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第十三章・Ⅲ・別離(二)

別離


 成田空港に降り立つと、紀伊也が迎えに来ていた。

しばらくロンドンで、知り合いのミュージシャンのプロデュースをしていたが、その事が日本の事務所に伝わり、もう一度日本でやってみる気はないかと、チャーリー達スタッフから誘いを受け、司としても考えた挙句、皆とやってみる事を決めて帰国したのだ。

その知らせは透からすぐに紀伊也に伝わり、紀伊也もすぐに帰国をし、準備を始めた。

「久しぶりだな、紀伊也」

「司も元気そうで・・・、安心したよ」

二人は笑顔で握手を交わすと、紀伊也の車に乗り込んだ。

「紀伊也、悪いけど秀也んとこ、電話して」

キーを差込み、エンジンをかけた紀伊也に言った。

一瞬司を見つめたが、ポケットから電話を出すと、アドレスを呼び出して黙って司に渡すと、アクセルを踏んで車を走らせた。

 司の耳元で、呼び出し音が鳴る。

4、5回の呼び出し音が、とても長く感じた。

「はい」

温かい懐かしい声に、思わず息が詰まりそうになった。

「もしもし、紀伊也?」

「 ・・・、オレだよ、秀也」

一瞬息を呑んだ秀也は、目を閉じた。

「司・・・」

「聞いたよ、晃一から。オレが行かないと形にならないから来いって。それに、オレが行かないと、紀伊也も行かないみたいだから」

ちらっと横目で紀伊也を見ると、無言のまま前を見てハンドルを握っている。

「だから行かせてもらうよ・・・、秀也、おめでとう ・・・、良かったな」

窓の外の流れる景色に目をやった。


『司、秀也が結婚するってよ』

そう晃一から電話をもらった時、何を言っているのかよく解らなかった。 が、しかし冷静に考えれば、当り前の事なのだ。

秀也の望む幸せは、自分では役不足だった。

『お前が秀也の事、今でもどう思ってんのか知らねぇが、吹っ切れてるなら、式くらい来いよ。仲間として祝ってやろうぜ。 ・・・、それに、お前が来ねぇと何も始まらねぇ』

晃一の無神経な言い方に腹立たしいものを感じたが、返ってそれが司の中で、秀也に対する想いを断ち切ったような気がしていた。


「司、ごめん。俺・・・」

「何も謝る事ねぇだろ。ま、これからオレとしても忙しい身になるから、その合間を縫って行ってやる訳だから、しょうがねぇけど」

「忙しい身?」

「うん、今度ソロでやる事にした」

「ホント?」

「やーっと、やる気になったよ。ま、楽しみにしてて。とにかく、オレと紀伊也は、お前の結婚式には行くから、ちゃんとセッティング頼むよ。じゃ、また」

「司」

「ん?」

「 ・・・、ありがとう」

「ああ」

電話を切ると黙って紀伊也に返し、窓の外の流れる景色をずっと見ていた。


 ******


 それから1ヵ月後、司の活動が開始され、ソロデビューに向けての日程が決まると、周りは慌しくなった。

 司がステージの上で倒れてから、4年の月日が流れていた。

ソロで活動すると言っても、ツアーをやる気は全くなかった。

テレビ出演も抑えていた。

CDとアルバムの発売だけで、他はロンドンでのプロデュースに加え、パリでも同じようにプロデュース活動をする事にしていた。

日本での音楽シーンもすっかり変わり、司としてもニースでの生活が長かったせいか、日本に住む事にためらいを感じたせいもある。恭介とも相談した結果、そうする事にしたのだ。

