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外伝・出逢い(二の2)

 

 秀也が部屋へ戻る頃には陽も傾きかけていた。

アパートの2階の自分の部屋を見上げた時、ハッと思い出したように慌てて走って部屋まで急いだ。

司が居る事をすっかり忘れていた。

靴を脱ぎ部屋へ入り、ベッドを見ると、まだそこに居たが、壁の方を向いて寝ていた。

 バタンっと、ドアの閉まる音と人の気配を感じて目を覚ますと、ゆっくり振り向いた。

見上げるように見ると、秀也が唖然あぜんと立っている。

「おはよ」

「お・・はよ・・」

ジャンパーを脱ぎながら秀也は司を見ていた。

「テテテッ・・・」

起き上がろうとして、後頭部から背中にかけて痛みが走る。

「大丈夫?」

「ったく、和矢の野郎・・・っ。この借りは必ず返してやるっ・・・」

呟くように言いながら倒れこむと、再び寝息を立て始めた。

『あいつに一々気を廻してたら身が持たねぇ』

メンバー全員の言う事が、何となく解るような気がした。

 一人安心したように眠る司の寝顔を見ながら思わず苦笑すると、本棚から本を引っ張り、ベッドにもたれて座ると本を広げた。


 どれだけ時間が経っただろうか、いつの間にか秀也も寝てしまっていた。

目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっている。

立ち上がって灯りを点けると8時を回っている。

「う~ん・・・」

眩しさに耐え兼ねたのか、司は目を覚ますと、壁に掛かっている時計の針を見て飛び起きた。

「げっ、もうこんな時間っ!? やっべーっ、間に合わねぇよ。 ・・・・、げーっ、しかも着替えてねぇじゃんっ。ねえっ、何で起こしてくれなかったのさぁっ!」

ステージ用の衣装を身に着けたままの自分の姿に驚くと、目の前で呆れたようにこちらを見ている秀也を睨み付けた。

「んな事言われても、俺だって寝ちゃったんだし・・・、それに、勝手に寝てたのはお前だろ。ここ、誰の家だと思ってんだよ」

「ん?」

言われて一瞬キョトンとすると、部屋を見渡して、ここが初めて見る他人の部屋だという事に気付き、改めて秀也に視線を送る。

「あれ?・・・・、オレ、どうしたっけ・・・?」

 はて・・・? と自分の頭をかきながら、昨夜のライブの後からの事を思い出そうとする。

「覚えて、ないの?」

一瞬、不安になり訊いてみると、少しほうけた表情をしている。

 本当に覚えていないのだろうか・・・。

「・・・・、そういうフリしてもダメっ。皆怒ってたよ」

晃一の言った事を思い出し、気を取り直すとたしなめるように首を横に振った。


『都合が悪くなったら絶対アイツ、記憶喪失のフリするから気を付けろ』


そう言われ、半信半疑だったが、実際にその通りだった。

「はは・・、仕方ねっか。・・・、でも、どうすっかなぁ」

潔く認めたものの、今度は本当に困っているようだ。

「何が?」

「え・・、あ、明日の学校。もう最終間に合わねぇよ」

「あ・・・」

そう言えば司が今、静岡の高校に通っている事を思い出す。

日曜の夜には戻らないと、翌朝の登校に間に合わないのだ。

「でもまだ、今から急げば10時の最終には間に合うだろ」

時計を見ながら秀也は思い出したように言う。

「無理だよ。 だって、今から家戻って、シャワー浴びて着替えてメシ食ってたら絶対、間に合わねぇもん」

諦めたようにベッドにあぐらをかいて首を横に振る。

「そんなの戻ってからでもいいだろ」

「だーめ。今、死ぬ程腹減ってるから。それに駅弁なんて食いたくない。それに昨夜からシャワー浴びてねぇから 体臭くてヤダっ。オレには耐えられない」

「そんなわがままな・・・。じゃ、どうすんの?」

呆れて溜息をつくと、再び時計に目をやる。

刻々と時計の針は動いている。

「どーすっかなぁ。送らせるかなぁ・・・、あー、それも面倒だなぁ・・・、しゃあねぇ、バイクで帰るか・・・」

一つ溜息をつくと俯いた。

あれから遠出はしていない。 乗るといっても市内か都内を走らせるだけだ。

「バイク・・・? 乗ってんの?」

「あ・・・、うん、兄貴の・・・」

言いかけてすぐに口をつぐんだ。

自分のバイクは、亮が事故に遭って廃車になってしまい、今あるのは、その時修理に出していた亮のものだった。

名義は既に司のものになってはいるが、司にとっては亮のものでしかなかった。

 乗るのが少し怖かった。

理由はよく解らない。

「送っていこうか?」

「え?」

意外な秀也の言葉に顔を上げた。 余程不安な顔をしていたのだろうか。

「そんな不安そうな顔で、バイクで高速走られたんじゃ こっちが心配だよ。それに夜だし、何かあってからじゃ遅いだろ。 いいよ、静岡までなら俺も車でよく帰るから慣れてるし、送ってくよ」

