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第十二章・解散(四)

解散(四)


 紀伊也がニューヨークへ発ってから二週間が過ぎた。

窓の外から射し込む陽射しも明るく暖かい。

窓を開ければ、冷たい風に混じってまったりとした温かい空気が入り込んで来る。

 また春が来た。

あれから毎日のように顔を出す並木に、司も亮に会っている気がして、幾分元気を取り戻していた。

表情も明るくなり、笑顔さえ見せるようになっていた。

体中の傷は癒えてはいたものの、今まで全てを拒絶していて、ほとんど食事も取っていなかった事から、体力の消耗が激しく、回復が遅れていた。

 が、ここへ来てようやく食事にも手を付けるようになり、雅も安心してユリアに報告していた。

 この分なら、あと1ヶ月位で退院できるだろう。

そう思いながら病室へ向かう雅の足取りも幾分軽かった。

部屋へ入ると、案の定並木が傍らの椅子に腰掛け、司と談笑している。

他愛もない話だ。

昨日、撮影で何があった。取材で何を応えた。今、流行っているもの。そんな会話に、司も笑って聞いていた。時折、冗談さえ覗かせていた。

「調子、良さそうだな」

白衣のポケットに手を入れながら、司の顔を覗きこむ。

何か探られているようで少しムッとするが、すぐにはにかみ笑いを浮かべた。

「まあね、少し食欲も出て来たみたいだし」

「そっか、良かったな。この調子で行けば、来月には退院出来るかもしれない。その前にリハビリもしないと」

「退院!? ホント!?」

「ずいぶん、嬉しそうだな」

司が嬉しそうに並木と顔を見合わせたのを、微笑みながら見て言った。

「うん、それじゃ、初夏にはニースへ行けそうだな。並木に庭を見せてあげるって、約束したとこだったんだ」

「ニース?」

「そう、庭のバラ。亮兄ちゃんが植えたバラだよ。並木がそこに立っているのを見てみたいんだ。きっと似合う筈だから」

「司も強引なんですよ。その時季にはキャンセルしてでもオフを取れ、とか言って。もうスケジュール埋まってるのに。どうしても、僕と亮さんを重ねたいらしいんです。僕は亮さんじゃないよって言ってるのに」

並木も呆れたように言う。

一瞬、雅は驚いた。

並木は司にそんな事まで言えるようになったのか、と。

「兄ちゃんじゃなくたって、顔と声が同じなんだ。 似たようなもんだろ? それに屋敷の連中だって、お前の事、兄ちゃんが居るみたいだって、喜んでたじゃない。きっと、庭のバラ達も喜ぶに決まってる」

そう応える司にも驚いていた。

数週間前までの司が嘘のようだ。

紀伊也が、並木に任せたのは正解だった。

 毎日紀伊也から電話があり、様子を訊かれるが、紀伊也も安心したように雅の報告を聞いていた。

が、その紀伊也も忙しそうだった。新規参入の話があるようで、眠る間もない程だと言っていたが、雅は紀伊也がビジネススーツに身を包み、パソコンに向かっている姿を想像すると、少し笑えた。

