外伝・出逢い(二)
出逢い(ニ)
土曜のライブハウス。
いつものように興奮と熱狂の渦に飲み込まれるが、今夜は一段と激しさを増す。
今夜はジュリエットのメインライブだった。
前座を務めた2組のバンドのメンバーも、観客に混じって絶叫していた。
司のあんなに高揚した顔を見るのは久しぶりだ。
祐一郎と和矢は顔を見合わせると笑みを浮かべ、ステージでマイクを振りかざして歌う司を見つめていた。
ふと、司と目が合ったような気がした。
司がこちらに気が付いて、今までには見せた事のない照れたような笑みを浮かべた。 が、その視線とぶつかる事はなく、それを辿って行くと、少し離れた所のカウンターに寄り掛かってステージを見ていた男が、同じような笑みを浮かべていた。
「誰?」
和矢に訊かれ、祐一郎がその視線を辿って行く。
「ああ、秀也だよ。ホラ、紀伊也の後釜の」
ふーん、と和矢はやり過ごし、再びステージへと目を向けた。
演奏が全て終了し、観客の歓声に手を振って応えながらステージ脇へと消えて行くメンバーに、アンコールの声が止まない。
普段は余り応えることはないが、今夜は再びステージへと戻って来ると、一層皆の興奮を煽り立てた。
それを沈めるかのようにスローバラードの曲が始まり、アコースティックギターを抱えた司が歌い始めると、歓声に沸いていたホールも静まり、皆耳を傾けていた。
切なく甘いラブソングだった。
司の甘い歌声に酔いしれて行く観客は、いつの間にか自分達の中で爆発していた熱が徐々に冷やされ、ついでに心が癒されて行くのを感じると、曲が終わった時には誰も叫び声を上げる事などしなかった。
ただ、その余韻に浸っていた。
「ああ、和矢、来てたんだ」
首にタオルを掛け、額の汗を拭うとコーラを飲んだ。
「始まるちょっと前にね、何とか間に合ったよ。今日はなかなかいいステージだったな」
「だろ」
相変わらず謙遜する素振りを全く見せない所が司らしい。
「アンコールで歌ったラブソング、あれ、いつ作ったんだよ」
冷やかしのつもりで言ったのがいけなかった。
亮が亡くなってから、司にそんな余裕のない事位、和矢には分かっていた筈だ。
これが、亮と作ったラブソングだという事位、聞かなくても解っている事だった。
司の刺すような目に睨まれた時、思わず言ってしまっていた。
「いい加減、亮の事は忘れろよ」
「え?」
「亮と作った歌をあんなに切なそうに歌われたんじゃ、たまんねぇよ。いい加減立ち直ってくれねぇと、やりにきぃんだよ」
バシッ
思わずコーラを持っていた手で和矢の頬を殴り飛ばすと、缶が勢いよく床に転がった。
「言っていい事と悪い事くらい、てめェのちっぽけな脳みそでも解ると思うんだがなっ」
「何だと・・・っ!?」
吐き捨てるように言う司に、思わずカチンっと来た。
その瞬間、二人の視線が火花を散らすようにぶつかる。
周囲にいたメンバーも息を呑んで二人を見守ったが、既に一歩退いている。
「今日こそカタつけてやるっ。10勝4敗、これでもてめェはオレにやる気かよっ」
「ばぁか、1つ負けを減らしてんじゃねぇよ。てめェは俺に5敗してんだぜ」
「うるせェ、あれはてめェがオレを3階から突き落としたから足を挫いたんだろが。勝負の上じゃ オレが勝ってたんだっ」
そのセリフにメンバーはゾッとすると、更に一歩退いた。
この二人の喧嘩はいつも命懸けだ。
仲が良いのか悪いのか分からない。下手に手を出して止めようものなら、こちらがケガをするのは目に見えていた。
「ふんっ、そんなの負け惜しみだ。こっちこそ借りを作りっ放しだからな、今日こそ利子付けて返してやるぜっ」
「おうっ じゃ、返してもらおうかっ」
言いながら首に掛けていたタオルをガッと掴むと、和矢目掛けて投げ付けた。
が、間髪それをかわした和矢は、司に廻し蹴りを喰らわすが、司はそれを体を捩って避けると、すかさずその足を叩き落とし、和矢が床に転がった瞬間、覆いかぶさると顔を目掛けて拳を振り下ろしたが、それを辛うじて和矢が避けると、司の拳は床に叩きつけられた。
さすがに司も顔をしかめると、その隙を突いて和矢の脚が司の腹を蹴り飛ばした。
ガタッガタッ、 ガッシャーーンッ!!