秀也が安心させるように笑ってこちらを見ている。

「ホント?」

「ああ、だから心配すんなって。とりあえず家に戻って着替えて来たら? それからメシでも食べに行くか」

本を本棚にしまいながら言うと、床に置いてあったジャンパーをつかんだ。


 ******


「すっげぇ家だな。これホントに家? 何かどっかの大使館とか博物館とかじゃねぇだろうな」

門の前で車を止めると運転席から身を乗り出してその重厚な厚い鉄の扉を見上げた。

「中に入って待っててくれる? 30分位で仕度するから」

助手席のドアを開けながら言った。

「いいよ、30分経ったらまたここに来るから」

「そ、分かった」

ドアを閉め、大きな鉄の扉の横の小さな扉のインターホンを押すと、扉が開かれ、司はそのまま中へ消えていった。

扉が閉まるのを確認してから秀也は再びアクセルを踏み込んだが、そのへいが遠くの方まで続いている事に感嘆の息を漏らしながらゆっくり進んで行った。

 何者だろうな・・・

首を傾げたが、それ以上の詮索をする気はなかった。


 30分して戻るとちょうど司が出て来た。

黒い皮のパンツに、黒に赤のバラのデザインの施したライブ用の衣装とは打って変わって、細身のジーンズに、白いパーカーにGジャンを羽織っている。

見ようによっては、普通の高校生だった。

「お待たせー、ああ、腹減った」

助手席に乗り込むなりシートを少し倒し、小振りのボストンバッグを後ろへ放り投げたが、四角い黒いケースは膝の上に大事そうに抱えた。


「そう言えばさ、今度のゴールデンウィークの事だけど」

高速に入る手前の環状線沿いにあるファミリーレストランに入り、注文を終えると、タバコに火をつけたところで秀也が思い出したように言った。

「ゴールデンウィーク?」

水を一口飲むと、ソファの背に体をもたれさせた。

「今日、みんなと話してたんだけど、前半はライブがあるけど、後半は何もないから旅行でも行かないか、って」

天井に向かって煙を吐くと、昼間皆で話しをしていた事を思い出した。

「旅行? 誰が?」

「バンドの連中で」

「何で?」

興味なさそうにGジャンのポケットからタバコを出すと火をつけた。

「最初は俺と晃一とナオの三人で行く予定だったんだ。そしたら竜ちゃんも行くって言い出してさ」

「ふーん、で、どこに?」

「カナダ」

「どーせ、スキーだろ。晃一とナオが行きそうだぜ。へぇ、秀也もアイツ等と一緒なの。でも、竜ちゃんも?」

「うん、意外だったけど、竜ちゃんもやるんだって。あと、紀伊也も行くよ」

「えっ!? 紀伊也もっ!?」

思わずむせそうになる程驚いた。

「何でっ!? アイツが行くって言ったの? みんなと?」

予想通りの反応に秀也も嬉しくなった。

「そう、ホラ、9月からアメリカだろ。 だからその前に皆で送別旅行だな、なんて話で盛り上がってさ。それに通訳も兼ねて行くって事になったんだ」

「うっそ・・・、紀伊也も行くの? ・・・・、えーーっ!? そしたらオレだけ仲間外れじゃんっ。何だよソレっ。きったねぇなーっ」

身を乗り出して言ったかと思えば、ぶすーっとふくれて再びソファにもたれ込んだ。

「司は? スキー出来るの? そういや聞いた事ないって・・・ 」

そこの所が心配だった。誰も聞けずにいた。

「出来ない事はないけど・・・」

全ての教養・スポーツは身に付けさせられてはいた。

しかし、司にとって一番厄介な問題は「寒い」という事だった。

体を冷やせばどうなるかは、自分自身一番よく知っている。 しかし、それを知る者は他にはいない。

紀伊也でさえも知らない事だった。自分自身情けないと思っているだけに、口にする事などとんでもなかった。

「出来なくてもいいよ。俺が教えてあげるから、だから行こ」

ぶすーっと、口を尖らせている司に思わず微笑んだ。

こんなに脹れっ面をしている司は見た事がない。ライブハウスでも大抵は近寄り難い存在で、ファンや観客に愛想を振り撒く事はしても、仲間内にしか笑顔は見せない。

司の素顔は謎だらけだった。 それだけに、皆を魅了してやまないのだが。

「教えてもらわなくても滑れるよ。オレも行くっ」

半分ヤケになりながら言うと、タバコを吸って勢いよく煙を吐いた。

