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第十二章・解散(八)

解散(八)


 この道を車で走らせるのは何年ぶりだろうか。

一年前に来た時は助手席に乗り、隣では司がハンドルを握っていた。

あの時は、司の運転する車にまさか乗る事になるとは思ってもみなかっただけに、妙に感慨深かったのを覚えている。

司をかばって負傷したが、その司に命を助けられた。

司に命を救われたのは、なにもあの時ばかりではない。

 今まで、何度救われたか分からない。

何者かに背後から襲われそうになった時も、突然その人影が倒れ、気付くと、足元に小さな黒い塊が這っていた。

姿こそ現さないが、何らかの形で守られていたのを感じていた。

あれだけ情け容赦ようしゃなく司を使っていたにも関わらず、何故かその司に守られていた。


 -今度は俺が司を救う番だな・・・かと言って、亮の替わりは出来ないが 


ハンドルを握り直した翔は、アクセルを踏み込んだ。

 

 波の音が微かに聴こえて来る。

石段を昇り歩を進めて行くと、

やはり、そこに居た。

亮の墓石にしがみ付き、額を打ち付けていた。

近づくと、声を押し殺して泣いているようだった。

「司、俺と一緒に、ニースへ行こう」

翔はその細い両肩を抱き、墓石から離すと、自分の胸の中に抱き寄せた。

「翔兄さん・・・亮兄ちゃんの所へ、行きたい・・・」


 ******


 あれから5日、飲まず食わず、ずっと自分の部屋の窓際のロッキングチェアに座ったまま、庭の一角を見つめたまま過ごしていた。

 毎食、側のサイドテーブルに、誰かが食事と飲み物を運んではいたが、全く手を付けた形跡がないまま、それを下げていた。

誰かが入って来ても、振り向こうともせず、司は亮のお気に入りだったこのチェアに腰掛け、白いアーチを取り囲むように咲いているバラの花を見つめていた。

「また食べていないのか。皆心配しているんだ、少しは口につけたらどうだ」

しばらく、自宅で仕事が出来るよう手配し、ニースの別荘に滞在する事にした翔は、一日に何度か司の様子を見ながら過ごしていたが、相変わらず庭を眺めている司に、呆れながらも心配を隠せないでいた。

 和矢の話に寄れば、サラエコフの捨て身の能力は、一度浴びてしまえば、それを取り去る事は不可能に近いという。

どこまでタランチュラの能力が抵抗できるかにも寄るが、司がむしばまれている以上、それも難しいというのだ。

 とにかく司自身、本来の自分を取り戻さない限り、精神崩壊は更に進み、死に至るまで、その哀しみと苦しみから抜け出す事は出来ない。


 たかが失恋だと言ってしまえばそれまでだが、司にとってはそれだけではなかった。

司が、「光月司」として生きて行く為の、大切なかてを二つも失くしたのだ。

心の支えだった「秀也」という人物と、もう一つ、それの為に生きていたと言っても過言ではない 『ジュリエット』だ。


『俺のジュリエットは司だから、俺はお前の為に生きる。司は自分のジュリエットの為に生きろよ』

『え? オレも兄ちゃんの為に生きるよ。それでいいだろ?』

『ダメだ。お前が司である為には、自分の為に生きなきゃいけない』

『自分の為って・・・?』

自分の為と言われ、戸惑った。

突然そんな事を言われても、考えた事もなかったからだ。

ただ指令を全うする為だけに今まで学んで来たし、生きても来た。

今までの司には、それだけでしかなかったのだ。

最強の能力者狩の異名を持つ為には、どうしたらいいか? 

それだけしか、頭になかった。だから周りの者を全て排除していた。

 それが亮に愛されてから、何かが変わりつつあったが、亮を守る為に生きようと決心した時、自分の為に生きろと言われて、どう返事をしていいのか解らなかったのだ。

『自分の思う通りに生きてみろ。感じたままに曲を作ったように、お前が感じたように、生きてみればいい。ジュリエットというバンドは、その方法の一つにしか過ぎない。自分の為に生きる答えが見付るまでは、ジュリエットを大切にしてみろ。・・・それに俺は、お前がジュリエットの中で輝く姿を見てみたいよ。 それが俺の生きがいでもあるからな。・・・それに、ジュリエットをプロデュースするのは、この俺だろ』

そう言って亮は、微笑んでいた。


「兄さん・・・」

不意に呟くように、司が言った

 え?

