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深い森  作者: 倉谷 梟帥
6/15

始動

岩塩(しお)を買うぞ。」

 待ちの時間が予定の3日を超えて5日になった時、メキリオは言い出した。毎日、支部の中で悶々(もんもん)と過ごす日々は、どんどんメキリオの眉間(みけん)(しわ)を濃くしていた。いよいよ堪忍袋(かんにんぶくろ)()が切れたという事か。

「おい、荷物をまとめろ。馬車を市場に運んで、岩塩(しお)を買ったら、すぐに北へ走る。」

 メキリオには珍しく気が高ぶっている。

「良いのかい?『マザー』に待てと言われているんだろ。」

 アルジはソルキーヌとメキリオの(ちから)関係を見切っている。支部で借りた、さして広くない部屋の中で、メキリオは部屋の(すみ)まで歩いては、もう一方の隅まで歩く事を繰り返す。

「義理は果たした。これじゃあ、無駄に時間と金を浪費(ろうひ)するだけだ。いつ終わる保証もない。」

 支部の中の誰かに聞こえるかも知れないという心配はしていない声量で話す。

「そんなの最初から分かってたでしょ。『マザー』に話してからの方が良くないか。」

 そう言いながらも、アルジは荷物を1つにまとめる。

「話す必要は無い。俺達が来る前からギルドと鉱山の我慢(がまん)比べは続いている。市場が品薄(しなうす)状態なら、国中が品薄状態になっている(はず)だ。多少高い値段で買い入れても、急いでシャルアに行って売れば、良い()で売れる筈だ。このまま待って、岩塩(しお)が市場に(あふ)れてから買えば、確かに安く買えるが、一気に塩が国中に流れ出し、シャルアでの価格も暴落(ぼうらく)しちまう。それじゃあ、損をしかねない。」

 メキリオは、半分アルジに説明しながら、半分自分に言い聞かせている。

「ふーん。まあ、僕はメキリオの判断に従うよ。」アルジは自分の毛布を手際良(てぎわよ)く丸めると(かわ)ベルトで(しば)る。「荷物は(まと)めた。カーベルの支度(したく)をしなきゃ。」

「よし。」

 メキリオは1つ大きく(うなず)くと、先に立って部屋を飛び出す。アルジも自分の荷物を(かか)えて後に続く。暖かいベッドは有難(ありがた)いが、無為(むい)に過ぎていく毎日に()きて来ていたアルジは、ワクワクした気分が戻ってくるのを感じている。

「おはよう。メキリオ。」

 広間でソルキーヌに出会うと、メキリオの足が止まる。

 ほらほら、どうする?

 アルジは後ろから事の推移(すいい)を見守る。

「マザー、おはようございます。」

「その荷物は、出発ですか?」

 ソルキーヌの落ち着いた張りのある声が広間に(ひび)く。

「はい。仕入れて北に向かいます。」

「そうですか…。もう待てないと言う事ですね。」

「私の(よう)な弱小の者には限界です。私が買う程度では、価格に影響も出ないでしょう。」

 指先までピンと伸ばして立つメキリオを、後ろ姿にしろ見るのは初めてだ。きっと緊張し切った表情で、受け答えしているのに違いない。

「皆がそう考えたら、結局影響が出るのです。高掴(たかづか)みをすれば、ザルケスタン鉱山が在庫を放出して暴落した後、結局損失が残りますよ。」

 ソルキーヌは、いつもの椅子から(おもむろ)に立ち上がって、メキリオに近付いて来る。

「そうなる前に売り抜けます。仕入れたら、一気に首都を目指し、暴落が追いかけて来る前に売り抜けます。」

 ソルキーヌは、メキリオの前で立ち止まって彼を見上げる。大柄(おおがら)小母(おば)さんと分かってはいたが、メキリオと同じぐらいの背丈(せたけ)がある。()せているメキリオに比べ、大きな胴回りを持つソルキーヌの方が断然(だんぜん)押し出しが()く。

「どうか、ご理解下さい。」

 小さな声で、メキリオは(ようや)くそれだけ言った。何だか、マザーの前ではからっきし(ちから)が出ない。ピューラでの言い合いとはえらい違いだ。ソルキーヌは(しばら)くメキリオを見ていたが、不意(ふい)に振り返ると自分の椅子に戻って行く。

