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第十一章・覚醒(一の2)


 『ICU・集中治療室』そう書かれたガラス張りの窓越しに、紀伊也は一人ずっと黙ったまま中を見ていた。

その外観だけでは息をしているのかさえ判らないピクリともしない体、生きているのか死んでいるのか、ただモニターに写し出された波だけが生きている証だった。

 

 ダメか・・・


あれから何度呼びかけても反応がない。返事はなくとも、せめて何らかの反応があっても良さそうなのだが。

 あれから・・・

二週間が過ぎた。

試みた輸血は成功し、何とか一命は取りとめた。

一週間の昏睡状態も脱し、落ち着いてはいるが、果たして本当に生きているのか疑問に思うことさえあった。

 事件の方は呆気ない幕切れだった。

あの翌日、都内の外れのとある木造アパートの一室で銃声がした。

駆けつけた竹宮の話によると、家具も何もない部屋の中央で、身寄りのない身元不明の男がライフル銃を抱え、銃口を口の中に入れて死んでいたというのだ。

弾は頭を貫通し、辺り一面血の海だったという。

ただその壁一面には、その辺の路上で売っている物から雑誌の切り抜きに至るまで、司だけの写真が張り巡らされていた。

ライフル銃の弾は、司を撃ったものと同一の事から彼を犯人だと断定したが、その動機は狂ったファンの行動によるものだとされた。

 しかし・・・。

紀伊也には納得のいくものが何一つない。

送りつけられた数々の物・爆弾、明らかにあれは脅迫だった。

しかも一度は本物のタランチュラを送りつけて来たのだ。

あれは、何かと関係があるのだろうか。

が、司は何も言わなかった。

今思えば明らかに何かを隠している。それに、事件の2,3日前の司の様子、何か思い詰めたようなそんな切ない表情をしていたのも気になる。

一体何があったというのだろうか。


「紀伊也、反応はあるか?」

みやびが隣に立っていた。

黙って首を横に振る紀伊也に雅はため息をつくと、その重たい口を開いた。

余り口にはしたくなかった。

「あと一週間が山かもしれないな・・・。このまま意識が戻らないかもしれない。・・・、生き続けても・・・、だったら、亮の所へ・・・」

雅は昨日、亮太郎に言われた事を思い出すと唇を噛んだ。

『もし、このまま意識の快復の見込みがなく、脳死と判断した時には延命装置を外してくれ。それが司の為だ』

紀伊也は拳を握り締め、唇を噛むとベッドで眠る司を見つめた。


 ******


 事件から20日後、今日もまた司へ呼びかけていた。

が、相変わらず全く反応がない。

紀伊也はあの日以来毎日病院を訪ね、時間の許す限り集中治療室のガラス窓の前にいた。

自宅へ戻っても絶えず神経を集中させ、司の脳波を少しでもキャッチしようと試みていた。

 他のメンバーの事など今はどうでもよかった。

というよりは考えている余裕などなかったと言ってもいい。

 秀也も毎日のように病院を訪ねてはいたが、日を重ねる毎に面会時間が短くなり、10日を過ぎた頃から1日置いたり二日置いたりと間隔が空くようになっていた。そして、ほとんど放心状態の毎日を過ごしていた。

何も出来ずにいる秀也を晃一とナオが何とか看てはいたが、二人も疲れて来ていた。

それに、病院へ行けば朝から晩まで紀伊也が張り付いて見ていると思うと、任せたくなる気にもなっていた。


 三週間経ったある日、紀伊也はいつものようにガラス越しに司に呼びかけていた。

自分の体力もそろそろ限界に来ており、肩で息をするようにさえなっていた。

もういい加減休ませなければ、自分の方が倒れてしまいそうだった。

 ふうーっ、と両手をついて、一息入れた。

「お前に、司の事を任せたのにな。何故守り切れなかったんだ?」

突然、声が聴こえた。

それが紀伊也には、自分の心の中で、自分自身を責めているような気がして、思わず唇を噛み締め目を閉じた。

 確かにそうだ。アイツがいなくなる時に約束した。

 司を守ると。なのに、守り切れなかった。

「お前を責めても仕方ないな。俺も逃げたんだ、お前のせいじゃない」 

背後に気配を感じた。

それも久しくなかった身近な気配。

ふと顔を上げると、ガラスに人影が映っている。

ハッとして振り返った。

「・・・和矢・・・」

驚いて目を見張った。

 黒い髪に浅黒い肌、そして鷹のように射る鋭い眼、それが司のただの同級生ではない若宮和矢であるとすぐに解った。

 ハヤブサ・・・?