思わず司を見たが、その司は相変わらず窓の外を見たままだ。

一瞬空耳かと思ったが、そうではなかった。

「ジュリエットは笑ったと思う?」


一匹のちょうが、バラの花の中に入って行った。

しばらく甘い蜜を吸っているようだった。


「え?」

司の問いかけに、言葉が詰まった。

あの時は、『笑ったと思う』と答えたが、今この司の言う『ジュリエット』が何を差すのか、一瞬戸惑ったのだ。


さっきの蝶がバラの中から出て来て、しばらく白い小さなバラの上をひらひら舞っていた。

そして、赤いバラに差し掛かった時、何かにそれをはばまれた。

 透明な糸に絡まったようだ。

その美しい羽をバタつかせてもがいたが、もがけばもがく程に、その透明な糸は絡み付いて行く。

その様子をその糸の主が息を潜めて見つめていたが、やがて、絡み付いてのがれる事の出来なくなったのを確認すると、ゆっくり近づいて行き、その細長い脚を研ぎ澄ますと、牙を剥いた。


「ジュリエットは笑う事なんて出来なかった。ジュリエットが笑ったなんて、嘘だ。・・・ジュリエットは、哀しみと絶望の果てに死んだんだ・・・・ジュリエットは・・・」

言いながら、白いバラが潤んで見えなくなって行く。

「兄ちゃん、もうどうする事もできないよ。 兄ちゃんのジュリエットはなくなっちゃったんだ。もうオレには何も無い、何も無いよ・・・亮・・お前の処へ行きたい」

止め処なく溢れて来る涙をぬぐおうともせず、庭に咲く小さな白いバラを見つめている司に、翔は胸が締め付けられ、思わず顔を背けた。

 いっそこの手で、司を亮の元へ送り届けたい、そんな気にさえなる。

しかしそれでは、司を救う事にはならない。

どうする事もできず、ただ黙って司を抱き締める事しかできなかった。

自分の腕の中で泣いている妹が、とても小さく見えた。

「そう言えば・・・お袋が言っていたな」

ふと思い出した。

何故急に、思い出したのか自分でも解らない。


『もうすぐあなた達の妹が生まれるのよ。きっと可愛い女の子になるわ。守ってあげてね』

大きなお腹をさすりながら、優しく微笑んでいた。

お腹の子が女だと分かった時、亮太郎は落胆していたが、母は表にこそ出さなかったが、内心大喜びしていた。

周りに誰もいないのをいい事に、翔と亮の前では、そう言っていた。

『女の子ならお父様もひどい事はなさらないでしょうよ。 生まれて来たら、うんと可愛がって、普通の生活をさせてあげたいわ。そして、好きな人と結婚させてあげて、沢山子供を作って、幸せな家庭の中で、生きて行って欲しいわ』

 その時二人はまだ10歳になったばかりだったが、母の言っている事が理解できるだけに、司を生んですぐに亡くなってしまった時には、哀しみに暮れる一方で、二人は、司を守ると誓い合ったのだ。

 が、それも虚しく、洗脳されるように成長して行く様にたまりかねて、亮は司の元へ走ってしまった。

翔はそんな亮をうとましく思いながらも、どこかうらやましくも思っていた。

亮は自分の本心に一途な男だと、今更ながら尊敬もしていた。


「何で、オレは女に生まれて来たの? 兄さん達のお袋がそんな事言ったって、オレは普通じゃないんだ。・・・男で生まれて来ればよかった・・・何で、男として生んでくれなかったんだよっ、それならいっそ・・」


 !?


不意に翔を突き飛ばすと、上着の内側に掛けてあった銃を素早く抜き取って、自分の喉下に突きつけた。

「司っ!?」

安全装置を外し、引き金を引いたが、カチっと音が鳴るだけだった。

翔も念の為、弾は抜いておいたのだ。

「兄さん・・・何で・・・」

そのままガクっと、膝を付き、銃を握り締めたまま俯いた。

思わず翔は目をそむけてしまった。

こんなにまで打ちひしがれた司を見たら、亮は何と言うだろうか。

「司、今のお前を見たら亮はなげくぞ。それどころかお前がそんな事で死んだって、亮は喜ばない。・・・お前が亮とどんな約束をしたか知らないが、少なくとも俺には、お前が亮との約束を果せたようには思えない。亮の処へ行くのは構わないが、ちゃんと約束を果してからにしろ。でないと向方へ行っても、亮はお前を迎えになんか来ないぞ。あいつもそこまで生ぬるい男じゃない」

 何度、亮と言い争ったか知れない。

それは互いに、司を思っての事だった。

双子の兄弟という見えないきずなが、そうさせるのだろうか。

決して亮が、そんなに甘く優しいだけの男ではない事は、十分過ぎる程解っていた。


「兄ちゃんとの約束・・・」

『自分の為に生きろ』

そう言っていた。

しかし今の司には、それが何なのか全く解らない。

考える事すら、出来ずにいた。

 突然銃を放り投げると、床に壁に拳を打ちつけ、カーテンを引き裂き、窓ガラスも叩き割った。

翔は慌てて抱きかかえ、司のみぞおちに当身を一発喰らわすと、何の抵抗もなく倒れこんでしまった。

異常なまでに軽い司をベッドへ運ぶと、自分の銃を拾い元に戻し、一つ溜息をついて部屋を出て行った。


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