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第十三章・Ⅰ指令(二)

指令 (ニ)


 並木が帰国してすぐ、皆の心配をよそに、司も後を追うように日本へ戻った。

紀伊也も一旦ニューヨークへ戻り、その後すぐに日本へ戻った。

司が心配だった。

 晃一から、司と並木のマルセイユでのスクープが、かなりバッシングされていると聞かされたのだ。

が、当の本人は相変わらず気にする素振りを全く見せず、着々と並木のアルバムの作成を進めて行った。

 突然姿を現わした司のお陰で、マスコミの注目は今や司だけとなり、メンバーの事などどうでもよくなっていた。

やれやれと、晃一は一息ついたが、秀也は内心穏やかではないが、仕方のない事だと半分諦めていた。

 しかし、それより3人が驚いたのは、司の姿だろう。

余りにも痩せ細ってしまっていた。

やつれたと言ってもいい。

以前のような、男らしい覇気がまるでない。

無防備なその笑顔は、ちょっと触れれば壊れてしまいそうな程、司らしくなかった。

 確かに、体調も余り良いとは言えなかった。

ニースでの温かい気候になれ、東京へ戻って来たとたん、風邪をひき、熱を出して倒れた挙句、発作まで起こしてしまい、3日間の入院となってしまったのである。

「司、本当に大丈夫なの? 俺はまたいつでもお前の為なら何でもするけど、司の体がコレじゃあね・・・」

呆れたようにチャーリーがベッドの傍の椅子に腰掛けて、手帳を広げながら溜息をついた。

「心配するなって。慣れれば問題ないよ。それに、最後までついて来てくれるんだろ?」

「相変わらず、口だけは達者だな」

思わず苦笑した。

「で、並木さんとの事、何て言えばいいの?」

ちらっと、横目で睨むように司に視線を送る。

「ん? オレ達って、交際してる事になってるんでしょ? だったら、それでいいじゃん。ほっといてくれよ。で、今後のスケジュールはどうなってんの?」

チャーリーは苦笑しながら溜息をつくと、手帳に目を向けた。



 ******


 レコーディングも順調に進み、前半を終了したところで、並木が番組の取材で訪れた、とある国立公園で、その事故は起きた。


「ったく、俳優業ってのは、楽じゃないんだな。演技だけじゃなくて、あんな事までするなんて、バカげてるよ。あれじゃ、いくつ体があっても足りねェよ。いっその事、やめちまえば?」

「はは・・、あれくらいの事で辞めてたら、芸能人はいなくなっちゃうよ 」

「でもなぁ、・・・なぁんだって、ダチョウに蹴られなきゃなんねェんだよ。なーんか、情けねェのな」

取材では、馴れたダチョウに現地スタッフの指導のもと、並木が乗る事になっていたのだが、座っていたダチョウが突然立ち上がり、並木の胸目掛けて、後ろ足でキックしたのだ。

