでも嫌気が刺す。
「司、行かないの?」
身動き一つせず、じっとしている司に、紀伊也と秀也が心配になって近づいた。
「紀伊也、お前よく来る気になったな」
まさか紀伊也までが行くとなっては、司も行くと言うしかなかった。今更ながら晃一の策にハマった事を後悔し、また半分紀伊也を恨んだ。
「司の了解得ずに返事しちゃったのは悪いと思ってるよ。 けど・・ まあ、来ちゃったんだし・・・」
「いいよ、司、怖がらなくても。一緒に滑ってやるから、なっ」
秀也も顔を覗きこむ。
「・・・ったく、誰が、できねぇ、なんて言ったんだよっ」
二人を睨んで、ぼそっと呟くと、観念したように蹴り出した。
「へぇ、なかなか上手いじゃん」
感心したように言うと秀也も滑降していく。
一つ山を降りた所にログハウスのレストランを見つけると
「オレ、休んでくから先に行ってて」
と、秀也に言い、スキーを外して中へ入った。
「うー、さみィ・・・、もうやってられるかっ」
ブーツの金具を外し、グローブを取ると暖房の近くの席に腰掛け、カフェオレを注文した。
かじかんだ手をカップで温める。
***
『ホントは行きたくなかった?』
飛行機の中で隣に座った秀也に訊かれた。
『別に』
ぷいっと横を向くと、狭いシートに体がぶつかり、思わず舌打ちした。
機内に入るなり思わず呆然としてしまった。
チケットは自分で手配するべきだったと後悔して、ちらっと紀伊也を見ると苦笑しているのが分かる。
『仕方ない、諦めよう』
文句を言おうとして、そう送って来た。
機内食が運ばれて来たが見向きもしない。ワインを注文し、それだけ飲んで、辛うじてパンだけをかじった。
『食欲ないの?』
『別に』
『なら、いいけど』
秀也の心配をよそにワインを飲み干すと、我慢して眠る事にした。
***
「ったく、何だってあんな狭いシートに10時間以上も座ってなきゃなんねぇんだよっ。お陰で足はむくむし、降りたら降りたで寒いし、部屋の暖房は半分壊れてるっ」
カップのカフェオレにぶつくさ文句を言い始めた。
昨夜から溜まっていた事だった。
今までイヤと言う程飛行機には乗っていたが、ファーストクラスかビジネスクラスにしか乗った事がない。小さなエアバスは別としても、それも飛行時間は短く我慢は出来た。しかし今回は余りにも長かった。到底我慢できるものではなかったし、それも限界に来ていたのだ しかも宿泊先のホテルの部屋の暖房の威力は弱く、最大にしても半分以下で温度が上がらないのだ。昨夜は厚手のスウェットスーツにフリースのパーカーを着て、布団を頭からすっぽり被って寝た位だ。お陰で身動きが取れず、寝た気がしなかったのだ。
程好く体も温まったところで、今度はうとうとし出し、とうとうテーブルに突っ伏すと、目を閉じてしまった。
皆に朝早く叩き起こされ、ゲレンデへ連れてこられたのだ。
やっと一人になれ、ホッとしたところで、眠気に襲われた司だった。
「あれ? 司は?」
昼時、麓のレストハウスで集った時に、ふと司がいない事に晃一が気付いた。
最初に滑り出したのを見た時は、どこで練習したのか、なかなかやるなと少し感心して見ていたが、すぐに自分の世界に入ってしまった。
「休んでから行くって言ってたけど」
思い出したように秀也は山の上の方を指した。
「じゃ、もう少し待つか」
5人はスキーを外すと中へ入り、窓際の席で食事を取りながら司の来るのを待った。
が、1時間しても現れない。
「迷ったか?」
ナオが心配して言う。
「コースは言ってあるんだ。迷ってもここで落ち合う事にしてたから大丈夫だろ」
食後のコーヒーを飲みながら晃一が応えた。
更に1時間が過ぎたが、姿を現さない。
一眠り終えた皆もさすがに不安を募らせたが、気まぐれな司の事だ、きっとどこかで女でもナンパして遊んでいるのだろうと思い、
「なぁ、交替で滑りに行かないか?」
との晃一の提案に賛成すると、晃一とナオが先に行ったが、秀也と竜一はずっとゲレンデを見つめている。
「いいよ、二人共行って来て。俺、司待ってるから」
「でも・・・」
「気にするなって。俺はもともと通訳で連れて来られたんだから」
笑いながら言う紀伊也に、じゃぁ、と二人は内心喜んで出て行った。
二人を見送りながら、紀伊也は溜息をついた。
-まったく、司のヤツ。皆の迷惑の事何も考えないんだから・・・。でも、何処へ行ったんだ?
