第十一章・覚醒(一)
封印された筈の記憶が甦り、主の下へと向かう従者。それぞれが呼び続ける者。その想いは・・。
第十一章 覚醒(一)
一発の銃声が人を恐怖に陥れ、
10CMにも満たない銃弾が人を悪夢へといざなう
その悪夢は全てを闇へと変え、光りが射す事はない
その悪夢から覚めた時、人は・・・
封印された筈の記憶が今再び甦り、主人の元へと向かう従者
しかし、その主人はもう自分の知っている者ではない
二つの目覚めが交わる時、そこには一体何があるというのだろうか・・・
******
10月20日、その時和矢は会社のデスクで残業をしていた。
時計を見ると、8時を少し過ぎた頃だ。
明日の会議の資料もあと少しで出来る。
これさえ入力してしまえば、今日はもう帰れる。
そう思うと、キーボードを叩く指も少し軽くなった。
一瞬、目の前が真っ暗になり、視界が閉ざされた。
ふと、目の前を何か黒い物体が這っているような感覚を受けた。
蜘蛛?
慌てて瞬きをして、目をこする。
何事もなかったかのように、パソコンの画面が映った。
ホッと一息ついて再び指を走らせた。
最後の文字を入力し完了すると、椅子の背にもたれて天井に目をやった。
「あー、終わったぁ」
反対側のデスクに座ってパソコンに向かっていた同僚と目が合うと、
「お疲れさん」
一言声を掛けられて、軽く頭を下げた。
何か言おうとして、ふと胸に携帯電話の振動を感じて電話を取ると、席を立ち誰もいない窓際へ行く。
「もしもし・・・」
相手は友人の渡辺だった。高校の時の同級生だ。
「あー、ナベ 久しぶりィ。・・・ん? ああ、今終わったとこ。・・・会社だけど、どうした?」
窓から外を見下ろす。
皇居の緑が暗がりに妙に浮いて見えた。
「・・・司? ・・・ナニ? うるさくて聞こえないよ。何処にいんだよ」
電話の声が聞き取りにくい。
電波の乱れではなく、人の声が騒がしいのだ。
が、次の渡辺のセリフに思わず耳を疑った。
「撃たれた? ナニっ!?」
渡辺の話によると、今夜行われたジュリエットのコンサートで、後半に入ったところで、突然、ボーカルの光月司が、ギターの須賀秀也を突き飛ばして血を吐いて倒れたというのだ。
それもどうやら、腹の辺りを撃たれたらしい。
「嘘だと思うならニュースを見てみろっ。とりあえず、和矢には連絡したからなっ。俺もそろそろ行かなきゃ。じゃ」
そう言って、渡辺からの電話は切れた。
ニュース!?
和矢はオフィスの片隅にあるテレビの元へ走ると、スイッチを入れた。
もう少しで、9時のニュースが始まる。
たった5分程の時間が一時間以上に感じた。
高校を卒業してから司とは殆んど会っていない。
司はイギリスへ留学してしまったし、自分も大学生活に入り新しい仲間達と過ごし、気が付くと司はブラウン管の中だった。
書店へ行くと、司の写真が大きく載った表紙が並び、レコード店へ行けば、ポスターやCDが並び連ねていた。
あれだけ仲が良かったのに、急に遠い存在になってしまった。
それに、司には会ってはいけないような気にもなっていた。
ニュースが始まった。
冒頭のニュースで、ジュリエットのコンサート会場で起きた事件が読まれた。
臨時ニュースなので、映像はない。
渡辺の言っていた事は本当だった。
「へぇ、撃たれたんだ」
後ろで声がして振り返ると、数人の同僚がテレビの周りに集っていた。
「ジュリエットね。 あれって、チケット取るの大変なんだってな。歌とかすっげぇいいんだけど、ボーカルの光月司って、女なんだろ? 何だかワケ分かんないヤツだよな。あんなの身近にいたら気持ち悪ィよ」
瞬間、和矢は睨んでいた。
その鋭い鷹の目のような眼光に背筋がゾッとするのを覚えた。
「何だよ、若宮・・・。お前、もしかして、ファンなの?」
「ジュリエットの隠れファンって怖いって聞いた事あるけど、お前もその口なワケ?」
そんなセリフを尻目に和矢はテレビを消して呟いた。
「そんなんじゃ、ねぇよ」
******
明け方まで、和矢は何となく眠れずにいた。
あの後、真っ直ぐ自宅に戻り、他のニュース番組を見たが詳しい事は何も分からなかった。
そのままベッドに入り、眠ろうと目を閉じるが、何かに急き立てられるように目が冴えてしまっていた。
突然、激しい頭痛に襲われた。
つーーっ!? ・・・っ ・ ・ ・
頭を何か金属の鎖で締め付けられているようだ。
頭を抱え、悶えていたが起き上がる事も出来ない。
その内、ガンガンと頭全体を何かの鈍器のような物で殴られ、大きく揺すられているような感覚に陥った。
微かに目を開けると、視界がぼやけ、部屋全体がぐるぐる回っているようだ。
再び目を閉じると、がくんっ、と意識が失くなった。
その頃、光生会病院では紀伊也の体から司の体へと輸血が行われ、紀伊也の脳波が乱れ、頭痛がピークを達するとそのまま意識を失ってしまっていた。
ハッと目が覚め、体を起こして時計を見ると、4時を回っている。
えっ!?
