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第十一章・覚醒(三の2)


「えっ・・・」

一瞬二人は息を呑んだまま絶句してしまった。

晃一が何を言っているのか理解出来なかったのだ。

「 ・・・だから、秀也には他に彼女がいんだよ。司も知ってるよ」

もうこれ以上は話したくはない。いらぬ想像をしたくはなかった。

後は秀也本人の口から言わせればいい事だ。


 紀伊也は司が再び昏睡状態に陥った事を知らせるべく、秀也に連絡し続けたがつながらなかったのだ。

仕方なく晃一に連絡し、その事を伝え、晃一なら何か知っているだろうとふと思い、訊ねるとやはり二人の事について何か知っていたのだ。

そして今、晃一のマンションにナオと三人で秀也を待つ間、想像もつかないような事実を告げられたのだった。

「司も知ってるって、どういう事だよ」

ナオが信じられないと、晃一を責めるように見た。

「彼女に会ってるんだよ、あの日」

晃一は、あのライブの始まる前に秀也が司に彼女を会わせた事を話した。

バラの花を踏みにじった司の様子が忘れられない。

はっきりと見た訳ではないが、長年付き合っていれば、どんな表情をしていたかくらいは解る。

それに、あの時、司は晃一の事を本気で殴った訳ではない。振りかざした拳の勢いは強かったが、晃一の頬には触れただけだったのだ。「痛い」と言ったのは、司の気持ちが痛かったのだ。


 それから秀也が来るまでの30分が、一日以上に長く感じていた。

その間、三人は黙ったまま、各々違う方向を見つめていた。

 ようやく秀也が現れると、晃一はホッとしたように、秀也を迎えたが、ナオはとても複雑な心境だ。

紀伊也に至っては、あくまで冷静さを保とうとしていたが、司の生命が懸かっているだけに、責めずにはいられなかった。 

「司が昏睡状態だって?」

入って来るなり秀也はそう言って皆を見渡したが、三人共に各々複雑な表情で秀也を見ている。

「紀伊也?」

「聞いたよ、晃一から。お前と司の事。ここんとこずっと、彼女のとこに居るんだって?」

冷たく突き放すように言う紀伊也に、思わず息を呑んで晃一を見ると、決まり悪そうに秀也を見て首をすくめた。

「別にそんな事を責めてるワケじゃない。お前が何しようと勝手だが、今回ばかりはそうもいかない。お前と司の間に何があったか知りたいんだ」

「紀伊也?」

ナオが驚いた。

他人の恋愛沙汰など全くもって無関心な紀伊也が怒ったような口調で訊いているのだ。

それに、それと司の昏睡状態とどう関係があるというのだろうか。

「司と何があったんだ?」

「・・・・・」

「何でそんなに司の事訊きたいの?」

「司とどうなってんだよっ」

晃一の驚いた声と紀伊也の怒鳴る声が重なった。

そして、思わず立ち上がると、苛立つように秀也を睨んでいた。

いつもの落ち着いた紀伊也ではなくなっていた。

圧倒された秀也は、思わず口に出してしまった。

「司とは、あの日に終わったんだ」

「!?」

「もう、疲れたんだ。司とはあれ以上やっていけそうになかった、だから・・・」

「そういう事、か・・・」

秀也の呟くような告白に、諦めたようにがっくりソファにもたれると、紀伊也は頭を抱えた。

 亮の名を呼び続ける司の悲痛な叫びが、紀伊也の耳から離れない。

生きる希望を失くしていたのだ。

もしかしたら、あの日以前に、既に苦悩にさいなまれていたに違いない。

時折見せていた切ない表情は、自分を抑える事が出来なかったのだろう。

なんで、もっと早くに気付いて相談に乗ってあげる事が出来なかったのだろう。

悔やんでも悔やみ切れない。

このままでは、本当に司は死んでしまう。

とにかく、傍にいるだけでもいい、呼び続けるしかない。

そう思い、立ち上がるとそのまま黙って部屋を出て行こうとした。

「ちょっと、待てよ。何か言えよ、何だよ、そういう事かって。お前、何か隠してねぇか?」

晃一がその手を掴んだ。

「司、・・・あいつ、死にたがってる。兄ちゃん連れて行って、って。ずっと、亮さんを呼んでるんだ。・・・、司は死にたがってる」

最後に吐き捨てるように言うと、晃一の手を振り解いて出て行った。


 ******


 その日一晩中司は亮を呼び続けていた。

紀伊也は、司の声を聴きながらも司を呼び続けた。

一度は治まったものの、再び昏睡状態が続き、ICUでは雅とユリアが、付きっ切りで診ていた。

三日程続いた昏睡状態もようやく脱し、再び生きているのか判らないように眠る司は、いつもの病室に移され、僅かに波打つモニターに囲まれていた。


 紀伊也に言われ、あれから毎日司に会いに行っていた三人も、司の容態が落ち着くと、次第に足が遠のいた。

和矢も表の顔がある為、しばらく紀伊也に任せる事にし、何かあったらすぐ呼ぶように言うと、仕事に戻って行った。


 ******


 12月も半ばに入り、ちまたではクリスマスのイルミネーションが彩られ、あの忌まわしい事件も、過去の遠い出来事であったかのように、皆心浮かれていた。

 あれから毎朝、起きる度に司に話しかけるのが日課になっていた紀伊也は、ベッドから下りてカーテンを開けて窓の外を見ると、いつものように語りかけた。

『司、おはよう。今朝は冷えるな。小雨が降っている』

『・・・・』

空を見上げると、明るい灰色をしている。

『もうすぐクリスマスだ。・・・、今日は雪になるかな? その前にみぞれが降るかもしれないな』

『・・・・、ああ・・・』


 昨夜、誰かが閉め忘れたのか、ブラインドが開け放たれている。

窓の外の明るい灰色が部屋を包んでいた。

遠くからでも小雨がパラついているのが判る。

それが粉雪のようにも見えた。

 まるで、ニューヨークで見た『あの日の朝』のようだ。

 あの時はああするより他になかった。

 自分で選んだ道だ。

 今更元に戻せと言っても始まらない。

 それでも来てくれた。

 オレを取り戻す為に。

 あの時何と言った?


『もし、お前が先に死んだら一人では逝かせない。もう寂しい思いは決してさせない。必ず一緒にいてやる。だから安心しろ』

『じゃあ、もし先に兄ちゃんが逝っても、オレも必ず後から逝くから待っててよ。 絶対、置いて逝かないでよ』

 そう約束した。

 だから、あの時も追いかけたのに、連れて行ってくれなかった。

 迎えにも来てくれず、オレを置いて先に逝ってしまったんだ。 

 それに今度だって・・・もう少しで追いつきそうだったのに・・・。


 カチャ、


ドアが開かれ、息せき切って紀伊也が飛び込んで来た。

「司っ!?」

「・・・なのに・・・何故? ・・・」

「え?」

枕元に立つと、司が窓の方を見ながら何か言っている。

「何故・・・生きている・・・」


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