「じゃあ、少し眠るかな」

少し疲れたように言うと、司は体を倒した。

元気になったとは言え、体を起こして話が出来るのも限られている。

やはり体力がついて行かない為、すぐに疲れてしまうのだ。さすがに司も無理は出来なかった。

雅も司が自分から「休む」と自分の身を守る事をしてくれる事には、安心していた。

元の司に戻りつつあった。

「そうだね、じゃ、また来るよ。何か持って来て欲しいものはある?」

「そうだな、久しぶりに週刊誌でも見るかな。あとね、あそこのシュークリーム」

並木の顔を覗き込み、覚えているかどうか確認する。

以前、並木にしつこいくらい誘われ、ほとんど言いなりで嫌々食べていた一口サイズのシュークリームだ。

一口サイズの割りに、シューが少しパリッとし、中のカスタードクリームがふわっと軽く、好きなら一度に何個でも食べられそうだった。

一瞬考えた並木だったが、思い出すように吹き出すと、

「わかったよ、じゃ、また」

そう言いながら立ち上がると、軽く手を振って出て行った。

並木の後姿を見送りながら一度窓の外へ目をやり体を倒すと、枕に頭を埋め目を閉じた。

雅も安心して自分の部屋へ戻ると、カルテを広げ仕事を始めた。

 暖かな春の空気に包まれ、病室も温もりに溢れていた。

司も安心したように、深く心地の良い眠りについていた。


 一人の白衣を着た医師が、ポケットに手を入れながら最上階に止まったエレベーターから出て来ると、奥の部屋へ向かう。

そっと扉を開け、中へ入り、ベッドで眠る司を見つめた。

その冷ややかな眼差しからは、何も感じ取る事が出来ない。

白衣のポケットからそっと手を出し、握り締めていた手を、点滴へ持って行く。

そして、ゆっくりと握り締めた注射針を、点滴の液体の中へ刺した。

注射の中に入っている液体を入れようと指を動かそうとした時、その男の目が妖しく光った。


 っ!?

 殺気!?


咄嗟に身を起こした司は、自分の腕から点滴を抜き捨てた。

次の瞬間、ふりかざした男の手が司に襲い掛かったが、瞬時にそれをよけた拍子に、ベッドから転がり落ちた。

激しい衝撃が全身を襲う。

が、容赦なく男は司に覆いかぶさり、その右脇腹に一発入れた。

「あうっ・・・、っくーーっ・・・っ!?」

癒えたばかりの傷に衝撃が走り、激痛が全身を襲う。

今の司には、その激痛に耐え切れるだけの体力はない。

腹を押さえて呻くが、その余裕すら与えず男は腹にまたがると、両手で首を締め付けて行く。

ギューっと押さえ込まれ、苦痛に歪む司の顔を嘲笑うかのように見ると、片手で締め付けて、もう片方の手に握り締めた先程の注射針を、司の顔目掛けて振り下ろそうとしたが、辛うじてそれを片手で受け止めた。

