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第十三章・『運命』・Ⅰ指令(一)

大切なものを失った後、運命の歯車はどう動くのだろうか。

生きて行く為には絶対的存在である指令を遂行しなければならないのだが・・・。

『第十三章・運命』 Ⅰ 指令(一)

          

 部屋の灯りをつけるなりアタッシュケースをソファに投げ付け、締めていたネクタイを無造作に外すと、それを放り投げた。

いつもなら帰宅すると、一番最初に手を洗うのだが、今日はそれすらもせずに、冷蔵庫からビールを取り出すなり、ぐいっと一口飲んだ。

何故か、ここ2、3日苛々(いらいら)しているのだ。

 仕事が上手く行かないせいもある。新人のアシスタントが、今日もまたミスをしでかしてくれたのだ。

仕方のない事だとは分かっていても、つい声を荒げてしまう。

彼女には悪いと思いつつも、煮え切らない自分に腹が立ってくる。

オフィスを出るなりタバコに火をつけ、一服吸うと足早に帰路に着いた。

 早く自宅に戻って続きをせねばならない。オフィスに残っていても良かったのだが、今夜はもうこれ以上彼らの顔を見たくはなかった。

一人の方が効率良くできるというものだ。

 -ふうーっ

ビールの缶を置いて、タバコに火をつけようとしたところで、部屋の電話が鳴った。

 -まったく、帰宅を狙ってかけてきたのか・・・

半ばうんざりしながら、受話器を掴み上げた。

「Hello」

「・・・・」

相手は無言だった。

 - ったく、用件くらい言えよ

「もしもし・・、今帰ったよ。何? また何かやったのか?」

オフィスのスタッフだろうと思い、少し八つ当たりするかのように語気を荒げた。

「・・・・」

クスクスっと、何か含み笑いをしているかのような声が聴こえる。

 - ったく、バカにしているのか・・・、こいつ・・・っ

一瞬頭に来て怒鳴ろうとした。

こういう電話は、トニーくらいだろう。

 -また冷やかしか

「トニーか!? いい加減にしてくれ。今日もまたパシィのお陰でエライ目にったんだ。何とかしてくれないか・・・っ」

一気にまくし立てた。

「何だか、悪い時にかけたみたいだな。お前がそんなに苛つくなんて、余程気にさわったの? あんまり苛つくとハゲるよ・・・・ くすくす ・・・ それに、お前のハゲ頭なんて見たくねェなぁ、Kiiya」

そう相手も流暢りゅうちょうな英語で応えた。

 一瞬 耳を疑った。 が、次の瞬間、信じられない、まさかと思いつつも、思わずその名を呼んだ。

「司!?」

あれからどうなったのか、詳しくは何も聞かされなかった。

抜け殻のようになってしまった司を、翔がニースへ連れて行った後、どのように過ごしているのか、ユリアに訊ねても曖昧あいまいな答しか返って来なかった。

言葉を詰まらせ、話すに忍びない、そんな空気が電話越しに伝わって来ていた。

すぐに会いに行き、この目で司の存在を確かめ、何か力になってやりたかったが、それはしない方がいいという、ユリアと翔の判断から会う事も許されず、ニューヨークで仕事をしながら安否を気遣っていた。

 また、週に一度は必ず、透にも連絡を取っていた。

他の三人が気懸かりだった。

案の定、色んな形での報道はされていたが、リーダーである司が事故に遭い、病院に入ったまま行方知れずとなった事から、再び死亡説まで飛び出す程だった。

3人も司の安否を気遣いながら、忙しい身の中、精神的にも参っている様子が、透から伝わって来ていた。

 たまに晃一と連絡を取り合ってはいるものの、当の司の容態が全く分からないのでは、互いに司の事だけが気懸かりで、その話ばかりだった。

 そのせいもある。

仕事の方も日増しに気が散って、集中出来なくなっていた。

とにかく、司が心配だった。

「本当に司なのか!?」

もう一度、確認した。祈るような気持ちだ。

「他に誰がいるっていうんだよ。まさかオレの声、忘れちゃったの?」

相変わらず嫌味っぽい言い方が、司本人だと確信させた。

「忘れるわけないだろ。・・・、でも・・ホントに司? 元気なのか? 体の方は?」 

何でもいい、いろいろ聞きたかった。

今何処で何をしているのか。 体の具合はいいのか?