 紀伊也も生活の拠点はニューヨークに残していた。

司が活動を再開するに当たり、何のためらいもなく連いて行くと言い切ったが、今のビジネスを辞める気はなかった。

二人共、二足のわらじを履く事になるが、それは不可能ではなかった。

事務所側も少し不服そうだったが、仕方がない。時の流れには逆らえない。

そうする事で、司が活動してくれるのであれば、チャーリーも透も宮内も、喜んで司について行くと言った。


 そんなある日、司のマンションに、4年ぶりにメンバー5人が集まった。

「久しぶりだなぁ、こうして5人集まるの」

感慨深げに言う司に、他の4人は黙って司を見つめた。

「皆には迷惑かけたな。心配掛けてホントごめん」

司は頭を下げた。

皆に頭を下げるのは、これが初めてだ。

「ホントに心配したんだぞ、ばかやろうがっ」

思わず晃一は、司の頭をいつものように思い切りはたいた。

「ッテェな 何すんだよっ。本当に悪いと思ってんだぞ」

頭をさすりながら晃一を睨み付ける。

「 ったく、ホントに悪いと思ってんなら、もっと俺達にわがまま言ってみろ。 な、司、もう一人で何もかも抱え込むなよ、俺達、仲間だろ」

そう言って晃一は司の頭を抱え込んだ。

「わかったよ」

素直に呟くと、晃一の腹に一発拳を叩き付けた。

 ッテ・・っ!

晃一は司を放すと、司を睨み付けたが、次の瞬間二人は目を合わせると、ニヤッと笑って右腕をかざし、ぶつけ合った。

ステージに上がる前に必ずやっていた合図だった。

「なあ、今日集まったのって、オレのソロデビュー祝いだろ?」

「そーだったな。じゃ、始めますか」

晃一が三人を見渡すと紀伊也がシャンパンの栓を開け、5つのグラスに注いだ。

一人一人グラスをかざす。

「じゃ、司の復活に乾杯」

「っと、それと、秀也の結婚に、乾杯」

司が秀也を見ながら付け加えた。

一瞬固まった4人だったが、何事もない司の視線を感じると、安心したように頷いてグラスをかざし、一気に飲み干した。

 4年もの空白を感じさせないような時間が過ぎて行く。

次々にワインのボトルが空き、ブランデーのボトルが空いていく。

大きな笑い声が部屋中に響き渡っていた。

「なぁ、紀伊也、お前何でそこまで司について行く気になったの?」

紀伊也の隣に腰を下ろすと、タバコに火をつけながら晃一が訊いた。

少し先の床では、秀也を挟んで司とナオが笑い転げている。

「最初からそう決めていたからな」

あっさり言うと、大はしゃぎしている司を見つめた。

「紀伊也って、もっと薄情な男かと思ってたけど逆なんだな。 俺らん中で一番一途(いちず)で熱いの、お前なんだな」

「は?」

「え゛え゛ーーっっ!! マジでーーっ!?」

紀伊也が聞き返すのと、司とナオが驚きの雄叫びを上げるのが同時だった。

 一瞬静まり返ったが、司が振り向いた。

「晃一、知ってたかよっ!? 秀也、親父になるんだってっ!」


 え?