「分かった。じゃ、晃一に電話してくる」

笑いをこらえながらタバコを灰皿に押し付け、ちらっと司を見ながら立ち上がり、入口の方へと歩いて行くと電話をかけ始めた。

『お前から言ってくれれば、絶対行くって言うから頼むよ』

司の行動パターンを、ことごとく知っているかのような口調だった。半信半疑だったが、さっきの事と言い、司の反応と言い、当っているだけに、可笑しくて仕方がない。

『謎でも何でもねぇ、単純すぎて解らないだけだ』

そのセリフに他のメンバーも爆笑していた。


「 ・・・、だろ? 俺の言った通りだろ。あのバカ、ホーント、単細胞なんだよ。で、悪いけど司に代わって」

呆れて笑いながら晃一は聞いていたが、これからの話は自分がしなければならない。

果たして司がO.Kしてくれるだろうか・・・。 が、半分以上は期待していた。

「もしもし」

秀也から受話器を受け取る。

「6月のフェスだけどさぁ・・・」

突然、関係ない話をし出す。

「それがどうした?」

「あれって、優勝したらいくら貰えるんだっけ?」

「100万」

「だよなぁ。もち、それはいただくとして・・・・・」

「・・・・・」

二人の間に一瞬の沈黙が走る。 が、次の瞬間司は大きな溜息を一つついた。

「解ったよ・・・。とりあえずオレが出しとくから・・・。 すぐ手配しとけ。 ったく、オレを誘ったのはこれかよ、バカがっ」

吐き捨てるように言うと、叩きつけるように受話器を置いた。

そして、軽く秀也を睨み付けた次の瞬間、思わず吹き出していた。

「 ったく・・・、晃一のヤツっ」

何故、司が知り合ったばかりの秀也の言う事なら聞くと思ったのかは知らない。

司自身よく解らなかったが、上手く乗せられていた事は確かだった。

 何故だろう・・・。

思いながらハンドルを握る秀也の横顔を見つめると、膝の上に乗った黒いケースを大事そうに抱え直した。


 ******


 翌朝、和室の布団の上で目を覚ました秀也は、居間の方からテレビの音が聴こえる事に気付いて起き上がると、簡単に布団をたたんで居間へ入った。

「ああ、おはよ」

白いバスローブをまとい、髪をタオルで拭きながら、入って来た秀也に気が付くと「ちょっと待ってて」と言い、台所へ消えると2つマグカップを持って現れ、一つを秀也に渡した。

コーヒーのいい香りがする。

一口飲んで、白くて柔らかい革張りのソファに腰を下ろすと、部屋を見渡した。

 昨夜も入った時に驚いたが、家族四人で住んでちょうどいいと思われる程のマンションの一室に、司が一人で住んでいる事に更に驚いた。

「朝メシは? ピザトーストでよければ秀也の分も作ってあるよ」

ダイニングテーブルを差しながら言うと、肩にかけてあったタオルをソファの端に放り投げ、カップに口を付けながら朝のニュース番組に目をやる。

「今日はあったかくなりそうだな」

ちょうど天気予報だった。

桜も散って、5月中旬並みの陽気になると言っている。

司はトーストをかじりながら新聞も読んでいる。

 -高校生、だよな・・・。

秀也はトーストを口に運びながら、目の前で新聞を読みながらトースト食べている司を、じっと目で追っていた。

これから登校というよりは、まるで出勤する感じだ。

食事を終えると廊下へ出て行った。どうやら歯を磨いているようだ。ついでに、うがいをする音まで聴こえる。

 一旦居間へ戻り、隣の部屋へ入って行き、しばらくすると制服を着た司が出て来た。


 やっと、高校生らしく見える ・・・・ が ・・・、


「何で・・・、スカート、なの?」

キョトンとしたまま、司の制服姿を見つめた。

青みがかった紺色のブレザーに、金ボタン・ブレザーの下には同色のベスト・白いブラウスにえんじ色のネクタイ、そして下には長めのスカートをはいている。

「あん? 男じゃねぇからな」

黒いナイロン製のリュックに、誰が作ったのか弁当箱の入った袋を入れ、教科書等を詰め直している。

「さて、行きますか・・・、送ってってくれるんでしょ?」

「え?」

「学校まで」

秀也は、まるで暗示にでもかかってしまったかのように頷くと、司を高校まで送って行った。





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