自分の中で気持ちが高ぶって行くのが分かる。

こんな気持ちになったのは、生まれて初めて味わう感覚なのかもしれない。

胸に込み上げて来るものがあった。

「司、大丈夫なの?」

「うん、何とかね。まだ完全じゃないけど。・・・紀伊也、心配かけて、ごめん」

司も嬉しさが込み上げて来る。

 いつも、自分を気遣ってくれる懐かしい声だった。

翔からメモを渡された時、一瞬ためらったが、受話器を取っていた。

「心配したよ ・・・ 俺だけじゃない、皆心配してるんだ、お前の事。本当にもういいのか?」

「ああ」

「会いに行っても、いいんだな?」

「いいよ。 ・・ でも、忙しいんだろ? 無理するな。その内、オレがそっちに行くよ。紀伊也のビジネススーツ姿、見に」

「ばか、その内っていつだよ。・・・、それに・・・ここは、ニューヨークだ・・」

「ニューヨーク・・・か・・・」

一つため息をついてしまった。

紀伊也の顔は見たいが、ためらった。

ニューヨークへは、余り足を運びたくはない。

詳しい理由は分からないが、それは紀伊也も承知していた。

「今週は無理だけど、来週には必ず行くよ。何があっても行くから、待ってて」

「来週? そんな急に大丈夫なの? オレの方はいつでもいいけど」

今すぐにでも来て欲しい。そんな気持ちだったが、少し躊躇ちゅうちょしてしまった。

紀伊也にも今の生活があるのだ。

 あれからもう、3ヶ月が経っている。

「ねぇ、・・あいつら・・は、元気?」

一瞬の沈黙の後、思い切ったように訊いた。

あの日以来、初めて他のメンバーが気になった。

FAXを流してそれきりだ。

事務所もパニックだろう。

チャーリーには言っておいたが、まさか自分が事故に遭うなど、予想だにしていなかった事だ。

それに、メンバーともあんな形で別れて来てしまった。


 それに、もう一人・・・


思い出すだけで、息苦しくなって来る。

「元気だよ。でも、その話は今度会った時にしよう。 ・・・まだつらいんだろ・・・体の方も・・」

見なくても司の体調が思わしくない事が、その口調から伝わって来る。

 ユリアの話からでも、精神的に相当参っていたとようだった。

ふさぎこんでは、寝込んでいたと聞かされていた。

それゆえ、極力ジュリエットの話は、避けた方がいいだろうと思っていた。

「・・・ごめん、・・・なるべく、早く来て・・」

それだけ言うと、司は受話器を置いた。

そのまま崩れるようにソファに横になると、胸の痛みをこらえた。

そして、テーブルのグラスに手を伸ばすと、ブランデーを一気に飲み干した。


 その3日後、思いがけない訪問客があった。

嬉しくて、思わず自分で駅まで車で迎えに行った程だ。

その姿を見て、懐かしさと愛しさが込み上げ、思わず抱きついた。

「久しぶりっ、会えて良かったよ」

体を離すと、その顔を確認した。

「司も、ホント元気なんだな。本当に心配したんだから、もうやめてくれよ」

嬉しそうに微笑む亮の面影が、その笑顔に重なった。

「ごめん、ごめん。でも、もう何ともないよ。事故って言っても、怪我自体大した事なかったんだから。それに、お前のアルバムもやらなきゃならないし。行こう、屋敷の連中も待ってるよ。並木が来るって言ったら、朝から皆そわそわして、パーティーの準備してるよ」