晃一と紀伊也は、一瞬目を合わせ互いに同じ事を考えたが、次の瞬間二人共に大きな声で驚くと、秀也を囲んだ。

その後の司のはしゃぎ方は異常だった。というよりは、久しぶりとでも言うのだろうか。

 デビューしたての頃の慣れない環境と不安と緊張の中で、一人はしゃいで皆の不安を取り去るように振舞っていた時と同じだった。

そのお陰で普段の自分をすぐに取り戻し、軌道にも乗る事が出来たのだが。


 夜も更け、酒も切れてきた頃、ナオが先に帰った。

「晃一はどうすんの?」

司が訊く。

「ん? ・・・、じゃ、布団敷いてくるわ」

何となく淋しそうな目をしていた司に気付いて言うと、紀伊也を促し居間を出て行った。

居間には秀也と二人きりになった。

二人共に目を合わせづらかったが、半分程まで入ったグラスを取ると、中のブランデーを見つめながら司が呟いた。

「秀也は? ・・・、いてくれるんでしょ?」

一瞬の沈黙の後、秀也はクスっと吹き出すと司の頭に手を置いた。

「はしゃぎ過ぎなんだよ。そのクセ、直さないとな」

ソファの下で膝を抱えて座り、グラスを目の前でぶらつかせながら、司はかすかに頷いた。

「そうだな・・・」

晃一と紀伊也がなかなか戻って来ない。

ほんの数分しか経っていないが、とても長い時間経過しているように感じた。

「司、一人で大丈夫か?」

「え?」

思わず顔を上げると、秀也も隣に腰を下ろしてタバコに火をつけたところだった。

「こうしてると、前と同じだな」

秀也の指からタバコを奪い取ると、それを吸って煙を吐きながら返した。

「オレ達、もう、別々の生き方見つけて歩き出してる。お前はお前の幸せの為に、オレはオレの為に・・・。もう後悔しないように、やりたい事、できるだけ沢山やりたい」

「司?」

「オレ、もう・・・」


 -そんなに長くない・・・


言いかけて呑んだ。

秀也には言ってしまいそうだった。

二人でいる時に、いろいろ話をした。

自分の思っている事、考えた事、感じた事、全てを話し語り合った。

隠し事は出来なかった。

いつも自分に正直で素直でいられる時だったのだ。

しかしその秀也も、もう今は自分だけの秀也ではなかった。

仲間として付き合えばいいだけの事だったが、素直に出来なかった。

「オレ、もう大丈夫だから。一人でも平気。今までも一人でやって来れたし、もう心配かけないよ。それに、紀伊也が来てくれる」

そう笑顔で言うと、グラスを空にした。


 ******


 皆が寝静まった頃、そっとドアを開ける音が微かにした。 が、酒も大量に入っているせいもあり、誰も起きる気配がなかった。

音を立てないように歩いて玄関へ行き、靴を履いてドアのノブに手を掛けた。

「外は寒いからコートを着て行け」

背後からの声にビクッとして振り返ると、紀伊也が立っている。

「コンビニまでタバコ買いに行くだけだよ」

「タバコなら引き出しに沢山入ってるだろ」

「・・・、ちょっと、散歩・・・」

「なら尚更だ。持って来てやるから待ってろ」

そう言うと、奥へ消えて行った。

 本当は出て行くつもりだった。

皆を引き止めたが、朝、皆と顔を合わせるのが辛いのだ。

もしかしたら明日の朝、このまま自分は、二度と目を覚まさないのではないかという恐怖に、一瞬襲われた。

仲間に囲まれて死ねるのであれば、と一瞬でも考えてしまった自分が情けなくもなった。

それ故、楽しい宴の余韻だけを残し、皆と別れたいとも思ったのだ。

「素直に待っていたんだな」

紀伊也は戻って来ると、自分の靴を履き、コートを一つ司に渡すと玄関のドアを開けて司を促すと外へ出た。

「散歩なら、俺も付き合う」

紀伊也は司の背中を押すと、強引に連れ出した。

 二人が出て行った後、目を覚ました二人は、黙って暗い天上を見つめていた。

「何で司の前であんな事言ったんだよ」

少し怒ったような口調で晃一が言った。

「・・・・」

「いずれ分かるんだ。何も今言う事ないだろ。司にとって今が一番大事な時期だろが」

「いずれ分かるんなら、俺の口から直接言いたかったんだ。それが司の為だ」

「それはお前のエゴだろ。お前が結婚するって聞いただけで、あいつ相当ショック受けてたんだぜ。それに追い討ちかけるように、子供まで出来たなんて聞いたら、あいつ・・・」

「晃一、司にはケジメが必要なんだよ。俺達、何の話もしないまま別れたんだ。俺も司も逃げてたよ、互いを。俺の為でもあるかもしれないけど、あいつの為にも直接言いたかった。だから、あいつも解ってくれるさ」

「けど・・・」

体を起こして晃一が秀也に向くと、秀也も体を起こした。

「司の事は心配するな。・・・あいつには、紀伊也がいる」

「・・・紀伊也か・・・」

「あいつ等二人は、ガキの頃からの付き合いだろ。何かあの二人って、ただの幼馴染おさななじみじゃないような気がするんだ。何か見えない強いきずなで結ばれているような、そんな気がする。 ・・・、それに、紀伊也には司しか見えていない気もするし」

秀也は少し遠くを見るように視線を暗い天井に向けた。

「 ・・・。 そう、かもな、紀伊也は一途すぎるな。そう言われれば、あいつは司しか見てない、な」

先程、紀伊也に訊いた時、『最初から』と言っていたが、それはいつの頃の最初なのだろうと、ふと疑問に思い、もしかしたらそれは、出逢った時からなのではないかとも思えてならなかった。