もう片方の手で、首に巻きついた手を振り解こうとするが、充分な力が入らない。

徐々に押されて行くのが分かる。

男の指に力が入る。

「貴、様・・何者だ・・・っ!?」

その時、注射針から一滴の液体が、司の口の中に入った。

男の指に更に力が入った時、その液体を飲み込んだ司の顔色が変わり、慌てて顔を背けようとしたが、締め付けられた首が思うように動かない。

更に液体が落ちて来た時、背後で女性の悲鳴が聞こえた。

 物音を聞きつけた二人の看護婦が走って来ると、部屋の中央の床に白衣を着た男が、司に馬乗りになり、片手で首を絞め、もう片方の手で、何かを突き刺そうとしていたのだ。

男がひるんだ隙に、男の体を力いっぱい跳ね除けたが、立ち上がる体力がない。

その内、意識が朦朧もうろうとして来る。

男は一瞬司を見下ろし、冷ややかな視線を投げ付けると、口の端を上げて笑った。

 その笑みは、中東のオアシスで見せた白銀の髪をした男の笑みそのものだった。

そのまま男は看護婦を押し退けて走り去ると、非常口へ行き、扉を開けると、階段の手すりから身を躍らせた。

 薄れて行く意識の中で、ふと名前を呼んでいた。

次の瞬間、左胸に激痛が走り、その鼓動が早くなって行く。

その心臓が今にも飛び出しそうになり、その内息が出来なくなると、苦痛に歪んだまま意識が失くなった。


 もう何年も聴いていない声のようだった。

不意に懐かしい声で名前を呼ばれたが、その声は今にも消えそうだ。

ハッと身を起こし、耳を傾けたが、二度とは聴こえて来なかった。

自分も呼びかけたが、返事はなかった。

今度は慌てて受話器を取上げようと手を伸ばしたが、逆に音が鳴って、ビクッとしたが、ためらわずに取上げた。

 雅から知らせを受けた紀伊也は、翌日の便で東京に戻って来ると、そのまま病院へ向かった。

 案の定、病院の周りは物々しい警戒態勢が敷かれ、その周りを報道記者が取り囲んでいた。

紀伊也が入って来るのに気が付いたカメラマンが走り寄るが、SP達にはばまれ、辛うじて姿を撮るのが精一杯だった。

振り向きもせず、足早に病院へ入って行く紀伊也を黙って見送るしかなかった。

 それにしても、他のメンバーはどうしたというのだろう。

紀伊也がニューヨークへ行った事は、皆の知るところだ。

その紀伊也がすぐに帰国して来ているのだ。

が、他の三人が今何処にいるかは事務所側も知るところではなかった。


 秀也が滞在先のホテルで電話を受けた時、部屋には晃一もナオもいた。

三人で、今後の事について酒を飲みながら話をしていた。

ここへ来る前晃一は、紀伊也から司の容態が順調に快復している事を聞かされ、ホッと胸を撫で下ろし、安心してここハワイに来る事が出来たのだ。

 あんな形で司と別れて来た事に、三人は何か後ろめたいものを感じたが、司がすっかり変わってしまっていた事への動揺の方が大きかった。

それ故、意識が回復した後、拒絶された事の怒りというよりは、不安という気持ちの方が大きく、皆司を心配していた。

 それに何より、秀也との破局がショックだった。

以前から薄々気付いていた晃一は、責める気にもなれない。それはナオも同じだった。

二人に関してはどうする事も出来ないでいた。

あれから三人はずっと、司の事を口に出すのは控えていた。


 受話器を置いた秀也は、青ざめ手が震えていた。

その内、全身が震えて行くのが自分でも分かる。

「秀也?」

振り向きもせず、受話器に手を置いたままじっと電話を見つめている秀也に晃一が不安を覚えた。

「・・・司? 司に何かあったのか?」

何故かそう思った。

「秀也っ!」

晃一は立ち上がって、秀也の肩を掴んで振り向かせると、そのこわばった表情に驚いた。

「襲われた、って・・・、病院で・・・、毒、入っ・・・たって・・・」

震える声で途切れ途切れに言う秀也に晃一は苛立ちを覚えるが、その一つ一つの単語に愕然と秀也を見つめる。

「何、言ってんだ、秀也?」

ナオが近づいて二人を交互に見るが、二人のその表情からにわかに察し、秀也を押し退けると、受話器を取上げボタンを押した。


 ******


 事務所の中もパニックになっていた。

再び司が襲われ、しかも紀伊也以外のメンバーの誰とも連絡が取れないのだ。

 あの狙撃事件でも、実際に撃たれたのは司だったが、あの後警察に渡したビデオの再生を見ても、誰がどう見ても、司が秀也をかばって撃たれたとしか思えなかった。

脅迫の小包は全て司宛だったが、銃弾はステージに飛んで来ている。

メンバーの誰が狙われても、おかしくはなかった。

三人の消息が掴めず、チャーリー始め、スタッフは生きた心地がしない。

手元で鳴った電話を無造作に取上げた透は、その声と名前を聞いて一瞬息を呑んだが、勢いよく立ち上がると叫んだ。

「ナオさんっっ!?」