並木のトランクを奪い取るように手に取ると、歩き出した。

 司から電話をもらった時は、夢を見ているような不思議な感覚だった。

ジュリエット解散のニュースが流れた時は、まるで夢でも見ているかのように信じられなかった。

自分のマネージャーにすぐ問い合わせをしてもらい、それが事実だと知ると、ショックだった。

それに追い討ちをかけるような、司の事故のニュースだ。

トラックと正面衝突し、勢いよく飛ばされ、地面に叩きつけられたという。

目撃者の話では、すぐその後紀伊也が駆けつけた時には、既に意識がなかったという。

病院に運ばれてから、命に別状はないという公表はあったものの、しばらくして、何の音沙汰も無くなってしまった。

 メンバーや、事務所の人間が足を運んだ形跡もないことから、病院にはいない事がわかり、その後行方知れずとなってしまったのである。

 並木も再三に渡って雅に問いただしたが、曖昧あいまいな返事しかなく、何処に居るのかさえもわからずにいたのだ。

司に関しての取材は、並木にもあったが、コメントは拒否していた。

しかし、忙しい身ではありながら毎日、司の身を案じていた。

それが突然、自宅に電話があり、司の声だと分かっていても、半信半疑聞いていた。

とにもかくにも、まず自分の目で確かめようと、仕事をキャンセルし、日本を飛び出して来たのだった。


 隣でハンドルを握る司の横顔をじっと見つめていたが、やはりせてしまったのか、以前のような輝きがない。

それに、ハンドルを握る手も、ほっそりしてしまっているし、先程抱き締めた時も、瞬間だったが、こんなにも細かったかと思うくらい、痩せてしまっていた。


 ******


 その夜、翔にここへ連れて来られてから初めて、ピアノの前に座った。

『夜想曲』、かなでながら、想っていた。

 もう一度、亮とこの別荘に居るのだ、と。

溢れ返る想い出に、涙が出そうになった。

そして、切ない旋律に、今夜は皆胸が締め付けられた。

 司の部屋のソファで二人は、ワイングラスを傾けながら話しをしていた。

並木の話は相変わらずだった。

しかし、そんな話から、今世間では何に関心を持っているのかが、手に取るように伝わって来る。

司も相変わらず、笑って聞いていた。

「そう言えば、この前友達が、ジュリエットの店に行って来た時、相変わらず忙しそうだったけど、それとは別に、3人とも疲れた顔してるって、言ってたよ。それに何だか、周りにマスコミの姿が結構あるって、言ってたな。司が来るんじゃないかって毎日張られてるみたいだって」

「え・・・」

口に付けかけたグラスを思わず離し、隣に座っていた並木を見上げた。

「司が事故った時も相当だったからね。あのニュースの後でしょ。事務所の方も大騒ぎだったし、俺もまた監禁状態だったし」

「そう・・・」

「皆とは連絡取ってるんでしょ? 秀也さんも一時、体調崩して入院したって聞いたし、もう今は大丈夫みたいだけどね。 ホラ、紀伊也さんも日本からいなくなっちゃったから、取材の的が3人に集中してるんだよ。 そろそろ、ほとぼりが冷めてもいいんだけどね ・・・・、どうかした?」

急に黙り込み、浮かない表情をしてグラスを見つめている司に気が付いた。

「いや・・・、何でもない・・・」


 ******


 翌日、天気も良く、思ったより体調も良いので、並木をドライブに誘った。

並木が来た事で、ユリアもスイスの自宅に戻り、週末翔が帰って来る時に再び来るというので、司の運転するオープンカーで、ユリアを駅まで送り届けた後、そのままマルセイユの方まで足を伸ばした。

 港に射し込む陽射しが眩しく暖かい。

しばらく二人は車を止めて、岸壁に沿って歩き出した。

 久しぶりに外を出歩いた司は、街と海の風を直接肌に受けて、しばらく感じていなかった空気を思い切り吸った。

眩しそうに空を見上げ、海を見つめた。

入って来る空気が新鮮だ。

大きな深呼吸を一つした。

「生きてて、良かったぁ」

「え?」

司の呟きに思わず目を見張った。

あの時、司が錯覚を起こした時、死にたがっていると確信してしまったからだ。

「ん?」

不安気に自分の顔を覗き込む並木に気付いた。

「司・・死ぬなよ」

「え?」

「あ、いや・・・、ホントに心配だったんだ。司が死んじゃうんじゃないかって。何処か遠くへ行ってしまうんじゃないかって、不安だった」

「考えすぎだよ」

岸壁に腰を下ろすと、足を海に向かって投げ出し、空を見上げた。


 後ろから見ていると、まるで恋人同士のようだ。

マルセイユの港近くのレストランで取材を終えた彼女はふと足を止め、岸壁に腰を下ろして海を見ながら語り合っている二人を見ていた。

どこにでもある光景だったが、二人には何か人をき付けるオーラでもあるのだろうか。雑誌の取材をしていると、そう言った独特の匂いというものを、ぎつける事が出来ているようだ。

 何気に見ていると、男の横顔に見覚えがあった。

以前、彼にインタビュー形式での取材をした事があった。

「並木さん? 何で、こんな所に?」

 隣に腰掛けているのは、誰だろう。とても華奢きゃしゃな感じのする女性? かしら・・・?

ふと、その人物がこちらを見た。

一瞬の出来事だったが、驚きを隠しきれず、思わずヨットの陰に身を隠し、鞄の中からカメラを取り出した。

「こんな所に居たなんて・・・」

震える手でレンズカバーを外し、カメラを構えた。


「なぁ、並木はもし、オレがどっか行っちゃったら、どうすんの?」

並木の顔を意地悪そうに覗き込んだ。

「馬鹿な事を言うな。俺はあの時、決めたんだから。司が、ずっと傍に居てくれって言った時、ずっと傍に居るって」


 え? ・・・


今、亮の声を聴いた気がした。

並木の顔が近づいて来た時、司はそのまま目を閉じて、並木の口付けを受けていた。

 遠く微かに、シャッターの音が切られていた。

普通の耳では聴こえはしない。

 その夜、司は並木に身を任せた。


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