幸いにも急所は外れたが、肋骨を3本も折るという重傷を負ってしまった。

 チャーリーから知らせを聞いた司は、驚いてすぐに、エジプトの病院まで駆けつけた。

「しばらくレコーディングもお預けだな。お前がここに居る間、オレも居てやるよ」

「え?」

「ついでに、エジプト観光でもするかな。ゆっくり観光なんてした事ねェからなぁ」

そう言って立ち上がり、窓からカイロ市街を眺め、遠くへ視線をやると、一つため息をついた。

 エジプトへ発つと言うと、待ってましたと言わんばかりに、指令が一つ下りていた。

自分の能力が、どこまで回復しているかを試すいい機会だとも思った。

それに、この砂漠の中ならかなりやり易い。

「司?」

「ん?」

並木の呼びかけに振り向くと、少し心配そうな顔をしている。

「体の方は、大丈夫なの?」

「今のお前に言われる程、ヤワじゃねェよ。心配するな」

怪我人に体の事を心配されるとは思ってもみなかっただけに、思わず苦笑してしまった。

が、確かに以前に比べ、かなり体力は落ちているし、実際疲れやすくもなっていた。

余り無理も出来ないが、仕方がない。

指令は絶対的だった。

「じゃあ、また来るから」

軽く手を上げて去って行く司の後姿を見送りながら、並木は少し不安になった。

が、体調も万全でないのに、遥々日本から駆けつけてくれた司には、やはり感謝すると同時に愛しさも込み上げて来る。

自由奔放な司だとは解っていても、自分だけの司であって欲しいと、思う時があった。


 ******


 ターゲットはそこに居た


中近東を拠点に活動している武装集団、いわばテロリストの一派のサブリーダーを務めている彼が、能力者だった。

彼を捕らえる事が今回の指令だったが、事態によっては抹殺してもいい事にもなっていた。

 街外れのレンガ造りの家で、今夜、彼は一人で酒を呑んでいた。

もうすぐ、仲間と落ち合う時間だった。

かたわらには銃を置き、弾は体中に巻きつけ、いつ誰に襲われてもいいように、マントの下には鋭い短剣も下げていた。

 フツっと、ライトが消えた。

「チっ、またか」

よくある事だっただけに、警戒もせずランプに灯りを付けようとしたところで、足元に何かが動く気配を感じて、ギクッとした。

暗闇に目が慣れ、注意深く足元を見渡し、一瞬目を見開くと、後ずさりした。

確実に、黒い塊がこちらに向かって這って来ていた。

 タランチュラかっ・・・


『今夜の獲物は案外たやすいな』


そう思いながら彼を見上げると、牙を剥きかけた。

その瞬間、部屋のライトがパッとつき、入口のドアが開かれると、仲間が二人入って来た。


 くっ ・・・・

急に左胸が締め付けられ、司はその場にうずくまってしまった。

 タランチュラの動きが一瞬止まったのを見た彼は、瞬間飛びのくと、マントの下から短剣を抜いてタランチュラの背に突き刺した。

一突きで心臓まで達し、タランチュラは脚を丸め、息絶えた。

どす黒い血が地面に広がる。

入って来た仲間は息を呑んでそれを見つめた。


 はぁっ、はぁっ・・・


崩れたレンガの壁に寄り掛かって呼吸を整えるが、痛みは治まらない。

その内、意識が朦朧もうろうとして来る。

誰かが目の前に屈み、自分を抱きかかえ、車へ乗せた。

車のシートに倒れると、そのまま気を失ってしまった。


「お前がしくじるなんて珍しいな」

カップにコーヒーを注ぎながら、ベッドに横たわる司に向く。

 チっ・・・

司は舌打ちすると、忌々しそうに壁を拳で殴った。

あと一歩のところだったが、何だったのだろうか、突然の発作だった。

こんな事は今までに一度だってない。

カップを受け取り、一口飲むと、和矢を見上げた。

「何だってお前、こんなとこに居るんだ? 指令は出ていないだろう」

「あのなぁ、お前が動いたんだ。俺がここに居るのは当り前だろ」

「まぁ、いい・・・けど、オレよりも前からここに居るだろ」

「・・・・」

一瞬の沈黙の後、和矢はタバコに火をつけ、煙を吐いた。

「先に来て、見ておいたぜ、ヤツらの動きを」

「・・・・」

司は、その煙の動きをじっと見ていた。

「サソリ」

和矢は横目で司を見ながら報告した。

「ヤツが動くのは明日だ。明日の夜、カイロ市内のどこかで銃をぶっ放す。それを合図に爆発だ。連中がどこに仕掛けたのか透視できればいいんだが、誰かさんがまだ回復させてくれなくてね、何もえやしない。お陰で一人では動けなくてさ、直にハイエナも戻って来る」

「紀伊也も来ているのか?」

「当り前だ。お前な、少しは俺たちの事、信用したらどうなんだよ。昔は全部俺達にやらせて、最後の仕上げだけお前がやっていたのに、亮が死んでからおかしいよ。ほとんど、自分で事済ませるなんて」

呆れたように言う和矢に、勘ぐられている気がして、目を反らせた。

「らしくねェな」

和矢は呟くと窓から外を見下ろしたが、視線を入口に向けた。

それと同時に扉が開かれ、頭からマントに覆われた紀伊也が入って来た。

「チっ・・・、Rに言われたのか」

返事をしない二人が、そうだという返事だった。

 -いつからRも心配性になったのだ

司はいささか呆れてしまった。

が、実際に今日はしくじってしまった。

確かに透視自体もはっきりと視えた訳ではなかった。

まだ力が完全でない事を伺える。

指令の為には仕方がない。二人の力を借りるしかなかった。

 しかし・・・

「三人揃ったところで、能力は一人分だからな。 それだけは肝に銘じておけよ」

三人共に恐ろしい程、冷酷な眼をしている。

鋭い殺気が彼等を取巻いていた。

「まずはサソリだな。ヤツの居場所を突き止める」

司がカイロ市内の地図を見つめた。

「サソリ? それより、爆発を止める方が先だろ」

「爆発? そんなもん警察に任せればいいだろ。オレ達の指令はサソリだけだ。お前はいつから市民の味方になったんだ?」

いささか呆れながら地図から目を離し、和矢に視線を向けた。

「それに、お前が人助けなんて、聞いた事ねぇぞ」

司に言われ、息を呑んでしまった。

確かに、何が何でも指令が最優先だった。

それに以前の自分なら、指令と係わり合いのない事に手は出さなかったし、自分から人助けをするような事は、決して言い出したりなどしなかった。

「いいのか司、爆発は恐らくこの辺りの広場だぞ」

紀伊也が地図の一点を指す。

その指を辿って行き、広場の隣の建物の名を見て、目を見張った。

 C病院!?