同時に、椅子が大きな音を立ててひっくり返り、一斉に皆の注目を浴び、事務所内は静まり返った。

「本当にナオさんですかっ!?」

透の叫び声に、チャーリーと宮内、それに他のスタッフも駆け寄って来る。

「何処に居るんですかっ!? 晃一さんはっ!? 秀也さんはっ!? とにかく無事なんでしょうねっ!? 大丈夫ですかっ!? もうっ、心配してるんですよっっ」

一気にまくし立てられ、一瞬受話器から耳を外した。

「透、落ち着け、とりあえず俺たちは三人一緒にいる。 で、司に何かあったのか? 何があったか教えてくれ」

「知らないんですかっ!? もう、何処に居るんですかっ。 ・・・・。海外・・?」

透は一瞬考えた。これだけ国内で大騒ぎになっているのに、知らないという事は、国内にいない事になる。それに三人の携帯電話もつながらなかったのだ。

一つ深呼吸すると、透は説明した。

「もう、二日も経つんですけど、まだ意識は戻らなくて、今だに昏睡状態ですよ」

最後にそう付け加えるとため息をついた。

あれだけ一つになり、仲間同士の絆が強かったメンバーが、バラバラになって行くのを感じた。


 一発の銃弾が全てを変えてしまったのだ


透はRにも喰らい付いた。

何故もっと早くに気付いて、司を助ける事が出来なかったのか。

しかし、Rの応えは一つだった。

『タランチュラ自身の事は関係ない』

それだけでそれ以上は何も言わなかった。

それより逆に、報告を怠っていた事を責められた。

 ハヤブサの覚醒だ。

その存在すら知らなかった。

 7年前に封印されたというもう一人の能力者。それが、実際に会った時、若宮家の次男である和矢であった事には、驚きを隠し切れなかった。

手の付けられない暴れん坊で、各暴走族を取り仕切っていたと聞いた事がある。

その鷹の射るような眼に見つめられた時、身の縮む思いをするとはこの事か、という程に鋭い瞳をしていた。

『三人揃う所に敵なし』

という事を何処かで聞いた事があった。

それは、『殺戮さつりくのトライアングル』とも言われていた。

そのトライアングルに陥ちた者は、二度と戻る事はない。その意味が解った気がした。


 ******


「解毒が遅れた? どういう事だ」

病院へ着くなり雅に言われ、紀伊也は驚いた。

しかし、何もそこまで慌てる事はないだろう。

毒ならば大量でなければ、全てに免疫がある筈だ。

しかし、雅の説明を聞いている内に、紀伊也の顔色が変わって行く。

 雅が駆け付けた時、司は発作を起こして倒れていた。

看護婦の話に寄ると、男が馬乗りになって首を絞めていたという。

体中の傷による激痛が再び襲ったのだろう。

それに寄るものだと思っていたが、どうも様子がおかしい。

心臓の痙攣けいれんが止まらないのだ。

急いで検査を行ったが、異常は見られない。

もう一つ、看護婦が何か言っていた事を思い出して、竹宮にすぐ連絡を取ると、飛び降りた男の手に、注射針が握られていたと言うので、雅はすぐにその中身を調べるよう依頼すると、その液体には複数の毒が入っていたのだ。

クロロフォルム・ヒ素、そして何か生き物の毒。 その何かが特定出来ず、今も尚調査中だ。

「その二つなら問題ないだろう? それに微量だ」

紀伊也はその程度で死に至る事はないと確信していた。

「問題は毒じゃない、司の血だ」

今の司の中には半分、紀伊也の血が流れている。

完全に司の血となるには最低でも半年はかかる。それも、完全に快復し、通常の体力に戻ってからの話だ。

今の司の体力では、全く抵抗出来ないのだ。

「紀伊也、お前の免疫力はどれ位あるんだ? その二つは、問題ないんだろうな」

「問題ないと言えば問題ないが・・・、あるとすれば、同時に複数摂取すると、体の一部に痙攣けいれんを起こすか、麻痺まひが起こる。まぁ1、2ヶ月もすれば治るが・・・。それと、司とどう関係あるんだ?」

「つまり、今の司の抵抗力は紀伊也、お前と同じか、それ以下だ。体力がなさ過ぎなんだ、しかも発作まで起こしている。それにもし、もう一つの毒がタランチュラのものだとしたら・・・」

「・・・共食いか・・・」

紀伊也は、自分の言った言葉に耳を疑った。

確かに二種類の毒を同時に摂取した時、手足にしびれを起こし、指が麻痺した。

過去の経験からそれは実感していた。

しかし、それ以上同時には受けた事がない。

もし、三種類の毒を同時に受けたらどうなるのだろう。

今の司は、自分以下の抵抗力だと雅は言った。

 もし、そうだとしたら・・・

この先を考えると、紀伊也は血の気が失せ、今にも倒れそうになる自分を必死に保とうとするしかなかった。


 また、自分の血で司を殺してしまうかもしれない



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