そのまま司はテーブルと椅子に倒れたが、和矢が更に覆いかぶさって来るのを、今度は司の脚が和矢の腹を蹴り飛ばす。
「おいっ、やめろっ!!」
堪らず、祐一郎が声を荒げた。 が、その声は熱くなっている二人には、もはや届かない。
司の拳が和矢を襲えば、和矢がそれを椅子で避けると、代わりにその木の椅子が、音を立てて真っ二つに割れ、破片が周囲に飛び散る。
それを見ていた人の輪は、徐々に遠くの方へ広がって行く。もし巻き添えを喰らったら大変だ。
和矢のケリが司の代わりにテーブルに入ると、それも叩き潰された。
互いに攻撃は仕掛けているものの、どれもまともに体に入らないのだ。
それが、更に二人を苛立たせていた。
どちらかに一発入れば、勝負は付くのだった。
「お前ら、誰か止めろっ。司っ、和矢っ、いい加減にしろっ! 店をぶっ壊す気かっ!?」
祐一郎が止めに入ろうとするが、なかなか近づけない。
仕方なくメンバーが間に入ろうとするが、邪魔をするなと逆に殴り飛ばされた。
二人が壊れたテーブルと椅子に少し距離を置いて倒れ、立ち上がろうとしたところを、ようやく後ろから羽交い絞めにする事が出来たが、尚も二人は暴れ出している。
「和矢っ、いい加減にしろっ」
紀伊也と晃一が両脇を抱えている。
「離せっ、今日こそ司を殺ってやるっ。ムカつくんだよっ。お前みたいなヤツに会いさえしなければ、俺はっ!」
「和矢っ!」
言いかけて紀伊也に制された。
「上等じゃねぇかっ、貴様に殺られるなら本望ってもんだぜっ。殺れるもんなら殺ってみろっ」
司が力いっぱい両肘を後ろに振ると、両脇を抱えていたナオと竜一が腹を抱えて呻いた。
今にも和矢に殴りかかろうとする司を、目の前から誰かが抱きかかえた。
「秀也っ、ケガしたくなけりゃ、すっこんでろっ!!」
一喝して振り払おうとしたが、秀也も必死だ。
「ばかっ、やめろって。こんなとこで何やってんだっ!」
その時、紀伊也と晃一に両脇を抱えられた和矢が、二人を軸に飛び蹴りを喰らわせた。
「うわっ!!・・・っ」
ドサっ ・・・・・。
二人共、蹴り倒されてしまった。
一瞬の出来事に皆、凍り付いたように倒れた二人を見つめていた。
その内、下にいた秀也がゆっくり起き上がると、上にいた司はそのままずるずると滑っていき、床にうつ伏せたまま動かなくなってしまった。
「勝負あり、だな。ばかが、自分から入りに来やがった」
咄嗟の出来事だった。
二人の喧嘩を邪魔するものは許さない。和矢も逆上していた為、目の前に立ち塞がった者を蹴散らそうとしたのだ。
その瞬間、後ろにいた筈の司が彼ごと体を反転させ、和矢の両足は見事、司の後頭部を直撃したのだった。
さすがの司も急所を外せなかったらしい。しかも和矢の一撃を喰らえば、ただで済む訳がない。
それに考えてみれば、ライブをやった後の疲れた体だった。
死んだように気を失った司をとりあえず、一番近い秀也のアパートへ運んだ。
病院や実家に運んで大事にはしたくない。紀伊也としてもそれは避けたかった。
自分がいながら二人を止める事が出来なかったとなれば、どんなにRは怒り狂うだろう。
しかし、同士討ちのような事をするこの二人にも、些か呆れていた。
「秀也、悪いな。店の方は何とかするから司を頼むよ。今日は多分、目を覚まさないと思うから」
ベッドで眠る司に目をやりながら言うと、秀也は少し困惑した顔で
「うん、分かった」
と頷いた。
司が自分を庇ったのは確かだった。しかし・・・・。
秀也は、初めて見る司と和矢の喧嘩に、ただ恐怖を感じずにはいられなかった。
止めに入った時、もしかしたら自分が殺られるかもしれないと思ったからだ。
自分でも止めに入っていた事には、正直驚いていた。
しかし・・・、これから一緒にバンドをやっていく仲間の中心でもある司が、こんなにも喧嘩早いとは・・・。
どちらかというと、争い事を好まない秀也としては、先行きの不安を感じずにはいられなかった。
紀伊也の言うように、朝になっても目を覚ます気配を見せなかった。それより、寝返りも打った形跡すらない。
本当に眠っているのだろうか。もしかしたら、死んでいるのではないか・・・。
ふと不安になり、顔を近づけてみると、微かに息をしている。
ホッと胸を撫で下ろし、再び顔を見ると、少し色白とも取れるその肌は、弾けそうなくらい滑らかで綺麗だ。