紀伊也の司を見つめる眼が、余りにも真っ直ぐすぎていた。


 *****


 さすがに秋の深夜は冷える。

コートの襟を立ててポケットに手を入れ、公園のブランコに座り、タバコをくわえながら少し身震いした。

目の前の柵には紀伊也が腰掛け、同じようにコートの襟を立てて、タバコを吸っていた。

「何でさっき秀也、あんな事言ったんだろ」

煙を吐くと、俯いてブランコを揺らしている司を見つめた。

「あいつが親父になる事?」

顔を上げると、煙を夜空に向かって吐いた。

「いずれ分かるんだ。司にとって今が一番大事な時期だって解ってるのに、ショックの上塗りをするような事言うなんて・・・」

「だからだろ? オレは良かったよ、秀也の口から直接聞けて。だってオレ達何も話してないもん。話すの怖くて、オレ、ずっと逃げてたから。引きりながら次のステップなんて踏めないだろ、互いに。 あいつだって、本当は言うのためらってたんだ。あのまま何も言わずにいたら、また繰り返しだよ。オレの為に言ってくれたんだ。・・・、けど、やっぱりショックだよなぁ・・・、解っちゃいるけど・・・オレ、情けね」

苦笑いを浮かべると、俯きながらタバコを吸って足元に向かって煙を吐いた。

「司・・・」

煙を吐く司の唇がわずかに震えているのが分かった。

 二人は互いに黙ったままそこに居た。

冷たい風が二人を包んで行く。

公園の灯りだけが、淋しい暗闇をほんのり照らしていた。

「紀伊也、帰ろ。寒くなってきたよ。温かいコーヒーでも淹れて」


 *****


 二人がマンションに戻ると、晃一と秀也は既にいなくなっていた。

布団も敷きっ放しになっていたが、紀伊也の使っていた枕に、二人の使っていた枕が積み上げられていた。

それを見た紀伊也は思わず吹き出すと、台所へ入った。

「はいどうぞ。 コーヒーにすると眠れなくなるから、カフェオレにしたよ」

そう言いながらカップを一つ司に渡し、自分も両手でカップを持ちながらソファに座った。

「あいつら、帰ったの?」

「ああ、枕、重ねて行ったよ」

「 ったく・・・」

司も苦笑して吹き出すと、両手でカップを持ってカフェオレを飲んだ。

紀伊也に司の事を頼んだ、という二人の合図だった。

「ふぅー、美味しいなぁ。何で紀伊也が淹れると美味しいんだろ。・・・クスっ・・、紀伊也と結婚する女性ひとはきっと幸せになれるんだろうな。 お前程気ィ遣ってくれる男はそうそういないよ。このカフェオレだって少し甘いし、風邪ひいた時の水だってはちみつレモン入りだろ。粥だって栄養たっぷりの具沢山だし、メシだって作るの上手いし、片付けだって綺麗にやってくれるし、言う事なしだよな」

上目遣いに笑いながら紀伊也を見ると、半ばふくれたように睨んでいる。

「お前が何もしないからだろ。ちゃんとやってくれる女性ひとだったら、俺だって何もしないよ」

「あ、そ。こりゃ、失礼しました。じゃあ、オレには紀伊也みたいな人が合ってんだなぁ。オレかせぐからさ、紀伊也、家の事やってよ」

「あのなあっ」

「ははっ、冗談、冗談。オレも命はしいからな」

言ったところで、司は押し黙ってしまった。

冗談で言ったつもりが、司自身冗談にはならなかったのだ。

先が見えているのに、夢物語みたいな事を口にした事を後悔してしまった。

「 ・・・、でも、秀也も結婚して親父になるんだ。ナオも晃一もいずれは誰かと結婚して、父親になって行くんだな。 ・・・、紀伊也も」

「俺はしないよ」

すかさず言う紀伊也を思わず見ると、カップから顔を上げて、落ち着きのある真剣な眼差しを司に向けた。

「お前がするならするけど、お前がしないなら、しない」

「え?」

「そう決めたから。だから、俺を結婚させたいなら、お前も誰かと結婚しろ」

そう言うと、カフェオレを飲み干した。

司はじっと紀伊也を見ていたが、同じように飲み干すと、カップを紀伊也に渡して立ち上がった。

「じゃ、寝ようかな。ご馳走様、奥様。それと、おやすみのキス」

含み笑いしながら紀伊也の頬に軽くキスをすると、思わず吹き出しそうになった。

「奥様っ!?」

面喰った紀伊也の顔が今にも怒り出さんばかりだ。

顔をそむけて、笑い出しそうになった。

 っ!?

次の瞬間、その腕を取られ、振り向いた瞬間に口付けをされた。

「おやすみ」

ゆっくり唇を離しながら紀伊也は言うと、司の腕を離してカップを二つ持って、台所に入って行った。

その後姿を目で追いながら、司は指を唇に当てた。





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