表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/91

第十三章・Ⅰ指令(一の2)

 翌朝二人は寄り添ったまま目を覚まし、互いの存在を確認し合うと、軽く口付けを交わし、シャワーを浴びて身支度を整えると、朝食を取りに階下へ下りた。

何となく照れながら朝食を済ませると、居間のソファへ座り、コーヒーを飲んでいた。

司の顔色もかなりいい。

使用人の誰もが思っていた。

やはり、並木のお陰なのだろう。

皆、二人を微笑ましく見ていた。 それに今の司からは、男らしさを感じることは全くと言っていいほどなく、優しいオーラに包まれていた。

 庭を散策しながら、時々並木は司の肩を抱き、司も寄り添うように歩いていた。

不意に誰かが慌てて司を呼びに来る。

「ツカサ様、お客様です」

フランス語で早口にまくし立てている。

彼女もまた驚きを隠せないないようだ。

 突然の来訪者だったが、本当に彼女としても何年かぶりに見る顔で、現在の司との関係をよく知らない彼女にとっては、今の司には会わせたくはない人物と言っても良かった。

以前彼がここへ来た時には、必ずと言っていい程、司の表情は険しくなり、人が変わってしまったかのように、近寄り難くなってしまうからだった。

「誰?」

「それが、その・・・、イチジョウ様で・・・」

「Kiiya!?」

瞬間、司の目が輝いた。

「司っ」

振り向くと、テラスの方から紀伊也が駆け寄って来るのが見える。

思わず司も走り出していた。

まさか、こんなにも早く来てくれるとは思ってもみなかった。

長年遠くに離れ離れになっていた親友の再会とでもいうように、二人は互いの存在を確かめ合うかのように、抱き合って喜んだ。

「司、良かった」

他に言葉が続かない。

紀伊也は両手で力いっぱい司を抱き締めた。


 こんなに痩せて、細かったか・・・


思わず胸が締め付けられる。

「紀伊也、そんなにきつくしたら、苦しいよ」

見た目にもそんなにたくましいと言えた方ではないが、さすがに鍛錬たんれんされただけの事はある。引き締まった胸をしていた事に、思わずドキッとした。

「本当に大丈夫なんだろうな? 本当に心配したんだぞ。 一時はどうなるかと。お前の心拍が停止した時、俺は・・」

 

 え・・・?


言いかけてハッとなった。

感極まって思わず口を滑らせてしまった。

 紀伊也が、自分に気を送り込んでくれた事は分かった。

体の中の紀伊也の血に反応した事も分かった。

それによって、脳波が戻った事も分かった。

しかし一旦死んだとなれば、話は別だ。


 紀伊也は気付いているのだろうか?


『紀伊也、オレの声が聴こえるか?』

紀伊也の目を見つめたまま、声を送った。

『ああ、聴こえるよ。以前のままだ』

返事が返って来た。

テレパシーは通じるようだ。 となれば、もう一つの能力の方は破壊されている筈だ。 というより、自分に注ぎ込んでしまっている。

「司、ごめん、つい・・・」

不安な表情で見つめられ、戸惑った。

司が銃弾に倒れてから、冷静さを欠いてしまっている自分が情けなかった。

これでは、司を守る事も出来ない。

「いや、ありがとう。 お前に助けられたんだ。お前の血が二度もオレを救ってくれたんだ。 感謝してるよ」

そう言うと、紀伊也に抱きつき、耳元で囁いた。

「お前の封印する能力は失われてしまった。オレのせいだ、ごめん」

一瞬、自分の耳を疑ったが、黙って首を横に振った。

司が助かればそれでいい。

それに、自分の血で司を殺してしまうかもしれないと思ったあの恐怖に、今の司の言葉に救われた気がしていた。

「お前の顔色が良いのは、あいつのせいでもあるんだな」

司の肩越しに見えた並木の姿に、体を離すと司を振り向かせた。

「え・・あ、まあ・・ね」

並木が近寄ると、紀伊也は手を出した。

「並木君、ありがとう。司の事・・」

差し出された手を握り返した並木は、思わずはにかみ笑いをして司に視線を送ると、司も照れたように笑っていた。

 使用人に呼ばれてテラスへ戻る時、ふと紀伊也は、並木から司と同じ石鹸の香りを感じて二人の後姿を目で追った。

並木は、司にまるで恋人でも見るかのような眼差しを送っていたが、司が並木を見上げるその眼は、10年前に亮に向けられていた眼と同じだった事に気付き、一抹の不安を感じずにはいられなかった。