-男にしておくのはもったいないな。
そう思った瞬間、考えた自分が可笑しくなって、くすっと吹き出してしまった。
司が目を覚ましそうもないので、シャワーを浴びに行ったが、出て来ても動く気配さえ見せない。
しばらくコーヒーを飲みながら、新聞を読んだりテレビを見ていたりしたが、それでも目を覚まさない。
時計を見ると、もうすぐ昼の12時だ。
少し心配になって、晃一に電話をしてみようと思い、短縮ダイヤルのボタンを押しかけたところで、その晃一から電話がかかって来た。
慌てて1コールで出る。
「あ、晃一」
「悪かったな。で、どう?」
「それが、全然起きないよ。動く気配さえないし。ホントに病院に連れてかなくて大丈夫?」
ベッドを振り返りながら不安が募る。
「 ・・・ 、おい、和矢、大丈夫なんだろうな ・・・・ え? ばぁか、お前のせいだろ・・・ ったく、・・・、あ、ごめん、今からそっちに行くよ」
昨夜、晃一のアパートに泊まった和矢に、晃一が怒った口調で訊いていた。
「うん、じゃ」
受話器を置きながら、本当に大丈夫なのだろうか考えた。
あれだけ勢いよく頭を蹴り飛ばされたのだ。打ち所が悪ければ、死んでもおかしくはない。それに後遺症も・・・。
あれこれ不安を募らせながら、二人が来るのを待った。
30分程で二人が来ると、秀也はホッとしたように迎え入れた。
「へぇ、晃一の部屋とは大違い」
感心したように和矢は入るなり部屋を見渡した。
同じ6畳一間のワンルームのアパートとは思えない程広く感じる。
ベッドに本棚・クローゼットに座卓。 家具は晃一と同じ数だけあるが、それらが綺麗に収納されているのだろう。 脱ぎっ放しの服・読みかけの雑誌・ビールの空缶等々はなかった。
「うるせぇな。秀也は几帳面なんだよ」
和矢の頭をはたき、ベッドにもたれ座ると、上で眠る司を見上げた。
「おーい、司ぁ、大丈夫かぁ?」
声をかけてみるが返事がない。
ちらっと和矢を睨むと、仕方ねぇなと、口を尖らせながらベッドへ近づき顔を覗き込んだ。
死んだように眠ってはいるが、司は問題なく生きている事は確かだ。
それに、脳波も乱れてはいない。 二人をつなぐ脳波は至って正常だった。
試しに呼びかけたが、こちらは拒否された。
ただ、眠っているだけだった。
「あれ位で司がくたばるかよ。その内、腹減ったとか何とか言いながら起きて来るよ。心配すんなって」
和矢は不安そうな目をしてこちらを見ている秀也に向き直った。
「でも・・・」
「ま、面倒かけるけど、もうちょっとここで寝かせといてやって。 こいつも昨日のライブは相当緊張して、気合入れてたみたいだから、終わってホッとしたんだろ」
言いながら司を見るその眼差しは、親友として司の大役を労う眼だった。
「 ったく、お前ら仲が良いんだか悪いんだか、分かんねぇな」
呆れたように晃一は和矢を見上げると溜息をついた。
「なぁ、メシでも行くか。そろそろアイツ等も来る頃だろ」
時計を見ながら晃一が言うと、ピンポーンとチャイムが半分鳴り、秀也がドアを開けると、ナオ・竜一・紀伊也が顔を出した。
三人は下で待ってると言ってすぐ出て行と、晃一と和矢も秀也を促して外に出た。
「司はいいの?」
メンバーの誰も気にしない素振りに、秀也は少し驚いて訊くが、ナオと竜一は半分怒ったように呆れている。
「いーんだよ、ほっときゃ。ったく、寝起きに一発ぶち込みたいくらいだぜ」
忌々しそうにナオが言うと、竜一も頷いた。
昨夜止めに入った時、司に思い切り肘鉄を食らわされたのが気に入らないのだろう。
二人は両手をズボンのポケットに突っ込むと、肩を並べて歩き出した。
15分程歩いた所のファミリーレストランに入る。
日曜の昼時はさすがに親子連れが多いが、やはり自分達のような学生が店を占めていた。
さすがに、大の男6人が肩を並べて歩いて行くと、皆の注目を浴びる。それに彼等は普通の学生だが、そうでもなかった。
アマチュアバンドの専門誌にも度々載る、言わずと知れたジュリエットのメンバーだ。
やはり何か惹き付けるオーラを醸し出しているのだろう。皆の視線は6人に釘付けだ。
が、今日は今ひとつそのオーラにも迫力がない。それもその筈、中心となる司がいないからだ。それに、メンバーも何故か機嫌がよろしくなかった。