「並木のいる病院だ・・・」

驚きを隠せず息を呑んだ司に、紀伊也と和矢は不安気に目を合わせた。

 一晩かかって透視を終えた司は、疲れていた。

しかし休む間もなく、仕掛けられた爆弾を気付かれないように、処理しなければならない。

恐らく昼間は見張りがいるだろう。見張りの交替の時間を狙うか、夜が来るのを待つかだ。

それぞれの爆弾には見張りが二人居て、交替も慎重に行われている。

さすがに、ぬかりはなかった。


 司は見舞いも兼ねて病院を訪れた。

並木の部屋からは、広場がよく見える。

あそこで大規模な爆発があれば、ここも被害を受けるだろう。

爆弾の数は、広場だけでも3ヶ所あった。

 せめて一番手前の物だけでも今取り去る事ができれば・・・

そう思ってふと広場を見下ろすと、見覚えのある男が木陰に立っている。

 サソリ・・・

昨夜しくじったヤツも仕留めなければならない。


 ヤツはオレの存在に気付いているだろう

 二度の失敗は許されない


しかし、今のこの体力でどこまでやれるかどうか、それも不安だった。

「司?」

何か考え事でもしているかのように窓の外を眺める司が、今日はヤケに疲れているように見えた。

「ん?」

振り向き様に体がふらつき、窓枠に手をついた。

そうでなくても並木と居ると、安心したように力が抜けてしまうのだ。

「大丈夫? 何か相当疲れているみたいだけど」

「あ、平気 平気。この暑さにやられたかも」

苦笑いして誤魔化した。


 ******


 日が暮れると同時に、見張りが姿を消した。

早速三人は行動を開始する。

仕掛けられた爆弾の導火線を次々に外して行く。

全て無線で爆発する仕組みになっていた。

最後まで近づく事の出来ない広場の爆弾を遠くから見守っていた。

サソリと数人の仲間が、広場にいるのだ。

「どうするタランチュラ。ヤツをおびき出すか?」

黒いマントを頭からすっぽり被り、目だけを妖しく光らせ、和矢が訊く。

「いや、動くのを待つ。ヤツ等も死にたくはないだろう」

「でも、自爆だったら?」

思わず紀伊也を見た。

最近発生している中近東のテロで最も多いのは、自爆だ。

しかし、サソリに限ってそんな事はないだろう。

ヤツがそこまで、忠誠心に熱いとは思えない。

仲間でさえ、サソリの毒で殺すくらいの男だ。

 その時、広場の横の大通りを、黒塗りの高級車が列を連ねて走って来た。

どうやら、政府の高官が乗っているらしい。

 三人はそれを見た瞬間ハッとし、広場に目をやると同時に、中央にいた男が空に向かって銃を放った。


 ダダダダッ・・・・・!!


次の瞬間、物凄い爆発音と共に、大通りに面した柵が吹き飛び、車が一台炎上した。

続いて第二の爆発が起き、広場の隣の政府の建物の入口が吹き飛んだ。

そして、第三の爆発が、広場の中央の噴水の中で起きた。

 病院近くで爆発させる前に、司が飛び出し、チェーンを使って爆弾ごと広場の中央へ投げ放ったのだ。

その爆発で、広場の中央にいた何人かのテロリストが吹き飛んだ。

直後、辺りは騒然としたが、そこには司たちの姿は影も形もなく消えていた。


 突然の銃声と爆発音に、並木は生きた心地がしなかった。

言葉も上手く通じないこの国で、一人入院するのは、かなり不安だった。

マネージャーの磯部いそべが滞在していたが、彼の英語力も大した事はなかった。それに、その磯部も宿泊先のホテルの中だ。

すぐ近くでの爆発に、建物が揺れた。

幸いにも、病院自体に被害はないようだが、車が炎上しているのが、病室からでも分かる。

サイレンの音がし、辺りでは銃声も鳴り響いている。

この時ばかりはさすがに震えが止まらず、ベッドの上で自分の体を抱えていた。


 誰か来てくれ


祈るような気持ちで、思わずその名を呼んでいた。

「並木っ!?」

バっと、病室の扉が開き、暗闇の中人影が現れた。

「司っ!?」

「良かった、無事で。病院に被害はないよ。もう心配する事はない」

ベッドへ走り寄り、その震える体を抱き締めた。

並木にとって、それがどれだけ心強かったか計り知れない。

『司、ヤツがいたぞ』

紀伊也の声が聴こえた。

 行かなければならない

並木のその体を離そうとしたが、並木は司を離そうとしなかった。

 並木・・・

震えるその肩を抱き寄せると、司は紀伊也の呼びかけに応えなかった。

闇の中を、銃声が遠くで、波の音のように聴こえていた。






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