「分かりました。今日、明日にも鉱山の在庫放出がありそうです。できるだけ早くシャルアを目指しなさい。」

 ソルキーヌは後ろを振り返らずに言い放つ。

「はい…」

 静かな低いメキリオの声は広間に反響する事も無く、アルジさえ、(かろ)うじて聞こえるくらいだ。一気にメキリオが(せい)から(どう)に移る。小さく頭を下げてから、支部の出口に向けて突進する。アルジもソルキーヌに軽く会釈(えしゃく)をして、メキリオに続く。馬車の支度(したく)をしながら、アルジはメキリオの表情を盗み見る。いつもと変わらない。暗い表情で、眉間(みけん)(しわ)を寄せている。

「なんだ?」

 アルジの視線に気付いてメキリオは手を止める。何故(なぜ)、アルジが見ているか分かっているに違いない。

「いや、何でもない。市場までは僕が手綱(たづな)を持つよ。」

 何だか、何かしてやりたくなった。

「市場の隣の広場に馬車を停める。行き方が分かるか?馬車の通れない道もあるぞ。」

「大丈夫。ここ数日、何も考えずに街をぶらついていたとでも思っているんじゃないだろうね。」

 アルジは御者台(ぎょしゃだい)()い上がると、笑顔を作って見せる。

「じゃあ、どれくらいできるか、見せてもらおう。」

 メキリオは隣の席に腰を下ろすと、街路の方向を(あご)で示した。


 広場に馬車を停めた後、メキリオの知り合いの卸商(おろししょう)の店を巡る。最初の日に回った店ばかりだ。

「お前達トルドーが買ってくれないから、こっちは商売にならないよ。」

 店主達は、支部から指示が出ている事を承知している。だから、口では商売をするが、本気で相手をしない。

「そんな事は無い。良い条件を出してくれれば、()ぐにでも買う。」

 メキリオはそれを逆手(さかて)に取り、如何(いか)にも買う気を(よそお)っている(よう)にしながら、店主が油断して、買う気を誘う(ため)の見せ玉の条件を出す様に仕向(しむ)ける。メキリオは知り合いの店主達に条件を出させた後、条件と店主の物言(ものい)いから、これはと思う店にもう一度顔を出す。

「お前の所はまだまだだな。この先の店では、もっと良い条件を出してきたぞ。」

 メキリオはこう言いながら、店の中に入って行く。どうせ、薄商(うすあきな)いで時間を持て余している店主は、知り合いのメキリオの会話には乗ってくる。

「よし、それで買おう。」

 頃合(ころあ)いを見て、メキリオは言い切る。まさか本当に買うと思っていない店主は、言われても直ぐには信じない。

「だから、今お前が出した条件で買うと言っているんだ。ブツはあるんだろ。」

「お、おい、買い(びか)えの指示が出ているんじゃないのか?」

 店主は(あわ)てている。

「何を言っているんだ。俺は知らんよ。」メキリオは(とぼ)けた顔で言って、(ふところ)から革袋(かわぶくろ)を取り出す。「(ぜに)ならここにある。ブツを(そろ)えてくれ。」

 いつもは半分死んでいる目がギラギラ光り、店主を(にら)んでいる。

 やっぱり、商売の師匠(ししょう)は違うや。

 アルジは、豹変(ひょうへん)したメキリオの表情を見上げて思い直した。

 午迄(ひるまで)に仕入れは完了した。岩塩の粒が詰まったジュート袋を馬車の荷台一杯に積むと、メキリオは手綱(たづな)を取った。

「いいか、首都シャルアまで最短距離で行く。お前はカルーの本部に顔を出したいかも知れないが、帰り道までお(あず)けだ。ここからは時間との勝負だ。だが、馬車は(から)の時より何倍も重い。カーベルが倒れちまったら元も子もない。休憩は確実に取っていく。最初は岩だらけの道だ。車輪と車軸を(いた)めない(よう)(わだち)を選ばなければならない。ここは俺が切り抜ける。」

 1人で興奮気味(ぎみ)に言い切ると、メキリオはカーベルに手綱を当てた。



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