 もうこれ以上、自分を苦しめるのはよせ・・・


そう司の後姿を見送った紀伊也が、風を感じて、ふと視線を移すと、白い小さなバラの花びらが少し寂しそうに舞っているのが見えた。


 ******


 自分は一体今、何を見ているのだろう


思わず息を呑んで、庭のテラスに視線を送ったまま、翔は身動きが取れなかった。

司が向かい合って、誰かと紅茶を飲んでいた。

 それはいい

だが、その相手が問題なのだ。

その背格好、鼻筋が通り、尖った形の良い顎、薄い唇、少し垂れた切れ長の目、カップを持つ手に、仕草、そして何より、司に向けるその眼差し、全てがあの男と同じだった。

それに対し、司の方も、あの時と全く同じ眼差しを返し、微笑んでいる。

全く警戒心のない無防備な笑顔と言ってもいい。

瞬間、得体の知れない気が渦巻き、翔の中で戦慄せんりつが走った。


 何故、あいつがここに居るのだ・・・


「よく似ているでしょ」

不意にユリアが翔のかたわらに立ち、テラスへ視線を送った。

「ナミキさん、ツカサのお友達なのよ。日本で俳優をしているわ」

「俳優?」

「そう・・。彼を見た時本当に驚いたわ。私まで錯覚を起こしそうになったくらい。 実際、そのせいでツカサは錯覚を起こしてしまったけれど ・・・。彼のお陰で立ち直ったの。それに、今回もよ。あんなに嬉しそうな表情、こちらへ来てから初めてじゃないかしら」

確かに翔も、司の顔を見て驚いた。

先週来た時も何とか元気そうだったが、今は見違える程に明るい表情をしている。

それにまして体調も良さそうだ。

そして、今までとは何かが少し違って見えた。

「司、翔さんが帰って来たよ」

紀伊也に言われ、振り向くと、窓越しに手を振っているのが見える。

三人は揃って翔とユリアの元へ行った。

「兄さんお帰りなさい。紹介するよ、並木。日本で俳優やってる・・」

「ユリアから今聞いたよ」

素っ気ない返事から、翔が動揺している事を悟った司は、思わずクスっと笑った。

「並木、ごめんね。兄さん驚いてるんだよ。お前が余りにも亮兄ちゃんに似てるから。 だって、翔兄さんと亮兄ちゃんは双子だったんだ」

言われて並木はハッとして、戸惑いながらも軽く頭を下げた。

「司、ちょっと」

翔は急に気懸かりになり、司を連れ出すと訊いた。

「お前、大丈夫なのか?」

「何が?」

「何がって、あんなに亮に似ていて・・」

「並木の事? 心配性だなぁ。 兄さんはいつからそんなにオレの事を心配するようになったんだ? オレなら大丈夫だよ。それに並木と居ると、兄ちゃんといるみたいで安心するんだ」

笑いながら言うと、翔の前から立ち去り、並木の元へ戻って行った。


 亮といるみたいで安心する、か・・・


思わず苦笑したが、内心穏やかではなかった。

何か引っかかるものがあった。

亮に対するわだかまりは、既に無くなっていたが、亮に対してではなく、並木に対して、何か引っかかっていた。

それが何なのかはっきりしないまま、一日を過ごした。

夕食の間も、その後のティータイムでも、並木から目が離せないでいた。

そんな翔の視線を、紀伊也とユリアは注意深く見守っていた。

二人にも、今の司と並木の関係を穏やかに見ている事は出来なかった。

だが、そんな二人は一向に気にする事なく、互いに熱い視線を絡ませていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