 でもまさか・・・、ヤツはタランチュラが封印した筈・・・。


「さすがの紀伊也も驚いたみたいだな。俺も正直驚いているよ。挨拶は後だ、それより司の容態は?」

紀伊也の隣に立つと、ガラス越しに中央のベッドでいくつかのモニターに囲まれ、体中から管を伸ばし眠っている司を見つめた。

「ダメだ、全く反応がない。 ・・・和矢、俺ももう限界なんだ」

紀伊也は生まれて初めて弱音を吐いていた。

 もうどうしようもなくなっていた。

自分の腕の中で、がっくり力の抜けた司の感触が今でも鮮明に残っている。

あのステージに広がった誰のものでも助ける事の出来ない赤い血に、もしかしたら自分が司を殺してしまうかもしれないと懸けた可能性。

あれが間違っていたのかもしれないと、今更ながら思う事さえあった。

でもあの時は他にどうしようもなかった。

そして司を守り切れなかった自分を毎日責め続けていた。

 何故もっと早くに気付かなかったのか。

 司に送りつけられて来た物をもっと慎重に調べるべきだった。

そして何より、司の様子にもっと早く気付いていればこんな事にはならなかった。

「そう、自分を責めるなよ。俺は紀伊也を信じているさ。お前は司の為には間違った判断は決してしないと。それに、むしろ責められるのは俺の方だ」

二人は黙ったままじっと司を見つめていた。


「また、三人(そろ)ったのね」

振り返ると、赤茶がかったブロンドの巻き髪にアーモンド色の瞳をした女性が、雅と共に立っていた。

「Juria・・・」

「封印が解けてしまったのよ。記憶が戻ってしまったの。カズヤはまたツカサの為に捧げると言って来たわ」

ユリアは二人の肩越しに見えるピクリとも動かない司を見ていた。

『もう意識が戻らないかもしれない』

そう雅に告げられた時、ユリアの中で何かが終わってしまったような気がした。

それは大切に育てて来た我が子を突然に失う喪失感にも似ていたかもしれない。

力はわずかながらも同じ能力者として生まれて来たユリアはRに拾われ、司を生まれた時から見ている。

能力者狩のタランチュラを育てたのも、半分はユリアだと言っても過言ではない。

それのみならず、司にとって姉とも母親ともとれる唯一、同性の親友でもある。

一人海外を転々としていた司が病気をしたと聞けば、何処に居てもすぐに飛んで行き看病していた。

早くに両親を亡くしたユリアにとっても司の存在は大きかった。

ある意味『依存』していたのかもしれない。

その司の意識が戻らないという事は『死』を意味していた。

あのRが用の失くなった者を生かしておく事などしないだろう。

それに、無意識の中で出すタランチュラの能力程恐ろしいものはない。誰にも止められる事は出来ないのだ。

そんな時、ユリアの前に突然姿を現した和矢に、ユリアは一つの可能性を見出した。

二人の能力ちからで、司を呼び戻す事は出来ないだろうかと。

ただあの時、和矢を封印した時、司は二度と和矢を呼び戻す事はしないでくれと、切に願っていた。

理由は解らない。

そして、封印する時も苦渋の選択に強いられていた。

それは分かってはいるが、紀伊也だけの能力では難しい。それならば今、目の前にある可能性に懸けてみたい、そう思った。

どんな手段を使ってでも司を助けたい、そう思っていた。

それはユリア自身の為でもあった。


「封印がけた・・・?」

紀伊也には信じられなかった。

タランチュラの記憶の封印はそう簡単に解けるものではない。やはり気性の荒い獰猛どうもうなハヤブサには通用しなかったのだろうか。

それとも、無意識の内にタランチュラが呼び戻したのだろうか。

しかし、現実に鷹の目をした和矢は此処にいる。

「今はその事について話ている場合じゃないわ。とにかくツカサの意識を回復させる事が先よ。それに、反応が全くないなんておかしいわ。あれからもう三週間も経つのよ」

ユリアの焦る気持ちも分かる。

が、今の紀伊也には無理だった。

「ごめん、ユリア。少し休ませてくれないか」

それだけ言うのがやっとだった。

和矢が来たからには、彼に任せたかった。

何の応答もない司をこれ以上見ているのが辛いのだ。

 司と出会ってからちょうど20年になる。

目の前の手の届く距離で呼びかけても全く応じない、こんな事は初めてだった。

それに、紀伊也にとって今では司とは主従のような関係だけではなく、仲間だった。

表の顔のジュリエットでも密に接する大切な仲間であり、親友なのだ。

他のメンバー同様、自分の身を削られる思いだった。

「分かった、紀伊也少し休め。俺が見るよ」




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