慌ててカーテンを開けると、優しいオレンジ色をした夕陽が射し込んでいた。
「うっそだろ・・・」
呆然とベッドの上に座ったまま頭に手をおいた。
-そう言えば、頭痛。今朝のあの頭痛は一体何だったんだ?
ベッドから下りてリビングに入り、テーブルの上からタバコを取上げると、一本抜いて火をつけた。
「何で俺はこんな所にいるんだろう・・・」
ふと呟く。
「何処かへ行かなければいけない・・・」
煙を吐きながら更に呟いた。
-何処か・・・、とても大切な所へ・・・。
そこが何処なのか、思い出そうとして再び頭が痛くなる。
「 っチっ!」
タバコの灰が足に落ちて、ハッと我に返り、タバコをもう一服吸おうとしてその手を止めると、慌てて灰皿に押し付け、会社へ電話をした。
案の定、上司は怒っていたが、同時に呆れ果てていた。
とりあえず来るように言われ、慌てて身支度を整えると玄関のドアを開けた。
バサっと、新聞が下に落ちたが読む暇もない。とりあえずそれを鞄にしまうと、急いで会社へ向かった。
皆の白い視線を一斉に浴びながら上司の前に立ち、15分程説教を喰らった。
結局、会議は明日へ延期になったが、そう急を要するものでもなかった為説教も短くて済んだ。
が、その代わり、今日の雑務整理を全てやるように言われ、女性社員達は大喜びで仕事を押し付けて行った。
一つ先輩で、いつも何かとフォローしてくれる桜田でさえ、仕事を押し付けたくらいだ。
「全く、若宮君らしくないわね。どうしたのよ」
書類をデスクに積み重ねながら訊く。
「え、ああ、ちょっと、頭痛がひどくて・・・。もう、大丈夫ですけど・・・・、げっ、すっげぇ量だな」
押し付けられたファイルを開きながらうんざりしたように返事をする。
「頭痛? ・・・あ、そう言えば、聞いたわよ。ジュリエットの隠れファンなんだって?」
「え?」
思わず顔を上げると、少し悪戯っぽく笑っている。
「実は、私もなの。でも、昨日の事件は驚いたわ。もう、今日の新聞やニュースなんて大騒ぎよ。食堂でもその話ばかりだったわ。泣いてる子もいたくらい」
「司、そう言えば司は、どうなったんだ?」
思い出して和矢の顔が曇る。
「一命は取りとめたって、お昼のワイドショーで言ってたわよ。友達が教えてくれたの。ね、若宮君って司くんのファンなの?」
覗き込まれてドキッとした。
ファンとかそんなんじゃない・・・。あいつは・・・。
「同級生なんだ」
瞬間、桜田が驚いたように声を上げて、ハッと口元を押さえたが、それを聞いた周囲の者が興味深そうに集まって来る。
「え!? 若宮さんって、司くんと同級生なんですか!?」
年下の女性社員は目を輝かせている。
『司くん』ファンの間ではそう呼ばれているらしい。
「 ってことは、もしかして友達なんですか!?」
同級生・・・、友達・・・
司とはそんな簡単な言葉で言い切れる関係ではないような気がした。
和矢の周りでは昨夜起きた事件の話で盛り上がっている。
そして、もう一つの名前にも何かを感じた。
『紀伊也』
彼もジュリエットのメンバーだ。
最初はギターだったが、留学から戻って来て、デビューする時にはキーボードに変わっていた。
秀也が加わったからだ。
彼はいつも無口でいつも冷静だ。
それに人付き合いも悪く、無愛想だった。
が、何かとても重要な人物に思えてならなかった。
あの冷めた瞳を見るたびに思っていた。
っつーーっ・・・・
再び、頭が締め付けられた。
バサバサっ・・・
頭を抱え込み、デスクに突っ伏してしまった。
積まれてあったファイルや書類が床に散乱する。
皆驚いて和矢を囲んでいた。
「司・・・、紀伊也・・・」
更に頭が割れるように痛み出した。
突然、フラッシュが焚かれたように、目の前がバチっ、バチっと点滅する。
サーーっと、何かが、和矢の前を横切った。
羽を広げた鳥のような気がした。
その鋭い眼球が和矢を睨みつけている。
また、フラッシュが焚かれた。
ガタっ
そのまま和矢はデスクから落ちて気を失ってしまった。
目を覚ますと、何処かの病院の一室のようだ。
独特の匂いがする。
体を起こしてふと目をやると、壁に昨日着ていたスーツが掛かっていた。
腕からは点滴の管が伸びている。
-今は何時くらいなのだろうか・・・。
時計を探すと、サイドテーブルに自分の腕時計があった。
それを取って見ると10時を指している。
コンコン・・。
ドアがノックされそっと開くと、桜田が顔を出した。
「あ、気が付いたのね。部長の許可もらって来たのよ。大丈夫?」
「え、ああ、すみません」
「もう、みんなびっくりしたんだからっ。突然頭抱えて倒れちゃうんだから・・・。 課長なんて、無理して呼び出したとかって、部長に怒られてたわよ」
「迷惑かけてすみません」
「いいのよ、別に。でも、本当に大丈夫なの?」
「ええ、もう大丈夫ですから。で、迷惑ついでに伝言、お願いしてもいいですか?」
「伝言? いいけど」
「しばらく、会社休みます」
「・・・、そう、ね。分かったわ伝えとく。でも、退院したらあなたからも電話入れなさいよ」
「はい」
じゃあね、と桜田は出て行った。
和矢は窓の外の流れる雲を表情なく見つめた。
確かめなければ・・・。
そして、何もない自分の右手首を見つめた。