何かあったら連絡くらいする筈だ。それとも指令でも下りているのだろうか。
-それにしても・・・。
紀伊也は目を閉じて何度となく呼びかけてみた。 が、応答がない。
そして、もう一度。
『司、いい加減にしてくれっ。何処にいるんだよっ』
『 ・・・、うるせぇなぁ・・・、もう少し寝かせろ、ばかっ。ZZZ・・・』
「え・・・?」
思わず顔を上げた。
一時間程して、晃一とナオが戻って来ると、紀伊也は一人コーヒーを飲みながら雑誌を読んでいた。
「司は?」
「・・・寝てるかも」
「は?」
「何となく、そんな気がする」
「寝てるって、何処で?」
「最初に入ったレストハウスで。俺、行ってくるよ」
雑誌を閉じて立ち上がるとウェアを着た。
「行くって上まで?」
「うん」
「って、お前、上まで行くのに1時間掛かるんだぜっ。それ承知!? しかも、これから行ってもゴンドラの上のリフト、動いてるかどうか分かんないぜっ。もう時間ねぇよっ」
「行ってみなけりゃ分からないだろ。とにかく行ってみるよ。だから晃一達は先にホテル戻ってて」
そう言うと、サングラスをかけグローブをすると出て行った。
「チッ、仕方ねぇな。ったく、司のアホがっ。ナオ、行くぞっ」
結局5人で朝一番に行った頂上へ着くと同時にそのリフトは止まり、辺りも夕闇に包まれようとしていた。ナイター設備がない為、灯りも所々にしかない。
しかも山の上だけあって、すっかり冷え込んでいる。
さすがに5人も身震いしたが、急いで滑り降りる事にした。
15分程で、山を一つ降りた所のレストハウスを見つけたが、既に閉まっており人の気配はない。
「確かに、ここに入るって言ったんだよな?」
晃一が秀也に確認する。
「下か・・・」
再び5人は滑降して行く。
半分降りた所で、木の陰から一つレストハウスが見えたが、ちょうど灯りが消えたところだった。
慌てたように一気に滑り降りたが、人の影はない。
その間にもどんどん日は沈んで行く。
レストハウスも通り過ぎ、更に15分程下りて行くと、突然目の前の視界が開け、見下ろしてみると、急な角度のこぶ山がいくつかあるゲレンデに出た。
薄暗い中、何人かのスキーヤーが足を捕られながら滑降している。
迂回しようと思った時、紀伊也が声を上げた。
「あーーっ、司っ!」
見れば、下の方で大きなこぶに足を捕られながらも、器用にジャンプしながら滑降している司を見つけた。
「げっ、マジかよ・・・」
5人共、一気に滑り降りて来た為にそろそろヘトヘトだ。
が、仕方がない。滑りやすいこぶを見つけるとそれに沿って下りて行く。
「司っっ!!」
晃一が叫んだ。
え?
ハッと振り返った拍子に、勢いよくスキーが滑り出した。
「うっわーーっ、何なんだよーーっ!?」
勢いがよ過ぎて、長い板を操作しきれない。
「おーっ、すっげーっ、あいつ飛んだよ。・・・おーっ! 回転までしてやがるっ、ハハハっ・・・、なぁにアクロバットやってんだ・・、ギャハハ・・・、だっせぇーっ」
晃一の声にかぶって、司が宙に跳ねたかと思えば空中で一回転し、そのまま直滑降しながらこぶの上をぴょんぴょん飛んでいる。 最後には、下の平らな所でひっくり返って大の字で滑りようやく止まった。
その一部始終を見ていた晃一は大笑いすると、すぐに司の後を追った。
「おーい、大丈夫かぁ?」
言いながら勢いよく司の目の前で止まり、雪を思い切り浴びせると、雪に埋もれた司を見下ろした。
「ばかやろ・・・、はぁ、死にそ・・・」
起き上がろうとして、他の4人にも次々と雪のしぶきを浴びせられ、再び雪に埋もれた。
ようやく晃一の助けを借りて起き上がると、まず晃一の罵声を浴びた。
「ったく、てめェ、今まで何してやがったっ!? みんな心配したんだぞっ。 ったく、いつもいつも勝手な事ばかりしやがってっ。みんなに迷惑掛けてるって分かんねぇのかっ!?」
「あのなぁ、心配ったって、自分達は自分達で勝手にやってたんだろ。オレは休んでから行くって、ちゃんと断ったぜ。それに迎えに来てくれなんて頼んだ覚えはねぇよ。待ち合わせの場所は決めたけど、時間までは決めてねぇだろ」
全身の雪を払い落としながら言う。
「そりゃそうだけど・・・、って、お前、ずっと休んでたの?」
「当り前だ。ったく、やってられっかよっ。だいたい昨夜は誰のお陰で寝れなかったと思ってんだよっ」
髪の雪を払い落としながら晃一を睨んだ。
眠れなかったのは寒さのせいだけではなかった。
くじ引きで同室になった晃一のいびきがうるさかったのだ。
何度となく枕を投げ飛ばしたが、それも無駄だった。
「今夜、いびきかいてみろ・・・、てめェ、ぶっ殺してやるっ」
そう言うと、ストックの先を晃一の鼻先に突きつけた。
「ったく、いびき位で何だよ。 お前がそんなに神経質だとは思わなかったぞ」
「いびきにも限度! ってもんがあんだっ。それをてめェは・・・っ ねぇ、ナオ、部屋代わってっ」
二人がよく寝泊りしているのは知っていた。 ナオなら大丈夫だろう。
「いいけど」
確かに晃一の疲れている時のいびきは酷いものだったが、全く眠れなくなる程我慢できなくもない。
気持ちが解るだけに、ナオも司には同情した。